仲違い…? (お侍 習作38)

       *お母様と一緒シリーズvv
 


 野伏せりからの無体な暴力に泣いて来た神無村を、そんな理不尽な専横跋扈から解放するべく。腹いっぱいの米で雇われたお侍様たちがやって来て…幾日か。何の武装もない村を堅固な要塞と化し、戦い方を知らぬ農民たちに意欲や士気を植えつけるべく。様々な準備を着々と進めておられた彼らだったが。そもそも、それぞれもまた個々バラバラに過ごしておられた方々だとか。それがこのような、難儀で奇矯な仕儀への参与という、一つの目的の下へと集った格好。先の大戦を経験なされし、それなり経験値も高く、懐ろの尋も深き、所謂“大人”の方々が多かりし陣営ではあるものの。そこはそれ、頭の中では理解が及ぶ“理屈”を、だが心は容認出来ず、感情が弾けての止められぬまま、激しく吠え立ててしまうことだってあるような、そんな“人”という生身の存在が関わることゆえに。価値観の相違やら信条の温度差から、彼ら同士が、その信頼を損ない合うやもというよな、一触即発の場面もあるにはあって。

 『まま、そういうことが起きなかった方がおかしいってもんですよ。』

 いくら分別盛りの大人が揃ってると言ったって、例えば、この村へと来た経緯が様々だったように、誰もが何から何までをお互いに判り合ってる筈がない以上。我を殺してばかりでいては、いつか何処かで思わぬ齟齬が切っ掛けになっての不満が弾けて、取り返しがつかない状態にだってなりかねない。後になってから不信感や離反が生じるなんて、どれほど恐ろしいことか知れやしないと。場を収めがてらに そうと言ってた張本人だってのに、ねぇ。





          ◇



 お侍様がたが詰め所にお使いの古農家は、村の家並みの一番の外れにあって。村の東側を縁取る木立を突っ切る方へと歩めば、あまり村人らと顔を合わせることなくの出入りが出来る。今しもその方向へと、詰め所から出て来たそのままにすたすた歩き出した人がおり、すらりとした長身にまといし、紫や緋色といった淡い配色の衣紋が、なめらかで切れのいい足取りになびいて宙を泳ぎ。その手には穂先が収納された赤鞘の槍を持っている彼こそは。お侍様がたを統率する、頼もしき惣領であるカンベエ様を、水をも洩らさぬ周到さにて補佐しているシチロージ殿。武道の腕も確かなら、一通りのことは大概こなせる器用なお人で、しかもその上、機転が利いて人当たりもよくて。お仲間のお侍様がたへのみならず、小さいお子たちにも笑顔を絶やさぬ、愛想のよさで人気があるお人…だってのに。
「………。」
 今は何だか様子がおかしい。思い詰めてでもいるものか、かなりの勢いでの一直線にすたすたと、その歩みを運んでいる彼であり。そしてその後を、

 「…。」

 やや遅れての、だが同じような歩調にて。詰め所の戸口から追って出て来た人影がある。金髪痩躯の年若なお侍様で、一風変わった鞘に収めた双刀をその背に負った、キュウゾウ殿というお人。こちらの彼はシチロージ殿とは全くの逆で、それは寡黙で表情も薄く、笑ったり怒鳴ったりしている様をほとんど誰も見たことがない。綿毛のような金の髪や、ウサギさんみたいな真っ赤な眸が、そりゃあ綺麗でステキですのにとは、水分りの妹巫女、コマチ殿の弁だったが。綺麗だと思う前にあの冷然とした威容に呑まれてしまい、向かい合っても しゃちほこ張ってしまうのがオチだとする皆ではあるが、そこはさすがにお仲間だからか、お侍様がた同士では彼らなりの意志の疎通も果たせているらしく。中でも、彼が今、追っている格好の槍使い殿に至っては、
『おや、どしました?』
 あの嫋やかなお顔で、目許を細めてのにっこりと微笑みかけられると、
『…。』
 必ずその注意をそちらへと向け、仄かに瞳を和ませまでするというから、その懐きっぷりは いっそ他への立派な不公平なほどだとか。
(苦笑) …だっていうのに、どうしたことか。
「…。」
 シチロージを母上も同然と慕ってやまない次男坊が追っているのに、そしてその気配も判っているのだろうに。
「…シチ。」
 とうとう声まで掛けてもなお。振り返りさえしないまま、すたすたという速足の歩調を緩めもしないまま、肩で風を切るよにして、ただただ歩き続ける母上で。

 “おや。”

 反対側からやって来ての、こちらさんは村の中の作業場へ。柵を組むための綱の補充に来ていたゴロベエ殿が、そんな二人を遠目に見つけ、
“珍しいこともあったものだの。”
 どう見ても、母上へとすがるような足取りで、キュウゾウ殿が後追いをしているようにしか見えなくて。そう、喧嘩でもしての物別れにも雰囲気は似ていたが、
“…まさか、よの。”
 面倒見のいいシチロージが、それを越えてもという勢いで、眸をかけ、手を尽くしてやっている、こよなく可愛がっているキュウゾウを。意見の相違からの不機嫌に任せ、すげなくもあしらうようなことがあるものだろか。第一、

 “そもそも…喧嘩というものが成り立つのだろうか。”

 キュウゾウといえば、寡黙で無口で言葉足らずな御仁であり。まま最後のは諍いの原因にもなり得るかもだが、それにしたって、そんなことくらいシチロージには今更なこと。むしろ言ってないことまで酌み取れるほどの把握をしているほどなのだから、そんな彼らが何事かを巡って、そうそう簡単に喧嘩にまで発展するものだろか。う〜んと唸ったのもしばしのことで、

 「…ま、某が出る幕はなかろうが。」

 あの二人と言えばの“かすがい役”にはカンベエ殿というお人がおられるのだ。百戦錬磨なのは腹芸へも当てはまるようで、一を聞いて十を知る間柄のシチロージへは、故意に負の一を放っての勢いをつけさせて、結果、十二、三までもを洞察させたり。片やのキュウゾウにも、惚けて見せては気を逸
(はや)らせての煽りつけ、幾度となく構えての小手先ひねりをこなしていると見ている、結構鋭い(笑)ゴロベエ殿であったりし。こじれるようなら彼が何とかしなさるだろうと、苦笑混じりに背を向けると、最初の御用へと足を運んだのであった。



 さて、目線を元のお二人へと戻せば。
「…。」
 やはりの無言で、たかたかと。それは軽快に、だが、見様によっては十分に喧嘩腰な足取りにて。木立の中を縫う村道をひたすら突き進むシチロージであり。片や、
「…。」
 頭上の梢を渡れば、追いつき追い抜くことも出来なくはないながら、そんな力技で強引にすがったものが振り払われるのが…心のどこかで怖いのか。同じ歩調にてのたかたかと、こちらも速足にて追うしかないキュウゾウで。
「…シチ。」
 そろそろその木立から出ようという間合い。これ以上を追っても、もはや意味がないのかも。そうと思っての最後のお願い。こっちを向いてと、止まって下さいという想いを込めて声を掛ければ、

 「…。」

 その背中がやっと止まって下さって。だが、そうなると。
「…。」
 ここから、どうしていいやらが判らない。…って、おいおい。体が斜めになったじゃないですか。
(苦笑) せめてこっちを向いてくれれば、どのくらい怒っているのかも判るのに。何が母上を怒らせたのか、今もって判っていないキュウゾウで。
「…。」
 ほんのさっきまではいつもと変わらずに過ごしていたのに。寒くなって来ましたからねと、来る頃合いを見計らい、甘くて温かいショウガ湯を作って待っててくれたのに。せめての罵倒句でもあればそれがヒントになったものを、いきなり立ち上がっての無言のまま、くるりと背中を向けるや否や、詰め所から飛び出したシチロージだったので。何がどう、彼の機嫌を損ねたのかがキュウゾウには一向に判らないままだ。とはいえ、
「シチ…。」
 彼はそうそう滅多には怒らないことも、キュウゾウは重々知っているから。あまりに覚束無いこの自分の不器用さへ、苦笑しつつも手間を惜しまず、親身になって手を貸してくれる優しい人で。元気がないとか心許ないお顔でいれば、

 『どしましたか?』

 自分で何とかしろと突き放さずに、温かい懐ろへと入れてくれる、優しい手で撫でてもくれる。独りでいることの多いキュウゾウを、何くれとなく気にかけていてくれる。そんなお人をなのに怒らせたのは、間違いのないことであり。

  「…すまない。」

 ぽつりと一言、告げてから。見えなくてもいいからと、頭を下げて。そのまま、踵を返そうとしたところが、

  ――― ちゃり、と。

 聞き覚えのある金属の音がして。
「…っ。」
 背後から自分の肩越し、緋色の何かが視野の中へと飛び込んで来たのへと。はっと…気持ちが粟立ったと同時、戦闘方向の反射が働くスイッチが入ってしまい。双刀の柄のある肩口と腰へ手を延べながら、軸足を地に押しつけて、流れるような動きにて、素早く背後へと振り返っている。そのまま双刀の抜き打ちで、自分へと襲い掛かってきた何者か、斬って捨てようとしかかったものが、

 「あ…。」

 確かに得物を差し向けられてはいたものの、それは…穂先を出さぬままな槍の赤鞘。輪のところにあの緋色のリボンを通しただけの代物であり。
「おサスガですね。」
 そうと言ったシチロージは、いつもと変わらぬお顔でにっこりと微笑ってくれており。
「…。////////
 あわわと慌てて柄から手を放せば、彼もまた槍を引いてくれて、それから。


 ――― ゆっくりと歩みを運ぶと、
      いつもみたいに頭の後ろへ手をやって抱き寄せてくれて、
      いつもみたいに髪を肩を、撫でてくれた。




 戦いでの機転が鋭利にすぎての反動で、何でもない平生の感覚が大いに偏っている君なのか。
「…。」
 最初は何がなにやらと、この急な展開にもまた翻弄されてたキュウゾウ殿。凍りかけてた心を暖めて下さる、それは優しい いい匂いに陶然としていたものの、
「…シチ?」
 依然として何の答えも見えないままだと。相変わらずに困惑でいっぱいというお顔を上げた彼だったりし。そしての、片や。

 “…困ったお人なんだから、まったく。”

 きっと、こっちが勝手に唐突なことをしたとだけ、思っているのだろなぁと。やっぱり彼の側の心境を読んだ上で、だが、それってやっぱり困ったもんだと。こちらはこちらで、今ははっきり、苦笑が絶えないおっ母様だったりし。


  ――― してそのココロは?


 コトの起こりを辿ってみれば。キュウゾウが先程胸中にて呟いていたように、いつもと変わらぬ午後のひとときが、詰め所の中にも静かにたゆたっており。カンベエ様が古廟の方の物見の造成を検分しに行くと言い出され、ご一緒しますとシチロージも腰を上げかけたところが、此処を空けるのも何だからと、今日はお留守番を言いつかった。そこへと訪のうたのがキュウゾウ殿で。今朝方、気になる咳をしていたのを覚えていたおっ母様、喉にもよかろうと、蜂蜜を多いめにしてのショウガ湯を作って差し上げ。いつもの如く、幾つも湯飲みを使っての、少しほど冷ましてから、はいどうぞと差し出した…ところまでは何の問題もなかったのだが。

  『どしました?』

 綺麗な白い両手で抱えるようにして、湯飲みにそそいだ甘い飲み物。まだ彼には熱い方だったのか、ふうふうと吹きながら味わっていたものが。
『…。』
 体が温まって嬉しいと、ご機嫌そうに和らいでいた眼差しが、本当に不意のことながら…こっちへと向けられて。
『? キュウゾウ殿?』
 上がり框に並んで腰掛けてはいたが、ぴったりと寄り添い合ってた訳ではなくて。そんな二人の狭間へと、静かに湯飲みを置いた双刀使い殿の、その赤い視線は…シチロージのお顔に釘づけとなっており。
『???』
 最初は何か言いたいことでもあるのかなと、そのくらいにしか思わなかったものが。小首を傾げての、むしろこちらからも“何でしょか”と身を寄せかかっていたものが。
『…え?』
 あまりに真摯な眼差しが、見据え来てのそのままに、ともすれば身を乗り出さんというほどの伸びで、その端正なお顔が寄って来たりしたものだから。
『…キュ、キュウゾウ殿?』
 心持ちのけ反って、身を引こうとしかけたところが、それを妨げるかのようにして。白い両手が伸びて来て、軽くながら二の腕を掴まれた。わずかほどこちらの方が長身だからか、座っていた框から彼の腰が心持ち浮いており。そうまでして乗り出して来たキュウゾウの、小鳥の羽の先がそれは軽やかにそろりと当たる感触を思わせるよな、そんな吐息の先触れが、ふわりとこちらの口元へ触れたのを意識した途端に、

 『〜〜〜〜〜っ。/////////

 ………そこはそれ、癒しの里に5年ほどもいた身である。およそ男衆とは思われないほど、こうまで綺麗なお顔が、甘い吐息がかかるほどもの至近へと、擦り寄って来た日にゃあ。その先への予測も立っての動揺から、年甲斐もなくの真っ赤になりつつ、選択出来ることは…恐らく2つしかないなとの覚悟を強いられもした。相手は、只今執行中の大事な計画のお仲間だし、カンベエ様が見いだした練達の士。かてて加えて、こちらからこそ、そのかあいらしいところを愛でていたお人ではないか。それを…突き飛ばすことで拒否して傷つけてもいいものだろか。
“そんなこと…。”
 出来ようはずがないではないかと、結構簡単に諦めはついて。何も命を取られることじゃあなし。こんな綺麗なお人とだったら、冗談ごとでもいい思い出になるのかも。何だか複雑な気分のまま、負け戦の自覚をしつつの言い訳を並べている間にも、赤い衣にくるまれた痩躯がこちらの懐ろに添うように凭れかかって来つつあり。そうなると…覚悟を決めたせいもあってか、真っ直ぐ見やって来る視線へ、こちらからもやんわりと視線を合わせてやったところが、

 『…。/////////

 今頃になってその頬へ朱を走らせたキュウゾウ殿。ほんのわずかに視線を伏せるものだから、こちらもそれへと調子を合わせて瞼を伏せれば。至近が過ぎてか、互いの睫毛の先が頬をくすぐり合ったのが判ったくらい。頬からの放射熱が、柔らかな温みで伝わって来、おや同じ髪油なのに、微妙に匂いが変わるものだなと、そんなことへ気が回せた余裕がやっとのことで戻って来たのとほぼ同時。

  『…あ。////////

 しっとりと瑞々しい、それは柔らかな感触が。こちらの唇の上へとそぉっと触れて来た。初めてなのかな、ちょっと位置が外れてないか? いやに端っこだなと思った矢先、

 ――― ちろりと。

 小さくて濡れた温かいものが、ほんの少しほど、力を込めて押し当てられたのが。唇というよりも…口角から少し上がった、頬の境目へだったりしたものだから。

 『…あ。』

 ええはい、思い出しましたともサ。ショウガ湯に蜂蜜を足したときのこと。壷から掬ったサジとの間に伸びた糸が振り切り切れてなかったらしく、手の上へと細い線を垂らしたものだから。それをペロリと舐めたとき、隣りの指にもついてたものが知らずの間に頬へと移って。蜜の跡だと判る人には判りやすい、光る線をばそこへと引いてしまい。………で、甘いものが大好きなキュウゾウ殿は“判る人”だったという訳で。


 “びっっっっっっっっくりした〜〜〜〜〜。/////////


 こらこら、いきなり色気のない。
(苦笑) 真っ赤になって立ち上がったのは、自分のあんまりな早とちりが恥ずかしかったから。それと…勘違いとはいえ、そしてキュウゾウの側にはそんな気はなかったのだろうとはいえ、実際に口許同士が触れ合っての“接吻まがい”をしたには違いなく。それでのお顔の紅潮を何とか静めるまではと、焦ってその場から逃げ出したまでのこと。後追いをされてるなというのは、勿論のこと気配で判っていたから。早く落ち着けと自分を諌めての…やっとのことで面と向かえるまでには、気持ちが落ち着いた母上であり、
「怒ってなんかいません。だから、謝らないで。」
 何か問いたげな次男坊のお顔を、やっと復活の余裕の笑顔で見やり、よしよしと背中を撫でてやり、
「急にそっぽ向いて出てったんですものね。怖い想いをさせましたね。」
 それまで優しかった人の態度の急変。それへとこうまで戸惑いのお顔をするなんて。ああ、このお人にはそんな方面でさえ信頼されているのだな、ますますのこと、言動には気をつけなければいけないなと。握りこぶしの“ぐう”もしっかと、決意を新たにしたおっ母様だったらしいのだけれど。…いいのか? それで、それだけで。
(苦笑)

 「あっと。そうそう。」

 これだけは言っておかなきゃと思ったか、おでことおでこをこつんことくっつけて、おっ母様が付け足したのが、

 「いいですか? キュウゾウ殿。いきなり人のお顔やお口を舐めてはいけません。」
 「…承知。」
 「何かついていますよって、言ってあげるだけにしておきなさいね?」
 「…。(是)」

 わざわざ言って注意することだろうか、それ。
(笑)

 「いいですね? カンベエ様でもコマチ殿でも例外はナシですからね?」

 いやに念を押すのは、案外と意外なところで造作もなく、コロッと小手先返しにあいやすい次男坊だからであって。カンベエ様でもと付け足したのは、一番に煙に撒かれそうな相手だったからでしょうかね。
(苦笑) まだ緑の香の濃く残る木立にて、秋の陽の木洩れ陽に打たれながら、それは優しい構図で向かい合うお二人が…結構ずれてる心境同士でいたことをなぞ、何処の誰が知り得ただろか。人と人が判り合うのって、やっぱりなかなか大変です、はい。





  〜どさくさ・どっとはらい〜  07.3.23.


  *おっかしいなぁ、新しい拍手お礼に書き始めた筈だったのに。
   何でこうまでずんずんと、長いお話になったのか。
   とりあえず…これって“寸止め”に入りますでしょうか?
(う〜ん)


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