気になるあなた (お侍 習作の23)
 



 実りの時期になると我が物顔で現れて、昔はそれで戦艦が率いる大陣営とも戦った、機械の体と武装とをちらつかせ。その途轍もない破壊力の餌食になりなくないならばと、米や作物、見目よい娘を攫っていった野伏せりを、どうかどうか退治して下さいと。食い詰めたご浪人、いやさ、お侍様をば お招きした神無村。お越しいただいた“もののふ”の方々は、全部で七人。どのお方もそれぞれに、年齢も違えば得手もばらばら。それはそれは個性ある多彩な顔触れであり。しかも、一部を除いて人当たりもひどくいい。こう言うと聞こえは悪いかも知れないが、それぞれに世間を流浪なさっていらしたので、それで十分に人慣れしておいでなのだろう。自分らと農民との隔てもなく、よほどの場合を除いては、それはにこやかに対して下さって。それでいて さすがは武士ということか、気概の芯がピンと張っての、きりりと冴えた横顔に、

  『まるで役者のようだvv
  『ほんに ほんにvv
  『なんの、あたしはあの方の雄々しさがエエだvv
  『ほんに いい男っぷりだなや〜vv

 女衆が騒ぐのは元より。それぞれの作業の場においての、ご指示ご指導の手際のよさや凛々しさには男衆まで惚れ惚れし、活気も沸いて思わぬ効果が出ているほど。どのお侍様も、実直素直だったりお人が丸かったりする中で、約一名ほど、いかにも冷然としたお武家様が混じってもいるが、
『ああ、あの方は…。』
 連れて来た水分りの巫女様が仰有るには、その方だけは、あの虹雅渓にて、威厳も必要とされる“要人警護”というお勤めをなさっていたそうなので。それではまま、恐持てなのも仕方がないっちゃ仕方がない。それに、そんなお人をも容易く陥落させてしまえる、たいそう気立てのいい、気配り上手なお方もいて。それが、槍を巧みに使われる、シチロージ様というお侍。嫋やかに艶のある優しい面差しは、よくよく見れば目許涼しく、口許凛々しく。お背も高くて、腕脚もすらりと長く。立ち居振る舞いが洗練されてて、なのに愛嬌もあって、察しがいい。これはどの方にも言えることだが、動き惜しみをしないでクルクルと そりゃあもうよく働いて。しかも知識深いか経験豊かだからか、色々な方面への融通がずんとお利きなものだから。惣領であるカンベエ様のご指示を運んだそのついで、進捗の調整までこなされて、あちこちの作業場で必ずお見かけするほどの器用なお方。それでなのだろうか、どのお侍様とも均等に気安くご一緒していなさるし。村人たちからの要請や相談ごとも、彼を通して惣領様へと伝えられる場合が最も多い。お若いのにどこか恐持てのする、寡黙で無表情なところが おっかない、キュウゾウ様という双刀使い殿も、その方に絆
(ほだ)されて ついて来なすったのかと思われてたくらい。

 『…。』
 『…ご冗談を。』
(苦笑)

 とはいえ。シチロージ殿のそんな人当たりのよさは、それなりの処世から身につけた部分も多く。となれば、ある意味で“防壁”でもある訳だから、完璧堅固であればあるほどに、外から内面を察することは当然難しくなる。そして、彼もまた血の通う人の子でおわす以上、表面上はにこやかに笑っておいででも、その実、気鬱や何やを、人知れず 胸の裡
(うち)へと抱えてござることもあるらしく。ただ、それへと気づく者は皆無に等しくて。その限られた顔触れの唯一かも知れぬ、カンベエ様との、気持ちの行き違いや確執が原因だったりした日には、一体誰がその気鬱に気づき、救って差し上げられる、癒して差し上げられるものだろか。

  「………。」

 人知れず零されし、遣る瀬ない吐息をかけられた、どうで人ならぬ身の野辺の花々が、可憐な姿で案じて差し上げるのが精一杯なのではなかろうか…。





          ◇



 まま、こんな事態の最中とて、そうそう気を散らしているのも何なので。気鬱そうにしていること自体が疚しいと、自分自身へと諌めを向けて。
“…よしっ。”
 胸の裡での気合いと共に、気持ちを切り替え、視線を戻したその真ん前に、

  「…っ☆」

 刀を振るうその腕前のみならず、鮮烈なまでの身の軽さも秀逸ならば、気配を消すのなんてお手のもの。お侍様よりも“お庭番”の方が いっそ向いているのではなかろうかという、寡黙で凄腕なお仲間の。赤い双眸を据えた色白端正なそのお顔が、随分な至近距離に予告もなしに据わっていた日にゃあ。

 「…呼びはしたのだがな。」
 「そ、それはすみませんでした。」

 その存在感の重厚さと意志を乗っけた視線の強さで、大概は相手の方から彼に気づくからと。常なら必要のない“おい”という声掛けへさえ気づかなかったことに加えて。あまりの思いがけなさへ、びっくりして肝と一緒に身体ごと躍り上がった勢いから。ちょいと大仰に腕を振り回し、一差し舞ってしまったことへも詫びを入れるシチロージであり。
「えと…確か、鎮守の森への強襲の件、でした、よね?」
 何とか気を取り直すと、彼が携えて来たのだろう案件を思い起こそうとする。鬱蒼とした鎮守の森がある方面から、機巧侍である野伏せりたちは容易に侵入出来そうか否か。巨躯であることをあえて難とせずの強引に、雷電や紅蜘蛛が強襲を仕掛けるとしたら、どんなルートを取りそうか。そんなケースへのシュミレートを、それら相手の苛酷な白兵戦に覚えもあって、その上、見晴らしのいい木々の高みへ、何の装備も小道具も…命綱さえ必要なく、その身一つで軽快に駆け上がれる彼へと依頼してあったのだが、
「………。」
「キュウゾウ殿?」
 いつもならそれは手際のいい報告を、無駄なく端的にサクサク告げて下さるものが。じっと押し黙ったそのまんま、こちらのお顔を見据えるばかり。此処はヘイハチ殿が担当する、巨大兵器“弩”設置現場の傍ら。巨大な丸太の弩を発射するための、やはり巨大で頑丈な台座を組み上げている作業場で。六畳間ほどもあろうかという大きく重い鋼板を吊り上げたり、これもまた半端ではない大きさ高さの、やぐらのような足場を次々に立ちあげてはがっつりと補強を加えたり。少しでも気を抜いては危ない作業を繰り広げているがため。皆して一丸となって忙しく立ち回っている最中だから、今のところはこちらの彼らへもあまり注目はされてもないが、

  「だからこその、溜息でもあったのだろうが。」

 ぽつりと。呟いたキュウゾウへ、
「…っ。」
 一瞬だけ、真顔になった古女房殿。虚を衝かれて驚いたような、それから…気鬱をついつい拾われるほど、隙があった自分だったことを悔いるような顔をして。水色の瞳が一瞬、大きく見張られかけたが。そんな表情はすぐにも、気さくそうな笑みに紛れて、あっと言う間に消えてしまう。
「瑣末なことですから、どうか気にしないでいて下さいな。」
 仄かに笑い、そうと応じたシチロージであり。それへと、
「…。」
 キュウゾウは…本当に微かながらだったが、どこか怪訝そうに、その細い眉を顰めて見せる。すると、
「? どうしました?」
 今の言いよう、何か気に障りましたかと、そんな含みを持たせて問い返すシチロージであり、
「こっちの機微は読めるのに。」
「はい?」
 ぼんやりしていたことを怪訝に感じたキュウゾウであったのへ『どうか気にしないでいて下さいな』と言い、それへ“誤魔化すな”との不快を感じ、ついついイラッと表へ出したキュウゾウの態度も、しっかり拾い上げての応対をしたシチロージ。如才がないというだけでは収まらぬほどに、それはそれは気を回し、こまやかに心を砕き。この途撤もない大作戦にあたっての潤滑剤として、たいそう忙しく立ち回っている彼であり、

  “だから、自分への気遣いは要らぬということだろうか?”

 誰にも見えぬよう、そっぽを向いていたそのぎりぎりの頬の線へ。気持ちの翳りのようなものが、ちらりと垣間見えた。四六時中をばたばたと動き回っているのだし、連綿としていて気を抜けぬ作業の連続なその上。機転が利いて器用な彼は、あちこちから頼りにされてもいて。疲れてたって不思議はないのだから、溜息の1つや2つ、出もしよう。なのに、あっと言う間に押し隠したのが、却って気になった。

  “今更警戒心があってのことでもあるまい。”

 何を想う身かを詮索されたくはない…というよりも。恐らくは自分のことへなんかで心配されたくないからで。だが、休むのも仕事のうちですよと、あのヘイハチへしきりと声を掛けてもいる彼だ。疲弊からのものであるなら、それこそ心配される前に、何とか時間を算段し、仮眠くらいは取るだろう。

  “………。”






            ◇



「どうして察してやらぬ。」
「相変わらず、単刀直入な奴だの。」
 これもまた相変わらず無表情なままながら、それでも他者のことを案じてやるとはなかなかの進歩よと。口許へ小さく微笑を浮かべて、惣領殿が言葉を返す。此処は村の外れに設けられた、彼らの詰め所にあてられた古農家で。土間の奥向き、框で高い段差を取った板張りの居室の囲炉裏端、ここいら周辺の地図やら図面やらを前にして、侍たちの惣領殿が座している。蓬髪に顎髭をたくわえし、なかなか渋めの男ぶりも重厚なお侍様。醒めた白い衣紋のその下は、これでも筋骨頼もしい、刀捌きの腕も秀逸の、それは精悍な壮年で。そんな“野伏せり撃退 大本営”を任されし総司令官殿は、ただ今、そのお膝へ小さな巫女様の妹の方を預かっておられ。大方、お茶でも運んで来たそのまま、何とはなく居着いてのお昼寝に突入し。そのお膝を枕にと提供させられた…といったところだろうか。何ともほのぼのとした図には、さしもの“天穹の紅い死神”様でも少々気勢を削がれたものの、
「シチロージのことだの。」
 キュウゾウが何を案じて言って来たものかも、とうに察しはついていたカンベエであったらしく。
「あれはああでいいのだ。下手に気遣えば却って傷つく。」
「勝手な言い草を。」
「果たしてそうかの。」
 キュウゾウが多弁なことをこそ珍しがってのことか、口許へ小さく笑みを浮かべ、顎髭を撫でもってこちらを見やるその様子までが、呑気で鈍重な構えに見えてもどかしく。それこそ珍しくも身を乗り出すように詰め寄りかかったところ、
「…っ。」
 そちらからもこちらへと、いつの間にか延ばされていた腕に反応が遅れたのも、ついつい激していたそのせいか、それとも…?
「ちっ。」
 カンベエの大ぶりな手が掴み取ったは、彼の得物…どころか、それ以上に大切なはずの、手そのものであり。ひょいと取り上げ、
「御免。」
 短く言って、否やも応も聞かずに“くっ”と。軽くながらも回し捻れば、

  「…っ!」

 物に動じぬキュウゾウが、判りやすくも顔をしかめた。何かしらの技を繰り出すことで、関節を絞め上げた訳でもないのに…ということは、
「二の腕、どこぞでぶつけたか引っかけたか?」
「………。」
「とある村人が案じておった。金髪に赤いお召しの若いお侍様が、自分を庇って、崩れ掛けた荷を無理な体勢で支えてくれたとな。」
「…大事ない。」
 呟いたと同時、あっと気がついて…気まずそうにその顔を伏せる。

  “練達はさすが、機転も早いことだの。”

 やっと気がついた若侍だと、こちらも気がつき、カンベエは手を離してやって、
「そういうことよ。」
 手当てした方がいいかも知れぬ、ちょいとまずい傷や怪我だが、このくらいは大したことはないからと黙っていただけのこと。湿布でも張れば存外早く治るのだろうが、不覚を取ったことが露見するほうが癪だという、つまりは矜持の問題。シチロージの溜息の原因も、恐らくはそんなところなのだろうから。聞きほじることが、明からさまにさせることが、解決は早くとも彼の矜持へ泥を塗りかねぬとあれば。気がついておってもそれをこそ押し隠し、黙っていてやった方がいいと。それをまた、こんな即妙な実例で示したカンベエであり。
“…喰えぬ奴よの。”
 そうまで洞察力のある、小器用そうな性分には見えなくて。だからこそあのシチロージが気配り上手であるのだろうにと、そんな相性の逆算がすぐにも立つほどに。重厚で頼もしくはあるが、野趣の方が強すぎる。理論も奮うが怜悧さよりも経験の応用優先という、雑とした豪快な男としか見えぬというに。
“…。”
 シチロージの気鬱も、ついでに自分のささやかな負傷も、この惣領殿は素知らぬ顔のその陰で、実はちゃんと把握していたらしく。しかも、それぞれの面目のためには何をどう立てればいいのかも、しっかと判っておったということか。
「ただまあ、困ったことには。」
 弁の立つ彼が更にと言葉を重ねたは、
「大したことがない時ほど大っぴらに困った困ったと言い立て、深刻なことほど黙っておるような奴での。」
 ふっと。その口許へ、味のある苦笑を浮かべて見せて、そこがらしいと言えばらしいのだが…と。いかにも古い縁があっての知り尽くした仲であること、匂わせるような言いようをするものだから。

 「…邪魔をしたな。」

 やはり口数は少ないままながら、恐らくは次の行動へと移るため。首魁殿へさっさと背を向け、詰め所を後にしたキュウゾウであり。毅然とした細い背中を見送りながら、
「…あれも存外、判りやすい奴よの。」
 蓬髪を震わせ、くつくつ笑うカンベエ様には、この先の展開も何とはなく判っておいでであるらしかった。






          ◇



 「………?」

 まだ何とか緑の多かりし木立の中、詰め所までの帰途を急いでいたシチロージであったが。ふと、何かしらの気配を感じて足取りを緩める。
“どこだ?”
 誰ぞの意識が…存在が、結構間近などこかにあると判るが、見回したどこにも姿が見えぬのが落ち着けない。鳴子も鳴らぬということは、まだ野伏せりの進攻の気配はなし。小ぶりの斥候が入り込んだということか。だが、カツシロウがマメに哨戒を続けているその上、このごろではあのキュウゾウも隈無くあちこちを見て回っているので、こんな奥向きまで彼らに気づかれぬままに入り込むなど不可能なはずだがと。そんな推量を頭の中に組み立てながら、感覚のほうは微塵にも緩めず。
“こっちか?”
 薮の向こうだと目串を刺して。そっと気配を殺すようにし、その身を運ぶ。水の豊富な神無村。そこには、田畑へ引いているものでは無さそうながら、それは綺麗なせせらぎが左右の縁に生い茂る草の先を濡らしてさらさらと流れており。その畔へと、屈み込んでいる人影がある。彼自身は至って静謐だのに、身にまといし赤い上着が周囲の緑にいや映えて。その存在感を何とも鮮やかに主張していることとなってる青年が一人、こちらへちょうどその半身を向けて屈み込んでおり。尋常ではないと感じたのは、その上着を片肌脱いでいると気がついたから。彼の衣紋はなかなかに独特のそれであり、防御性も帯びながら、下肢の融通を極限まで優先させた裾長の外衣は、前に2本、後ろに1本、膝上までの深い切れ込みのある、たっぷりした布を使いし仕立てになっており。よって腰から下は余裕があるが、腰から上は打って変わって。双刀を目まぐるしく持ち替えて扱う戦闘術に即してのことか、その痩躯に張り付くような、ぴったりした型になっており。腕まくりさえ難儀だろうほど、袖にも懐ろにも背中にも余裕はない仕立て。よってのことで…という片肌脱ぎであるのだろうが、
「どう、された…。」
 ハッとしたのは、そうすることで露にされた、彼の二の腕に浮いたアザがかなりの酷さであったから。よほどの堅いものでしかも強く叩かれての打撲らしく、彼自身の手のひらでは覆い切れぬだろう結構な大きさの、青黒赤い内出血のアザが、生々しい傷かと見まごうばかりの鮮やかさで、その色白な肌を痛々しくも染め上げており。
「…大事ない。」
 それにしては…疼痛がして耐え切れず、冷やせばいいかと濡らした手ぬぐいを当てていたと、
“そうとしか見えませんて。”
 痛いという感覚にかなりの耐性がある彼だというのは、シチロージも知っている。この村へ来る途中、野伏せりの偵察だろう兎跳兎に襲われ、キララを庇ってやはり二の腕へ負傷したおりも。光弾を至近から食らったのだ、火傷と衝撃創という相当手ひどい怪我を負ったはずなのに。直後もその後も、声さえ上げず構いもせず、平然とし続けていた彼であり。そんな彼が…人目を避けてとはいえ、こんな手当てをしているということは。
「見せて下さいな。」
「…。」
「痛むのでしょう? さあ。」
 それもまた身動きへの補助の役割があるものか、特殊な型のサポータとインナーの間、丁度アザのある部分が剥き出しになっているところを検分し、
「新しくはないですね。1日かそこら、日が経ったから、内出血がアザとなって浮いて来たのでしょう。」
 険しく眉を寄せ、そっと肘を掴んだまま、
「御免。」
 くっと捻るとキュウゾウの眉が一瞬しかめられる。だが、その感触から、
「骨や筋を裂いたりするほどまでは、痛めてはいませんね。」
 そうと察してひとまずホッとし、手早く自分の上着を脱ぐと、剥き出しで寒そうな肩へと掛けてやるシチロージであり、
「どうして黙っていました。」
 間違いなく、きちんと手当てをせねばならぬ度合いのそれだ。いつ野伏せりが襲い来るやも知れぬ状況下、万全を期しておくに越したことはないということくらいは、彼だとて判っていようにと。プロテクタも兼ねた腰提げの嚢から打ち身用の塗り薬を出しつつ、説教じみた言いようを差し向けると、
「お主と同じだ。」
「…え?」
「このくらいは大事ない。だから言わなかった。」
「それがアタシと同じ…なんですか?」
 そうだ、と。強気で真っ直ぐな眼差しが見つめ返して来るのへと、
「…。」
 それこそ隠すものもない真摯さで意味を計りかね、キョトンとしていた槍使い殿。とはいえ、

  「…あ。」

 作業場で交わした、少し前の彼とのやり取りを思い出したと同時、
“もしやして…?”
 その折に胸中にて転がしていたもやもやを言っているのかと、やっとのことで思い当たったものだから。
「いえ、だからあれは…。///////
 本当に大したことじゃあないんですようと。こちらさんだって結構隠しごとは得意なはずが、あまりに絶妙な持ってきようで虚を突かれたせいでか。せっかくの男っぷりを真っ赤に染めての嫌がりよう。見るからに狼狽してしまう彼であり、

 「俺もこれを隠すのは辞めたのだ。だから言え。」
 「はい?」

 そんな勝手な順番を持ち出されてもと、どういう道理のある“だから”なのかへ混乱しかかったシチロージ。淡い紫もなかなか映える白いお顔が、身を乗り出すように詰め寄って来て。相変わらず冷然と整った顔容
(かんばせ)の、されど今だけは珍しくもムキになって、熱を帯びて激した表情を浮かべているのへと、
“おお、これは…。”
 思わぬ眼福なのかもvv などと。そんなことをふと思う余裕があるところは、しっかりとあの司令官殿の影響も色濃い、元・副官殿。
「…古女房。」
「いえ、だから。本当につまらないこと、取るに足らぬことなんですってば。」
「やはり何かしらを、憂いとして留めてはおったな?」
「あ、や…、えと…その。だだだ、だからですねぇ…。///////
「言えったら言え、さっさと言え。言ってしまえ。」




 さて。此処で問題です。それは優秀な元・副官殿。一体何をまた、遣る瀬ない溜息つくまで思い悩んでおいでだったのでしょうか?


  1.カンベエ様は目玉焼きには醤油派だと、ずっと思っていたものが
    実はウスターソース派だったと、今朝になって初めて判った。

  2.しかもそれをずっと黙ってらした。

  3.問い詰めたところが、軍へと入る前から既にとのこと、
    気がつけなかった自分の詰めの甘さが何とも悔しい。

  4.………そりゃあ人には言えんわなぁ。
(笑)






 もしかしてカンベエ様。人知れず内緒ごとを抱えたことで、覇気や集中力が微妙に足らなくなってた二人の意地っ張りさんたちを、この際だからと 一石をほいと投じることで一遍に陥落させたってことでしょか。後日になって、シチロージとキュウゾウ、双方に はたとそれを気づかせたのだが、

 『…よもや、な。』
 『…まさかねぇ。』

 ご本人はじりとも動かぬまま、ある意味“舌先三寸”のみにて差し向けられし こんな仕儀。それへとあっさり翻弄されたこと、認めるのはちょっと癪だったので。
「…痛みますか?」
「いや。」
 日に一度、こっそり薬を塗って差し上げつつも。それへとかたじけないと恐縮しつつも。お互いにそのことへは、とうとう触れはしなかった二人だったそうな。




  〜どさくさ どっとはらい〜  07.1.28.


 *拍手の方で、
  “久さんに慰められてる七さんというお話があってもいいのかも”
  というお声をお聞きして、じゃあこんなかなと書き始めてみました。

  …お求めのものとは恐らく随分と違ったことと思います。
(苦笑)

  むしろ、何でもないよな やりとりの中で、
  久さんのちょっと意外な応対やら物の見方やらへ接して、
  “可愛いところのあるお人だなぁ”と、
  慰められてたり癒されてたりするのでしょうね、七さんは。

 *それにしても、ウチのおっさまはなんでまたこうも、
  策士全開なお顔をすることが多いのか…。

ご感想はこちらvv

戻る