差し向かい (お侍 習作29)
         *お母さんと一緒シリーズvv



 何しろ忙しい最中なのだ。攻守両面における設備装備の充実に関しても、関わる素人衆への、心構えや集中の据えどころに対するレクチャーにしても、いくら手を尽くしたって足りないくらいな“現場”であり。よって、特に真剣勝負をと構えている訳じゃあなかった筈なのだが。

  ――― こういうものは一旦ハマるとなかなか見切るのが難しく。

 ふ〜むと口許に手を添えてという、なかなか様になった構えのそのまま、
「………。」
 長考の構えに入ってしまった相手のお向かいで、
「…。」
 日頃の寡黙さとは別物だろう、少々居心地が悪そうにお口を噤み、正座した赤いお膝に置いた白い手を、もぞもぞと握ったり緩めたりしているキュウゾウ殿。自分が配置した駒へ“しまったなぁ”と後悔しているのが見え見えであり、

 “また相手が相手だしの。”

 盤面を見据え、随分と真剣に考え込んでいるシチロージとあっては、冷然と見切って立ち上がりも出来ず、さりとて助け舟を出す訳にも行かぬらしく。その結果、
「…。」
 まるで叱られてでもいるかのようにやや項垂れて、時々こっそりと上目遣いになっては、まだかなまだかなと、母上の熟考の末の“手”を待っているしかなく。日頃 冷然として滅多に動じない彼からは想像もつかぬ、心許ない童子のような、何とも落ち着きのない様子を拝めたこと、
“可愛らしいものだの。”
 傍観者としては 眼福この上無しと享受して。盤上になかなか動きのないままな迷勝負を、微笑ましくも眺めやる、カンベエ様だったりするのである。




 コトの発端は実に他愛のないこと。地図や図面や、村人たちの班分けとその配置の一覧などなどと、様々な準備が進むうち、それらの進捗を記した書面の類が増えて来て。今後の戦略を進める上で、失くしてしまっては困るもの、整理して置いておける文机でもないものかと、詰め所の物置を掻き回してみたところ。あれ、こんなものがありましたよと引っ張り出されたのが、きちんと駒も揃った古めかしい将棋盤で。
『これはちょっと小さすぎて机には出来ませんね』と、
 それでも囲炉裏端に出しておいたところ、食休みの手なぐさみ、一種の頭の体操にと、詰め将棋をやり始めたのが、ゴロベエ殿とヘイハチ殿。全部の駒を使わずに並べ、そこから王将の詰め方、王手だけを考えるという代物で、ある程度は覚えのある者でなければ、いきなり変わった配置をされた駒らによる“最終局面”を見せられても、何が何やらと困るしかない高度な遊び。これだとて奥が深くて、そうそう“はいそこまで”と切り上げられるものではないが、まるまる一局をこなすよりは手軽だし。思考が大人で、物事の“熱くなりどころ”というもの、心得ているゴロベエ殿と、こちらもやはり そうそうカッカせず、一線引いてわきまえるのは得意なヘイハチ殿。限
(キリ)のいいところで切り上げることを厭わぬ、お遊びと現実と…という頭の切り替えが、容易い人性だったから問題はなかった。そんな二人が“やった、やられた”と、一局二局くらいを詰んだり詰まれたりしていたうちは良かったが、
『面白いもんですねぇ、詰め将棋も』
 戦略を考える訓練になるからと勧める先輩も多かったですがと、好試合を傍から眺めていたシチロージがやんわり笑う。

 『で、どうしてこの駒は、あんな斜めに進めたんです?』
 『………はい?』

 意外や意外、何でもこなせて器用そうな彼だというのに、若くして就任した副官のお仕事が忙しかったか、大戦中はあまり馴染みがなかったらしく。戦後からのこっちも、まさかにあの蛍屋のお座敷で将棋もなかろうということで、やはりあまりやったことはないというものだから。駒の特性を教えがてらに、簡単なところからと打たせてみることとなり。
『おお、さすがはシチさんだ♪』
『そうですよね、何ともスジがいいvv』
『いやですよ、お二人とも。』
 素人だから何にも分からないと思ってからかってやいませんか? 何を仰せか、さすがは軍師・島田カンベエ殿の翼を担ってらしただけはある。飲み込みが早いのは、戦局の分析に長けておられた証左に他ならず。そうですよ、今の棋譜は初心者だともっと大外回りの手を打って、徐々に徐々に崩していこうとするものですのに、あっさりと最短の手を見抜いてしまわれた…などなどと。食後のほんの十数分ほどを、そんな語らいで過ごしてから、さて…と それぞれの持ち場へ帰る昼下がりとなるのが定着しかけていたところへ、
「…。」
 ひょこりと、先の二人と入れ違いに顔を出したのが、
「おや、キュウゾウ殿、」
 双刀背負った金髪紅衣の次男坊。
(おいおい) 表情も動かぬままの、まだ何にも言わぬうちから、
「お腹、空きましたでしょ。今用意しますからね?」
 炊き出しのお女中からキララ殿経由で預かってある握り飯と、今日はつみれ団子を浮かせた おすましもありますよと、てきぱきと膳の支度をして差し上げる母上で。このところ昼餉どきにやや遅れる彼だったのへはシチロージも気づいていたが、彼の担当する、村人への射弓の指導が好調だから…なのでは、これも致し方がない。最初はどうなることかと危ぶまれていたものが、さすが継続は力なり、今では殆どの者が、それなりの強さ速さの矢を射ることが出来るようになり、思い通りに当たるのが面白いからと練習にも熱が籠もり出したその煽りで、指導の側までが、ついつい時間を忘れてしまいがちになるらしい。
「…。」
 上り框に腰掛けて、ヘイハチに倣った“いただきます”の合掌をし、用意された膳からお行儀よくもご飯をいただきつつ。ちゃんと合間合間に休んでいますか? 時々姿が見えないなと思っていたら、休んでいるのではなくて。上達したお人へ監督を任せて、身体を伸ばしがてらにって、あちこちへ哨戒にも出ているそうじゃないですか。くれぐれも無理をしちゃあいけませんよ、と。母上からかけていただける、ありがたいお気遣いのお言葉を享受して、さて。
「…。」
「ああ。将棋盤ですか?」
 立ち上がりかけたその視野にふと入ったのだろう、見慣れぬ調度へと視線を留めた彼へ。つい先日、物置から引っ張り出したこと、昼間の食休みに詰め将棋で息抜きしていることなどを話して聞かせ、
「アタシもゴロさんやヘイさんに教わってるトコなんですがね。」
 初心者なもんだから、練達お二人の足を引っ張ってばかりでいけませんと、そりゃあ楽しげに“くすすvv”と笑ったのが、

 “あれは シチの非ではあったがの。”

 大好きなお人のお顔だもの、それが形の上でだけのお愛想かどうか、判らないはずはなく。

 「…。」

 すいと腕を伸ばすと、盤を引き寄せ、かちりぱちりと駒を並べて、
「キュウゾウ殿?」
 框の縁へお膝を揃えて座ってたシチロージと自分との、丁度空いていた空隙へ、ほれと差し出すように盤を据え直す彼であり。
「…あ。」
 そこにあったのは、これまた見事なお題というか棋譜というか。こんな咄嗟にちゃんとしたものが並べられるとは、彼もまた心得があったらしいが…もしかしてヒョーゴさんが教えたんだろか?
(苦笑)
「えと…。」
 まだ初心者であるとはいえ、こういった頭脳ゲームが嫌いではなし、そんなに複雑そうなものではないというのが解るほどには、ゴロベエ、ヘイハチ、両センセイによる鞭撻のほども進んでもいたので。
「えと、ちょっと待って下さいよ。」
 盤上を見やり、この駒はこう動かせるんでしたよね? だから、こう差して…と、シチロージが駒を進めれば。
「…。」
 それへとキュウゾウがパチリと返し。
「あ、そかそか。…じゃあ、こうだ。」
「…。」
 やはり静かな一手が返ったが、それは読み通りだったらしく、
「はい、詰みです♪」
 王将を追い詰めたぞと“王手
(詰み)”として、どうだとこちらを見やった母上…もとえ、シチロージのお顔が、それは素直で、それは嬉しそうな、心からのにぃっこり笑顔だったのが、思えば…不味かった。

 「…。////////

 こちらさんのは、打って変わって判りにくい代物なれど、鬱陶しい前髪の下にて、かすかにその赤い眸を見張り、するりと陶器のように冷ややかなその頬を、仄かに朱に染めて。シチロージやカンベエ様には…ぱぁっと照度が増したのがよくよく判ったくらいの、そりゃあもう嬉しくってたまらないというお顔になった、双刀使いの剣豪殿。
「…。」
 今ので、どの程度の実力なのかを測ったものか、ではと次に彼が盤面へ並べたものは、もう少し上級のそれであり。
「…う〜んと。」
 配置だけなら隙が多くも見えるけれど、手持ち駒が結構多彩で、防壁は案外と堅そうであり。先程よりは少し困ったように眉を寄せてしまった母上だったが、
「………あ。」
 ようよう糸口に気づいたか、手を伸ばしてくると駒を動かす。それへと応じてすかさずの次の手を差せば、
「…えと…。」
 少々手古摺りつつも、無難に少ないめの手での妙手にてキュウゾウの投了を誘い、やはり母上の勝ち。ヘイハチの言いようではないが筋はいいと見えて、同じくらいの難問を、今度はもっと早くに差してしまい、そのたびに“どうですvv”と誇らしげに にっこりと笑うお顔が、何ともかんとも綺麗で綺麗で…vv
「…。///////
 シチロージの側でもそろそろお開きにと思いつつ、それがキュウゾウの方でも判っていつつも。ついつい、次で終わり、この一局で終わり…と駒を並べてしまうキリのなさ。

  ………で、いたものが。

 これで終わりという感を意識し過ぎたか、だからこそ、ちょこっと手を焼きそうなものをと、やや難しいのを並べてしまったようであり。
「…う〜ん。」
 何とも先が見えぬらしく、見切り発車で差された手は、悪くはないが消耗戦を誘うだろう遠回りの一手。しかも、
「…。」
「それじゃあ 訝
(おか)しいんじゃないんですか? むしろこっちでしょう?」
 こっち側の差しようは判るのか、おずおずと打った手を訝しいと指摘されたその上、妙なところへ打つことで手を抜いてはいけませんと叱咤される始末。

 「…シチ。」
 「ダメです、まだ降参してません。」

 そろそろ答え合わせをと声をかけるのへまで、いいやまだまだと意地を張る。意外なところで意外なものへとムキになる人だったんだなと、また一つ知ることが出来たのは嬉しかったけれど、こんな差し向かいはちょっぴり、いやいや随分と落ち着けない。
「…。」
 大好きなお顔が打って変わってきりきりと尖っているのへと、ただじっと向かい合っていなきゃあいけないだなんて。将棋盤の向こうって案外と遠いし、それにこれって、間違いなく、彼を困らせているのではあるまいか。

 「…。」

 何とかしてよと顔を向ければ、囲炉裏の向こうに同座している惣領殿は。こっちの心情なんて きっときっちり判っているくせに、相も変わらず“微笑ましい”という苦笑しか向けてはくれない。
“そういや、午後から東の淵に石垣を詰むとか言ってはいなかったか。”
 シチロージが口にしていた彼自身の予定を思い出しはしたけれど、まま、村人たちが既に着手している代物でもあり、
“…後からこの二人ともを駆けつけさせれば間に合おう。”
 こらこら、惣領様までが なんですか。
(苦笑) 笑っても困っても可愛らしい双刀の君の、思わぬお顔を堪能出来るとあって、なかなか助けてはくれないらしく。さても、呑気で平和な昼下がり…を過ごしてていいのか、あんたたち。(笑)





  〜Fine〜  07.2.13.


  *ある意味“サルベージもの”です、すみません。
   いくら暇でもこんなことをしている暇はなかろうと思い、
   没としておりました。
   でもなんか、
   この人たちってば、とことんこういう相性なんだろなと思うと、
   どしても書き上げたくなって…。
(苦笑)

  *そして、拍手お礼にしようとしたら字数が多すぎて弾かれましただ。(ううう)
   それにつけても…サイトの主旨がどんどん塗り変わりつつあるような?
   つ、次こそ“千紫万紅”で勘久もの書きますからね?


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