閑話休題 〜お侍 習作の3


 一寸先は闇とはよく言ったもので、先のことというのは、何が切っ掛けでどう転ぶものなやら。どんな軍師や賢人が見立てようと、なかなかどうして見通したようには運ばぬものが世の常で。大きな戦さの後塵が祟り、すっかりと荒んだこの大陸の。ずんと片隅にひっそりあった、米どころとしては有名だが規模はとても小さなとある村とて、そんな倣いへの例外ではなくて。里の内外、敵味方、誰にとっても当初の予定とは随分と様変わりしている状況下に今やある。収穫の頃合いを見計らい、腕力・武力に物を言わせて米や娘らを奪いに来る憎っくき野伏せり。抵抗出来ぬと油断しまくってもいようところへ、いずれ名のある練達の、刀自慢の“もののふ様”たちに追い払ってもらおうという計画だった筈なのが。どこから情報が漏れたやら、自分たちへの対抗手段として侍を雇った、何とも不埒な農民たちを、侍ともども成敗しにと。野伏せりの側も意気盛んとなりて、大群引き連れてやってくるのは必至という展開になりつつあって。いよいよの正念場を迎えんとしている神無村では、働き盛りの男衆は全員、砦と巨大武器と消耗品となる矢を大量に作るという作業班と、斥候が徘徊してはいないかを注意する監視・見回り担当の哨戒班とに分かれての働きづめで。それからそれから、慣れのない“戦さ”という事態へ際しての肝っ玉を鍛える意味合いも兼ねて、弓の鍛練をする班へも手が空いた順番に参加して、頼もしい兵卒への心身共なる精進も重ねており。それらの指導や監督役には、お侍さまの陣営から、それぞれの得手を活かしての配置がなされていて。工兵出身らしきヘイハチ殿は、農民たちが見たこともないような巨大な武器装置の製作を、仕事を振り分けることで実に効率よく進めており。砦や石壕の整備はゴロベエ殿、戦さ慣れしていて大概のことなら何でも器用にこなせるシチロージ殿は、統括担当としてあちこちの現場へ顔を出し、場合によってはてきぱきと手伝うことで作業の進捗を手助けし…と。頼もしいまでの差配の下、どの現場でも成果が着々と形になってゆく。勿論のこと、挫けぬ気鋭を叩き上げんとする効果も兼ねた、弓の精進の方もまた。当初こそ腰が引けていたものが少しずつ、力強い一閃を飛ばせるようになり、的に深々と刺さるようになりと目に見えての進歩を得れば。俄然、やる気も満ちて来るというもので。監督役の寡黙なお侍さまの差し向ける、冴えて鋭い眼差しから受ける印象が、緊張感を招くばかりな畏怖から…ありがたい叱咤激励へと感触を変えるころにはもうもう。野伏せりなんてどっからでもかかって来いと、吠えんばかりの自信もついて。もはや、自分たちの大それた選択へおろおろ戸惑う者など皆無という、心強いまでの集中と盛り上がりを見せており。どうか皆様頑張ってと、手塩にかけた稲たちまでもが、さわわ・ざわざわ、風に揺れながら応援をしてくれているかのよう。





 村の広場に幾つもを設
(しつら)えた、標的用のワラづと目がけ。風を切って宙を翔るは、村人たちの手製ながら、それは強靭な鏃(やじり)つきの矢。最初のうちは当たるどころか、弓から離れもしない者、弾かれた弦で手や顔を叩く者が続出という態であったものが。今や向こうへ突き通ってこそ平均点とまでの上達を見せており、
「次。」
 さしてくどくどと極意を繰り返した訳でもなし、お手本を何度も示した訳でもない。ただただ真顔のままじっと見守っていただけのような指導で、ずぶの素人からよくもこれまで育てたものよの、その監督様が。こちらは最初のころと寸分違わぬ、張りはあるがそりゃあ短い、だってのに聞き漏らしなぞ容赦しないぞという威容の籠もった不思議な掛け声にて、射手の交替を促せば。こちらもまた、よくよく鍛えられたもの。姿勢正しく胸を張り、弓に矢をつがえた新しい射手たちが、統率も颯爽と取れていれば、動作も機敏に前へと踏み出す。顧みれば、どんなに不味い射方をしても、声を荒げて怒鳴られまでした者はいない。ただ、何も言わないまま、あの紅の宝玉みたいな双眸でじぃっと見つめられると。怒っているやら、それとも情けないと呆れているやらも判らない内から、どういう加減か“すみません、すみません”と何度も何度も謝りたくなるものだから。
『呪いでもかけられると思っちまうんだろうか』
 とは、小さいのになかなかのご意見番、おからちゃんの一言だったが、それはさておき。きりきりと引き絞られたる弦と弓とが、ちょいと変則的な扇形を成すまでの呼吸までもが揃ってきた一団が、据わった腰も頼もしく、一斉に撃ち放てば。風の中へと一瞬溶け込んだほどの勢いに乗った矢のほぼ全てが、的へと突き刺さる上々の出来。そこは嬉しいと素直に頬をほころばせ、満足と含羞みを足したようなお顔を隠し切れぬまま、次と入れ替わる素朴な男衆たちを見やっていた師範様。素知らぬお顔でいたけれど、
「…おっちゃま? おっちゃま〜?」
 そんなお声が広場へまで届いていたのも、お背
(せな)に聞こえて先刻承知。探し物へと忙しそうな気配を抱えた、巫女姉妹の妹君の方が、寸の足らない手足を振り振り、たかたかと広場までをやって来たところ。まだまだ舌っ足らずな口調の抜けない、幼子と呼んで十分なちんまりとした少女だが、これでなかなか才気煥発。ずんと都会の虹雅峡まで、お侍捜しについて来たほどの怖い者知らずでもあって。そんな彼女が一番のお気に入りとしているのが、少々(?)破天荒で騒がせ屋の、機械の体をしたお侍。一番大きな躯をしているその上に、自分に正直であっけらかんとした思考と大ざっぱな行動とが、深謀遠慮、慎重を必要とする立場なところを揺るがしては、いつだって騒ぎを招いてくれるものの。厄介者でありつつも何故だか憎めない存在の、キクチヨというお気に入りを、どうやら探している模様。小さな村だし相手は大きい。しかもあまり要領がいいとは言えない人物なので、すぐにも見つかりそうなものだが、子供のコマチには結構難しい隠れ方をされているものか、う〜んと鹿爪らしくもお顔をしかめ、右へ左へ首を捻ったその揚げ句、

  「キュウゾウ様、おっちゃま、見ませんでしたか?」

 おおお、何て大胆なことを〜〜〜っと。奔放で伸びやかな声が紡いだ屈託のない呼びかけへ、弓隊の一同が思わずその肩を震え上がらせたのまでが、なかなか息が合っていたのは…はっきり言って余談だったが。
(笑) 小さな幼女が“ててて…”と駆け寄って来たことで、相手への視線も自づと下がってゆき、傍らまで寄った時点では真上からの見下ろしとなってしまって。こういう時は屈んであげるのだということも知らないらしい、寡黙で表情も薄いままなお侍様は、
「…。」
 やっぱり口を開こうとはしないまま、小さなコマチの期待に満ちたお顔を見やっていたけれど。
「…ご存じねぇんじゃねか? ありゃあ。」
「んだ。」
「けんど、コマチ坊は言ってやらねど分がんねだろに。」
 片や、行間を読むとか機微を推し量るなんてな見えないところへまでは、まだまだなかなか気が回らない、一から十まできっちりと、噛んで含めて告げないと通じなかろうお子様と。もう片やは、読める空気と読めない空気と、それぞれへの感度の落差が激しすぎる、ある意味ではこちらも十分に不器用なお侍様と。選りにも選って、そんな両極端な二人が向かい合ってしまった、微妙な構図であったのだけれど。
「………。」
 ふと。キュウゾウの方が、自分の足元を見下ろして。靴で地面をざりりと擦ってから、まだ少々間隙の空いていたところへと、長衣の裾さえ乱さぬ器用さで、こつんと蹴り上げたのが…碁石ほどもあろうかという小さな小石。それをひょいと宙にて掴むと今度はさっと勢いよく腕を振り上げる。秋の蒼穹にいや映える、紅の衣に白い御手。その先から、高々と天を目指して小石は舞って。
「ふわ〜〜〜。」
 何だか手妻のような鮮やかな手並みであったので、ついつい御用を忘れて見とれた、コマチと村の男衆一同。見失う寸前まで青い青い天を駆け登った小石は、やがては加速を落とすと落下の態勢へと入り、改めての加速を少しずつ帯びながら一直線に落ちてくる。ちょっとばかり斜めの角度がついてたせいか、投げた彼らへではなく、少し外れた辺りの茂みへ向けて、勢いよくばさりと落ちた小石だったが、

  「痛てぇ〜〜〜っっ!」

 おや。聞き覚えのある胴間声がしませんでしたか? 確か今。がささと揺れた茂みから、怒りの蒸気を吹きつつ身を乗り出したのが、
「やいっ、久の字っ。何てことしやがんだっ!」
 石を投げるなんてのは、村ん中じゃあやっちゃいけないことなんだぞ。加減を知らねぇ子供が真似をして、誰か怪我でもしたらどうするよと。この彼にしては真っ当なこと、畳み掛けようとしかかった、鋼の体のキクチヨ登場。これみよがしに笑うでなし、澄まし顔のまんまなお仲間へ。もっと咬みついてやろうとばかり、わさわさ茂みを踏み分け、出て来たところが、
「おっちゃまっ、見つけたです〜〜〜っ♪」
「し、しまった〜〜〜っ!」
 彼もまた村の護りに奔走したいのだが、小さなコマチが付きまとっていては危ない現場などへは運べない。そこでと今日は、彼なりに知恵を絞って撒いてみたらしいのに。(実質は単なる“隠れんぼ”になっていた訳だが。)しっかりと見つかってしまったからには作戦は失敗。
「覚えてろっ、久の字っ。」
 どたばたと賑やかしくも足元を踏み鳴らしての逃げの態勢に入りつつ、お決まりの捨て台詞を忘れない律義なところは結構余裕かも。そんな彼が大好きな、小さな小さなコマチ坊、
「キュウゾウ様、ありがとですvv」
 お膝へ小さな両手を揃え、ペコリとお辞儀をしてお礼を述べると、小さなお花のようにその身をひるがえし、そりゃあ嬉しそうに大好きなおっちゃまを追っかけてゆく。とんだ台風一過となったが、
「…。」
 同じ騒ぎのしっかり“構成人物、その一”であったはずの誰かさん。最初から最後まで、やはりその表情にはさしたる変化のないままであり、
「次。」
 短い一言、ぼそりと紡ぐだけで、
「…あ? あわわっ。ははは、はいっ!」
 ぼんやりしている場合ではありませんよ…という言外まで、相手の側へと悟らせる呼吸、既にああまで刷り込んでるところなんてのは、

  「あれで結構、指導者向きなのかもしれませんね。」

 軽妙な調子の言いようはどこまで本気の言なのだか。味のある響きに特長のある、何ともいい声がしたのへと、
「…あ。」
 こちらもまた、今さっきの一部始終を広場への入り口辺りから見ていたらしい、哨戒担当のカツシロウが頭を回して見回せば。さして距離は置かぬ辺りに、カンベエ様とシチロージ殿とが並んでいて。そちらさんもまた、今の一連のやりとりは眸に入っていたのだろう。同じものを目撃した者同士という、了解し合いの目配せをカツシロウへも送って来つつ、何とも愉しげな笑みをすっきり整ったお顔へと浮かべたシチロージの傍らでは、首魁様までが苦笑を禁じ得ないというお顔になっており。

  「それにしても。
   村に入ってからこっち、機嫌が善さそうですよね、あの御仁。」

 はい? それって一体、誰のことでしょうか? てぇ〜い面倒なと賑々しくも駆け去ってった、子供たちの人気者、キクチヨさんのことですか? あの方ならば いつだって、善さそう、なんてな雰囲気止まりでなんかなく。楽しい時は楽しい、悲しい時は悲しいと、全身全霊で表しての、めりはりはっきりしてなさる御仁ですが。ここまでの小理屈を並べるまでもなく、わざわざキクチヨ殿を捕まえての評ではなさそうだなと、そこは把握も出来ていたカツシロウくんであったのだけれど。シチロージさんのしみじみとしたお言いように続いての、

  「ああ。
   警戒は解かぬままなのだろうが、それでも、
   眉間が相当に和らいでおることが増えたようだしの。」

 カンベエ様のこの言い回し。いかにも慈しむような響きの籠もった、柔らかな口調で紡がれたその評は、キクチヨ殿へのお言葉ではないとしたらば、残るは………?







           ◇



「そりゃあいけませんな、カツシロウ殿。」
「はい?」
 辺りに聞き耳がないかを憚るような、どこか神妙なお声になってしまったのが、日頃にこやかな笑みを絶やさないヘイハチ殿であったがため。こちらも釣られて神妙そうなお顔になってしまったカツシロウ殿へ、
「さようさ。」
 うんうんと、こちらもなかなか深刻そうに、何度も頷いて見せたのがゴロベエ殿。
「あのキクチヨ殿の潜む気配が読めなかったとは、まだまだ精進が必要なのではなかろうかの?」
「…はあ。」
 冗談はともかく。
(笑) 陽動作戦の一環として、岩屋の砦の各所へも“張り子(デコイ)”の弩(いしゆみ)を設置しておく必要があるとのことから。その手筈の刷り合わせにと、ゴロベエ殿を訪ねて砦前まで来ていたヘイハチ殿とも合流し、まずはと、異状は無いか、他の部署へと伝達することはないかを確認してから。ああそうそうと、カツシロウが持ち出したのが、先程の広場での一幕で。緊張と熱気の綯い混ぜになった微妙なテンションを程よく冷ますべく、村の衆たちへ涼やかな風を送った一服の清涼剤…だったかどうだか。それは間近で見たかったですねと、3人で一通りのほのほ笑って、さあそれから。
「ああまで動かぬキュウゾウ殿の表情を、なのに読み取ってしまえるとは。」
 人生経験が深い人であればこその、洞察の妙というものなのでしょうかしらと。達人は何でも見通せて凄いとばかり、相変わらずの素直さで、カンベエ様やシチロージ殿への尊敬の念を深めておいでのカツシロウくんであり、
「まあ…判りにくいと言われれば、それはそうではありますが。」
 キュウゾウ殿の鉄面皮は、されど、と。何かしら思い出したらしいヘイハチ殿。
「ほれ、先日にも…。」
 例として語り始めたのは、実際に攻め手が寄せて来た場合の対処の検討の場において。相手がどんな心積もりで、どんな陣営でかかってくるかは、判断材料が少ないせいもあって確定は不可能。よって、堡や壕などで要所を護るための人員配置や仕掛けの設置以外、あまり色々と先んじて型に嵌めて構えぬ方が良いだろうとは、当初から変わらぬ共通の見解であったものの、
『なだれを打って突入されると、小回りの利く兎跳兎やミミズクも煩そうございますが、大物の雷電に紅蜘蛛が果たして何体いるものか。』
 長老が示した数字は、細々した頭数も総て浚って 60から40くらいという話であったけれど。状況はかなり変わっているのだから、その陣営も今やどう膨らんでいるものか。要警戒と構えた方がと、村近辺の地図に加えて、雷電や紅蜘蛛、本殿と称される要塞などなどの図を囲炉裏端へと幾枚も広げ、円座を組んで皆で検討を重ねていたときのこと。
『…。』
 どちらかと言えば、修羅場本番での働きにこそ関心や興味が偏っているものか。戦略にはあまり食指が動かないと言わんばかり、話こそ聞いてはいたが、腕を組み、壁に凭れてという、相変わらずの遠巻き態勢でいた寡黙な彼が。いつの間にという気配のなさのままに近づいて、きれいな白い手をぬっと間近から突き出したものだから、
『…っ☆』
 これにはカツシロウばかりでなく、ゴロベエ殿やヘイハチまでもが…やはり気配を拾えなかったからのこと。のけ反るほどにもギョッとしたものの、
『どうした?』
 一番驚いていい筈な、自分の真後ろからその手元をと覗き込まれていたカンベエ殿は、さすが微塵も動じてはおらず。それより何か言いたいことでもあるのかと、先を促して見せたほど。すると、
『…ここに、気筒がついてる型のを見た。』
 そのお背
(せな)へと身を寄せて、片膝ついたる態勢のまま、首魁殿の頼もしい肩越しに伸ばされた腕の先、キュウゾウ殿の白い指先が指し示したは、雷電の図の胸元辺り。
『気筒?』
 雷電や紅蜘蛛というのは、搭乗型の乗り物ではなく、あくまでも元・侍の身体そのものが転じたもの。魂を移したユニットへと連動する鋼鉄の身体…という形態になっており、途轍もない規模の“代替肢体”だと思っていただければ一番間近い解釈になろうか。よって、
『そういえば、先の戦さのギリギリ末期には、そんな改良型のが結構あふれておりましたね。』
 そういう方面へは、工兵だったからこその目端が利いてたヘイハチ殿が、うんうんと頷いて見せ、
『改良型?』
『動作転換などなど、動きを切り替えるときの馬力がね、桁外れに上がるんですよ。』
『じゃあ、移動速度も速くなる?』
『ええ。但し、燃費は落ちますから、一気呵成の短期集中決戦向きでして。』
 ゴーグルでおさえた帽子のつばの下、額の端っこをこりこりと指先で掻いて見せた彼だったのは。そんなの小手先の技だと、性能への反映にしてみても痛し痒しだとでも言いたいからか。
『今はどれほど残存しておりますやら、ですが。成程、今回我らが迎え撃つような襲撃には、そんな身のほうが有利ではありますね。』
 こちらの“張り子作戦”ではありませんが、目眩ましにと仮の気筒を取りつけた輩が混ざっているやもしれない。だが、そんなもの、その情報を知ってる者にしか通用しない“嘘の皮”ではないか? そうですね、こちらの持つ知恵や情報の質と量を、向こうさんがどこまで把握できているのかにもよる、というところでしょうか。
『…。』
 結構な議論の種を投下した、当の本人はといえば。最初の一言を放った後は、やはり黙んまりをし続けており。ただ、
『…キュウゾウ?』
 カンベエ様の背中へと、張りついたままでいた彼が、いつの間にやら…温かな肩口へと頬を伏せ、ちゃっかり転た寝をしていたのは、

  「あれはなかなか、可愛らしい一面でございましたよねぇvv」

 ちょっぴり擽ったげにくすすと笑った、米侍ことヘイハチ殿。そういえばそんなこともあったなぁとゴロベエ殿もくくくと笑い、けれど、すぐにも我に返られたキュウゾウ殿であったのだし、彼だけはほとんど交替もないまま、独りで弓の指導に当たっている身なので、
「きっとお疲れだったのでしょう。」
 そんな風に、真っ直ぐ真面目な応対を返したカツシロウくんへ、これは困ったですねと、やや苦笑に傾いた笑い方を見せながら、
「だから。そうじゃなくって、ですよ。」
「はい?」
 ああ成程と、何の例えで持ち出したヘイハチだったかまでもを逆上ったゴロベエ殿が、先んじて納得してしまったその傍ら、
「キュウゾウ殿は、それはそれは研ぎ澄まされた感覚をしておいでな反面、警戒の方向が結構偏っておいでだ。発射されてからの反応じゃあ遅すぎる銃弾を紙一重で見事に避けられ、まだ遠くて影さえ見えもしない敵の気配を察することが出来ながら。なのに、コマチ殿が屈託なく駆け寄って来れるほど、その尋の内までなんてな至近を無防備にも解放しているときもある。」
 尋というのは、両腕を広げた差し渡しの長さのこと。いくら村の中だとはいえ、そうまでの間近に、なのに何の警戒も巡らせてはいなかった彼だということ。それはお判りでしょう?と、念を押してから、
「そんな彼が、そこは安全なのだと思ったからこそ転た寝までしてしまった。不思議だと思いませんか? 確かキュウゾウ殿は、カンベエ様を自分が斬るために同行しているというのにね。」
「あ…。」
 先約を片付けてからだという条件を呑んだ上で、律義にも待っている彼であり。急襲などに遭遇しての苛烈な切り結びにでもなったれば、自ら飛び出してゆき、カンベエの身を結果として守っていることにしてみても。そんな自分に先んじて、詰まらぬ者に斬られてはかなわないからと、そんな理由がくっついてのこと。
「そんな相手からそうまで懐かれるほど、カンベエ様が懐ろを開いておいでなのか。それとも、今は殺意を盛り上げるのも留保だと、くっきり切り替えていればこその余裕でおいでなキュウゾウ殿なのか。それはご当人にしか判らないことではありますが。」
 やんわりと細められた目許に、頬から滲んだ温かな笑みの影が加わって、それはそれは和みの満ちたお顔になったる米侍殿。
「判りにくいものを浚えるのが凄い…ではなく、進んで判ろうとしておいでだったから判って当然と。そういう、至極当たり前な順番なんじゃないのかなって、私は思ってるんですけれどもねぇ。」
 そうと言った彼自身も、結構な観察眼でカンベエやキュウゾウを見ていたらしいヘイハチ殿であり。となれば、
「あ…そか。////////
 ただただ凄いと手放しで感嘆ばかりしていたカツシロウくんが、今度は少々鼻白んでしまった模様だったけれど。まま、そこはこれから幾らでも増えるだろう、心の伸び代
(しろ)。焦って背伸びをすることはありませんと、フォローいただいたその後へ、

  「そうそう。関心があるものへは誰しも見分けの目も冴えるものだからの。」

 ゴロベエ殿がやはり感慨深げな声を上げられ、
「ほれ、種類が同じであるならば、どれもが同じに見える鳥やら犬やら、猫に早亀であれ。愛情込めて世話をしておるなら、よその子供と混ざったとても、ちゃんと見分けはつくそうだから。」
「は、はあ。そう…ですよね。」
 早亀って、あなた。何てものを持って来ますかと、困ったように笑ったカツシロウくんが、あの寡黙でぶっきらぼうなお侍様のお心までも、読める時が果たして来るものなのだろか。苛烈な戦いを間近に控えているとは到底思えぬ、なかなかほのぼのとした空気に満ちた、とある秋の日の昼下がりの一時でございました。






  〜Fine〜  06.11.23.〜11.24.


  *随分と欲張って、お侍様たちを全部浚ってみました。
   敬称は基本的には年の順ということで、
   カツシロウくんは…何と言いますか、要精進、かな?(おいおい)

  *それにつけましても、私は一体、
   キュウゾウ殿をどういうお侍様にしたいのでしょうか。(いや、訊かれても)
   このままでは野生動物か、はたまた某サッカー漫画のジョゼと一緒である。
   (あああ、本館でと同じ例えをまた使ってしまっただよ、おっ母さん。)
   ミステリアスと奇天烈の境目を、
   どうか誰か、そこに座って教えてくだされでございます。
(苦笑)


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