例年ならば、稲の刈り取りに忙しいはずの秋も末。収穫の嬉しさもその端から憂鬱・気鬱になっていたものが、今年の神無村はそれは溌剌とした活気に満ちており。この秋こそは野伏せり許すまじとの気概も激しく、その対策へとご招待したお侍様それぞれが、指揮や指導を担当する作業や仕事も、着々と形になりつつあって。さあ いつでもいらっしゃいと、衰えを知らぬ鋭気の方も、日に日に勢いが増すばかり。
それと同時進行で、もうすっかりと村の勝手にも慣れたようなのが、お侍の皆様方。達者な足取りで颯爽と歩いているお姿へ、
「シチロージ様。」
「詰め所へお戻りか?」
村人たちから名指しのお声が親しげにかかるほど、それはそれは馴染んで来られている模様。そんなお声へ、こちらからも愛想のいい笑顔で目礼を返していた、金髪長身の槍使い殿だったが、
「…おや。」
石垣を積んでいた現場から、家並みが連なる広場まで。たかたか戻って来た彼の目が、すすすっと引き寄せられた先。いつもだったら、村の男衆たちが、そろそろ様になって来た良い姿勢で、きっちりと手順を踏んでの正確に。的へと目がけ、次々に矢を射っている場所…なのだが、今はちょいと風景が違う。いつもなら整然と並んでいるものが、それぞれ てんでバラバラに散っており。練習熱心な、これも成果のうちというものか、的にしていた藁づとが傷んでしまっての交換中であるらしく。指導役のキュウゾウもまた、手づから新しい的の設置をこなしている模様。生徒たちもよくよく躾けられたもので、手隙な者もただぼんやりと待ってはおらず。それぞれの弓の弦の調子を見て、張り替えていたり、藁づとから抜いて回収した矢の中から、傷みの激しいものを取り退けたりと、各々がきちんと何かしらの仕事をこなしており、
“おやおや♪”
寡黙が過ぎて、威圧的だと勘違いされ、怖がられてばかりいるのではなかろうか…だなんて、当初は心配もしましたが、そんなのとんだ杞憂だったようですね。キュウゾウ様キュウゾウ様と、慕われてさえいるようですしvv ………って、あれれぇ?
「…っ。」
よくよく見れば、手際よく動いていた手が止まっている。微かながら眉を寄せ、指先を口許へと運んでおり。そんな…常にはない様子の彼へと、案じるように集まりつつある皆様なのだと気がついて、
「ちょっと、通して下さいな。」
住民の皆さんへは、どうせ“大事ない”としか言わないお人。だからと敢えて、声を張り、皆さんを掻き分けるようにして進み出たシチロージであり、
「見せて下さい。」
利き手の人差し指の横っ腹。口許へ当てているのは、薄っすらと血が滲んだかららしく。ほれと手のひらを上へ向けて延べ、見せてと催促の仕草をして見せれば、
「…。」
赤い目がちらりと泳いだものの、抵抗はせずに委ねてくれて。そぉっと掴んで検分すれば、彼ほど白い手には鮮烈がすぎる赤が、指紋に沿って広がりかけており。染まっているその下に傷口があるのだろうとの目串を刺すと、捧げ持ったその手へと、躊躇なく唇を当てる。
「…。////////」
「ああ、これは…。」
舐め取った血の下から覗いたのは、少し大きめ、藁か縄に紛れていた木片の、棘が突いての怪我らしい。騒ぐほどのものではないが、彼にとって手は宝。化膿させてはいけないと、そこは速やかに断じて、
「詰め所まで参りましょうね?」
「…っ。」
有無をも言わさずの連行と運ぶ辺りが…やっぱり過保護です、おっ母様。(苦笑)
◇
詰め所には誰の姿もなかったが、助けが要るよなことでも無し。上がり框に並んで腰掛けると、上着の下、腰回りに提げている嚢からシチロージが取り出したのは、まだまだ明るい居室の中へ、銀の煌めきをちかりと放った…小さな毛抜き。
「じっとしていて下さいね。」
すんなり取れればそれで良いが、小さな残滓、除き損ねれば、焼いて消毒した針の先にて、そぉっとほじらねばならなくなる。それで囲炉裏の傍らへまで連れ込んだのだが、じっと見つめての慎重な作業は、それほど難儀なものでもなくて。
「…っと。取れましたvv」
小さいものなら痛いという所作さえ見せなんだに違いなく。痛かった大きさだったことがこれへは幸いし。細いものも残らず、綺麗に除けて…ホッとする。
「血を出しといた方が良いですね。」
雑菌が入っていれば化膿の恐れもある。再び傷へと口をつけ、軽く吸ってやりながら、やはり嚢の中を探って、薬を探しているらしき母上であり、
「〜〜〜。/////////」
いや、このくらいはそれこそ大事ないと…一言言えば済むのだが、済ますのが…ちょっと惜しいか、次男坊。接吻を受けてるような格好で、手の先を暖かな手へ捧げ持たれたそのまま。母上の気の済むようにじっと待っておれば、
「探し物はこれですか?」
ひょいと。思わぬ傍らから伸びた手があり、そこに載っていた小瓶へ、そうそうこれですと瞠目したシチロージ。そのまま、その手の主を仰ぎ見て、
「…あ、そうでしたね。」
午前中の作業中、やはり小さな怪我をした…このヘイハチへと貸したのだと思い出す。血豆が潰れたらしかったのへ“使って下さい”と供したのだが、
「よく効きますね、これ。あっと言う間に血が止まった。」
細く裂いた白晒布を巻いた指、かざして見せてにっこり笑った工兵さんへ、
「それはよかったvv」
お役に立てて嬉しいですよと、こちらも目許を細めての笑顔を返し。さあさ塗っておきましょうねと、大人しく待っていた次男の方へ向き直る。
“この綺麗な手でよくもまあ…。”
片手で一振りの両手にそれぞれ、どちらも業物(わざもの)な双刀を、よくもああまで見事に振り回せるものだと、感嘆しつつも手当てを進め、工兵殿とお揃いの、白い晒布を巻いてやる。
「半日もすればどこだったか分からなくなりますよ?」
そのくらいは効くのだからと笑ったシチロージだったのへ、
「…。(頷)」
素直に応じてお礼のこっくり、頭を下げたキュウゾウで。口数は少ないが、だからこそその所作が見逃せず、
“それがこうまで可愛らしいんですからねぇ♪”
シチさんがついつい手をかけたがるのも判りますよねぇと、常の恵比須顔に輪をかけての笑みを深めたヘイハチだったが、
「それにしても…シチさんて何でも持っておいでなんですねぇ。」
「何でも、は大仰ですよ。」
妙なところをつつきますねと、薬や晒布を片付けながら苦笑を返したシチロージへと、
「いやいや。薬の類から、髪油の小瓶に元結い、櫛に晒布に…その毛抜きにしてもでしょう?」
そうやって数え上げてから、
「私やカンベエ殿、カツシロウくん辺りは、この身一つで在所も決めずに一人旅をしておりましたから、最低限の小道具や何や、そのまま身につけているものですが。シチさんはあの蛍屋から着の身着のままに出て来たお人。それだのに、まあ準備の良いことだ。」
日頃から常備していたということでしょう?と言い当てたヘイハチの言に、
「…。」
そうなんだと…そこいらの事情は知らなかった、当時は“追っ手”の側だったキュウゾウが、少しばかり眸を見張り、そんな彼の様子へも苦笑を重ねたシチロージ、
「いや何、何かが要りようになったお人へ“はい”って差し出して、
助かったって喜ばれるのが無性に嬉しくて。」
あれだ、カンベエ殿の副官だった頃の名残りですよ、それ。そうですかねぇ? きっとそうですってば…と、目許を細めたヘイハチ殿。
「シチさんはここぞと思ったお人へは、
そりゃあ徹底して目をかけ手を尽くしますからねぇ。」
その良い例がほれそこにと、ヘイハチがこそりと小さく笑う。すぐお隣りへと腰掛けていて、傷の手当てはとうに済んだというのに、母上がお膝に乗っけての握ったままでいる手を…引き取り難そうにしているお人。慣れのない人には、恐らくは判りにくかろう無表情のままながら、
「…。////////」
隠し切れてないお耳が赤く染まっており、ああまで見事な剣技との均衡が、それで取れているものか。戦闘戦術以外の何につけても、どこか覚束ないところだらけで。そんなところが何とも可愛らしい次男坊は、もしかしなくとも…指揮官だったという大戦時代のカンベエ殿と、重なる部分も多いのだろうと偲ばれて。
“ほんに、楽しい現場ですよねぇvv”
戦さを控えているというのに、こんなにも心和んでていいものだろかと。疑問に感じた方が負けかも。一家団欒まで堪能出来るほどもの余裕綽々な陣営に、苦笑が絶えないヘイハチ殿だったりするのである。
おまけ。
「あ、そだそだ。シチさん。」
「はい?」
「あれ…は、持ってらっしゃいませんか?」
「あれ?」
「ええ、あの…。」
ぼしぼしと耳打ちされて、ああ…と合点が行き、ごそごそ嚢をまさぐったシチロージが取り出したのは、
「ミス○ンでもいいですか?」
「ええ、助かります。」
ではお借りしますねと受け取って、そのまま出てった工兵さんだったが、
「修正液?」
「おや、ご存じでしたか。」
ろくすっぽ図面も引かないお人なのに、一体何に使うんでしょうね、ヘイさんたら。ころころと平生の様子で笑ったシチロージであったものの………何でそんなものまで持っているのですか、母上様。よもやお二人で、イベント合わせの合同誌とか作(略)
〜Fine〜 07.2.26.
*オンリー前とあって更新されてないサイト様が増えて寂しいのでと、
つい詰まらないおまけをつけてしまいました、すみません。
カンベエ様を出せなかったんで寂しい…。(こらこら)
*本文ではヘイさんに語らせましたが、
シチさんとそれからキュウゾウ殿のお二人は、
着の身着のままで合流したクチ、何の用意もなかったと思うのですよ。
でも、シチさんて何でも“はいどうぞ”って出してくれそうで。
ドラえもんにも負けないぞ、とvv
(キムタクの『HERO』に出て来た、居酒屋のマスターみたいだ…。)
あと、ゴロさんは大道芸の道具と一緒に置いて来たものが多かろなとか、
逆に、日頃からも何にも持って無さそうなのがキクチヨさんで、
あの巻物は大事にしてたけど…と思っていたらば、
神無村への道中でいきなりツヅラ背負っててびっくりしましたが。
どっから出て来たんだ、あんな大荷物。
式杜人からの餞別か?
*ところで。
そんな事情への推測から慮(かんがみ)て、
身の回り品は一通り持っててそうなカンベエ様ですが、
歯ブラシは持ってても、櫛は持ってないと思う人、手を挙げてvv(苦笑)


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