寒夜の底の、つごもりの
 (お侍 習作の16)
 


人のことは言えないが、
眠っている時くらい、もう少し穏やかそうな顔でいろと思った。

“…。”

かぶっていた衾から出ていた、鼻先や目許近くの頬が冷たくて、
ふと目覚めてしまった夜半のこと。
辺りにつるりと垂れ込める夜陰の深さが、
まだ此処が夜の底であることを示しており。
これに浸っていたのでは、成程 冷えたはずだとぼんやり思い。
すぐ間近、同じ衾に伏せていた男の懐ろへと身を寄せれば、
ぬくぬくした暖かさがすぐにも染みて来て、何とか人心地つけたものの。
相手の匂いを意識したそのついで、
夜目が利く眸が ついのこと、
懐ろの中から見上げるようにして覗いてしまった相手のお顔が、
こちらへと うつむけていたそのお顔が、
何とも鹿爪らしいそれだったので、

“…。”

ああやっぱりと、思わずながら吐息が洩れた。
褪めた深色の蓬髪に縁取られし、彫の深い面差しは、
頬骨も立っての鋭角的、男臭くて精悍なそれ。
老練を染ませて上手に熟成しましたという、
なかなかの偉丈夫顔で。
思慮深くも落ち着きのある、
風格やら存在感に満ちた、
男でも惚れ惚れするような顔容
(かんばせ)であり。

“…。”

実際の話、
様々に苦汁を舐めても来ました、
よって、忍耐強くて分別もあります…という人物には違いないのだし。
なればこそ、その懐ろの尋も広くて深く、
静謐な眸に見つめられたまま、その腕の中へと掻い込まれると、
警戒心の殊更に強かったこの自分でさえ、
際限なく安堵出来もするのも事実には違いなく。
………だが。

“…。”

何も…この自分と情を交わした後の眠りを、
そんな顔で紡がなくともよかろうにと。
押し寄せる艱難辛苦に眉を寄せているかのような寝顔を見やり、
強いて言えば、そんなむっかりが ぽちりと、
ささやかながら胸に灯ったというところであろうか。

“…。”

そりゃあ…何とも忙
(せわ)しい睦みであったさ。
即物的なところはお互い様で、何もそこを責めたりはしない。
これが刀での切り結びであったなら、
相手からの巧みな攻勢に背条をぞわぞわと総毛立たせ、
それを躱したり弾き飛ばしたり、釣り込んで突き放したり、
まさに“丁々発止”という駆け引きを楽しんでの引き伸ばし。
極上の緊張という快楽を、至福のひとときを もっと続かせたいあまり、
瞬殺だなんて もっての外と、様々な太刀筋を構えるに違いないくせに。

“…。”

衾の中ではそんな高等
(こうと)な我慢なんて全く利かない。
互いに引き寄せた相手へむしゃぶりついて、
早く早く、もっともっとと、
急くように高みを目指して、求め合うばかりなものだから。
あっと言う間に上り詰め、
そりゃあ簡単に意識を手放す放埒ぶりで。
そういえば…今夜にしてみても、
いつの間に眠ってしまったのかも覚えていないくらいだし。

“…。/////////”

まあ、確かに…相手ばかりに非がある訳ではないのだけれど。
寒いだろうからと夜着を整えてくれてあるだけでも、
相当に気を遣ってはくれているのだし。

“…。”

これでも起きているときは、他愛のないことへ笑いもするのに。
物問いたげな視線を向けると、
和んだ眸で“んん?”と応じてもくれるのに。
自分が見ていないところで、こんな顔をしていただなんて、と。
そうと思うと、何だか…切なくなっただけ。

“…。”

戦うことしか知らないのはお互い様。
あれほどの戦略家が自身へは途轍もない不器用だってことも、
どんな突発事態にも動じないくせに、
要領のいい生き方なんて知らないことも、
重々と承知の上で、
それでもいいと、この暖かい懐ろを選んだのは誰だった?


 「………起きているのか?」


眸は伏せたままながら、
それにしてはしっかりとした声が、頭の上から掛けられて。
おやと、
気配が拾えなかったことを意外に思う久蔵で。

  ――― 眠れぬのか?
       いや。

何でもないと、
髪を梳く手のひらへ、こちらからも頬を擦り寄せて見せれば。
男の腕が慣れた様子で、そぉっと。
傷めた右腕へと十分に注意を払いながら、
その懐ろのもっと深くへと、くるみ込んでくれて。

“…。”

ああ、やっぱり。
この匂いが、この温みが好きだと
胸の奥のほうが つんとする。

  ――― 島田。

ふと。
呼んでみた。
すると、

  ――― んん?

いつもの声で、いつもの応じが返って来て。
それへと何だか、じんわり安堵する。
どうしたのだと重ねて訊かれたのへ、
何でもないと無言のままでかぶりを振って。
いつものように、ぎゅうと擦り寄り、
稚い童のようだのと、勘兵衛の口元へと苦笑を誘う。
そんな懐ろ猫の零した、ささやかな我儘と睦言を、
そっとそぉっと包み込むよに。
雨戸の外では音もなく、雪がさやかに降り積もる………。




  〜Fine〜  06.12.24.


  *実はちょっと企んでいることがありまして。
   秋に鳧がついてるお話だってのにと思えば、
   何となく…もうお察っしかもとも思うのですが。
   そっちのお話の、まあ下準備、みたいなものということで。
   何とも不親切な設定を下敷きにしていてすみません。
(苦笑)


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