奇 禍 (お侍 習作の24)
 


 専横跋扈はなはだしき野伏せりの一団を、この秋こそは討伐するべく意を決し。神無村の農民たちは腕に覚えのお侍様を7人雇った。度胸がおありで、刀捌きの腕前も素晴らしい…ということのみならず。優れた戦略家であったり、大型兵器の仕掛けや工夫に長けてらしたりと、それぞれに様々な得手をお持ちの皆様は、たったの7人であるにも関わらず、それは頼もしい防衛策を立ててはどんどんと進められ。農民たちも一丸となっての“神無村 城塞化計画”は着々と進行。弓と矢の増産、砦や堡、物見の設置、それからこれぞ真打ち、鎮守の森から切り出した、巨大な丸太で作りし巨大な弩とその発射台の造成と。大なり小なり、どの作業もつつがなく進み、着実に実を結びつつあって。
「周囲に巡る岩屋の壁に刳り貫いた穴へも、張り子の弩、短い丸太を何本か設置してはくれぬか。」
「そうですね。第2第3の攻撃の準備もあるぞよとの、いい牽制になりますね。」
 本物の弩はただの1投だけ。それだけで十分に相手の度肝は抜けようが、一応の念のため、一種の保険のようなもの。本当はそんな長さもない見せかけの尖った丸太を、岩壁に刔った穴へ差し込んでおけば、
『迂闊に向かって来るなら、まだ後陣が控えておるぞ』
 そんな仕掛けのあろうことを見せつける運びになろうという、言ってみれば“ブラフ
(騙し)”であり。純朴で戦さ慣れしてなぞいない農民や、たかだか落ちぶれた浪人風情に、そうまで優れた戦法を捻り出す頭や行動力なぞあろうはずはないと。きっと思い込んでるに違いなし、だなんて。

  「…ほんに、頭のええ お侍様たちだなや。」
  「んだ。」

 またまた感心されておりますが。
(苦笑) 張り子とはいえ、その名の大元のそれのように、竹枠に紙を貼ったようなものではなくて。寸が短いだけで素材そのものは本物と変わらぬ、それは巨大な丸太だから。相当な重量もあるそれをがっつりと嵌め込む作業は、さほど広々しているとも言えぬ、岩壁に沿うた道幅いっぱいになるものを、滑車を使っての慎重に、上の高みから吊り降ろし、位置を合わせて それっと押し込むという手順で進められ。握れないほど短くなった鉛筆を砂山へ突っ込んでのオブジェにしているかのような“罠”の設置。始めて数日目ともなれば、幾つかを既に順調に完了してもおり、
「よ〜し、これが今日の最後だ。」
「集中して、集中。」
 何しろ、戦さもこんな作業もずぶの素人である農民の皆さんの手になるもの。掛け声を掛け合いの、様々な角度から見守りのと、早さよりも確実安全を優先して。何人もがかりで滑車を通した綱を引き、慎重に吊り降ろされていったのだが、

  「…っ!」

 微調整の段階になって。右へ3寸だの下へ拳一つだのなんてな細かい注文へも、もうすっかりと慣れた皆様の手際にしては、ぐんっと大きく横へと揺らいだ不自然さに、
「な…っ。」
 一等最初に気づいたのが、すぐ間際で丁度いい位置をと目視で測っていたシチロージ。ロープが切れたというのなら、手ごたえが唐突に消えるのだから降ろし手の皆さんから“わっ”という悲鳴や喚声も上がるはず。それだけに…そうでないだけに却って不気味な感触がし、
「…っ、後ろへ逃げろっ! 急げっ!」
 頭数の少ない上手側は声だけで恫喝し、人手の多かった下手側の面々を、え?という顔になってる皆さんへと振り返ったそのまま、少々乱暴だったが…腰から引き抜いた槍の柄を、真横へと差し渡しての一気の力押し。転んでそのまま転がってってもいいからと、問答無用で下がらせる。日頃はそりゃあ愛想があって、判らないことは懇切丁寧に紐解いて下さるシチロージ様が、物凄い剣幕で怒っておいでに見えるほどの形相になっての強引な仕儀だったが、
「あっ!」
「うわぁっ!」
 そんな彼の向背、巨きな丸太が、それを吊るす滑車を宙へと躍らせ、そのまま落ちかかっていることにようよう気づいた面々が青ざめる。時計の針の動きで見れば、ほぼ同じ一瞬の範疇内であったろに。それほどの僅かな差であれ、反射神経の鋭さの違いというもの、こうまで対処に差が出るものか。状況をやっと飲み込んだ村の衆たちが、あたふたと指示通りに逃げ惑った…というか、押しのけられんとしている意味をやっと悟って駆け出し始めた、その殿(しんがり)にいたことになった槍使い殿。えいえいと大層な力で村人たちを押しやったはよかったが、のっけの事情が判らぬうちの鈍重さ、その間のタイムラグが響いたか。間近にいた彼自身が、落下範囲から逃れるには微妙に間に合いそうになく、
「シチロージ様っ!」
「危ねぇっ!」
 どんなに俊足でも、道の先が詰まっていてはどうしようもない。吊り降ろす側だった上にいて、やはり素早く状況を把握したヘイハチ殿が、
「振り向いてないで走ってっ! もっと離れて、早く道を空けなさいっ!」
 恐慌状態に煽られながらも、危険な箇所から押し出されて来る村の衆らを、鋭い声で励ますようにし、懸命に促したが、それでも限度があった突発事。

  「…っ、うわぁっ!」

 道の上へと直接、ドスンと落ちた“張り子”は。その名にそぐわぬ重量感たっぷりの地響きとともに、結構堅くて頑健なはずの側道をも押し崩すのではなかろうかという落ち方をし。少しは めり込みもしたのだろうか、そこから坂を転がることもなく、ひたりと止まって動かない。

  「………あ。」

 堡や城塞への石積み作業もそうだが、大きく重たい岩や丸太を持ち上げたり降ろしたりという土木作業は、それを指揮していたヘイハチやシチロージが直々にコツを教え、楽にこなせるよう工夫を凝らしてもいたと同時。本来はとても危険な仕事だという注意も重々授けてあった。とはいえ、これまでにこういった事故は一度も起きておらずで。
「………。」
 しんと静まり返ってしまったのが、何を憂慮しての空気なのか。誰しも判っているだけに、それを突々くのはためらわれたものの、
「自分の班のお仲間はちゃんと無事でいるか、確認して下さいっ。」
 効率を考えてのこと、作業や休憩などを一緒する班に分けてあったものが、こういう時にも役に立つ。呆然とする皆さんを我に返らせ、手早く点呼を取れとの指示を出しながら、だが、ヘイハチ自身からして少々狼狽しかけてもおり、
“…シチさんっ。”
 声に出したかったがそれは敢えてこらえ、高台からほとんど垂直な岩肌を下へとすべり降り、皆が遠巻きにしている丸太の間近までを一気に辿る。最後の方ではどっと勢いがついての駆け足で、皆して逃げ延びていたので、丸太の周囲には結構間隙が空いているのに。そのどこにも影さえ無いのへと背中が凍る。
“イヤですよ、シチさん。”
 あなた、身軽な方じゃないですか。機転だって利くじゃないですか。行く手が塞がってたからって、もしやして崖の方へと飛んだんですか? 皆から好かれてる、ホントにいい人なあなたが…こんなことってありますか。

  「…っ、意識があるんなら“此処です”くらいは言って下さいよっ。」

 ちょっと感極まってしまったヘイハチが、語気を荒げて怒鳴ったところが、

  「………此処だ。」

 それへと、少し低めのお声が応じた。但しそれは、期待したシチロージの、あの、どこか味のある声ではなく。短く放たれ余韻も残さぬ、やっぱり忍者の方が向いてるのではなかろうかというお人のお声で。
「…キュウゾウ殿。」
 声がした方へと視線を転ずれば、崖へとはみ出した丸太の、尖った部分の一角へと、彼の得物の双刀の片方を突き立てての宙ぶらり。そしてもう片方の腕へは、胴を横薙ぎに浚うようにして掻っ攫ったらしきシチロージを抱えており。前後へと身を揺らして軽く反動をつけると、まずは二人ともが側道へと飛んで戻り。それから、自分だけが丸太の上へと飛び上がって戻って、置き去りにした刀をくっと引き抜く手際のよさ。凍りついたようになっていた空気も、この一連の展開には、
「…あ。」
「凄げぇ…。」
「んだ…。」
 尚のこと度肝を抜かれて一瞬シンと静まり返り。それから…どんっと、一気に沸いた。
「うわぁっ!」
「何て凄いことをっ!」
「芝居の外連
(けれん)でもああはいかねぇてっ。」
 信じがたい奇跡を見たと、皆さん一斉に興奮してしまい。口々に感動の度合いを言い合うことでその高ぶりをお互いに分かち合う、そんな大騒ぎに発展してしまったものだから。
「ありゃりゃあ…。」
 これはこれで、作業は中断ですねと。苦笑しながら後ろ頭を掻いたヘイハチにしても、つい先程までの緊迫状態からのあまりの落差に、胸の裡が熱く震えて止まらない。無論のこと、良かった良かったという感動によってだったのだけれど、

  「…ありがとうございます。」

 刀を背中の鞘へと収めながら、紅の衣紋をひるがえし、すぐ傍らへと戻って来たキュウゾウへ。やや俯いたままに礼を述べたシチロージの、ちょっと沈んだ声へと、
“…?”
 ヘイハチがあれれと意外な感触を受ける。彼でもやはり、もうダメかと、南無三と思ったほど怖かったのだろうか。それでまだ、気持ちが上擦ってでもいるものか。あんな固い声、滅多に…いやさ一度だって聞いたことがないぞと、そう思っての違和感だったのだけれども。
「…。」
 それは、それこそ、キュウゾウ自身も感じていたらしく。そのまま立ち去ろうとしかかっていた足が止まり、すぐ傍らの白い横顔を見やったところ、
「でも…あのくらいは、自分で避けられましたよ?」
 冗談めかした言いようをし、笑おうとしかけたお顔が、声が、何にか引きつっての震えを見せて。

  「………っ。」

 それがご自分でも判り、居たたまれなくなったのか。口元を手のひらで覆うと、まだ興奮状態にある村の衆の合間を擦り抜け、斜面の上の高台の方、木立のあるほうへと駆けてゆく彼であり。
「あ…。」
 何が何やら、何でまたあんな不自然なお顔をなさったものかと。ヘイハチが咄嗟に、後を追おうとして足を踏み出しかけたものの、

  「…。」

 それより先んじて、赤い疾風が正に宙を飛んでったので…彼の側はぴたりと踏みとどまった。
“…そうですね。この場合、キュウゾウ殿が執り成した方がいい。”
 それに、こっちの作業を中断させることへも、シチさんは喜ばないだろうからと。そこは“役割分担”というものをきっちり思い起こしたヘイハチ殿。
「さあさ、皆さん。天の奇跡も応援しております。どんな魔物の邪魔だとて、我らの作業を妨げたりなんか出来ません。」
 パンパンと手袋越しながらも手を打って。思い切りの声を張ってゴロベエ殿のような口説を唱え、作業を再開致しましょうぞと、村の衆らの注意を促した工兵さん。
「滑車の大きさに問題があったようですね。あと、吊り下げるためのやぐらが橈
(たわ)んだのかもしれない。支柱の強度も増やしましょう。」
 的確な指示を出し、何事もなかったかのように…は無理ながら、せめて何とか興奮を微熱へと宥めつつ、大事な作業の再開へといそしむヘイハチ殿であった。





            ◇



 カンベエ様を始めとするお仲間の面々も、さすがにこの義手に仕込んだワイヤー射出機能までは知らなかったことだろう。いやさ、知っていたとしても、あのお人はやっぱり飛び出して来て、苦もなく助けて下さったに違いない。日頃の冷然とした態度ほど冷たいお人じゃあない。真っ向からの“敵”扱いをし、そりゃあ反発的だったキララ殿を、なのにしっかり庇い、身を張ってまで守りもした。得手ではなかろうに、全くの素人な村人たちへそれは根気よく弓を教えてもいる。
「…。」
 逃げるように場から離れたが、追って来ている気配にはとうに気づいていた。あんな半端な…いかにも含みのありそうな態度で話半分に立ち去れば、誰だって気になって追いもするだろう。そういった道理が後から後から、遅ればせながらとこれもまた追ってくるのは、まだ少し体が心が強ばったままになっているからか。機転の利くところが便利な懐刀が聞いて呆れると、自嘲の笑みが浮かんだが、それがまたもや唇を歪ませる。
「…っ。」
 さすがは身の軽いお人で、木々の梢を渡ることで頭上を追い抜かれたらしく。行く手へと立ち塞がるように姿を現す。緑の中へとひるがえった紅の長衣。そこまでされたものを振り払うだけの覇気は もはやなく。
「…。」
 こちらも立ち尽くしてしまったシチロージであり。
「…すみません。助けていただいたってのに、何だか…勝手に機嫌を悪くしちまって。」
 恩知らずもいいトコでさぁねと、何とか落ち着いて来た声音を励まし、口元を笑う形に吊り上げて。蓮っ葉な幇間口調で詫びを並べると、

  「なぜ怒っている。」
  「…。」

 ああ、このお人は何でそう鋭いのかと、胸の奥がひやりとした。そう。自分は怒っている。腹立たしくってたまらない。だって、
「…キュウゾウ殿が向こう見ずなことをなさるから。」
 何とか宥めようとしていた想いが、先程沸いた震えも伴って、再び噴き上がろうとする。それが岩なら超振動にて砕けもしたかもだが、生木のあんな、むっちりと中身の詰まった重いものがのしかかって来た日には。腕や足の2、3本ほどが、易々と潰されていたことは明白で。槍の柄を両手で掴んでいた分、ワイヤーを飛ばしての退避をという間合いも取れず、ああこりゃあしまったな、こんどは脚が作り物になるのかなと、そんな覚悟に背条を冷やしてたところへと。

  ――― 風を切って飛んで来た、何かがあって。

 もうすっかりと馴染みのある懐ろや横顔。その気配。ああ、助かったのだという暖かい安堵の想いが沸いたのと共に、誰が飛び込んで来たのかが判り、そして。

  ――― 誰があんな窮地へわざわざ…という、

 自分でさえ ぞくりと肝を冷やした状況下だったのに。なのにどうして、

  「どうしてっ、あんな危ないことをしましたかっ!」

 もしやして。このお人を亡き者にしたかもしれないと思ったら。再び身体が震えて止まらなくなった。
「…っ。」
 突然の怒号へ、見るからにびっくりして その双眸を見開いたキュウゾウへ、畳み掛けるように怒声を放つ。
「あんなっ、わざわざ危ないところへっ。いくら身が軽いキュウゾウ殿でも、呼吸一つでもズレていたら…っ。」
「ああ。」
 短く応じる声が返り、
「潰されていたかも知れぬ。」
 いつもの無表情での、至って冷静な返答へ、
「…っ。」
 なんだか却って気持ちが高ぶった。
「そんな馬鹿をしてどうしますっ! キュウゾウ殿は何をしに此処へ来たんです?」
「…。」
 これへと彼が応じなかったのは、まさかこの状態のシチロージへ“島田カンベエを斬りに”とは言えなかったからだろうが。
「戦さでならともかくも、アタシなんぞを庇って…取り返しのつかない大怪我でもしていたらどうしましたっ!」
 このお人はカンベエ様が見込んだ練達の士だ。それが、こんな詰まらないことで潰えてどうするかと。
「…。」
 そこまで具体的な罵倒句が浮かんだ辺りで、頭の中を真っ赤に染めていた、感情的な興奮はやや収まったものの、
「…っ。」
 まだ止まらない震えが、シチロージを衝き動かして。無造作に下げられていたキュウゾウの手を、ムキになって掴み取ると。それをそのまま、自分の懐ろへとあてがった。ゆるい拳になっていたのを、指先から当て直させての開かせて、ひたり広げて伏せさせて、
「…判るでしょう? 動悸が収まらない。怖かったからですよ? 怪我が、じゃなくて。キュウゾウ殿があんな………。」
 何をムキになっているのかと、それさえもが腹の中で身を焼いて痛い。自分が無力だったから、見かねたこの人に無茶をさせたのだと。今になってやっと、一番大事な道理が…足の速い感情に煽られていた思考へ追いついたばかり。

  ――― 自分の未熟さが悔しいし、
       このお人へ偉そうにも“情”を植えつけた自分が憎い。

 斬り結び以外の何へも心動かさず、冷然としていた彼が正しいとはさすがに思わないけれど。では、彼がその身を孤高においてまでして自分で築いた鋭利な強さを、勝手に撫で回して鈍(なま)らせる資格や権利が、自分なんぞにあっただろうか。暖まってお行きなさいよと、要らぬ構いつけをしたその結果がこれだ。ああ見てはおれぬと、放ってはおけぬと思わせた。そんな要らない情をまで、彼へと刷り込んでしまった、自分の愚かさが憎い。

  「………。」

 言葉に詰まって俯いた、そんなシチロージを、やはり無言で見やっていたキュウゾウだったが。
「…。」
 懐ろへと導いたその白い手が、ふと動いて。
“…え?”
 最初に当てがった位置がみぞおちだったからか、そのままの高さで横へとすべっての両の腕の下、脇を通って背中へと伸ばされたのは、彼の側の両腕で。そのまま背中で重なり、輪を作った赤い腕は、キュッとその輪をすぼませて、
“え? え?”
 ふわり、身に迫って来たのは。柔らかな髪とそれから白い横顔、細い肩に薄い胸。それらがきゅうと密着するのが判る。そう、

  “………あ。”

 向かい合っていたシチロージを、軽くながら抱きすくめた彼であり。

  “………。”

 こうまでの勝手ばかりを並べたのに。みっともない極みだったろうに。八つ当たりもはなはだしくって、助け甲斐のないことも はなはだしい奴だってのに。

  “…怒ってないのですか?”

 呆然としたそれから、そぉっと間近になってるお顔を覗き込もうとしたところ。
「………。」
 ぽんぽんと、軽く背中を叩かれた。その手のひらの広げようが、何ともぴんと真っ直ぐだったりしたもんだから。そういうことへ慣れてなんかない、大人の真似をする子供みたいだなぁと。
「〜〜〜〜〜。////////
 思ったその途端に、何でだろうか。稚い愛らしさに打たれて? 意地を張ってる自分の強情までもを溶かしてもらえてだろうか? そのまま、張り詰めてたものが蕩けてのこと、目許が熱くなってしまう。
「…シチ?」
「ああ、いえ。ごめんなさいです。」
 叩かれたのが痛かったんじゃありませんと。はっとして向こうから覗き込んで来たのへと、ゆるゆるかぶりを振って見せ、
「…ええ ええ、その通り。」
 自分よりも先に、頼もしい次男坊の方が冷静にも気づいてくれたこと。

  「宥めて下さったその通り、自分へと怒ってただけなんですよ。」

 やっと認めた母上であり、だから。

  「ごめんなさい。」

 ちゃんと謝れたいい子は、早く許してあげないとと。そんな初歩まで、やっと思い出したお母様だったりもしたのである。






            ◇



 そのまましばらくほどは、何だか弾みがついたみたいで、グズグズと涙が出続けてしまい、なかなか止まらなかったりしたものの。一気に気が緩んだからというのが判っていたので気も楽で。
「………。////////
 もっとも、お胸…というか肩を貸した、紅い双刀使いさんにとっては。こんな状況は…実を言うと、胸がドキドキしてしまい、それこそ心穏やかではいられなかった。いつもの伝で、逃げ出すように風の中へと、駆け出していってしまいたかったが、
「…。」
 いつもなら自分がその優しさへと包んでもらえる、いい匂いがする暖かなお母様が、今は何とも心細そうだったので。自分がこうしていれば、少しでも慰めてあげられるのならばと…何とかじっとしていて頑張った。新しい発見をその心に刻みながら。

  ――― お母様は男の人で侍だから、
       庇われるとそこはやっぱり混乱するのだ。

 うんうんと感慨深げに頷いていた次男坊だが…相変わらずに宇宙人だ、このお人は。
(苦笑) そうこうするうち、母上の涙も何とか止まったらしく。長々とすみませんでしたねとその身を離すので、
「…。」
 そうとされると今度は少し惜しかったけれど、ここは素直に離れて差し上げる。目許やお鼻が少し赤いが、綺麗なお顔に遜色は無く。ただ。

  「人の窮地に居ても立ってもいられなくなるのは、
   そうまでしたいという大事な人ができるのはいいことではありますが。」

 ぽそりと、細い肩へとおでこを乗っけて。シチロージとしては…やっぱり言わずにはおれないらしくって。
「それでもやっぱり、まずは自分を大切にしてくださいませな。」
 もうこんな想いはしたくないから。我儘だと思ってくれていいから…と続けかけたその頭上から、

  「無理だ。」

 即座に、短い一言が降って来た。え?と顔を上げれば、

  ――― 彼のその金の髪の軽やかさもかくやというほどの、
       ふわりとした やわらかい微笑が待っており。

「シチのことでは、勝手に身が動くから。」
「あ、えっとぉ〜〜〜。///////
 もうもう このお人はと。さっきとは全く別な熱で、頭の中…というかお顔が赤く染まる母上で。
“何を言ってるんだか、自分で判っているんでしょうかしら。”
 それって、ご婦人へこそ言ってあげるような言いようだってのに。///////
「シチ。顔が。」
「…判ってます。///////
 ここは秋の錦も届かぬ、常緑樹ばかりな木立の中。紅い衣紋の色が映えたか、判ってなくて言ってる、しかも年下相手に、過敏にも赤くなる自分の頬までが恨めしい。今日のところは次男坊のほうに、技ありというところでしょうかしらvv





  〜おまけ


  「ところで、キュウゾウ殿。」
  「?」
  「もしやして、リキチ殿のところでお風呂を借りる時、
   青い方の石鹸を使ってませんか?
  (※懐ろに掻い込まれて気がついた人。)」
  「…。(是)」
  「あれはお洗濯用のなので、やめた方がいいですよ?」
  「…。(頷)」
  「そうだ。今夜は一緒に入りませんか?
   さっきのお礼に、髪を洗ってあげましょうね?」
  「〜〜〜〜〜。////////


   お粗末様でした。




  〜Fine〜 07.1.31.


 *今度こその、
  キュウゾウ殿からシチさんへの、アプローチ編(?)でございます。
  …シチさんが母上どころかヲトメですみません。
(笑)

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