疾風怒涛
 (お侍 習作の15)
 



 里の田圃に一面広がる、黄金色の稲穂の色づきと重なるように。周囲の山々の頂から麓の里へまで、秋を彩るそれは艶やかな綾錦の裳裾が降りてくる。時間差の妙から生じる、まだ緑の残る別な枝との拮抗や、浅緑から黄、茜へと至るその少しずつの移り変わりを同じ樹の上で見られる綾などなどと、正に値千金にも匹敵する見事な眺めだが、それへとぼんやり見とれていては、速足の風に置いていかれる。とっとと収穫を済まさねば、あっと言う間に今度は冬支度の忙しさに追われ、きりきり舞いさせられるのが里の秋でもあって。ましてやこの神無村では、その村史始まって以来という“大ごと仕事”への準備に皆して余念がなく。せっかくの錦景も例年以上に観る者なしの勿体なさ。あっけらかんと高く澄んだ空へと響くは、これもまた金襴錦の風雅には不似合いの、こっそりの総出にて取り掛かりし“戦さ支度”の物音であったりし。何十年何百年と同じことを繰り返して来た、天然自然の皆様のような泰然を保つには、少々 器の小さな“人”のすること。はてさて、意のままに運びまするか どうかしら…。





            ◇



 切っ先を自身の眸の高さに置き、その向こうに立つのであろう、対峙する相手の存在は勿論のこと、視線や気合いをさえ、射通して凍らせんとする勢いにて睨み据える。鋭く尖らせた気概は、だが、ぴきぴきと堅いそれではなくて。十分に柔軟性も持ち合わせた余裕ある豪の気に満ちており。

  「…哈っ。」

 隙間なくぎっちり組糸を巻かれた柄
(つか)が、男ならではな大きめな手にきつく絞り上げられることで、よりキツく咬み合って ぎちちっと鳴く。それ以上はない鋭角に研ぎ澄まされた和刀は、鋭さゆえに失速しやすい。細く華奢な姿に相反し、その切っ先へまで練鋼の重さも持ち合わせる難儀な代物であり。完全に制御出来ねば、振り下ろした一閃が自己の身を傷つけかねないという、すこぶる厄介な武器ではあるものの。だが、だからこそ。それを御した者には、その身への一体化と、それから。そうなったことから齎されるもの、際限の無い成長の尋(ひろ)を約してもくれる、武道を極めんとする者には魅惑深き武具でもあって。

  ――― 斬っ、と

 振り下ろすのと同時の踏み出しにより、大きく薙ぎ払われた切っ先は身体の脇へと流れゆき。ようよう伸ばされた腕の先、ちゃきりという鍔鳴りにて切っ先が向きを変えると共に。そこからなめらかな動線に乗って、斜め下から勢いよく、跳ね上がるように宙を駆け上がり。振り抜かれる寸前にて…再び切っ先が返っての急反転。やはり流れるような動線を経て、元の正眼の位置へと難なく立ち戻る鮮やかさよ。振り抜かれる所作により、刃の描きし銀色の軌跡は、潔く掻き消され。静謐な空気は微塵も揺らがず。あれほど鋭く存在感のあった切っ先が、間違いなく躍ったはずだのに、演者もその周囲の空間も、まるで何事もなかったかのような佇まいを保って動かず。
「…ほほぉ。」
 空手や拳法といったその身ひとつで戦う体術系の武術にあるのと同様に、剣や槍、棒術などといった、武器を用いる武術にも“型”というのはあって。基本の所作から、攻防一体の応用へと持ち込みやすいようにする動線の模範が幾つか織り込まれてある、動作所作をなめらかにつないだ代物。畳み掛けるように挑みつつも、思わぬ方向からの攻撃を巧妙に防ぎ、はたまた、降りかかる切っ先を躱したその流れから、相手の剣先を釣り込んで良いように払いのけ、無防備になった懐ろへ飛び込んでこれを制覇し…と。練達の度合いが上がれば上がるほど、その太刀筋は変幻自在を極めて柔軟さを増し。ただただ華麗で鮮烈であるのみならず、どこからどれほど斬りかかろうと、一つ残さず弾かれては からげられてしまうのだとか。また、無駄なく切れあるその所作は、洗練を重ねれば機能美が増すことで、凛とした清冽さの中に舞いのように雅な優美ささえ伴われもし、
「ある程度の尺のあるものを、演武とも剣舞とも呼ぶのはそこからなんでしょうね。」
「うむ。」
 村の奥まったところに位置する、古廟前。幾層にも階層のある仕立てで、しかも岩を刳り貫いた頑強な出来であるところから、これを有効利用しない手はないと。張り子の弩
(いしゆみ)を仕掛けた上で、物見の砦に手直しする作業が、素人の集まりとは到底思えぬ速度と堅実さで進められており。そんな作業の場の監督を担当していたゴロベエ殿の手元には、倉庫も兼ねていた古廟に収められし、古そうな剣だの槍だのが引っ張り出されて並んでおった。開廟した折にも たんと出て来たそれらだったが、作業を進めるうち、奥の方から引き続き出て来たものであり。鋼が劣化してはいないか、刃を研ぎ出せば使えそうかを検分していたところへと、お眼鏡に適ったものから鋳錬場へ運びますよとシチロージとヘイハチが手伝いにやって来て。
『劣化した分は分で、鋳鎔かせば造成作業の方の金具に再生して使えますしね。』
 何せ大掛かりな“兵器”ゆえ、その強度や威力を高めたいとするならば、材料はいくらあっても足りないくらい。刀に使う硬質な玉鋼でも鋳熔かせる、強力高温の炉を焚いている作業場なのでと、持ち場を離れてわざわざやってきた監督役二人であったのだが、結構立派な、剣としての使用に十分足り得るものが多かったのが、何だか意外。いくら戦さがずんと長きにわたった代物だったとはいえ、こちらもなかなかに由緒正しそうな米作農村の、まさか開祖が侍たちだったとは思えない。
『そこまで古くもないようだしの。かといって、手入れは全くされてもおらぬ。』
 大方、その昔はここいらの上空も戦さ場だったことがあり、文字通り“落ちて来た”侍たちの内の、何とか生きていられたクチが。妙な言いようながら、背に腹は代えられぬとばかり、魂とされていた得物と食料を引き換えて行ったのかも。まま、過去のことなど今はどうでもいいとして。使えるものをと選別していた中に、結構な逸品が紛れており、これはこれはと眺めているうちに、

  『そういえば、シチさんは剣の方はどうなんですか?』

 言い出しっぺはヘイハチ殿。腕脚の長いすらりとした長身で、しかも柔軟さも備えたその肢体を生かしての、そりゃあ見事な槍使いでおられるのは先刻承知。だったら剣の扱いはどうだろか。軍にいて、しかも歴戦の部隊長だったカンベエ殿の懐刀。まだお若い身だったろうに副官を勤め上げていたお方なら、武芸百般とまではいかずとも、それなりの修練もまた積んでおられたのでは?と水を向けられた。とはいえ“それでは…”と安請け合いして、村の中にて剣を振り回す…なんてのは、農民の皆様を徒に怖がらせるのでご法度ですよと躱したところが、

  『それでは“演武”という形ではいかがかの?』

 ゴロベエ殿も興味があったか、そんな妥協案を持ち出す始末で。これは断れそうにないかと諦めた、美貌の若年寄り殿。意匠の凝ったところへと感嘆を零し合ったその太刀を腰へと提げると、衆目のある中ではさすがに不味かろと、ちょいと脇にあった雑木林の中へと踏み入って、さて。上背や腕の尋を目一杯活用し、大きく颯爽と振り回す槍さばきとは きっと勝手が違おうに、日頃との見目の差異へと戸惑ったこちらにこそお構いなく、足場を固め、腰を据え、しゃり・りんと鞘から抜き出したは。乱れ打ち刃の刃紋も妖冶に、青く濡れた切っ先の鋭き、さぞや由緒曰くのありそうな和剣太刀。持ち重りのバランスだって槍とは全く違うはずが、正眼に構えてからの一連の所作の、何とも見事で美しかったことだろか。しばしの間を溜めてののち、

  「呀っ!」

 繰り出されしは鋭き一閃。凍るように澄んだ視線は動じもせずの真っ直ぐに、架空の対手たちへと目がけての切り結びの斬戟を、それは力強くも右へ左へ薙ぎ払う。決して軽くはなかろう刀を余裕の所作にて翻し、淡い藤色、裾の長い上着をばさりふわりとなびかせて。擦り足や後ずさりを交えた脚捌きや体捌きも軽快に、宙を撫で斬る、流れるような斬戟の鮮やかさ。そんな剣戟を懐ろ近くへ引き込むと、つと止めて。次の所作へのバネや間合いを溜める“間”さえもが、前後の躍動のために必要な“静”として、絶妙な均衡を凛と織り成しており。
「そういえば、新たな戦さ場へと出る前には、出陣式ほど大仰ではないながら、それなり戦意を鼓舞するための宴が催されることがありましてね。」
 正に“舞い”もかくやというシチロージの見事な演武から、その視線をいっときも離さぬまま。彼もまた北軍の工兵だったヘイハチが思い出したものがあるらしく。
「ずんと位の上な尉官も揃ってのお堅い宴。そんな場では、見目麗しく動作の機敏な若い衆が選ばれて、戦勝を祈っての剣舞が披露されたものですが。」
 宴の余興というよりは格式のある、されど見目の優雅さに心浮き立つ、それは凛々しき戦いの舞い。
「大方 シチさんも、そんな場に引っ張り出されてたクチなのかもですね。」
 さして足元も乱さず、埃のかけらさえ舞い上げずという、静謐にして華麗なる“演武”は、その一通りの尺を終えたらしくて。一番最初の位置と姿勢へぴたりと戻っての、静止のそののち。一呼吸置いてから、
「お粗末さまでした。」
 ちょっぴり幇間っぽい口調になって、それでも晴れやかに笑った槍使い殿へ、
「いやぁ、お粗末だなんてとんでもない。」
「さようさ、なかなかの眼福でござった。」
 おねだりした甲斐もあったというものですと、やんやの拍手を浴びせかけ。あははと照れたように笑うシチロージが歩み寄ってくるのを待ってから、
「物はついでです。もうお一方ほど、練達の腕前を是非とも拝見したい方がいるとは思いませぬか?」
「…はい?」
 いきなり何を言い出すものかと、キョトンと眸を見張ったシチロージとゴロベエと。そんな彼らの反応になぞ、訊いた割にはお構いなしで。悪戯っぽく笑ったそのまま、くるりと真後ろへ振り返ったヘイハチが。お口の両脇へと開いた手のひらを添えての拡声器代わりにし、

  「キュウゾウ殿〜〜〜っ。ちょっとよろしいでしょうか〜〜〜。」

 大きなお声で呼ばわったその途端に。その真正面にて、ざざざっと梢の鳴る音がして、その名を呼んだ当のお相手、金髪紅衣に双刀を背負いし若侍が本当に姿を現したから、残りの二人は少々ビックリ。どうやら、丁度通りかかった彼の気配を、それとなく拾っていたヘイハチでもあったらしく、

  「…ヘイさんて、案外と怖いもの知らずですよねぇ。」
  「いかにも。」

 仲間内なんだから、何を遠慮することがあろうかということか。理屈は判るが、それでも…何てのか。何でもかんでも聞いてもらえる相手とも思えぬような、ちょいと気難しい風情のこの彼をも巻き込もうとは、なかなかの強腰ではなかろうか。一番の年長者で、カンベエ様に次いで何事へも動じない性分のゴロベエ殿までが、少々鼻白んでおいでだってのに。
「今 丁度、シチロージ殿に剣での“演舞”をご披露いただいてたところなんですけれどもね。」
 そこで、日頃から刀をそれは鮮やかにお使いのキュウゾウ殿だとどうなろうかと。さぞや華麗な太刀捌きが見られようかと思いましてね。どうでしょうか、一差し、我らにご披露願えませんでしょうかね…と。今なら特級米5キロつきのキャンペーン中、なんてことまで言い出しかねない、そんなノリにてニコニコと。日頃の恵比須顔のまんま、片や冷然とした表情のままな年若きお侍仲間を口説いておいで。このキュウゾウ殿が表情乏しい人であるのは、何も今に始まった話ではなく。判りやすく笑いもしないがそういえば、判りやすく怒っている様の彼とても、見たことはない自分たちで。(いや、ゴロベエ殿だけは、青筋切れそうなほどテッペン来ていた…もとえ、カンベエ様の“惚れたっ”で憤怒の極みにまで煽られていた彼を見ていたけれど・笑)
「…。」
 ヘイハチの話を一通り聞いてから、心持ち顔を上げ、ちらりとこちらを見やった彼であったのへ。ええい・ままよとの お愛想がてら、年長さんたち二人して、小さく笑って見せたれば、
「…。」
 やはり表情は動かなかったものの。さくさくと、冬枯れの始まりし乾いた下生えを踏みしめながら、こちらへ進み出て来たところを見ると、
「…やって見せて下さるんでしょうか。」
「そのような雲行きでござるな。」
 案外と、ノリのいい方でもあったってことかしら。…ゴロさん、そのお姐口調は止めて下さいましな、などなどと。こそこそ小さな声でのやり取りを紡いでいた二人と、声をかけて来たヘイハチと。その双方との等間隔を空けて残した、丁度中間地点で立ち止まり、無造作に立っていたものが、ゆっくりと…愛用の双刀のそれぞれの柄へ、白い手を撫でるようにすべらせて見せる彼であり。
「よもや二刀流で?」
 これはまた、お珍しいものが見られそうだと声が弾みかかったヘイハチだったが、
“………?”
 柄へと触れてからの間合いが妙に長いことへと、全員が…何だか嫌な予感を覚えてしまう。もしやこれって、まさか、あのその、もしかして。単なる“振り”を披露するという“演武”の枠を超えた何物か、引っ張り出そうという彼ではなかろうか。

  “…まさかまさか。”

 刀にまつわる範疇においては誰にも引けを取らない凄腕の達人でありながら、妙なところでの勘違いもまた、逆の意味合いにて“お手のもの”な困った人物だったことをば思い出し、侍としての防御本能の働きにて…ついつい逃げ腰になりかかった3人へ、

  「…動くな。」

 それは冷たい制止のお声。途端に…どうしてだろうか。
「…っ☆」
 強制力なんてないはずだのにね。ゴロベエ殿までもが姿勢を正して、その場に釘付けになったから物凄く。
「…。」
 重くて静かな、何とも奇妙な間合いは、実質はほんの一時のそれであり。すらりと引き抜かれた細身の双刀。一気の抜刀からそのまま、キュウゾウ殿の体の前にて交差された腕の左右へ、長々振り分けられしお馴染みの構えを取ったのも、ほんの一瞬。そこから バッと。腕を振るったその風を切る音が聞こえたような勢いにての、左右への斬戟が…途轍もない風圧を生んだ。彼のまといし紅の長衣の裾を撒き上げ、ひるがえし。開けていた空間を縁取っていた木々の幹、ぶわっとたわませるほどの凄まじい剣圧が彼から発して膨らみ、一気に突き抜けて弾け飛ぶ。
「こ、これは…。」
「キュウゾウ殿、これは演武ではなく、居合いなのでは…。」
 やはりそれぞれのその身へと襲い掛かった剣圧へ、飛ばされぬようにと踏みとどまりながら、そうじゃないでしょうがと非難しかけて、だが。シチロージたちの立ってたすぐ背後、雑木林の奥向き側から、不意な突風が吹きつけると同時に、

  ――― ボヴァ…ッ、という。

 炸裂音と閃光とが、弾けるように立ち上がったものだから。
「な…っ。」
 ただ単に刀による斬戟にて斬り裂かれ、若しくは破砕されて出る物音ではなかったそれへ、これは尋常ではないことが起きていると。そこはさすがの機転を利かせ、素早く思考を切り替えている皆様で。爆風から眸や頭を庇いつつも、一斉に視線を問題の地点へと振り向けている。斬戟による攻撃でも、場合によっては…対象物に起きる歪みの大きさゆえに、裂け目が弾けて爆破されたかのように粉砕し飛び散ることもあるけれど。だからといって何かが燃えたような、延焼系の爆発音やツンとくる匂いまでは立ちようがなく。
「燃焼促進剤となる燃料とか塗料とか、揮発性の高いものがなければ、こんな音や匂いは立ちません。」
 ヘイハチの言葉尻が消えぬうち、そこにあったはずの岩の代わり、固体のようにもうもうと立ちのぼっている煙幕の中に、浮かびし影が1体分。二足歩行タイプの細長い脚回りに、スカートを思わせる腰回りと、いかにも機巧という型の何物か。戦さ場をくぐった彼らには、重々覚えのあるそのシルエットこそ、

  ――― 兎跳兎かっ?!

 2体一組の機巧型サムライ。動きも素早く、合体してその身を小さな格納状態にすれば、浮遊や鑿岩も出来。人とさして変わらぬ大きさでありながら光弾をも備えた、なかなかに手ごわい輩であり。そのうちの一体が、爆風に煽られるようにしてこちらへと飛び出して来た模様。
「…っ!」
 戦意のあるなしにかかわらず、機械の侍は一様に野伏せり、つまりは“敵”と断じてのこと。それぞれが得物である軍刀や槍の柄へと手をかざし、鋭い緊迫とともに身構えて見せたシチロージらであったのだが、
「あ…。」
 その爆発自体によって既にどこぞかを痛めていたらしく、怪しき兎跳兎はぐらぐらと覚束無い歩みを進めて来たそのまま、数歩ほどを進んだのが限界であったものか。その場へ頽れ落ちてそのまま、身へと まとうかのように火花を散らしたのを最後に、ひくりとも動かなくなった。一応の安堵を覚えたのも束の間、
「残りはっ!」
 ハッと慌てて、それが飛び出して来た方へと注意を戻せば、様々な大きさの塊へと崩れ去った岩の残骸の傍ら、今倒れたばかりのものと寸分違わぬ作りをした、大ぶりな機体がやはり幽然と立っていたものの、

  「哈っ!」

 こちらの顔触れが瞬発力をため、駆けつける構えを取ったと同時、そんな気合いの声がして。兎跳兎の頭部、笠をかぶったような頭の先から股座までを、真っ直ぐの一直線、一気に切り下げた刀の切っ先が閃いた。棒立ちとなった機械の侍は、そのままその身へ火花を帯びると、青い炎に包まれてしまい、燃え落ちながら崩れ去る。2mほどの上背が退いたあと、姿を現す格好となったのは、白い装束もお馴染みの、我らが首魁殿であり。

  「…カンベエ様。」

 おさすがな一太刀への感嘆とそれから、ここでの騒ぎを聞きつけてからのお越しとは思われない間合いへ…もしやして、
「申し訳ありません。村の中にて刀を振り回すことへの禁忌、我ら破っておりました。」
 そんな気配をまずはと嗅ぎつけ、しようのない連中だと諌めに来られていたのかも。そうと察しての申し開きを先んじたシチロージへ、
「…まあ、それは後程に叱るとして。」
 小さく失笑を見せてから、すぐさま表情を引き締めなさると、
「…。」
 やはり何をか言いたげに、こちらを見やっていた紅衣の若侍へと、視線をやって短く頷くカンベエ様で。
「頼む。」
 一言告げれば、それだけで意が通じてか。やはり軽くの目礼のようなものが、その所作へ挟まったのが認められかどうかという速やかさ。間髪置かずに金髪痩躯の若者の姿が宙へと跳ね上がり、あっと言う間もあらばこそで、彼らの頭上、雑木林の梢を弾き、軽々と渡り去ってしまう。相変わらずの身の軽さを見送って、
「キュウゾウ殿は…?」
 いかがされたかとゴロベエがあらためて問えば、顎へとたくわえた髭を撫でながら、
「一応の警戒をな、頼んだのだが。」
 これが外部からの潜入斥候だったならという杞憂を持つは当然の連動。他でも侵攻している存在がないかを見て回ってほしいと、あの短いやりとりで依頼した彼だと。だが、
「それでは我々も…。」
 そのまま戦さへ、合戦へとなだれ込むことにもなろうからと、シチロージやゴロベエ殿が表情を硬くしてそれぞれに持ち場へ急ぎかかったのへは、
「いや、待て。」
 何故だか制止の声をかけなさる。
「カンベエ様?」
 これは奇妙なと戸惑う彼らの様子に、だが構わずに、
「ヘイハチ、これをどう見る。」
「は…?」
 そういえば。彼は先程から…キュウゾウへの指示を出した刹那のみを例外に、ずっと自分が切り裂いた兎跳兎の残骸を感慨深げな顔で見下ろしており、
「えと…。」
 御免と断り、そんなカンベエ様のすぐ傍らへ、ひょいと屈み込んだヘイハチが、そろりそろりと兎跳兎の亡骸の検分を始めたものの、

  「…あれれぇ?」

 そんな声を上げると、周囲の皆様のお顔を見上げてみせて。
「これってかなりの旧型ですよ。もしやして初号機なのかも。」
「…初号機?」
「ええ。機械の体へは、のちの整備の勝手を速やかにするためにと、種族別に“基番号”が振られておりましてね。」
 のちに“野伏せり”にまで堕ちる者が多数出るとはいえ、一応は“侍”という人格のある存在。それへとこんな言い方をするのは聞こえとしては悪いかもですが、一種の通し番号のようなものでして…との詳細を語ってから、
「終戦間近には何段にもなった上での10桁以上が当たり前だったその通し番号が、この兎跳兎に振ってあるのは、何と、たった1行の2桁なんですよ。」
 若いにも程がある番号へと驚いたヘイハチであり。
「2桁…。」
「それはまた。」
 兎跳兎やミミズクといった、等身大に近い“機械の侍”は、実を言うと生身の侍に手を焼いての対策として、大戦の後半から終盤に開発されたもの。雷電や紅蜘蛛などなど、途轍もない武力だけを求めての短絡的な考えから、もっともっとと大型化した機械の侍へは、主砲や艦砲という大ぶりな兵器で対すことが可能だったのに引き換え。あまりに小粒でさしたる脅威ではなくなったと思われた生身の侍の方こそが、その精神的な高揚や信念への集中力の雄々しさで、主砲や艦砲の打ち出す光弾を刀の超振動にて弾き返すという離れ技を駆使するわ、小回り可能な機動性を利かして、斬艦刀による八艘飛びにて戦さ場を掻き回し、良いように戦局を翻弄するわと。むしろ彼らの方がその自在さを生かして戦さ場を我が物顔にて席巻してもおり、それへと対処するがため、改めて開発されたのが、人と大きさの変わらない機体だというから穿った話で。

  「とはいってもね。
   初号機なんてもの、我らが生まれる前の存在のはずですけれど。」

 ということは、
「では、その輩…。」
 何とはなし、表情が打ち沈んでしまったカンベエ様へ、
「はい。お見込みの通り、人としての生体ユニットは既
(とう)に枯死して跡形もなく。いわゆる“木偶(でく)”若しくは“傀儡(くぐつ)”と化していよう虚体です。」
 もはや“人格”や“魂”を宿さぬ身、単なる無機物と化していた“彼”であり、
「言い訳になるかも知れませんが、それで…おサスガなキュウゾウ殿以外の我々には、接近して来てた気配が読めなかったんでしょうな。」
 大方、古廟から発見された刀とその持ち主さんと同じように、ずんと昔の戦さにて、空から降って来たそのまま、ここで息絶えてしまって、幾歳月。
「長いこと静かな空き地であったものが、人が入って立ち騒ぎ、この数日は侍の気配までもが垂れ込めたのでと、機械としての反応で起動してしまったというところではなかろうかと。」
 その身に宿りし“意志”どころか、魂のあった跡さえ干上がっているというのにね。それでも永い眠りから揺り起こされたのは、精密に拵えられてた機巧の感度のせいか、はたまた、入り込んだる侍たちがあまりに濃厚なる気概に満ちあふれていたのへと、共鳴を誘われてのことなのか。いずれにしても無為な起動であり、

  「…何とも哀れよの。」

 正に先の大戦の“亡霊”のようなもの。機械の体の哀れさを、思わぬ形にて見てしまった彼らである。






            ◇



 警戒態勢のままに ざっとあちこちを見て回って来たキュウゾウによれば、村の周縁のどこにも、侵入者の気配は感知されなかったとのことで。これはやはり、彼らが相対することとなる野伏せりの手の者、斥候や先制といった手合いなんかではなかったということだろう。
「そうか。いや、ご苦労であったな。」
 ねぎらいの言葉へ こくりと浅く頷き、それから。直接言葉を交わしていたカンベエの背後へ向けて、ほんの刹那、ちらりとその視線を投げて来た若侍殿。
「…。」
 背中に負うた双刀の、右手側になる下向きの柄をするりと撫でたは、どういう意味合いがあってのことか。結局は何も言わぬまま、宙を翔る如くに軽々と飛び上がり、色づき始めの梢の中へと、その姿、隠してしまった彼であったが。

 「今のは もしかして。」
 「勝負はお預け…ってお顔でしたね。」

 ゴロベエ殿とヘイハチ殿とが、言わずもがなな裏書きを述べて下さり、その対象だろう張本人様、槍使いの美丈夫が、誤魔化すように“あはは…”と乾いた笑い方をしたものの。彼との後日の因縁と言えばで思い出したのが、
「そうそう、そういえば。ご覧になっておられましたか? キュウゾウ殿のあの剣戟。」
「うむ。ああまでの威力を放つ遠斬りは、いまだかつて見たことがない。」
 遠当てとも呼ばれる神憑りな技。手前にシチロージらがいたその向背の岩を目がけ、それは鋭い一閃を浴びせたキュウゾウであり。動くなという声がかかったところを見ると、下手にうろちょろしていたならば、余波をこうむっていたかも知れなかったということだろか。それにしたって…望むものだけへと襲い掛かる、ああまでの剣戟を制御出来る、何とも柔軟な太刀筋をも持つ彼だということであり、
「超振動の起動でさえ、とんでもなく自在にこなせるお人だってのに。」
 刀に集中させた思念を連動させて、その威力を爆発的に高める“超振動”は、斬りつけることで相手へ触れねば威力は発揮されない剣戟であり。それとはまた別な破砕の剣。
「気功波の応用…というところでしょうか?」
「そういうところであろうかの。」
 そこまでの剣戟を極めていようとはという、この恐るべき事実の判明。仲間としては頼もしい限りだが、後には真っ向から刀を切り結ぶ敵対者となることを約してもいる存在なだけに、

  「勝てそうですか? カンベエ様。」
  「さぁな。」

 さして重そうでもない、ともすれば苦笑交じりの楽しげな響きを含んだ返答を返した首魁殿へ。ああもうこのお人はと。それでもこちらさんもまた、やんわり苦笑を見せたシチロージであり。相変わらずに含むものの多かりしは、人が生きてて、人と関わる以上、避けては通れぬしがらみともいい。鬱陶しくも煩わしい、障害物でしかない筈が。どうしてだろうか、この主と背負うのならば、格別の宿題に早変わりするからさても不思議。そのお背
(せな)までを覆う主の蓬髪へ、どこから降ったか張りついた、楓の葉をば摘まんで取って差し上げて。立ち向かう仇敵は果たして、あの若侍ほど手ごわいものかも怪しくて。困ったことですと、だが、同じ調子の苦笑を交わし合う主従二人。頭上に広がる秋色の空もあっけらかんと、そんな彼らを黙って見下ろしていたそうな。




  〜Fine〜  06.12.20.〜12.22.


  *何だか長々としたお話になってしまいましたな。
   演武を勘違いしたキュウゾウ様、というのが元ネタだったのに、
   何でこんなにも拡大しちゃったか…。
   しかも、半オールスターにしちゃったので、
   勘久でも七久でもなくなってるし。(こらこら、後のは何・笑)
   勘兵衛様との甘いお話をこそ書きたいのですのに…。(とほほん)

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