山颪やまおろし、明けた朝 〜続・月夜の烏 (お侍 習作の17)
 


 収穫の時期になると強襲をかけ、有無をも言わさずの力づくで秋の実りを強奪してゆく、機巧サムライ“野伏せり”の専横に、非力な農民とて とうとう堪忍袋の緒が切れて。彼らへの完全決別を唱え、覚悟を決めた神無村の民たちが、取った対処が、

  ――― 腹いっぱいの米で、強いお侍様を雇うこと。

 刀には刀で対抗だとばかり。人品頼もしく、勿論のこと腕っ節にも覚えのある、そんな御仁らを七人も掻き集めた。はるばると遠来なされた彼らは、早速にも戦さ場で発揮された戦略を様々にしいての、村の守りを充実させて下さって。そりゃあ軽快闊達に立ち働く、凛々しき侍たちの姿に刺激を受けてか、民らの戦意もまた、日に日に向上を見せており。決戦の日がいつ訪れるものか、全く怯まない訳ではないながら、それでも…心胆太くし、慄
(おのの)きをぎゅぎゅうっと胸の裡(うち)へと押し込めて。一丸となりての準備万端整いつつあった、そんなある夜。

  『…っ! キュウゾウ殿っ!』

 前々から伏せられていた常駐の張り番、それも下っ端の連中が。村のただならない気配とそれから、本殿との連絡が取れなくなってしまった孤立無援という立場とに浮足立って取った、突発的な暴挙に巻き込まれ。毒性のある目潰しを喰らってしまった、金髪紅衣の若侍。身体への麻痺作用をも持つという、大層 性
(タチ)の悪い代物で。それでも咄嗟の対処が良かったからか、失明を招くなどというよな最悪の後難だけは免れられたものの、

  「…やはり熱が出ましたね。」

 安静にして、一晩 様子を見ましょうと。詰め所として供された古い農家の囲炉裏端へと寝間を設け、衾を整えて、横にならせはしたものの。明け方になって来るに従い、その手がずんと熱くなり、呼吸も浅くなり始めて。その容態、どうやら少しばかり悪い方へと転じた模様。彼の看護は首魁殿へとお任せして、表の現場を一通り見て回り、進捗の長短を均すべく、指示采配やら伝令やらを手伝ってから戻って来た、此処でも副官格のシチロージ。その長身へ朝霧の香をまとったままにて、詰め所の土間へと入って来るなり、早い朝の仄明るさが満ちた中、困ったように眉を寄せていた主
(あるじ)の様子に状況を察し、框を上がると早速にも寝間へと運ぶ。衾のすぐ傍らへ、お膝をそろえて座ってそれから。伏せったままのキュウゾウの、その目元から繃帯を手際良く取り去ると、まずは直接傷めた双眸を検分し、赤みも去って綺麗に元通りなのを確かめる。
「薬物はすっかりと代謝されたようですね。炎症も起きてはいない。」
 紅宝珠のような赤い虹彩のいや映える、淡青の陰を帯びて澄み渡った眼全体、支障はどこにも残っていなくて。そうは言ってもこの容態だ。多少の怪我や痛みなぞ、誰にも気づかせぬほど我慢強い彼が、意識なく眠っているからとはいえ、こうまで苦しげでいることへ、さすがに少しばかりお顔を引き締めて見せたシチロージであったれど。とはいえ、
「まま、そう心配するほどのことでもありません。」
 やんわり笑ったは誰を安心させたくてのことであるのやら、
「こういうときの熱は、体内で雑菌を死滅させんと本人が抵抗していて出るものですからね。」
 しかも、伝染病だの疾患だのという、血清や特殊な抗生物質
(ワクチン)が必要な代物じゃあなし、
「幼い子供や体力がないご老体ならともかくも、キュウゾウ殿ほどしっかと身体の出来ている御仁ならば、大変には違いないですが、乗り切れないものではありません。」
 さすが、主の判断に必要ならばと身につけしものだろう、様々なことへ心得のある元・副官殿。大丈夫ですよとの太鼓判を押し、熱をもっては何にもならぬと、目元へ新しい綿花を載せて、硼酸水を染ませると、白晒布の繃帯を巻き直す。…と、
「………。」
「気がつかれましたか? キュウゾウ殿。」
 冷ややかな感触とそれから、ごそごそと構い立てをされての響きがさすがに伝わってのことだろう。意識が戻ったご本人が、自分でかすかに頭を動かしたのへ、少しほど低めた声をかけてやり、
「どこか痛みますか? 目が回るとか、体が揺れるとか、悪寒がひどいとか。」
 熱があっても本人は寒いということだってある。冷たく冴えて整った、それは端正なお顔を覗き込み、不具合はないですかと問いかけながら。汗に張りつく淡い金色の額髪をそぉっと掻き上げてやり、夜着の袖から伸びた先、熱のせいもあるのだろう蕩けそうに柔らかさを増した手を、注意深くもそろりと掲げ持ってやれば、
「…。」
 熱でだるいせいもあろう、相変わらずに何にも言わない彼ではあったが。いかにも器用そうに整ったシチロージのその手へと、覚束ない様子で掴まった格好の指先が。彼の側から微かにくっと、力を込めて来たのが…何かしらの意志の発露のようにも感じられ。

  「………大丈夫。お望みだけ此処にいますよ?」

 言いたいことがあるのなら、逡巡を重ねた末であれ、ちゃんと相手へ言うお人だろうし。弱っているとき傍らに人がいると煩わしいというならば、撥ね除ける気概だってあろう、この若さや嫋やかそうな風貌に似合わぬほどもの、威容と尻腰のある御仁。まあもっとも、そんな素振りをされたとて、引くつもりは毛頭ありませなんだがと。こちらも気概では負けないシチロージが、されど、そんなささやかな反応を示されて。思わずのこと、ついつい口にした一言であり。そして、

  「…。」

 繃帯のせいで日頃以上に感情が読めない、鋭利寡黙な年若い剣豪殿のその表情が、確かに…ほわりと和んでそのまんま。お顔のみならず、肩や身体からも緊張の力みをゆるゆると解いてしまったのへと、
“…ほほぉ。”
 どんなに苛酷な状況にあったとて、逆に言えば味方と頼ってくれていい者ばかりのこの場にあっても、誰ぞへ すがるとか凭れるなんてこと、進んで求めるような彼ではなくて。現に昨夜など、もっと症状が悪かったにもかかわらず、刀へと触れただけでこの二人へ咬みつかんばかりの凄まじい睥睨を向けたほどだったのに。それが…それと同じな人物からの、たった一言かけられただけでの、この和みようはどうだろか。白いその手を包み込んでいる方ではなくて、濡らした手ぬぐいで汗を拭いがてら、前髪を梳き上げてやっている側の手は、冷たく堅い金属製の義手であるにも関わらず、その感触へも抵抗なく馴染んで見せ、表情を落ち着かせている様子なのへと感嘆しつつ、

  “…さすがよの。”

 その甲斐々々しさに、かつての自分もどれほど守られて来たことかと。今は当時の凛々しくも堅苦しき軍服姿ではないというに、されど全く変わらぬ柔らかな横顔を見せている、元・青年士官へと、目元を細め、安堵とも郷愁とも取れそうな表情を深めるは、蓬髪の首魁殿。10年も経ったその分、懐ろの尋は間違いなく深まってもおり、自分なんぞの及び知らぬ紆余曲折を、色々と様々に…少なからず傷つきながらも乗り越えて、今に至る彼なのだろうことを忍ばせる。その消息を知っていながら、なのに一度も訪ねてはくれなかった主へと、何とも穏やかなお顔で向かい合い、この度の途轍もなく無謀法外な依頼へも“お供します”と応じてくれて。

  『ほんに相変わらず、カンベエ様はお優しいお方だ。』

 野伏せりたちに攫われた女性たちを助け出そうなどと、難儀な依頼をどんどん膨らます彼へ、困ったように笑って言うは。苦難をわざわざ背負う性分をこそ“相変わらず”と揶揄してのもの。何でも許容するのではなくて、まるで自分への罰を集めておいでのようだと、そこまでご自身が嫌いでおわすのかと、面と向かって言われたことも過日にはあって。尋が深いと見せながら、されど誰ぞの情が自分へ向くことへは、ことごとく拒絶し、心を遮蔽し続けて対している主であると。副官に就任してからさして日数もおかずに気づいたそのまま、

  『それではこのシチロージもまた、
   職務や義務を越えてまでお慕いすれば、
   カンベエ様には邪魔なしがらみ、切り捨てられてしまうのですか?』

 相手へも御自身へも惨いばかりのそのような仕打ち、一体どうして通されるのかと意気軒昂にも詰め寄られ。勝手にしろと取り合わねば“勝手にします”と言い返して来た剛の者。そうと言った割には働きぶりにも態度にもさしたる変化はなくて。ただ、彼の肩越し、もっと後へと続く者らを案じて、主がいちいち振り返らなくともいいようにと。そりゃあ手を尽くしての滅私奉公に奔走していた彼だったこと、後に気づいて あの売り言葉へと応じた買い言葉の意味を重々と思い知らされた。部下として多くの命を任せられ、されど…時には非情な、時には無謀な決断を迫られる立場にある主は、それらをこそ振り切って進まねばならぬ、戦さや侍の罪や業の深さをば、馬鹿丁寧にも腹に溜め、余さず抱えてゆく人だから。ならばせめて、自分が傍らにある今は、その重み、少しでも分けてくださいなと言わんばかりに駆け回り。だのに、主へはただただ黙って寄り添うてくれていた、頼もしくも優しい彼であり。
『私には“責任”という枷がカンベエ様ほどにはありませんからね。それに、カンベエ様の御為めと構えれば、案外と非情にもなれる。こんな賢
(さか)しいキツネですが、その威、もうしばらくほど貸しといてくださいませな。』
 言葉と裏腹、憎まれ役にもわざわざなって、下からの不平や不満への壁になっていた彼だと知っている。そのせいでの謂れのない誹謗や何やも甘んじて受けており、だが、自分が口を出せば彼の苦労とそれから、虚勢を張っての笑顔が台なしになること。こんなキツイやり方での“勝手にします”だったのかと、その大胆さへは、さしもの歴戦の部隊長殿でさえ舌を巻いたものだった。


  ――― 人はどう頑張っても独りでは居られぬもの。
       例え一緒には居られずとも、
       偲んだり想ったりして忘れられないお人が、必ずきっとあるはずで。
       そのようなもの要らずに居られるというなら、それはもう、
       気概・性根が人ではなくなりかけているのかも知れませぬ。


  『私ごときで良ろしいならば、いつもお傍におりますから。』

 だから。人とのよすがを禁じられた罪人のように、昏く沈んだ眸なんてなさるなと。一端な物言いをして見せた、鼻っ柱の強かった青二才がそのまんま、いつしか“古女房”とまで育ってのこの威勢。

  「お水、飲んでおきましょうね。」

 脱水症状を起こしかねぬからと吸い口を寄せてやる前に、本人にも侭ならぬ身を、片腕だけにて起こさせる手際も堂に入ったそれであり。覚えのある体温や匂い、柔らかな口調と、何よりも手慣れて頼もしい手際にすっかりと安堵してのことだろう。
「…。」
 夜半に目覚めた折にもあれほど手を焼かされた、その同じ病人とは思えぬほどの、仔猫のような柔順さを見せる若侍へと、苦笑とも何ともつかぬ複雑そうなお顔を向ける首魁殿。まさかこのまま、この剣鬼のようなお侍が、元・副官さんの方へと急速に懐いてしまおうとは思いもしなかった、その発端となった経緯でもありました。


    ※Web拍手お礼作品へと続く。(なんちってvv)




  〜Fine〜  06.12.27.


  *中途半端なお話かも知れませんね。
   いえね、とっても楽しそうな同盟様を見つけましたので。
   勘久関係のそれへはちょいと尻込みしているワタクシでございますが、
   そっちへは加担出来ちゃうよんと、
   あっさり乗ったその記念にvv
(苦笑)

キュウゾウ×シチロージ同盟**

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