名前をよんで (お侍 習作の14)
 


特に招集をかけて呼び集めた訳でもなかったのに、
たまさかお侍様たちのお顔が詰め所へと揃っていたものだから。
それぞれの持ち場の進捗状況を聞いてのち、
いざ決戦の幕が上がりし折に向けての、ちょっとした打ち合わせだの、
今のところの首魁殿の方針のようなものだの、
簡単に浚っての意を合わせて、さて。

 「…あ、キュウゾウ殿。」

表からキララが呼びに来たのへとカンベエ様が立ち上がったのをキリに、
それぞれが持ち場へと戻る中。
双刀を背負った細い背中へと、シチロージが声をかける。
「…。」
すんなり足を止めて立ち止まった金髪痩躯の若いお侍。
肩越しに振り返っただけという不遜な態度といい、
何だ?という表情さえ浮かべぬままの、冷然としたお顔といい、
慣れのない者には十分に、威容を含みし恐ろしいものだったかもしれないが。
相手の言葉を待つという態度に過ぎないその様子、
慣れた者にはむしろ、

  “いやはや、たいそう和んでこられましたなぁ。”

そういう順番となっており。
「…?」
妙なところへとしみじみ感心している“古女房”へ、
なかなか用件へ入らぬことを怪訝に思ったか、小首を傾げたキュウゾウに、
「ああ、えっと。すいません。」
ぼんやりしていたことを詫びてから。
先日依頼されていた、射弓の新たな的に使う鋼板を、
ヘイハチ殿の方の作業場から出たもので都合をつけられたのでと説明すれば、
「…忝い。」
こちらへ身体を向け直し、顎を引いてのお礼を述べるところなぞ、
妙な言い方だが、礼儀というか、お行儀も行き届いており。
ただ…。

  「…。」

今度のこれは、シチロージの 「…」。
というのが、
“そういえば…。”
相変わらずの寡黙さゆえに、このお人から名前を呼ばれたことがトンとないことに、
今の今、ひょいと気がついた彼であり。
まま、呼べば必ず聞き拾い、こっちを見遣って下さるのだし、
彼の側からの誰何にしても…この存在感が物を言ってる。
間近に立たれてその視線を向けられたなら、
大概の者は“ああ、このお人は自分へ何か用向きがあるのだな”と察してしまえる、
よく言って誰とでもツーカーを通せる便利な、
悪く言やあこれ以上の強引さもなかろう、お得な目ぢからをお持ちなので、
今のところはあまり支障もないものの、

  “まさか、もしや…。”

シチロージがふっと思ったのは別の杞憂。すなわちのつまり、

「あのですね、キュウゾウ殿。
 あなた、もしやしてアタシたちの名前を、ちゃんとご存知ではないのでは?」

「…。」

別段、そうであったとて責めるつもりはなかったが、
だがそういえば、途中参加という格好の彼へ、
全員でわざわざの自己紹介…なんてものをした覚えもなく。
たかだか7人という頭数なのだから、
日頃日常の会話を聞いてりゃすぐにも把握出来ようものとはいえ、
彼は皆から一人外れて村人たちへの鍛錬の指導に当たってもいて、
その“日頃”自体への接点そのものが少ない身。
だったらこれはこっちにも非のあったことかも知れず、
仲間に対してちょっと気が回っていなかったことよと、
むしろシチロージのほうからこそ、
今になっての反省半分に訊いてみたのであったのだが。

「…。」

やはり寡黙なまんまの彼は、ゆるりとかぶりを振って見せ、
それからおもむろに戸口辺りを振り返る。
そこには、なんだなんだとこちらのやり取りを興味深げに見遣っていた、
残りのお仲間たちが居残っておいで。
そちらへ向けて、すっと腕を差し伸べると、

  「…五郎兵衛、平八、菊千代、勝四郎。」
  「何でござるか?」 「はい?」 「なんだなんだ?」 「はいっ。」

右から順番、きっちりとお名前を並べてくださった若侍さん。
人を指差すのは物扱いみたいで頂けないものの、
それぞれへご本人からのお返事がいただけて、成程、きっちりと把握はしておいでな模様。
「…。」
これでいいのか?と、こっちを向いた眼差しに訊かれ、
「ええ、はい。結構です。」
つまらないことをお聞きしてしまってすいませんねと、申し訳なさげに苦笑を向ければ、
そんな謝罪の気配をちゃんと読み取り、
「…。」
ふるふると、わざわざかぶりを振って見せるところが、やはり寛容なお心遣い。
…もっとも、

  『あれはシチさんにだけの仕草なんですよね♪』

とは、こちらさんも結構目端の利くヘイハチ殿のご意見だったりするのだが、
それもまま ともかく。
それではと浅い目礼を一つ残して、すたすた出てゆく彼であり、
「…なんだ、ちゃんと覚えてくれてたんですね。」
しゃんとした背中を見送った面々の中、
実は私も気に留めていたんですよと、ヘイハチが苦笑を見せる。
「何も喋らぬ分、見聞きの尋が広いのだろうて。」
とは、ゴロベエ殿のおさすがなご意見であり、
「キュウゾウ殿に初めて呼んでいただけましたっ。////////
素直に感動して頬まで染めているカツシロウの傍らで、
「でもよ、全員見事に呼び捨てだったな。」
一番後から加わったんだぜ? 侍ってのにも礼儀ってもんはあるんじゃねぇのか?と、
そういう自分だって明らかに年長者へ同じことをしているってのを棚に上げ、
不服そうに ふんと蒸気を噴いて見せたキクチヨへは、
「まあま、何せカンベエ殿を“島田”と呼んでるような御仁だよってな。」
仕方があるまいと苦笑したゴロベエ殿の言葉が消えきらぬうち、

  「おっちゃま〜、会議は終わりましたでござるか?」

表の通りをパタパタッと、それはお元気に駈けてきたコマチ坊。
あちゃ〜、またかよと、
皆して忙しいこの折に子供のお守には少々辟易気味のキクチヨが
隠しもせずの不平を垂れ、他の皆がどっと沸きかけたものの、

  「…コマチ殿。」

  はい? 今のお声はもしかして…?

「はい、何ですか? キュウゾウ様。」
「…。」
「あやあや、落としてしまいましたか。拾って下さってどもありがとですvv
「…。」

どうやら、勢いよく駈けてきたその弾み、髪に挿していた飾り物を落っことしてしまったらしく。
わざわざ拾い上げてのお声かけ、
ありがとうです、いやいや、それではまた、そんなやり取りをしている二人に、

  「…。」×@

詰め所の戸口へ鈴なりとなってらしたお侍様たちが、何とも複雑そうなお顔をなさる。
「コマチ坊は“殿”なんですね。」
「はて、どういう基準でござろうか。」
「女性だから、ではないのでしょうか。」
「だとしたら、意外と紳士だったりするのですね。」
「紳士…。」
うわぁ〜とますますの複雑そうなお顔になる者、
アレが紳士だったなら、カンベエ様は伯爵で、我らは近衛の剣士隊でしょうかと、
もっと はわわなことを想像してしまう者らの視線を背負い、
颯爽と持ち場へ去ってゆくキュウゾウ殿であり。

  「…謎が謎を呼んでしまいましたね、こりゃ。」

余計なこと、聞かなきゃよかったのかもと、
ちょっぴり歪んだ苦笑を浮かべて、槍使い殿が反省したとかしなかったとか。
何はともあれ、まだまだ平和な神無村ではあるようです。








  momi1.gif おまけ momi1.gif



まま、こんなお話でも何かしら、気散じの添えにくらいはなるかもと、
長老のところから戻って来られた我らが首魁殿へもさっそく語って聞かせれば、
それは愉快なことよのと、目許を細めてくつくつ笑ってくださって、さてそれから。

 「で、あやつがお主を何と呼んでおるのかは確かめたのか?」

カンベエ様からの一言へ、あっとお口を丸く開けたシチロージ。
「そういえば、それは聞いておりませなんだ。」
今の今まで気づかなかった自分も自分だが、
訊いた張本人だってのに、それをだけ呼んでくれなかったのもまた奇妙なこと。
シチロージがうむむと綺麗な眉を寄せて見せれば、
「…。」
そんな彼をば、何かしら含みのありそうな、意味深な表情にて眺めやる主殿。
「なんですか?」
「いや、何。」
やはりくつくつと、喉奥を震わせてお笑いになられた主が言うには、

 「儂が時折ズボラをして呼ぶのとな、どうやら同じであるらしいのだ。」
 「はいぃ?」

カンベエ様がズボラをする呼び方というと、

 「シチはおらぬのか?と、此処に来て儂に尋ね聞いたことがあっての。」
 「な…っ。////////

お主の名としての把握なのか、
儂にはそう覚えられている存在だと思うての訊き方であったのかは判らぬが、
「よう見ておる、よう聞いておるよのと。感心したのだが。」
「ううう…。////////
愉快愉快と笑っておいでのカンベエ様とは打って変わって、
微妙に赤くなったシチロージだったのは。
いえ別に睦言がらみなんてな浮いたものではありませぬが、それでも…何てのか。
どこか…言葉少なになっても通じ合うことへの優越へ、甘え合ってるような匂いも絡みの、
どっちかというと秘しててほしい代物かもであり。


  “あの場で呼ばれなくてよかった〜〜〜〜。”


思い切り胸を撫で下ろした古女房殿であったとさvv




  〜Fine〜  06.12.20.


 *拍手お礼のSSのつもりで書いてたんですが、
  何だかずるずると長くなってしまったので、
  本篇扱いでのUPとします。
  そのせいですか、シチロージさんの扱いが〜〜ですが、
  どうかご容赦を。
  とりあえず、次男坊を取っ捕まえて正さないとな、おっかさま。
(苦笑)

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