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  明けぬ闇 〜砂塵の迷図 B (お侍 習作の13)

     *第16話『死す!』以降未視聴の方、ネタバレがあります。
      それと途中に R-15 程度の性的描写の含まれるシーンもございますので、
      苦手な方は、どうかご注意下さい。
 




          




 間断無く風の音がしていた。だが、すぐにも気にならなくなった。明け方間近い荒野の一角で、夜の底に二人きり。そこはたいそう暖かで、しかもたいそう落ち着ける空間で。うっかりすると眠くなるのが、だが、惜しくてたまらず。それを振り払うためのように、他愛ないこと、何とか思いついては。ぽつぽつと肩を抱く相手へ話しかけていた。あまり話し言葉を知らぬ者が随分と無理をしてと、微笑ましげに細められていた双眸が、あんまり優しかったから。朝が来るのが何とも恨めしかったのを覚えている。そのまま独りで行かせたくはなくて。いや、独りになりたくなかったのは、今思えば自分のほうであったのか…。




            ◇



 虹雅渓の最下層部にある“癒しの里”は、あからさまに言えば遊郭や置き屋の多く居並ぶ色街で。大門をくぐれば、領主も差配も関係ない。野暮は言わず、世俗の垢もしがらみも忘れましょうよというところ。蛍屋はどちらかというとお座敷や料理が主体の店ではあったが、意の通じ合った異性と二人きりで過ごすには似合いの、小粋な庭を望める静かな部屋や離れもある。昨夜からこっち、個人的で特別な客人たちを迎えたことから、女将のユキノが気を遣ったらしく、今宵はあまり泊まりの客はいないようで。宴の賑わいなんぞも少々大人しめにしか聞こえては来ない。
「………。」
 話の切りもよく、それでは明日の出立に備えてとお開きとなった場から立ち上がった彼が。障子を開いて廊下に出るなり足を止め、それから何かに気を引かれたような素振りを示した。まるで、目には見えない馥郁とした香りにでも誘
(いざな)われるように、出たそのまま進みかけたのとは反対の方向へと歩みを運び始めたので。どうされたのか、まさかに奇襲の気配かなとついつい眉を顰めつつ、後へと続くよに廊下へ出たシチロージであったが、
「…あ。」
 そんな主の、背へとかかるほどにも伸ばされた蓬髪のかかる肩の向こう。明かりを灯さぬ長い廊下のその先が、夜陰の闇に呑まれかけてる曲がり角。星の瞬きと里の明かりとがその瞬きを拮抗し合ってる様を、一幅の絵のような構図で望められる小窓が開いたその中に。隣りの棟の廊下の欄干へ、見目のいいしなやかな腕を引っかけて、凭れ掛かっている細い背中がちらりと見えて。夜の帳
(とばり)に彩度を吸われた赤い背は、昨夜、この店の前にて怪しい連中が火を点けようとしていたのを片っ端から切って捨てたという、我らがお仲間のうら若き侍殿ではなかろうか。
“あれから今日いちんち、姿が見えないままでござったが。”
 それが今、気配なく戻って来ていたということであるらしく。相変わらずに寡黙で、有言実行ならぬ不言実行なお人だなぁと、ついのこと、苦笑混じりに肩を竦めてしまったシチロージ。そんな彼の待つほうへと向かってゆくカンベエの、こちらは褪めた白が月光を弾いて冴えて見える肩や背を見やり、小さな笑みをついつい浮かべてしまう。

  『よくぞ来てくれた。』

 ヘイハチが近頃まで誤解していたように、この御方は、無闇矢鱈に人を信じるのではなく、たとえ再び裏切られてもその非までもを受け容れられる、それは深い尋をお持ちな方で。そのくせ、ご自分のことをあまり好いておいででないカンベエ様は、それがため、ここ一番という時にあまり他者へと期待や依存をしない御仁でもあった。信じないのではなく、罪深い“侍”という存在であるご自身の信念へ、他の誰ぞまでもが…そんな義理も必要もないのに引き込まれるのを善しとしなかったから。だから。そんな御主が、昨夜突然現れたあの若侍へとそんな言葉をかけたのが、シチロージには少々意外で。だが、
“手古摺って…は、いないようですね。”
 人になかなか慣れない仔猫は、柔らかな衣紋などでふわりとくるんでやって、そのままで抱いててやると、小一時間もすりゃあ安心してか大人しくなるのだとか。カナリアみたいに端正で麗しい、その風貌や佇まいが、刀を取ればガラリと変わっての一気呵成。阿修羅の如く、夜叉のように立ち働き、人を屠
(ほふ)るに微塵も臆さない剛の者。我らとは全く異なる、極端に偏った価値観を持ち、しかもそれを超然と貫き通して世界を見ているかのような。そんな 一種神憑りな御仁が、なのに、カンベエへと添いたがる。人に馴れるはずのない、そんな存在までもが慕う主。そんな印象がして、我が身の誉れのように擽ったくて。いやそれではキュウゾウ殿に失礼かと、別な苦笑を頬張りながら。庭の椿がつややかに、月光を弾いて濡れ光る中、ユキノの待つ部屋のほうへと足を運ぶことにしたシチロージである。





            ◇



 そろそろ“夕涼み”なんて言葉が洒落にならない頃合いになっていて。使われていない部屋続きの棟、廻り回廊に向いた雪見障子が開け放たれていたのは彼がしたことではなかったのかもしれないが。明かりのない部屋はどこぞかの洞のようにも見えて、いっそ寒々しく。そんな部屋の前、手摺りも兼ねてか腰までの欄干が設けられてあるのの台座へと、腰を引っかけた横座りになって、外を眺めていた彼へ。静かな気配が近づいて、
「…戻っていたのか。」
 昨夜、一旦姿を見せていたものが、今朝早くからのずっと、再び消えており。何も言い残さない行動ではあったが、現状を慮れば容易に想像はつく。昨夜、彼が連れて来た前の差配ともどもに、勅使や天主を殺害したことにされてしまったカンベエらを、構いなしと言った舌の根も乾かぬうち、討ってしまわんとしてウキョウが刺客を放ったらしく。後の触りになるやもと警戒しての若造天主の手回しの、何とも速やかであることか…と感心する間もあらばこそ、今日の一日中、この蛍屋の周辺を警戒して回っていてくれた彼なのだろう。それが証拠に、その傍らまで近づけば。背に負うた刀からか、それとも似た色だから判然としない、暗紅色の長衣に染みたそれなのか。夜風に乗って、鉄や潮のそれにも似た、仄かな血の匂いがしてくるではないか。
「…。」
 夜陰の中に何を思っていたものか。声をかけてもしばしの間を、こちらを見ずにぼんやりと。取り留めのない視線を外へと向けていた彼だったが、
「…明日、出立か?」
 さして感慨を含まない声が訊くのへ、
「うむ。」
 短く応じればやっと、顔を上げて立ち上がり。視線はそのままながら体の向きを僅かに変えた、カンベエのその所作に促され、並ぶようにして傍らの部屋へと足を運ぶ。しなやかに絞られた痩躯へと沿った外着は、こんな夜更けに冷たい月光の下で見ると、鋭さが過ぎ、痛々しくも映るから、つい。月光に染まった細い肩に視線をやれば、同じ色調の冷ややかさをのせた白い頬の線が少しほどこちらを向いて、
「…。」
 何をか言いたげな気配を見せる。室内もまた随分と、夜気に満たされての寒気を詰めていたけれど。人が入って明かりが灯れば、その居心地もずんとよくなり。砂壁の柔らかな色合いが、和紙囲いの行灯の黄味がかった明かりを染ませ、尚のこと甘い色となっている。二間続きの手前の部屋には、茶器の載った小さな長火鉢と煙草盆。帳場に声をかけてあれば、銚子や簡単なつまみなども持ってくるのだろうが、どちらかと言うとそんなことより逢瀬のほうを楽しみたい客のための部屋であるらしく。他の座敷や店の周辺の賑わいが、まるきり聞こえぬ別世界のような静けさが満ちており、
「…。」
 身の置きどころに戸惑うように、所在なげな様子でしばし立ち尽くすキュウゾウだったが、そのまま閉ざした障子の際へ無造作に腰を下ろすと、片方の膝を立て、長々と脚を延ばして見せる。寛いでいるようにも見えるが、これはいつでも立ち上がれる、最も応用の利く構えらしくて。背から刀を降ろさぬままなのが、すっかりとは緊張を解いていない状態を示すいい証拠。この店がカンベエら“危険分子”が足場としている場であると、敵方の連中から狙いをつけられていることは、彼にしてみればもはや“公然”レベルの事実であるからで。だが、そうかと言って、同座している男への警戒はまるでなく。行灯へと明りを灯した後、別の庭へ向いた円窓を背に腰を下ろしたカンベエの方を、ついと見やった視線は穏やかで。それを見やって、こちらまでもが人心地つけたほど。
「よう動いてくれたの。」
 蛍屋への警護もだが、それとは別に。彼へと依頼しておいたのは、勅使殺害のその後の経緯。この虹雅渓で探索をなしていたればこそ、ウキョウの動向や、元は巨大な浮遊戦艦である“都”の遠来という情報も掴めたのだろうし、あの斬首獄門をここでお披露目せんとしたことへも喰いつけたようなもの。そして、これでしまいだ、干渉も無しと公言しておきながら、その日のうちにも刺客を送り込むような相手の周到さへ、きっちり対抗出来ているのも、ここまでの経緯という下地を固めていたが故、こう出ることもまた予測の範疇内と出来たからこそで。
「今にして思えば、ウキョウにとって、侍狩りの方こそが煙幕であったようだの。」
 気になる娘をどうしても手に入れたいがため、その口実として“侍狩り”へと発展させんと捏造の手を入れた…などという、世間知らずな若旦那の酔狂なんかではなく。育ての親を陥れ、虹雅渓の差配の座を得、そこから都へ乗り込んで…と、何とも順当な駒の進めぶり。末には都を落とさん、若しくは手中に入れて天下を取らんという、もっと大掛かりな野望のための、深慮遠謀が潜んでいたことが、現在のこの大きな展開から示唆されてもおり。そちらの方を包み隠しておきたいがため、犯人捜しという格好で一騒ぎを起こさせつつも、見当違いなことをやらせ続けた…との順番だったと見るのが恐らくは正解なのだろう。
「喰えぬ男だ。」
 自分が前天主の子“御複製”だということをまで、知っていたのかどうかは不明だが、そうでなくとも何かしら、腹に一物抱えてはいたということになり。そして、そんな彼の栄達を祝い、華々しい花道を飾るため。善き天主としての信望を上げんとするこれみよがしな“ふるまい”をした上で、

  ――― 抵抗せぬなら不幸な事故で、抵抗すれば逆賊として。

 自分たちや神無村が、そんな彼が進めんとしている“ご政道”に仇を為した存在だと糊塗された上で、吊るし上げられ滅ぼされることで尚の好印象を高めるだろう、そんなことへの格好の生贄にされようとしてもいる。
『この事実、広く公表なさっては?』
 あまりに悪どき腹黒さ。いっそ暴露してやればとは、ヘイハチの意見だったが、金の力で握り潰されるのがオチだろうと遮ったアヤマロの言いようもよっく判る。それに、何よりも無用な諍いを起こさせるのは得策ではないと思うカンベエでもある。新しい天主の振る舞いへ歓声を上げて喜んでいた民を見るにつけ、しみじみと思い知らされたのが。先の大戦の折、ああまでの喜色を民がそのお顔へと浮かべたところを見たことがないということで。せっかくのそんな笑顔が“真実”を知ることで大きく困惑し混乱し、果ては失望してしまうことを思えば、事実がどれほど歪んで汚れているのかなんて、わざわざ公表することもなかろう。ウキョウを討った自分たちが“逆賊”と呼ばれることで、実は怨嗟にまみれた根深き魂胆を持つ元凶そのものが居なくなったその上、今始まりつつある新しい態勢がそのまま軌道に乗るのなら、それこそほとんど丸く収まるというものと。やはりその身に非を呑んで黙り通し、諸悪の事実、諸共に地獄まで連れてゆく覚悟のある彼であるらしく。そんな余計な罪科までもを背負わんとする彼に、やはり従ってくれる顔触れたちの頼もしさのみが、暗澹とした先行きに覚束無くも灯されたただ一つの光明と、溜息に限りなく近い吐息をついてから、
「…。」
 すぐ間近に同座する、年若き侍の気配へと意識を向ければ。押し黙る気配はされど。何か話し出すのを待つというよな、強くも弱くも身構えたそれではなく。同じ沈黙の中にいることへと和み、大仰な言い方ながら堪能しているような節が感じられ。年齢差は大きいはずが、何故だかその頼もしさへとホッとさせられる。

  『…俺は、何をすればいい?』

 先の別れ際、それは真っ直ぐな、剛い眼差しで訊いたキュウゾウだったことを思い出す。言外に“きっと帰って来てくださいね”などという懇願を含んだ切望などではなく、戻ってくるのを当然の前提としての問いかけであり。恐らくはこれがシチロージであっても、同じような眸をして同じことを訊いただろうと、今になってみると判る。情報が寸断され、行動にも制限がつくのだろうと予想されるから、並行して外では何をしておいてほしいかと。そうと訊かれて、だが、少々意外だという反応を見せたカンベエだったのは、
“そこまでの義理はなかろうに。”
 あくまでも依存しない、独立した意志があっての物言いは、確固たる自負があってのそれであり。これだけの人物が、杞憂も不安もなく自分を見込んでくれているというのが真っ直ぐに伝わって来たものの。このキュウゾウはそもそも、神無村からの“野伏せり討伐”という依頼へも、それをこなすカンベエへも、道義的な志向だの共感だのという思い入れを持ってついて来た訳ではない。一番最初の邂逅の場で、野伏せり討伐なんぞ断ると、くっきりはっきり言ってのけてもいる。ただただ、カンベエとの刀での切り結びをしたい、決着をつけたいと。それだけの、だが彼にとっては最も重要で価値ある理由でもって参与してくれているという順番だったので。そこまで骨を折ってくれるというならば、それを空しい買いかぶりにしてはならぬなと、あらためて肝に命じもしたくらい。

  「…。」

 ふと。静な空気の中に、仄かな意志の気配が浮かんで来て。再び…何か言いたげな気配を立てた彼であるのが伝わって来て。んん?と視線を上げ、柔らかな眼差しにてそちらを見やれば、

  「…まだ、仕事が残っていると。」

 昨夜も呟いた同じ言いよう。静かな語調は常のことだが、それが責めたり詰
(なじ)ったりという気色の含まれていない言いようだったのは、それからすぐにも外へと飛び出し、人知れずこの店とカンベエらを、刺客の魔手から守り抜いた彼の行動が裏打ちしてもいる。そんな具合に“承諾している”という把握を言外に滲ませていた、昨夜のそれとは少々響きが異なって聞こえたような気がして。それでも、

  「待たせるな。すまぬ。」

 こちらとて、そうそう小器用な言い逃れや弁明を知らず。彼との決着、必ずつけるとの約束だけが、どんどんと後回しになっているのは事実でもあったし。ついのこととて、やはり昨夜と同じ言いようで応じれば、
「…。」
 のそりと。立ち上がったキュウゾウは、いつの間に外したのか、その場に双刀を立て掛けて居残しており。そのまま、ほんの数歩…ほんの一歩か二歩か、速足になっての歩幅だったなら一歩もなかったろうほどの空隙を詰めてくる。そんな彼を見上げたカンベエの視線の留まらぬうちにも、再び姿勢が低くなり。いっそ座ったまま膝を進めてにじり寄ってもよかったろうに、そんな所作があるなどと、恐らくは知らない彼なのだろう。赤い長衣の裾を無造作に畳の上へと散らして広げ、姿勢を下げるのにと折ったその膝で、裾までの深々した切れ込みを踏みはだけたのにも構いなく。相手の膝へと乗り上がっている大胆さには、視線を合わせたままだったカンベエが苦笑をついつい洩らして見せて。媚びも おもねりもなく、甘えではなく敢えて言えば挑発が乗った、赤い目の剛さがいっそ小気味いい。乗り上げると同時、再び背条をくっと伸ばして、さあそれから、

  「早く“仕事”を終えよ。」

 男の肩に両の手を置き、膝立ちになっての見下ろしと、冷然とした命令口調とが、得も言われぬほど何とも様になっている。早くとは言いつつも、焦れてもなければ急かすでもない口調。日頃からも感情の籠もらぬ話し方をする彼ではあったが、今のこれにも焦れたような気配は微塵も聞こえず。
「早く全部、片付けろ。」
 そうと続いた言いようのあと、ふっと目元が伏せられて、

  「決着がついたら、お主は俺のものになるのだからな。」

 相変わらずの言葉足りず。負ければ命も潰えてしまうからと、そういう意味での“支配”を指したか。それとも、彼には珍しくも稚気(?)を見せてのお言いよう、殺して誰にも渡さないという意味なのか。どちらにしても一方的な言い分ではあり、
「? お主が勝つとは限るまい。」
 そうそうお前の望むとおりにばかりは運ばぬぞと。こちらもまた相手の稚気へと乗っかったものか。低められた中にも苦笑を含んで、それは和んで柔らかな。そんな囁きを返したところ。うっとり双眸を細めながらも、かぶりを振ったキュウゾウは、
「勝つ。そして、俺のものにする。」
 同じ言いようを繰り返すのみで。挑発とそれから…妙に嬉しそうな気配を察し、さしものカンベエでさえ微かながら戸惑いを覚えていると、
「そうしたら。」
 肩へと添えていたその手に、くっと力が籠もり、

  「もう、勝手はさせない。」

 誰の望みをも背負うような勝手はさせない。その命、無為に削らせるような真似はさせないと。それをこそ、切に望んでいる彼なのだということが、さて…この口数の少なさから、どれほどカンベエに伝わったものやら。是とも否とも応じぬままに、こちらを見上げて来るのみのお相手の。いかにも様々な苦難の年月を経て来たことを思わせる、苦みと渋みの滲んだお顔、付き合いよくも黙ったままで、ただただじっと見下ろしておれば。
「…。」
 ちょうど目の先に見えたは、浅黒い肌に残りし いつぞやの刀傷。キュウゾウをこんなところまで連れて来た、その最初の逢瀬でついたあの傷だと知れて。襟の奥の、おとがいの末という ずんと深みにあることと、背中へまですべるほど伸ばされた、褪せた深色の蓬髪のせいもあって。日頃はよくよく見ないと判らないそれが、少しほど仰向いたことで外へと覗いていたものだから。襟の奥へと手を差し入れて、少し膨れた引きつれへ指の腹を這わせれば。
「…。」
 相手の武骨な手も同じように伸ばされて来て、こちらの同じ傷痕へと触れてくれる。その手へと、頬の端が何とか触れるように首を傾け、こちらからこそ擦り寄せながら、

  「早よう 俺のものになれ。」

 掠れた声での所望の言の、なんと甘美な囁きであることか。直に触れてる肌からよりも、形の無いまま聞こえた声で。身体の芯へと灯された熱に、身の裡
(うち)が心地のいい痺れを滲ませ始める。
“これではどちらがあやされているものやら。”
 紅い眸を見つめ返した男の双眸。淡く浮かんだ微笑みは、甘い微熱こそ帯びてもいたが、打って変わってその色合いは、殊更に重い苦渋を含んだそれだった。





 


  *R-15 程度の性的描写の含まれるシーンもございます幕間へ続きます。ので、
   苦手なお侍様方は、まっしぐらで後半へ向かってくださいませ。
(苦笑)

    *幕間へ → http://www.paw.hi-ho.ne.jp/dino/samu-13^k9junren.htm

    *後半へ →

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