幕間〜神無村から 〜お侍 習作の9

     *第16話『死す!』以降未視聴の方、ネタバレがありますのでご注意下さい。
 



 そうそういつまでもお前たちの天下は続かない。こちとら、腕の立つ御仁らを七人も雇ったぞ。彼らの打ち出した作戦に従い、途轍もなく大きな弩
(いしゆみ)や、それを模した張り子の覗く岩砦といった仕掛けを構築したり、周縁に切り立った断崖が巡っていることに甘んじず、逆に警戒しての堡を設けたりに勤しんで。そういった村の武装を隙なく固めるのと同時進行で、武装し戦い慣れしていろ相手へ怯まぬ心掛けを築くためにと、鋼をも貫くほど集中出来るまでを目標に、弓を引く習練を徹底してもおり。さあさ、いつやって来ても構わないぞ…と準備万端整って。緊迫ばかりが高まる中、野伏せりたちは予想以上の破格な数で押し寄せて来たものの。巨大な弩による先制攻撃とそれから、男衆らのほぼ全員でかかった、弓による一斉迎撃で浮足立たせたところへと引き続き。大胆不敵な作戦によって、頼もしき練達の刺客たちが敵陣への潜入攻撃を敢行。大きに暴れたその結果として、彼らの要塞こと“本陣”を2基とも、完膚無きまでという徹底さで陥落に追い込んで。後がなくなったことから破れかぶれになったとしか思えない、そんな残党らを迎え撃つこととなった最終決戦では。驟雨の降りしきる中、機巧により特化された野伏せりの大群と相対しても、微塵にも怯むことなく。容赦なく刀を振るっては、鋼の相手を片っ端からザクザクと切り刻んだ、それは頼もしき用心棒こと 七人の侍たちの獅子奮迅の働きは、神無村では後の世まで永く語り継がれた“英雄譚”にまでなったほど。

  ――― とはいえ。

 いつまでもそんな余燼に浸っている場合ではなくて。侍たちの到着を待ち、遅れに遅れていた稲刈りをとっとと済まさねばならないし、凄惨だった戦いの跡を感慨深げに眺めるよりも、焼けた家や崩れた石垣を手早く直して、元通りの“平穏な生活”をいち早く紡ぎ始めることが何よりも肝要。理不尽に課せられた無体へと、昂然と抵抗をして勝利を収めた事実は、誇らしげに飾っておいてもいいことなれど。地獄絵図のようだった戦いの方は、悪夢として早く忘れるに限るから。





            ◇



「戦さの準備も活気があったが、やはりこっちの方がずっと良いねぇ。」
 先日の驟雨が嘘のように晴れ渡った青空の下。村のあちこちで復興の槌の音が軽快に響く。そんな中、各所の進行状況を、つい先だってまでの切れるほどの緊張に冴えてたお顔とは打って変わって、そりゃあ微笑ましげな表情で見て回るシチロージであり。
「さすがは働き者の皆さんだねぇ。骨惜しみをしねぇ。」
 短期集中へ役立てよと、他でもないこの年若き参謀殿が、各人の個性を素早く見抜いて割り振った、様々な作業への組分けが、ここでも功を成しており。力持ちに気配りの利く者、協調性の均衡もちょうど良い配合となっているそんな組分けの各班が、効率というものを覚えた切れの良い動きをするから、作業の何とも捗ること。戦いも終わったことだしと、今度はこちらのお手伝い、各所へ即妙な指示を出して回ってる、首魁殿の古女房、采配上手なシチロージだが、
「何とも落ち着けぬ人たちもいるようですよ?」
「おや、ヘイさん。」
 腹へと深手を負ったくせに、やはり落ち着いてはいられぬか。石垣や崩れた崖の修復などへの知恵を借りにと飛んで来た村人へ、口で言うより見に行きましょうと、床から早々に離れた、ある意味で困った人からのご注進へ、
「…ええ、気づいちゃいるんですがね。」
 気配は察していたけれどと、これも悪あがきか、言葉にしなけりゃ、気づいてない振りを続ければ、案外と何事もなく静まってはくれまいかなんて。ちょいと虫の良いこと、考えてなくもなかったシチロージであり。
「制しようがない顔触れなんで…ちょいとね。」
 小粋な所作にて肩をすくめると、気後れしてましたと本音をちょろり。彼らの首魁であったカンベエは、具体的には何も言い置いて行かなかったが、それでも。今は村の復興が大事。安心して米作りに集中できる村にしてこそ、そこまでの手当てをしてこその完遂だからと、後は任せて下さった。だっていうのに、
「あの人たちには、ある意味で“初陣”だった訳でしょうからねぇ。」
 待機中にもそんな気の逸りは感じ取れていて、柄にもなく諌めもしたこと、思い出してヘイハチが苦笑する。一瞬の判断の巧拙がそのまま生死を分かつよな、あまりに激しい戦いをいきなり体感してしまったその熱が収まらないのか。打って変わっての平穏で健全な空気が、火の消えたようなやるせなさにしか感じられず、あの熱病のような興奮が心に燻り続けてなかなか落ち着けないお侍が約二名おり。
「馬力が凄まじいキクチヨ殿と、思い込むと何を言ったって聞く耳を持たぬだろうカツシロウくんではね。」
 それこそ、カンベエ殿からの上意下達、具体的な指示でもない限り、自習も出来ない困った人たち。色々と未消化なものを持て余しているのだろうなと、心情的なところは判りもするが、
「構ってやれる時間も余力もありませんしね。」
「というか、素直に手伝ってくれりゃあいいんですのに。」
 体力有り余りの若いのが二人、遊んでいるなんて勿体ないったらと。実は自分も力仕事がしたいのに、皆さんで傷をいたわって下さるがため、口しか出せないのが歯痒いらしいヘイハチ殿。もしかしなくともの八つ当たりめいたお言いようを口にするので、こりゃあ怖いやと相方が思わずの苦笑いをしてしまう。

  「………。」

 それは重たげに頭を垂れてた稲穂も今はなく、すっきりと刈り取られた田圃を見下ろす土手の上。二人はどちらからともなくその歩みを止めて、感慨深げなお顔を見合わせる。二人そろってどうしても口に出来ないことがあり、

  “こんな時にゴロさんが居れば…。”

 円熟した大人ではないが さりとて子供よりは世間を知っている、少なくとも見て来てはいるというような、自分たちのような中途半端な存在ではなくて。首魁であったカンベエと同世代の、それは頼もしい本物の“大人”であった彼だから。大道芸で身を立てていて世慣れていた分、どこか厳格そうな威容をまとったカンベエよりも取っつきやすく。困ったときは笑ってしまえだなんてお道化て見せたりしながらも、何も言わないうちから…相手の胸中の憤懣だとか錯綜だとか、深い尋にて掬い上げ、ようよう理解した上での窘めなり宥めなり、働きかけてくださった。それはよく出来た御仁であったからこそ、鬼が妬んで攫ったか、否やもなく鬼籍に入ってしまわれて。立ち止まったら思い出すから、そしてそれが辛いから。しゃにむに忙しい忙しいと動き回っている彼らでもあり、

  「そういや、キュウゾウ殿も見かけませんが。」

 あのお人も、こういう作業には向いてませんが、それならそれで。カツシロウ殿へ何かしらご教授でもして下されば、気を紛らわす助けくらいにはなったのにと。そんな言いようまで出て来たもんだから、
「ヘイさんはずっと現場にいらしたんじゃないんですか?」
 だってのに、よくも“いない”と気がつきましたね。森の中で残党捜しとかしておいでかも知れませんのにと、どこか白々しいことをシチロージが言い出すと、
「判りますとも。」
 腹の探り合い…なんてするまでもないですよと、あっけらかんと笑ったヘイハチさん、

  「ご婦人方が“何処にもいないの”とこそこそ騒いでおいでだ。」
  「…おや。」

 様々な戦さ支度の指揮を、それぞれに執っておいでだったお侍様たちへは、立ち働けばきびきびと凛々しく、ただ立ってらっしゃるだけでも毅然と頼もしい、きりりと冴えた横顔の、何とも惚れ惚れする男ぶりだろかと。年頃の娘たちのみならず、その采配の下で黙々と働き、鍛練に励んだ男衆たちからでさえ、お役に立ちたいですと慕われてしまう顔触れが後を絶たなかったほどであり。
「あの、寡黙で凛と冷たいところが、都会的で新鮮なんですかね。」
 女性陣の間では、カツシロウくんと人気を二分する存在だったみたいですよと言ってのけたヘイハチ殿、
「それに、弓を教わってた関わりでか、男衆の皆さんにも気遣われているようですし。」
「ああ、それはねぇ。」
 戦さン間は、夜叉の如くの凄まじいお働き、してなさったキュウゾウ様じゃったが、その後、とんとお姿が見えない。もしかして人知れずのお怪我でもなされたか。あん人はそういうの口にしなさそな方だから、何処かへ身を隠し、息をひそめて回復を待ってらっしゃるのか…と。ともすれば野生動物みたいな言われよう。最後のにはさすがに苦笑を禁じ得なかったものの、
「以前からも懐かれてはおられたようですしね。」
 いつぞやに目潰しを喰らってしまって臥せった時や、そうそうお酒を舐めて引っ繰り返ったあの時も。なかなか戻って来なさらんがどうされたかって、代表格が様子を見に来の、それからすぐに、
「大事はないか、しっかり養生して下さいと、代わる代わるに見舞い客が訪ねて来ていたからねぇ。」
 取っ付きにくそうに見えて、だが。どんなに失敗を重ねても、声を荒げることも威嚇の睥睨を向けることもなく。淡々と指導を続けて下さった、お若いのに相当に根気のある人で。そういうところが慕われたらしく、

  「とはいっても。あの人だけは我々とは微妙に参加意義が違ってましたから。」

 これもまた、本人から何事か告げられた訳でもないのに、ある程度はお見通しなシチロージであるらしく。それを言うなら、そんな端折った言いようでもヘイハチにだって伝わって、
「もしかして…。」
「ええ。」
 少しばかり眉を下げて、困ったもんだというお顔を作って見せ。こっくり頷いた槍使い殿。

  「カンベエ様についてったんじゃあないのかと。」

 ついて来いとお命じになった訳じゃあないのでしょうが。多分、補佐を務めるおつもりで、自分からついてったんでしょうよと苦笑い。
「もともと、カンベエ様との刀捌きの決着をつけたがってたお人なんでしょう?」
 それがため、カンベエの側が“先に果たさねば”と持ち出した約束ごと、とっとと片付けて欲しくて手助けをしていただけ。この村を救うとか野伏せりの横暴が許せないとか、そういった観念から加わっていた彼ではなくて。とはいえ、
“恐らくはカンベエ様も…。”
 それは織り込み済みでいらしたんじゃなかろうかと。シチロージが内心で呟く。それは無口で、思うところを表に出さず、迷子のカナリアみたいな取り留めのなさを、いつも気に掛けておいでだったし。
『あの阿修羅のような剣豪をつかまえて、カナリアはよかったな。』
『まあ、それは…言い過ぎかも知れませんが。』
 掴みどころがないままに、孤高である様が目についた彼だったものだから。あの柔らかな色合いの金の髪やら、ほっそりとした姿と相俟って、ついついそんな印象を感じていただけであり。小さな小鳥のように、不安げに見えた…という訳じゃあない。むしろそれまでの彼よりもしっかりと、地に足つけて行動を取っていたのだろうと思う。我らとの同行を決めたおり、彼は息絶えんとしていた同輩へこんなことを言っていた。
『…生きて、みたくなった』
 我を殺した上で、刀で喰っていくのではなく、思うままに刀と添い遂げたくなったというところだろうか。真っ直ぐな眼差し、迷わない気概。生気に満ちて炯々と、強かな眼光で毅然と顔を上げていた若侍。
“開眼させたのはカンベエ様だ、ということになるのだろうな。”
 相変わらずに罪なお人だと、しみじみ思う。今の時代に、最も適合の道がないのが、人斬り、お侍だっていうのにね。キュウゾウ殿の身の裡
(うち)でしんと静まって収まってたそれだろう血のざわめきを、刃のしのぎ合いにて呼び起こさせてしまったに違いなく。要領のよさや利を求めての迎合を知らず、不器用で頑迷なまでのカンベエの生き方は、ある意味で人を惑わすのに十分な深みや、夢を誘う魅惑を帯びているから困りもの。魅入られて惚れた男女は数え切れないその魔性、今も健在だということか。
「………。」
 ちょいと押し黙ってしまった槍使い殿の、どこか複雑な胸中には気づかぬまま、
「それにしては。」
 ヘイハチが顎の先へと指を当て、
「骨惜しみなんてせず、やれることを精一杯、ご尽力いただいていたようですが。」
 そうは見えませんでしたけどと、寡黙で表情薄かった金髪紅衣のお仲間を思い出し、くすすと笑って言ったのへ。そうでしたねとこちらも更に苦笑するシチロージで、
「虜囚の振りをしたり、危険な斥候まで買って出て下さったり。数の上では絶対不利な状況だって事、重々判ってらしただろうに、何の見返りもないことへ全力で手を貸してくださっていた。」
 手を貸すからとっとと片付けろと、尻を叩いているつもりだったんでしょうかねぇ。さてねぇ…なんて。何かとびっくり箱だった“凄腕さん”のことを、上げたり下げたりしていた二人だったが、

  「…でも。間違いなく、カンベエ殿の命を狙っている方なんですよね。」

 刺客や暗殺者ではないけれど、いずれ刀での決着をつけたいと言っている以上、どちらかが斬られることとなるのは必至。裏切りというものへ、妙に過敏なところのあるヘイハチ殿としては、そんな物騒なお人をよくもまあ連れていかれたものだと、我らが首魁殿の肝の太さにいっそ呆れたらしかったけれど。

  「それもまた、カンベエ様の人徳ってもんなんじゃあありませんかね。」

 戦さに必要な反射や体力、刀捌き以外では、案外と不器用だったキュウゾウ殿。戦さの勝手へは頼りにしつつも、日頃の覚束無さへは…何かと案じていらしたその上で。拙くも稚
(いとけな)いところを、むしろ愛でてらした節もあり。そんな不器用のこれも延長か、その気になればいつだってばっさり殺(や)れるもの、律義にも“おあずけ”を守ってる生真面目さへ、妙な言い方ながら信頼を置いておいでの首魁殿であるのかも。

  「ご無事で本懐を遂げなさればいいのですが。」

 振り仰いだ秋の空は、いつの間にやらほのかに茜を滲ませており。この同じ空の向こうのどこかにおわす、不器用だけれど大胆不敵な二人のお侍へと想いを馳せつつ、どうかご無事でお戻りをと、ついつい神妙になってしまったシチロージなのであった。







            ◇



 間断無く吹きすさぶ、強い風の音がしていた。だが、すぐにも気にならなくなった。明け方間近い荒野の一角で、夜の底に二人きり。駄々をあやした深い懐ろから見上げれば、周囲に垂れ込める淡い夜陰へとその輪郭をあいまいにした蓬髪と、それに縁取られた何ともいかめしい男の顔が、いかにも落ち着いた表情で見つめてくれて。そこはたいそう暖かで、しかもたいそう落ち着ける空間で。うっかりすると眠くなるのが、だが、惜しくてたまらず。それを振り払うためのように、他愛ないこと、何とか思いついては ぽつぽつと。肩を抱いてくれている相手へと話しかけていた自分であり。あまり話し言葉を知らぬ者が随分と無理をしてと、微笑ましげに細められていた双眸が、あんまり優しかったから。朝が来るのが何とも恨めしかったのを覚えている。そのまま独りで行かせたくはなくて。いや、独りになりたくなかったのは、今思えば自分のほうであったのか…。





  〜Fine〜  06.12.07.〜12.11. 


  *神無村大決戦の後というと、
   お侍様がたがバラバラになってそれぞれなりの行動を取ったので、
   それを追っての一連のお話が続いてしまいそうでございます。
   じんわりゆっくり、愛を育ててほしい、とか?
(誰がだ。)(苦笑)

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