悪 戯 (お侍 習作26)

       *お母様と一緒シリーズvv(とうとう此処にまで…)
 


 同じような金髪で、同じように色白なシチロージだと、その身を染める淡い色味を持っていることが、いかにも若い成年男性らしい、伸びやかでかっちりとした体躯をしているにもかかわらず、どこか繊細そうな、嫋やかな雰囲気をもそこへと無理なく馴染ませ。よくよく気のつく、それは優しい彼の気性を、絶妙に体言させてもいるものが。やはり金の髪に、それと彩度の変わらぬ淡さを散らした、真白い肌をした、もうお一人の彼のそれはというと…どういう訳だか、柔らかいとか優しげという描写とは、全く別な印象を与えてやまない。目許にかかるほどの前髪の陰より覗くは、眼光も冴え冴えと鋭い、切れ長の紅い双眸で。凛として端正な面差しは、いつもいつも凍りついているかのような無表情でいるせいか。ともすれば…そのまま酷薄そうな印象さえたたえて 冷然として見える。まだまだお若い身でありながら、先の大戦の生き残り。物心ついた頃から殺伐とした闘いしか知らず、刀技一筋に生きて来られた、正しく“剣鬼”のようなお人であり。面白い話をして差し上げたとしても、どこがどう可笑しいのかが判らないのではなかろうか。もしやして笑い方なぞご存知ないのではなかろうか…だなんて、村人の間では既に“そうに違いない”とまで思い込まれてるらしいのだが。

  “…それって どなたのお話なんですかねぇ。”

 確かに、この寡黙な双刀使い殿は、いかにも判りやすい笑みや怒りといった表情を見せることは滅多にない。シニカルな笑みに口の端を小さく持ち上げるとか、抜刀する直前に、不敵な…挑発的な眸をして強かそうに笑うとか、そんな表情ならば、もしやすると結構見せてもいるのかもしれないが。そして、彼にしてみれば“お、こいつ手ごたえあるじゃないか”なんていう、偽らざる歓喜の表現なのかも知れないが。そういう笑みは一種の戦闘意欲の現れでもあるので、そんな物騒な嘲笑の類いは例外だとして除外してしまえば。滑稽なオチのついた世間話や失敗談、駄洒落などへ、彼が声を上げて高らかに笑ったところなぞ、結構打ち解けている筈なシチロージでさえ見たことがない。大声自体、戦闘中の気合い以外には やはり滅多に上げない人なので、ドラマCDなんてな企画が持ち上がったら、モノローグさえ少なそうなお人、担当の三木眞一郎さんはさぞかし苦戦なさるのでは…じゃなくて。
(苦笑)

  “笑い方を知らないだなんてとんでもない。”

 ちょっとした拍子の思わずのこと、頬や口許に浮かんだ笑みへと。慣れぬことゆえ苦慮しておいでな折の、含羞みに染まったお顔の、何とも愛らしいことかを知っている。それに…このところでは、ちょっとした悪戯がらみの笑みというのを、結構 眸にしているもんだから。そのせいで、先の、

 『…それって どなたのお話なんですかねぇ』

 という発言になったりする母上だったりするのである。





            ◇



 侍を雇ったというこちらの不穏な動きが洩れている関係で、恐らくはしっかと臨戦態勢を整えて、いつ野伏せりが強襲を仕掛けて来るものやら。そんな背景のせいもあって、一刻をも無駄には出来ず、朝も晩もないほど切羽詰まっていた、彼らの日常ではあったが。砦や物見も完成し、弩の発射台の仕上げと、いざ発動時の設置へのシュミレーションも順調に進行中。弓の習練もかなりの水準まで達し、神無村要塞化計画がどんどんと形になって来るにつれ、今度は意識の集中と調整という、これもまた戦さには必要なコンセントレイションを自在に制御出来るようにならねばならなくなる。後に、ちょいと気が逸ってた某K少年が“居住まい正せよ、気を抜くな”などと、村人たちへきりきりとした叱咤勉励を授けたりもするのだが、あれはヘイハチ殿が呆れたように、あまり奨励出来ないご指導で。緊張や集中は、必要な時にのみ速やかに立ち上げてこそ意味があり、のべつ幕なしに緊迫していても疲れ損なだけ。

 「3時間交替で休みを取れ。」

 睡眠は90分刻みを単位とすると、人のバイオリズムと丁度合致し、それは気持ちのいい目覚めを迎えられるそうなので。指示を出した惣領殿に、そこまで理に適った配慮があったかどうかはともかくも。手の空いた者は、弓の習練にも根を詰め過ぎぬようにし、鋭意を養うため、順番に休むようにという新たな段階へと入りつつあって。


  ――― そして、そんな状況になったのとほぼ同時、
       誰かさんの他愛ない悪戯が始まったのである。







 相変わらずに気配を消すのがお上手なお人だから、いつだって、気づくのは…首尾よく成功されてから。大概は、陽も落ちての宵の口、一旦詰め所に戻っている時にと限られていて。今日一日の各部署に於ける進捗振りや不具合、はたまた笑いを誘うようなささやかな出来事などなど、各々の担当責任者が報告に来、短い談笑なぞ交わしてのち、持ち場へ戻ってゆくのを見送って…さて。哨戒や何やの段取りに関して、明日はいかがいたしましょうかなどと、お茶なぞを淹れつつのんびりと、囲炉裏端にて惣領様へと告げている最中などに、

 「………あ☆」

 引っつめにしている髪の一番の根元、きっちり堅く結わえているはずの元結いを、どういう手際でか…刃物で切るなどという乱暴はせず、いつも ついと引いてはいとも容易くほどいてしまわれる。

  「キュウゾウ殿〜〜〜。」

 力任せに引く訳でなし、痛みは全くないのだが、気持ちをきりりと引き締めてもいるところの、ぎゅうと頭皮を締め付けている感触がふわっと一気に緩み、それと同時に ぱさり…とうなじを覆い、肩先へと落ちる髪のささやかな重みや感触を察してから、いつもいつも“やられたっ”と臍を咬んでしまう槍使い殿。

  「何度言ったら判りますか。」

 当然のことながら、意味なく結っているものでなし。結い直さねばならぬでしょうがと、もうもう こんの悪戯っ子がと、ご当人はこれでも叱っているつもりかも知れないが。

  「…もう。/////////

 ひょこっと。すぐ傍らからお顔を覗き込んで来る次男坊の、ワクワクっと見張られた眸やら、上等な甘味でも舐めたかのように、柔らかい笑みを含んで仄かにほころびかかっている頬や口許…なんていう、いかにも楽しそうな気色で一杯の…と判る人はかなり限られているのだが
(苦笑)、そりゃあ屈託のない表情を浮かべたお顔を目の当たりにしてしまうと。そんな気勢もたちまち削がれてしまうおっ母様。

  ――― こんな可愛いお顔を見せられて、
       なのに叱り飛ばせるお人がいたら、それはきっと鬼に違いないと。

 毎晩、ある意味で“眼福”を見せていただいているのは嬉しいなどと、彼の側とて大概な甘やかし発言をしている、立派な親ばかさん(?)だったりするのである。とはいえ、

 “…そんなお顔で見ないで下さいよう。////////

 髪を下ろして耳や頬が覆われると、その印象が随分と変わってしまうことを、実は自分でもよくよく知っているシチロージであり。髪をすっきりとまとめ上げている分には、戦意を満面にたたえし鋭利な表情もまた映える、勇猛な印象を醸すことも可能なものが。結うために必要なだけの長さを保ったその髪が、頬をすべって肩までと、細おもてな お顔を縁取るように降ろされたその途端。顔の輪郭だとか、おとがいや首元を縁取る線の、意外なほど細いことを強調し。凛々しさも威勢もどこへやら、物腰柔らかな立派な文人という見栄えになってしまうものだから、
“軍にいた頃も、それでどれだけ恥をかいたか。”
 あまりに激しい戦いの終焉、頭なんて構ってられないというよな散々な姿で大本営へと帰還するたびに、一斉に注目されたものだったことを思い出す。恐らくは“何とみっともない、軍人には見えまい女々しさぞ”なんてな陰口を、毎度々々囁かれていたに違いないという、苦々しいトラウマまで復活しかかったものの、

  「………♪」

 悪戯の成功へか、それとも…母上の印象がパッと変わることを子供のように楽しく感じてか。それとはっきり判りやすい笑みではないものの、それでも。少しばかり目許を細め、蜜を含んだような口許をし…と。それは甘やかな微笑をもって、まじまじとこちらを見やるキュウゾウ殿のそのお顔が、

  “…えっと。///////

 シチロージの側へも和みや癒しを与えている相乗効果は素晴らしく。

  “…本当に。”

 凛として端正な面差しは、いつもいつも。凍りついているかのような無表情でいるせいか、ともすれば…そのまま酷薄そうな印象さえたたえて 冷然として見える。まだまだお若い身でありながら、先の大戦の生き残り。物心ついた頃から殺伐とした闘いしか知らず、刀技一筋に生きて来られた、正しく“剣鬼”のようなお人であり。もしやして笑い方なぞご存知ないのではなかろうか…だなんて、村人の間では既に“そうに違いない”とまで思い込まれてるらしいのだが。

  “とんでもない誤解ですよねぇ…vv

 彼の微笑がどれほど嫋やかで、切なくも甘い逸品であるものか。それを知る“限られた身”であることが、優越感を感じつつも、触れ回りたくなるよなむず痒さも伴われるので、なかなかに苦痛だったりし。

  “こんな眼福をいただけるのならば…。”

 まま、ささやかな悪戯くらいは我慢しますかねと、結局は甘い結論にしか至らない、困った母上だったりするのである。
(苦笑)









  おまけ。


 髪を解いたついでだ、さっきお声も掛かったことだし、リキチのところで風呂を借りて来なさいと、囲炉裏の向かいから…やはり同座していらしたのですよのカンベエ様に勧められ。そんな惣領様に留守を預けると、着替えと手ぬぐいを手に詰め所を後にし、すっかりと暗くなった小径を歩む。そろそろ満月も間近い月が出ているし、二人とも夜目が利くので明かりの必要もなく。まるで漁火のように遠くに浮かぶは作業所を煌々と照らす灯火。丁度それへと向かってという方向へ、さらりとした晩秋の夜気が満ちた中、さくさくと歩む道すがら、

  「それにしても、どうしてまたこんな悪戯をするのですか?」

 ただの悪ふざけにしても、同じことを何日も繰り返すというのが気になって。まま、答えてなんかくれなかろうな、ただ何となくってところだろうなと。飽きるまでは我慢かな、などと、やはりやはり、どこか甘い対処を先回りして構えながらも、一応は訊いてみたシチロージへ、

  「晩になって まげが乱れて来て、シチが外で髪を直さないように。」
  「………はい?」

 案外とあっさりお答えがもらえたはよかったが…あまりに想定外な文言だったので、呆気に取られて足が止まる。キュウゾウはそんな様子には気づかぬか、
「島田が言っておったのだ。」
 シチは器用だから、出先ででも、鏡も見ずに、すいすいと事もなげに結い直してしまおうが、
「そうやって髪をまとめておる所作もまた、それは美しゅうて艶があると。」
「な…。///////
 長い元結いを唇に軽く咥えて、少し伏し目がちになって。後れ毛を押さえもって、無心にくるくるくるっと結ってゆくところは、確かに綺麗だなと俺も思うから、

  「あまりに美しいので、他の者には見せとうなかろうというのへ賛同したまで。」

 立ち止まったままでいるシチロージを振り返り、邪心なく けろりと答えて下さったキュウゾウ殿はともかくとして、

  “…あんのお人は〜〜〜。////////

 先にもどこかで述べたかもだが、島田カンベエという御仁、思想や志向に関わるような真摯な語りでは、柄ではないと思うのか 至って口数少ないお人なくせに。こういう下らないところでは妙に能弁で、しれっとそんな小っ恥ずかしいことを言いもする。こんな純朴な次男坊に一体何を吹き込んでますか、と。恥ずかしさも加わっての、今回はさすがに頭に来たらしい母上だったが、

  「?」
  「あ、いや。何でもありませんよ?」

 とりあえず、そうですね…出来るだけ詰め所の中でしか髪は直さないようにしますから。だから、
「明日っからはもう辞めて下さいね?」
「…承知。」
 それは素直に頷いた実行犯はともかく…島田勘兵衛の運命やいかにっ。
(おいおい)





  〜Fine〜  07.2.7.

 *実はおっさまとの共謀でございました。
(笑)
  しれっとしたお顔で二人のやり取りを眺めつつ、
  “微笑ましいのぅ”なんて素っ惚けていた訳ですね、おっさま。
  拍手ネタでしたが、妙に長くなって来たので習作へupです。
  それにつけても…最低でも20歳以上の男性の話を書いているとは
  到底思えない様相となって参りましたねぇ。
  これで大戦経験者。
(苦笑)
  こんなややこしい人を傘下において、南軍はよく勝てたものです。
  きっと兵庫さん辺りが相当に苦労なされたのでしょうね。
  少々変わり者であるという前提ではあるのですが、
  これではどうかすると小学せ(省略)
  そろそろ“勘久もの”を書かないと、
  サイトの看板を変えねばならなくなるかもですね。
(笑)
  おっさまの威厳が地に落ちないうちに、
(もう遅い?)
  次こそは『千紫万紅〜』の続きですvv

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