ひなたぼっこ (お侍 習作37)

       *お母様と一緒シリーズvv
 


神無村はその周縁が切り立った断崖になっており、
さながら陸の孤島のような土地。
器用に架けた橋を落とせば“籠城戦法”を用いることが出来るとの惣領様の狙い、
当初こそ、橋向こうにある家は見捨てるということかとの反感を買いかけたものの、
心ある説得に何とか士気の統合も果たせての只今は、
ただただ“神無村要塞化計画”を遂行中という忙しさ。
幸いなことには秋の乾いた好天が続いており、
また、作業に関わる村の衆らが、男女を問わず勤勉実直な働き者ぞろい。
それぞれの部署を監督するお侍様がたの指導もそれぞれなりに要領がいいと来て。
慣れない仕事のはずが、
昔の知将が一夜で砦を築いた伝説もかくやという手際での着々と、
砦も堡も武装も戦力も、
短期集中決戦にならば申し分のない陣容を固めつつあって。

 “…殺伐としてはないってところが良いんでしょうねぇ。”

士気は高い。
皆、村を守るためにとの切実な想いから、真剣真摯に当たっているし、
『準備の段階で怪我をしては元も子もないでしょう?』
ヘイハチ殿からの、理に適った、的確で丁寧な指導の下、
事故のないようにと心掛け、集中して作業に当たっているせいで、
その進捗ぶりは手慣れた者らの工事でもこうはいかないというほどに着実で。
『お侍様、ヘイハチ様が休んで下されねだよ』
『あんお人でねと てのは判ってるだが、あのままじゃあ…』
我らへそんな気配りが回せるほどの余裕があるのも、
その気概がピリピリと尖ってまではいないから。
驕りや油断から緩むのは確かにいただけないが、
何事にも余裕は必要で、
切迫するあまりの気負いが嵩じてもロクなことがない。
そんな状態は“負け”を意識している証拠でしかない…というのは、

 “ちょぉっと言い過ぎでしょうがね。”

気持ちの良いお天気ですねぇと、長身の槍使い殿、
ゆるやかな傾斜のついた草っ原から、頭上の青穹を見上げたそのまま、
背後へぱったりと倒れ込む。

 『たまには哨戒の範囲も広げておいた方がよかろう。』

各々の持ち場の石垣や堡も完成しつつあり、
施設設備の充足の次は、士気の保持と警戒ぞということか。
来たる野伏せりの気配をいち早く拾わねばならぬは必須の要素。
周縁近辺中心の警戒は村の衆らの立ち番に任せ、
哨戒は我らが担うべしとの方針に必要な、索敵範囲を探って来よと、
昼餉ののち、惣領様から命じられたシチロージであったのだが、

 “どうも何だか…。”

遠回しに“息抜きをしろ”と言われたような気がしないでもない。
当初からのずっと、堅実丁寧に村の周縁の見回りを続けている、
カツシロウくんという哨戒担当がちゃんといるのだし、
最近では射弓の指導に余裕の出て来たキュウゾウ殿も、
遠くまでのみならず、鎮守の森の天蓋上という“高く”まで、
手慣れた様子で哨戒して回っている現状くらい、カンベエ様とて御存知なはずで。
戦さの準備から個々人への気配りまでと、
大きく小さくクルクルとよく働くシチロージにも、
ヘイハチを説教出来なかろうと思うほどの過労を警戒して下さったのかも知れず。

 “これで結構、息抜きはしているんですけれど。”

それでも、そういえば。
今朝はついうっかりと囲炉裏端でうたた寝をしていて、
短い間ではあったものの、気がつくと寝間で横にならされていた。
起こして下さればよろしいのにと言えば、
『なに、さしたる用向きもない時間帯だったのだし』
それよりも、あのままお主を転げさせていたりすれば、
キュウゾウから烈火のごとく叱られておったろうからの…なんて、
冗談めかしての笑って終しまいとされたカンベエ様ではあったけれど。

 “気遣われてしまった、か。”

ならばと、こっちも実を引っ提げて帰らねば。
そうと感じての遠出を構えて、橋向こうの林の奥向きまで哨戒の足を伸ばしてみた。
町までの荒野が広がる手前、翼岩の少ぉし脇あたり、
洋食の添えのパセリみたいな緑がささやかにあって。
いつぞやヒタキの旅立ちを見送った、その雑木林を抜けると、
神無村への水脈が分かれたものか、小さな川が遠くに見え、
元はそれを挟んでいた土手であったのか、ゆるやかな傾斜地になっており。
広野が間近いとは到底思えぬ、瑞々しい風景が広がっていたのには、
シチロージも正直言って驚いた。

 ――― 頭上には空の青、眼下には揺れる緑。

そろそろ秋めいた色合いと乾きに入れ替わりつつある草むらに腰掛けて、
折り返す前の休憩を取っていた槍使い殿。

 “のどか、ですよねぇ。”

この戦さが終わったら、皆で一度、
此処で宴でも張って騒ぐってのも良いかもですね、と。
そんなこんな思ってしまったほどに、
良い日和で、しかもあまりに静かなものだから…






  ――― ふっ、と。


意識が浮かび上がって来て、
ああ、眠っていたのだと気がつく。
眠りと覚醒の端境、
どっちにでも転がれるような曖昧さが心地良い。
起きなければと意地を張れば、それを引き留める眠気がいや増し、
じゃあ眠ろうかなと気を緩めれば、
微かな疚しさが胸の何処かで落ち着きなくも独り言ち。

 “…なんだろ。”

自分を起こしたものがある。
気配は薄いが、ここいらに犬猫はいたかしら?
ああ小鳥かなぁ。
風だ。…あ、良い匂いがする。
甘くて…そう、これは花の匂いじゃあないな。
白粉とか紅とか、髪油とか。
ああ、アタシのと似てるけど、ちょっと違うかな?
風があって鼻の先が少ぉし冷たい。
でも、あれれ?
衾にくるまってるような気がするのは何でだろ。
しぱしぱと薄く瞬けば、金色の綿毛が見えた。
ふわふわと風に躍っていて、
ああ、小さい頃ご近所にこういう毛並みの犬を飼っている人がいたな。
ゴールデン何とかといって、気立てのいい子でよく懐いてくれた。
そんなこんなと取りとめのないことを思いつつ、

 「……………あ。」

名残り惜しいがそろそろ帰らねばと、
まぶたを上げれば、其処には顔があって。
玻璃玉みたいな不思議な赤い眸も、
見慣れてしまうと綺麗なばかりで愛惜しく。
ほのかに案じるような、でも無表情なのへ。
こっちはついついお顔が綻ぶ、馴染みのお人。

 「キュウゾウ殿。」

彼もまた、こちらへ哨戒の足を延ばしていたのだろう。
「こんな綺麗なところがあったなんて。」
さては、お取っときの内緒にしていましたね?
ずるいんだからと くすりと笑えば、
「…。////////
たちまち、その白い頬が少しほど朱を帯びてしまい、

 「何にもない、ところだから。」

言われてみれば、花もなければ木陰にも遠く。
神無村が見える訳でもない、文字通り何にもない草野原。
彼にしてみれば、言っても詮無いと思ったのだろう。

 「でも。心地良いところじゃないですか。」

くすすと微笑って、それから。
ああとシチロージが気がついたこと。
寒くならなかったその原因。
陽は遮らず、だが、風は遮るようにと、
すぐの真横に腰を下ろして、
紅衣にくるまれた上体はひねっての庇になってくれていた彼であり。
彼の痩躯でも足りるようにと、腕を張ってのほぼ覆いかぶさるような態勢は、
お顔とお顔が触れそうなほど間近になってもおり。

 “場合が場合だったならば、
  ちょこっとロマンチックなそれだったかも?”

だなんて。
体を張った心遣いをしていただいておきながら、
不謹慎にも善からぬこと、ちらっと思ったのが顔に出たか、

 「?」
 「あ、いえ。」

拾い切れずに問うて来たことで瞬いた、
眸の無垢な深色に、ああいけないと疚しさが増した。
それを誤魔化し半分に、

 「起こして下されば良かったのに。」

朝方はカンベエ様へ、そしてまた今と、
今日は二度も口にした言いようだなとの苦笑をのせて、
こちらの彼へも同じ言葉を告げて見せれば、


  「…落ちているのなら拾ってゆこうと。」
  「はい?」


ついつい問い返せば、至極 真摯なお顔の視線が応じる。
目許も口許も相変わらずの無表情だが、
ほのかに和んで柔らかい、彼なりの稚気がたたえられた眼差しの、
そんな光に見透かされたような気がしてしまい、

 「シチ?」
 「いえ…ごめんなさいです。」

真剣に案じて下さったのにね。
いつだって、大人ぶってのはぐらかすような言いようをするアタシだから。
案じることが重荷にならぬよう、精一杯おどけて下さったんですねぇ。
慣れぬことだろうに、と思えば、
どれほどの情を向けていただいているのかが判り、
それが何とも…ありがたくも切なくて。

 「シチ?」

再びのお声へ、
胸に染み入った切なさを覆い隠すようにと殊更の笑みを向け、

  ――― いえね、誰が落とし主なのかなって。
       島田ではないのか?
       え〜? カンベエ様が落としてしまわれたんですか?

羽織りの袖を左右につっぱらかして
こんな大きなもの、気づかずに落とすだなんて、と破顔すれば。
ああ、うっかりにも程がある、と、
ほんの少ぉし口許が微笑に綻んだキュウゾウ殿であり。
お顔だけ至近に寄せ合っての内緒話を、
さわさわと草原を揺らす風だけが聞いていた、
秋の午後の一幕でございました。







 * おまけ *


秋の日暮れを早くも思わせて、
黄昏を匂わせる金蜜色の陽の中を、
帰りは一緒に肩を並べての、ほてほてと歩いて戻った村の詰め所。
いつもの囲炉裏端に座したまま、
決戦に際しての、我らの最終配置を検討なさっておいでだった惣領様へ、

 「島田。」

彼は框を上がって来ぬまま、されどお声をかけて来た双刀使い殿。
何だ?と視線を上げたカンベエ様へ言ったのが、


 「古女房殿をあんなところに出しっ放しの置きっ放しにしてはいかん。」

  ――― はい?


やはりやはり、至って真面目なお顔で言い出したので、
だからこそ…イツモフタリデ様がたの、目が点になったのは言うまでもなく。

 「誰ぞが勝手に持っていったらどうするのだ。」
 「…お主、出しっ放しの置きっ放しになっておったのか?」
 「はあ、そうなるのでしょうか。」

虫干ししてまして…とまでは、さすがに言えなかったものの。
日頃からして扱いがなってはおらぬぞと、
珍しくも口数多く、それへと怒っておいでのご様子なのは嬉しいことだが、

 “出しっ放しの置きっ放しって…。”

どう受け止めて良いのやらと、
やはりやはり苦笑が絶えなかったおっ母様だったみたいでございます。






  〜どさくさ・どっとはらい〜  07.3.21.


  *綺麗で良い匂いがして暖かい、大々々好きなおっ母様が、
   鎮守の森と同じくらいお気に入りの場所に、
   あまりに無造作に“落ちていた”のを見つけたので。
   冗談抜きに
   拾って持って帰りたかった次男坊だったみたいです。(どこへだ・笑)
   黙って懐ろに入れときゃあ、
   誰にも判らなかったかも知れないぞ?
(おいおい)

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