いつからか、ルフィん家の鯉のぼりは、ご近所の名所になっていた。
住宅地の真ん中で、巨大な鯉のぼりのある家―――と言えば、この辺の人達はみんな知っていた。
もしかしたら隣町の人達も知っていたかもしれない。
以前、噂を聞きつけた地元テレビ局に取材された事もあるくらいだから。
ルフィの父親・シャンクスは、ルフィの初節句に何故か雛人形を買って来た。
理由は、「可愛いルフィには、雛人形の方が似合うから」だった。
大きくなったある日、ルフィは事の真相を知って、さぞかし拗ねた。
家出騒動にまで発展し、慌てたシャンクスは、その詫びにと1番大きな鯉のぼりを取り寄せた。
家には既に長男・エースの鯉のぼりがあったというのに、新たに一式買い揃えたのだ。
その時のシャンクスの言葉は、未だに語り草になっている。
「この世で1番大きくてカッコイイ鯉のぼりをくれ!」
それは、世にバカ親父っぷりをアピールした一件となった。
「俺、もう高校生なんですけどー・・・」
「あぁ、見事に揚がってんな。気にすんな」
「もうっ!ゾロは、他人事だと思って・・・」
この春、ルフィは高2になった。
誕生日がきて、17歳になった。
それなのに、相変わらず庭では、巨大な鯉のぼりが優雅に泳いでいるのだ。
「俺らの歳で、未だに鯉のぼり揚げてるとこなんかねぇよ」
「ウチも小学校の低学年までだったな」
「ふつーそうだろ!?」
とはいえ、普通なら鯉のぼりもお終いになる頃になってから買ったのだ。
あのバカ親父の事だ、きっとまだしばらくは揚げ続けるつもりでいる事だろう。
何しろ「可愛い可愛いルフィ」の鯉のぼりなのだから。
「一体、いつまで揚げ続けるつもりなんだろ・・・」
「お前が嫁さん貰ってからも揚げてたりして」
「えー!ヤダ!」
ルフィは本気で嫌な顔をして、それからしょぼんと肩を落とした。
その落胆ぶりに、ちょっと面白がりすぎただろうか、と少し反省する。
「わり・・・冗談だって」
「ふん・・・ゾロなんか、しらねっ」
どんな顔をしてるのか、とルフィの横顔を覗き込めば、ぷーっと膨らませた頬が今にもはちきれそうになっていた。
思えば、ルフィとはルフィが生まれた頃からの付き合いだから、かれこれ17年になる。
17になっても相変わらず幼くて、たった2つしか違わないというのに、この違いはなんだろう。
声変わりも、したのかしてないのか分からないほど変化がないし、何しろ線が細い。
中性的な可愛らしい顔立ちに、ニキビの痕も髭が生える気配もない柔らかそうな頬。
こう言うと怒るだろうが、セーラー服を着ても違和感がないかもしれない。
あ、いや・・・それは言い過ぎか。
「む・・・何、笑ってんだ!?」
「いや、何も・・・」
「いーや!目が笑ってる!失敬だな!」
実は、俺は最初、ルフィを女の子だと思っていた。
ピンク色のベビー服に包まれ、ふかふかのぬいぐるみ達に埋れるようにして眠っていた大きな目の可愛らしい赤ちゃん。
初節句には、姉のくいなと同じ雛人形を飾っていたし、てっきり女の子だと、そう思っていたのに。
ルフィが男の子なのだと知った時、何故かガッカリした事を憶えている。
ルフィはルフィなのに、男の子でも女の子でも、ルフィに変わりはないのに。
ただ、一生守ってやれないのだと、幼いながらにも漠然と気付いてしまったから。
「ガキみたいに拗ねんじゃねぇよ」
「うるさい。ゾロが悪いんだろ!?」
口ではそう言いながら、ルフィはぎゅっと俺の服の裾を握っていた。
目はずっと、真上で泳ぐ鯉のぼりを見ている。
その目はもう、無邪気にはしゃぐ子供のものではなく、憂いを帯びた色を秘めていたから―――
「ゾロ・・・?」
「あんまり拗ねんな・・・調子狂う」
「・・・うん」
そっとルフィの頭を引き寄せて、ぐしゃぐしゃと乱暴に黒髪をかき回す。
胸の辺りで、ルフィが「ししし」と笑った。
「なー、ゾロ・・・俺さ・・・」
「んー?なんだ?」
「俺、お嫁さんなんか、いらね」
「あ?」
小さな呟きに、俺はルフィを見下ろした。
生憎、胸にへばり付いていた所為で、ルフィの顔は見えなかった。
見えるのは、頭のてっぺんにあるつむじだけ。
「別に・・・何も今すぐってワケじゃねぇだろ・・・お前だって、いずれ」
「いらねーの!」
「ったく、何怒ってんだよ・・・」
一体、何が気に入らなかったのか、ルフィはぐりぐりと痛いほど胸にしがみ付いてくる。
昔からルフィは、どうしようもなく我が儘で、喜怒哀楽が激しくて、とんでもなく気まぐれだ。
しかし、そんなルフィが愛惜しくて堪らないのだから、俺も相当おかしいと思う。
そっと目線を落とし、指先でつむじをぷすぷす突付くと、ルフィはビクッと肩を竦めた。
その仕草に笑いが込み上げてきたところへ、不意にルフィが小声で呟いた。
「ゾロは・・・お嫁さん、貰うのか?」
「・・・は?」
はて、何の話だ、と目線をルフィに戻せば―――真っ直ぐに見上げてくる黒い瞳。
その意思の強そうな澄んだ瞳は、いつだって俺の心を射抜いてしまう。
「ゾロは、お嫁さん貰うのか?」
「あー・・・いや・・・」
「ゾロは、俺から離れてっちゃうのか?」
「ルフィ・・・」
咄嗟に返事が出来なかった。
返事を要求する視線から逃れるように、目を逸らすのがやっとだった。
いつまでもずっと一緒にいられたら良いのに。
幼い頃には、そう疑う事なく願っていられたけれど、いつまでも子供じゃいられないと知ってしまったから。
いつか、離れなくてはならない日が来るから。
「だから、家から出てったんだな!?」
「え?」
話がおかしな方向へ向いているような気がして、慌ててルフィの顔を見た。
すると、先ほどまでの切なげな瞳は色を変え、憤慨したような顔でこちらを睨んでいる。
なんだ、この豹変ぶりは。
「そうだろ!?やっぱり彼女作ってやろうとか考えてたんだろ!?」
「なんで、そうなるんだよ?」
「ゾロが、家出てくから悪いんだろ!?」
「お前、まだ根に持ってたのか!?」
この春、俺は大学進学を機に家を出た。
家から電車で3駅のところに部屋を借り、1人暮らしをしている。
この進学が決まった頃、ルフィには毎日のように責められていた。
拗ねてむくれるルフィを宥めすかし、懇々と言い聞かせて、納得させるのに随分と暇がかかった。
しかしその後、ルフィも諦めがついたのか何も言わなくなっていたのに。
引越しだって、笑って手伝ってくれたのに。
その笑顔の陰で―――どうやらずっと根に持っていたらしい。
「何度も言ったよな?俺は大学へ遊びに行ってんじゃないんだ」
「知ってるもん」
「お前だって、ちゃんと納得してくれたはずだろ?」
「・・・だって」
ルフィは、むうっと口を尖らせて、今にも泣きそうな顔をして、それでも真っ直ぐ睨みつけてくる。
俺は昔から、この顔に弱い。
何とかしてやらなければ、と構えてしまうのだ。
出来る出来ないは別として。
「だって?」
「俺・・・寂しくて死んじゃうもん・・・5月病だって言われた」
「いや、5月病では死なない・・・と思う」
「でも、寂しいのは治らないもん・・・ゾロの所為だ」
胸にしがみ付いて、くすんくすんと鼻を啜るルフィは、今も昔も変わらず自分にとって1番大切で。
ただ少し、「大切」や「好き」という言葉の持つ意味が変わってしまったから。
「こら、ルフィ・・・泣くな」
「ゾロが悪い・・んだ・・・っ」
「あ〜・・・分かったから、泣くな」
「分かってねぇ・・もん」
今ならまだ、何食わぬ顔をして、離れる事も出来ると思ったのに。
コイツはまだまだ離してくれないらしい。
「ほれ、顔上げろ」
「う〜・・・」
「ったく、しょうがねぇなぁ・・・」
それならせめて、傷付けないように、傷付かないように、そっと見守るしかないのだけれど。
「何か、忍耐力を試されてるような気がしてきた・・・」
「へ?」
俺は、苦笑いを浮かべて、ルフィの頬を手のひらで拭った。
それから、昔からそうしてきたように、その仄かに赤くなった頬にそっと口付ける。
驚いたように身を固くするルフィが、何だかとても可愛かった。
ここまで我慢強い自分には、少しくらいのご褒美があっても良いはずだ。
「ゾロ・・・?」
「誕生日おめでとう、ルフィ」
「うん・・・」
「泣くな。またこっちにも帰ってくるから」
「ししし。・・・じゃあ、許す」
ニッコリとルフィが笑う。
いつまでこうしていられるか、今はまだ分からないけれど。
一先ずは、ルフィが笑っていられるなら、それに越した事はないのだ。
昔から変わらず大切な君へ―――HAPPY BIRTHDAY
幼馴染みのゾロルは、時系列を無視して書いているので、
少し分かり難いかもしれませんが「自覚済み+告白前」のゾロルです。
この後、「大好きな君に」(サイト掲載済)というお話に続きます。
家出騒動のお話は「ダイスキ」(サイト掲載済)というお話にあります。
いろいろ不親切でごめんなさい;
こんな物で宜しければ、どうぞお持ち帰りくださいませ。
5月一杯はDLFとさせていただきます。
報告は任意ですが、何か一言いただけますと嬉しいです;(あ、あくまで任意ですので;)
2007.05.09up
*なんて可愛いルフィなんでしょう。
そして、なんて男の子しているゾロなんでしょう。
最近父とか良人しているゾロしか書いてない うつけものには、
もうもう目映いばかりのお話で。
こんな可愛いお話を、DLFにしてくださったkinako様に感謝ですvv
大切に致しますね? ありがとうございますvv
*kinako様のサイト『 heart to heart 』さんはコチラvv → ■***

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