美味しそうな音
 (お侍 習作29)

       *お母様と一緒シリーズ…?
 


 季節は“馬肥える”食欲の秋だ。本来ならば、村が里が手間暇かけた苦労の結実とその収穫の幸いに沸く、それはそれは豊かな時期であるものが。この時期になると大勢でやって来て、武力で脅して米や娘を浚ってく盗っ人がいる。そんな野伏せり憎しとばかり、とうとうこの秋は策を構えた神無村。強くてしかも、我らの窮状を理解して下さる、心あるお侍様を雇い、野伏せりたちを撃退してもらおうと決意した。紆余曲折を経て雇われて下さった、どのお方も腕に覚えのある彼らは早速にも、村を堅固な要塞へと変える手を様々に打ち始め。防御の砦に石垣に、先制攻撃のための“弩”を作り始めて。村人たちへも“神無城の兵士となれ”と心構えを諭して下さり、秋の空が澄めば澄むほど、各々の作業も進み、意欲も高まる今日この頃。

  「………。」
  「おや。もうそんな刻限でしたか。」

 これが天職ででもあるものか、誰ぞが声をかけたくらいではその手を止めず集中も解かない、働き者過ぎる工兵さんへと。このところでは中2日ペースで投入されている“秘密兵器”さんだったりし。(『
昼餉どき』ご参照下さい・笑)相変わらずに気配は立てないながら、手元近くに舞い降りた彼の、そのすらりとした御々脚を下から順を追って見上げてゆけば、真っ赤な長衣のその上で、感情の乗らぬ白いお顔がこちらを見下ろしており。
「…。」
 このお顔も、特に憮然としている訳ではないのだと気がつけば、今度は妙に朴訥で可愛らしく見えてくるから不思議なもの。

  ――― 愛らしい、じゃなくて。可愛らしい、ですよ?

 だって、そうじゃありませんか。今 このお年頃ですから、きっと大戦中はまだ十代だった筈。しかも、私のような工兵や通信兵ならいざ知らず、間違いなくの戦闘員。あの、荒野で雷電を切り刻んだ太刀筋と身ごなしの軽さは、カンベエ殿やシチさん、ゴロさんと同じ、空軍所属の斬艦刀乗りだったに違いなく。ということは、南北の区別なく、実際の階級もおいといて、その腕っ節…体力能力のみならず、戦闘センスや度胸も含め、戦闘員の中でもトップクラスの精鋭、生身のまんまで“侍”と呼ばれてたクチだったということですからね。しかも、こんなに要領がお悪いにもかかわらず、生き残っておいでだ。社交術を用いての、若しくは逃げ上手ゆえの生き残りとは格が違います。

  ………だっていうのに。

 これだけの練達が、シチさんに言われてのお使いです。しかも、いやいやじゃあないってご様子です。微笑ましいじゃあないですかvv 素直なお方じゃあないですかvv 可愛らしいなぁと、ついつい笑みが濃くなり、
「???」
 そのご当人から キョトンとされてる始末です、はい。

  ――― とはいえ、練達だってことに変わりはなくて。

 結構な高さのある“弩”射出用の櫓の上などにいるこちらの傍らへ、音もなくの いつの間にか、ひらり訪のう、その神憑りな出現は、周囲で作業にあたっている皆さんの度肝を抜き続けてもいて。
「じゃあ、降りて食べましょうかね?」
 そうと持ちかけると、こくりと頷き、
「…御免。」
 この頃ではこっちを軽々小脇に抱え、ひょいっと難無く、櫓の足元まで飛び降りて下さったりもしてくれます。恐縮しつつも、こんなに細くておいでなのに力持ちですねと言えば、
「小さいから軽い。」
「…む。」
 余計なお世話のお返事をくれたりも致しますが。
(笑)

  「さて♪」

 私だってお腹が空かない訳じゃあない。ただちょっと、熱中が過ぎてご飯どきに気がつかないだけの話なので、包みの中からお顔を覗かせる握り飯には、いつだってわくわくします。手を合わせての“いただきます”に、キュウゾウ殿も律義に付き合って下さり、一緒に食べるは、シチさん謹製の上品なおにぎりで。ああなんてお上手なんでしょうか。米粒を崩さず潰さずの、ほろりほどける握り具合の丁度よさ。米の甘さを殺さぬ、それは絶妙な塩加減。簡単なものだからこそ、お人柄が滲んでいるようで、こんな御馳走はありませんよねとついつい口数が多くなるのへ、
「………。」
 金の髪した赤い人、無言のままながらも“こくこく”としきりと頷いてくれるので、大層な勢いでの同意と見ましたよ?
(苦笑)
「おや、今日はお漬物がついてますね。」
 握り飯だけでも十分美味しく頂けますのに、今日はたくわんが2切れずつ付いている。1つ摘まんでコリポリと奥歯で噛みしめれば、甘みと塩みがバランスのいい風味となって調和していて、どんなお母さんが漬けたやら、きっとお料理上手な方なんでしょうねと思わせます。

  ――― と。

「………。」
「どしました?」
 2つ目のおむすびがあと1口ほどで完食というところで、キュウゾウ殿の手が止まってます。少し鬱陶しい長さの前髪の陰、うまいこと切れ目になってるところから覗いてる、宝石みたいに綺麗な赤い眸が、こちらをじっと見やってるようです。何か顔についてるのかな、米粒だったら勿体ないですよね。でも、口の回りを撫でてみましたが、どこにもそんな感触はありませんし。
「キュウゾウ殿?」
「…音。」
 はい? ………あ、ああ。音ですか。
「これですか?」
 もう1切れ。たくわんを口へと運び、こりぽり奥歯で噛みしめれば、
「………。」
 おむすびを持ってた手をお膝へ下ろして、こっちをまじまじと見やります。残っているたくわんを、自分でも手にし、同じように口に入れたキュウゾウ殿でしたが。
「………。」
 噛みしめる音はあまり立たない。それをもって、怪訝そうに首を傾げておいでなのがまた、いやはや、可愛らしいったらなくてvv
「………。」
「え? 何でかですって? いや、そう言われても。」
 言ってない言ってないと、何となく様子を見ていた村の衆が首を振ってのツッコミを入れてましたが、いいんですよ、意が酌み取れての会話が成立しているんなら こういう言い方でも。それはともかく、

  「私には音を立てない人の方が器用に思えてなりません。」

 きっと、キュウゾウ殿はお作法を厳しく躾けられたのでしょうね。物を食べるときは静かにと。だから、堅いものを食べても音が立たないんですよと。思ったままを言ったのですが、それでも何だか、
「…。」
 得心が行かぬというお顔。困りましたね、じゃあ、
「あ・そうそう。そういえば、シチさんもこりぽりさせて食べてたはずです。」
「…。」
 ああ、途端にそんなまで双眸尖らせて睨まないで下さいよう。何もシチさんもお行儀が悪いと言いたいのではなくて、
「今、キュウゾウ殿が咬む音へ“おやぁ?”と気づいたみたいに、私もね、美味しそうに食べる人だなぁって思ったんです。」
 それで覚えていたんです。だって、ご飯が美味しいって、一番幸せなことじゃないですか。どっぷり疲れてたり眠くてしょうがなかったりするときは、ご飯も美味しくないでしょう?
「…。」
 それへは“是”と頷いて下さったので、
「美味しく食べる幸いを、やはりご存じなシチさんならば、知っているのかも。」
 大きく胸を張って、断言して差し上げました。

  「私は“どうして”なのかまでは知りませんが、
   物知りなシチさんだったら知っているかも知れ………。」

 おおう、早い早い。もう姿がありません。あららぁ、たくわんを1つ、置いてかれましたね。勿体ないから頂いてしまいましょう。〜〜〜〜、う〜ん、やっぱり美味しいです♪ お茶がほしくなりましたが、塩味も疲労回復に効きますし。このまま作業に戻りますかね。ああ、キュウゾウ殿、どうせなら上へと私を戻して下さってから消えてほしかったかなぁ…。






            ◇



 お使いをお願いしたらば、ちゃんと済ませたという報告に詰め所まで寄って下さる律義なお人。今日はやけに早いですねと、こちらは丁度食べ終えたところ、カンベエ様にお茶など供していた間合いだったので、
「ご苦労様でした。キュウゾウ殿にも淹れましょうね。」
 上がり框に近い側の囲炉裏端から、目許を細め、にっこり笑ったシチロージが、盆へと伏せてあった3つ目の湯呑みを返した手元には、こちらでも食べたらしい漬物の小皿があったので。
「…。」
 それをじっと見やれば、
「え? あ、はい。残ってしまいましてね。」
 でも、美味しかったでしょう? 何ならお茶受けに食べますか? さすがは母上、何も言わずにもう半分通じただけでも大したものだが、ええ、そう。これではまだ、抱えて来た彼の意は通じておらず。訊かれて、だが、ふりふりとかぶりを振った次男坊。さあ、一体どう伝えるのかと…私がワクワクしてどうしますか。
(まったくである)
「…。」
 かぶりを振ったのに、ひょいと1切れ、手づから摘まんだキュウゾウ殿。それをそのまま、キョトンとしているシチロージの口元へと持ってゆく。
「? アタシが食べるんですか?」
 こくこくと頷いて、こっちをじぃっと見やる彼なので、
「???」
 事情は判らないまでも、あ〜んと口を開いてくれて。白い手の上、ちょっと微妙な上向きに立ってたたくわんだったので、相手の手を捕まえての角度を変えてから、ぱくりと食べて下さって。

  ――― じ〜っと見つめていれば、確かに。

 こりぽり・こりこり。それはいい音をさせて咬んでいる。
「何ですよう。////////
 さすがにお口を動かしているところを凝視されるのは照れるらしくて、困ったように、そして恥ずかしそうに。綺麗な所作にて、口元へ手を添えた母上だったが、
「いい音がする。」
 ずいっと身を乗り出してのこのお顔は…もしやしてと、母上の視線がつと止まり。

 「う〜んと。キュウゾウ殿は鳴らないのですか?」
 「…。
(是)
 「さぁて、どうしてと訊かれましてもねぇ。」

 このやり取りでそう訊いている彼だと判る、そういう連携になってるところが、

  “母子のようだと言うのだが。”

 惣領殿がくすすとこっそり笑っているのに、こちらも気づいていたらしく。
「カンベエ様、ご存じですか?」
「さあ。儂もそんな良い音を立てられぬのでな。」
 出来ぬことへの要領を知っておる矛盾もなかろうと、さらりと躱す辺りは相変わらずにおサスガで。

  「う〜〜〜〜んとぉ。」






 結局のところ、
『すみませんね。アタシにも“どうしてなのか”まではちょっと。』
 気がついたらそうしていたこと、出来ていたこと。恐らくは行儀の良いことじゃあないと思いますから、出来なくても構わないのではと付け足すと、
「…。」
 気のせいだろうか、次男坊、少々不服そうに口許が歪んでいたような。
「キュウゾウ殿?」
 それでも…母上のせいじゃあないからと、かぶりを振って表情を戻すと、
「…。」
 そのままスタスタ、詰め所から出てゆく彼であり。
「何だか気になりますね。」
 年端のゆかぬ幼い子供じゃあるまいに。判らないことへの好奇心はともかく、その後のあの態度はどうしたものか。そんなにも知りたかった彼なのかしらと、怪訝そうに小首を傾げたシチロージへ、

 「どこぞかで、同じ音をさせておる者が居たのだろうよ。」

 惣領様がそんな一言を告げられて。
「お主と同じことが出来る者。でも、自分には出来ぬ。自分を差し置いて、そやつとお主がお揃いなのが気に入らぬ。そんなところではあるまいかの。」
「まさか…。」
 こんなことがですか?と眉を寄せ、まだ残っていた1切れを、ぽいと口に入れ、かりぽりと咬んで見せるシチロージ。確かに小気味の良い音、でも、どうやったら出来るのかと訊かれても。

 「我々が唖然とするよなことを、卒なくこなせるお人ですのにねぇ。」

 音もなくの速駈けも、綱も使わずの壁登りも梢渡りも、村の周縁一周を分単位でざっと回って来る即式哨戒も、難無くこなせて息も切らさないお人が。

 “………天才の心理は凡才には判りません、はい。”

 いや、母上。彼のあれは単なるマザコン系の焼き餅ではな…(略)






  〜どさくさ どっとはらい〜 07.2.19.


  *なんでまた、母上と次男話だとすいすい書けるのでしょうか。
(笑)
   とはいえ、ちょこっと不発ぽかったですけれど。
   これもまた、拍手用に書いててこの長さです。(とほほん)

  *実は私も たくわん鳴らせません。
   ウチでは母がすごく良い音をさせるのですが、彼女は部分入れ歯の人でして。
   (なのに、飴も噛む、氷も噛む人です・笑)
   ということは、歯並びも関係しないって事じゃないのかなぁ。
   何でどうやって鳴らせるんでしょうかね?
   疑問に思う方が、鳴らせない方が、おかしいのかなぁ?
(苦笑)

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