Nikon S3

 〜 隠れた“プロのツール” 〜
    


 SPのファインダーは内蔵ファインダーのみで6種ものレンズに対応と便利ですが、その半面、余りにコストが掛かり過ぎライバルに対して割高感が強くなっていました。現在、Sシリーズの修理は日本光学の聖地?大井だけで行われている筈ですが、SPのファインダー調整には一苦労だとか。当時のニコンにしても、その調整には相応に苦心されたことが窺われます。

 このようにコスト高で手間の掛かるSPのファインダーを簡略化したのがS3。登場はSP発表の翌年・1958年という早い時期となっています。この辺りはちょっと意外な感じもしますが、ニコンのHP等によればSPとS3は別モノである、つまり、SPが先に完成品としてあってS3に至ったのではなく、用途の異なる2モデルが並行的に開発されていた、ということでしょう。ただ、開発の経緯はともかくとして、位置付けとしてS3をSPの廉価版と見ること自体には問題はありません。

 ところで、去る2000年にはそのS3が復刻モデルとして蘇りましたが、“簡略化” されたファインダーであっても調整工程は一日に数台の処理が限界だったそうです。勿論、ニコンにしてみればRFの生産技術は一度途絶えたものであり、その復元には相応の手間暇が掛かったという事情もあるでしょう。ただ、S3にしてもこの状態…つまりSPのファインダーは、もうこれは想像を絶する複雑さだということの証明であり、同時に、RFがそれだけのノウハウを必要とする、ということをも意味する訳です。



 SPとS3を比べてみると、まず外観上最も異なるのは、SPのファインダー対物窓と採光窓を一体化した大きなガラス面に対して、S3には採光窓がなく、ボディのほぼ中央に“Nikon”のロゴが位置していることでしょう。このレイアウトの違いのために、SPとS3は一見すると全く異なるデザインのように思えますが、よく見てみるとボディ前面パネル右側、距離調節ギアの少し左に斜めのプレスラインが入っている等、デザインの大枠は一緒であることが判ります。

 その他はほぼ相違点はありませんが、S3のファインダーはフレーム固定式であるため、SPの巻戻しクランク基部にあるブライトフレームの切替リングがなくなっています。ついでに言えば、SPはライカと同じくマスクプレートを用いたブライトフレームですが、S3には上記の通り採光窓がありませんので、S2等と同じくファインダー内レンズにフレームがメッキ(復刻S3では蒸着)されたアルバダ式ファインダーです。復刻モデルのファインダーを覗いたことはありませんが、少なくともオリジナルモデルのアイポイントに関してはややセンシティブかも。ただ、この辺りは経年変化による個体差の可能性もあります。

 機能上でも、やはり最も異なるのはファインダーでしょう。同じ等倍ファインダーであっても、SPは50mmまでの対応で、S3は35mmまでとなっています。ただ、S3ではコストダウンのためにパララックス(視差)の補正機構が省略されています。従って、S3では被写体が近くなるにつれ、実際の撮影範囲はファインダー右下方に寄ることになります。なお、ライカもM3→M2への移行に当たってやはりファインダーが35mm対応となりましたが、同時に倍率が0.91→0.75倍に下がっています。その理由は、おそらく等倍で35mmの視野を見回すのは少々大変だからでしょう。実際、S3で全視野を見渡す(撮影範囲の端までをハッキリ見ようと…)には目玉をぐるりと廻さないと不可能でしょう。が、逆に便利なことも確かです。M3に35mmのフレームが入っていればなぁ…って方、結構いらっしゃいますよね。



 「ニコン(あるいは国産)RFの最高峰と言えば、SP!」といった意識は、正直なところ、私自身にもあります。復刻S3の人気がイマイチなのは、半分くらいはブランド力(一眼ではNikonはステータスですが、RFとなると?)の差と、現行レンズのラインナップがない(これってとっても無責任)ことと、値段が高いことが原因でしょうが、多分、残りの半分は「SPじゃないから」なのでは?しかし、(ここからが大事なのですが)S3は単なる“SPの廉価版”に過ぎない…という評価は、全く以って不当なものと考えます。

 「RFの強みは広角系のスナップで発揮され、35mmレンズとの相性はとても良い」とはよく言われるところですが、実際に使ってみればこの説には確かに頷かされるものがあります。動作音が小さく、軽量コンパクトで機動性に富むRFの文化は、AF一眼の合焦スピードのような意味での“速さ”とは次元の全く異なる「速写」を志向するもの。とすれば近距離のパララックスは全く問題にならない訳で、シンプルな構造で等倍の35mm対応ファインダーがメインに座ったS3は、正にスナップ専用機として“合目的”の王道を行くものでしょう。

 ミレニアム・スペシャルとして復活したS3は多くのメディアに取り上げられましたが、私が目にした限りではその全てがこのようなRFの特性に触れていませんでした。ですから、一見華々しく紹介しながらも自然その論調は「S3は視差も補正されない簡略ファインダーだからねぇ」と、実質的に何の意味も無い欠点ばかりを強調し、本音では切り捨てるものとなるのです。これには、当事者のニコンも大いに反発すべきです。

 考えてみれば、実戦で使われるプロのツールは、常にシンプルで基本に忠実なもの。米国FBI用の拳銃…と聞けば、素人はどんな状況にも対応可能な多機能のスゴイやつ?等と考えがちですが、実際にはフィクスト・サイトでイジェクタロッド・シュラウドもなし。しかも平常時は目立たせないために銃身長を3インチに抑えてはいますが、一方で反動を抑えるため太目のものを採用、という、必要にして十分な構成だそうです。「SPの“P”は“プロフェッショナル”の意」と言われていますが、多種レンズへの対応等々確かにM3を超えた部分があって技術の粋という意味がある半面、てんこ盛りの弊害で複雑さに泣いたSPの方が、実は全く逆にアマチュア受けする代物なのかも。

 「簡略化」「コストダウン」という言葉が半ばその代名詞と化してしまっているのがS3のとても不幸なところで、私のような素人はどうにもその言葉から来るマイナスイメージを拭い去れないものです。しかし、RFの特性をきちんと理解すれば、本当はS3こそがスナップ・フォトグラファーのための真のプロフェッショナル・ツールだ、とも言えるのです。



               ※ フィクスト・サイト(Fixed Sight)… 照準の調整機構(上下・左右)がない照門                

               ※ イジェクタロッド・シュラウド(Ejectorlod Shroud)… リボルバー(弾倉回転式拳銃)で、                
                             空薬莢を押し出すための棒(イジェクタロッド)を保護する部分



〜 Specifications 〜

形式         
画面サイズ
ファインダー倍率
フレーム表示
距離計基線長
有効基線長
シャッター形式
シャッター速度
フィルム巻上げ
フィルム巻戻し
フィルムカウンター
セルフタイマー
ボディサイズ
重量
距離計連動式35mmフォーカルプレーンシャッターカメラ
24×36mm
アルバダ式等倍ファインダー 視野率約90%
3.5・5・10.5cm 固定
60.0mm
60.0mm
機械制御式横走り布幕
B・T・1〜1/1000秒
一作動レバー式(巻き上げ角136.5°)分割巻上げ可能
クランクによる手動巻戻し
自動復元順算式
内蔵
136(W)×79.5(H)×43.5(D) mm
580g