かくれんぼ…? (お侍 習作40)

       *お母様と一緒シリーズvv
 


野伏せり退治にとお侍様たちを雇った神無村の人々は、
その殆どが“ご先祖様の代から”という生粋の農民たちであり。
まま、中には、農具の修理や手入れを請け負う鍛治屋さんもおろう、
鎮守の森を伐採して管理する 樵
(きこり)さんもおろうけど。
その他の殆どの顔触れはといえば、
季節の変わり目の共同作業として、田起こしやら水路の修復、
各家の茅葺き屋根や神無橋の補修を手掛けることはあっても、
専門的な土木工事とやらは経験したことがない者ばかり。
村の周縁へ砦や堡を築く作業が、
それらの完成という形での判りやすい成就をあちこちで見せる中。
弩という巨大な兵器を建造していた班もまた、
此処までは…仕事を細かく分割し、
それぞれへ同じ作業の繰り返しにより習熟度を上げるという、
合理的な方式を取りつつ順調に進めていられたものが、

 『さて、いよいよの合体作業ですよ。』

巨大な丸太の“矢”を走らせる台座の組み上げ、
その矢を弾き出す鋼の弓の部分の組み立てと設置、
そして、それらを連動させる駆動装置の作成、と。
主要な部分を合体統合させる段階に入ることとなり。
素人揃いのこちらでもまた、
手慣れた者や要領を知る者が、段階ごとに確認して進めねていかねばならず。
となると、全体の構想が隅々まできっちりと頭の中に入っている、
責任者たるヘイハチ殿は勿論のこと、
各所の仕組みが判っている者や、
同じ組み立てるにしても強度を持たせる工法を知っている者が、
要所要所にどうしても必要。
そこでと、砦や堡を担当していたゴロベエ殿や、
進捗の調整役だったシチロージ殿までが、
今日は朝早くからこちらの現場でお手伝いを請け負っており。

 「足場は心持ち傾け合っての寄り合うように立ててくれ。
  互いの重みで均衡が取れる。」

 「こっちを輪にしてこう結べば、
  片側を引くだけで堅く絞るように結わえることが出来るから、
  高所の仮留めに使うといい。」

要領を得た指示を出しの、出来への可・不可をてきぱきと断じのと、
手慣れた手腕を発揮して下さるのみならず。
新しい作業へと移ったことで、焦ったり浮足立つことのないようにと、
その存在感でもって、気持ちの上でも皆を支えてくれており。
そんな“頼れる人材”としてのお役目まで、
しっかとこなしてくれているものだから、

 「やあ、これなら皆さんも ずんと早くにこの段階へと馴染めそうですね。」

速やかさという点も、勿論のこと 優先されるべき重要事項だが、
ちょっとしたミスが大きな事故に成りかねない段階だから、気を抜かれては困る。
とはいえ、だからって緊張のあまりに手がこわばっていては本末転倒。
そこへのほどよい余裕を与えて下さる格好で、彼らの補助が予想以上に効いており、
どこの部署でも息の合った作業が滞りなく捌けているのが、
ヘイハチ殿だからこそ、広角的にどんと全体像として拾えて判るらしい。
村の衆は皆、実直で生真面目な、働き者たちばかりだから、
要領や勘が身につきさえすればもう大丈夫。
数人がかりで引っ張りあげて起こした足場の上へ、頑丈に組み上げた弩の走路。
そこへと立って強度を見、何とか安堵の吐息をついた工兵さんへ、

  「ヘイハチさ〜ん。」

足元の方からのお声がかかったのはそんな時。
幼い少女の、それにしては物慣れた、張りのある一声で。
おややと片目だけを瞠目させたヘイハチ殿、
丸太の巨矢が射出される際に、外側へと逸れないよう設けられた補助壁、
左右に立って柵のようになっている防壁の上から顔を出し、
声のした方を見下ろせば。
おかっぱ頭の幼い巫女様が、楽しげなお顔をこちらへと向けている。
「コマチ殿。」
まだ十にもならぬ幼い少女だが、
さすがはこの村を守護する水分りの巫女様の血統か、
物怖じをしない闊達な和子ではあるものの。
「作業場へ来ては危ないと、言われておりませんでしたか?」
何しろ、それはそれは大きな丸太やら重くて分厚い鉄板やらが、
大勢の大人の力で引っ張り上げられたり運ばれたりしている危険な現場。
背丈が大人たちの腰までもない存在が、
ちょろちょろしていては、危ないことこの上もないからと、
どの作業場でも
原則として“子供たちは出入り禁止”と言い渡されていたはずだったが、

 「オラ、おっさまから御用を言伝かって来てるです。」
 「………おや。」

我らが惣領様、カンベエ殿が使者にと立てたなら、まま例外と見做されるのかも。
それこそ、この幼さで村の現状をよくよく判っている彼女だからこそ、
寄り道や悪戯はすまいと見込まれての白羽の矢が立ったというところらしく、
事情は判ったものの、

 「真上から失礼しますが、一体何の御用でしょうか?」

わざわざ降りてくのは手間暇がかかるのでと、
かわいらしい使者様相手に、不調法を詫びつつのお声を返せば、

 「訊きたいことがあるから、モモタロさんを呼んで来てほしいって。」
 「あららぁ。」

確かにこちらにおいでではあるものの、
「どの班のお手伝いをなさっているのかは、私にも判らないんですよう。」
何しろ融通の利くお人なものだから、
ヘイハチの側から特にどこをどうという指定をするよりも、
ご本人の判断で動いてもらった方が効率もよかろうと、
ゴロベエ殿とシチロージ殿のお二人は、
此処ではご本人の裁量での行動を取っておられるとのこと。
しかも、コマチとヘイハチ双方とも、
結構な声を張り上げ合っての会話となっているほどに、
周辺は大槌小槌を振るったり、枝打ちの鉈、金梃子などなどが放つ音や、
心を合わせての掛け声などという工作作業の騒音に満ちているので、
お名前を 呼べば答える お山の山彦
(こだま)という訳にも行かない。
「どうしましょうかねぇ。」
こうこう こうなるという今日の作業の話は、
助っ人を呼ぶ必要もあって、昨夜の内にカンベエ様へも通しておいたこと。
よって、こういう状況下だというのも判っておいでだろうに、
それでも押しての用があるということならば、
一刻も早く話を通して差し上げねばならぬ。
とはいえ…と、困ったなと眉を下げたヘイハチ殿へ、

 「大丈夫でござるっ。」
 「…コマチ殿、女の子がキクチヨの真似はあんまりお勧めしかねますが。」

意気揚々と片腕を振り上げた少女へ、しょっぱそうなお顔になりつつ、
ついのこととて忠告をしたヘイハチの視線が、
「あ…。」
そんな彼女の傍らから、ついと踏み出した誰かさんの存在へと止まる。
まだまだ緑多き芝草の上に居ながら、
なのに、今の今までまるきり気配がなかったお人。
その痩躯に真っ赤な衣紋をまとい、並々ならぬ存在感を持っていながら、
されど…その気配を容易に消してしまえる練達の士。

 “あ、そうか。キュウゾウ殿なら…。”

先んじて…これからの成り行きまでもが、
見通せてしまったヘイハチ殿だとも気づかずに、

 「おっさまが“キュウゾウ様を連れてけば すぐ見つかる”って言ったです。」

弓のお稽古は儂が見ているから至急行ってくれと交替して、
そいでついて来てもらったですと続けたコマチ殿だったが、
「どうしてなのかは教えてくれませんでしたけど。」
そこの部分は判らないままならしく。
むむうと目許を顰めて ひょこりと小首を傾げる愛らしさへ、
“私だって“なんでどうして?”なのかまでは説明し切れませんしねぇ。”
こちらはこちらで、苦笑が止まらぬヘイハチ殿が、
作業用のグローブを嵌めた手で慌てて口元を覆ったほど。そして、

 「…。」

そんな二人へ構うことなく、周囲をくるりと見回したキュウゾウ殿はと言うと、
「…。」
やはり、お口は閉ざしたままながら、
それでもコマチの肩へと手を置いて、そのままで歩みを運び始める。
歩み去ることで距離が生じてから、手が離れた…という、
そんな自然な一連の所作から、
コマチ坊もまた、自然なこととしてその場に居残って彼を見送っており、
“…凄いですねぇ。”
コマチ殿は此処で待っていなさいと、そんな問答をする間さえ要らず。
その上、強引でも命令でもない、何とも自然な身振り・所作であったので、
小さな使者様の面目も潰してはおらず。
寡黙なお人なりの、気を遣った振る舞いというもの、
意外な形で見せていただいたヘイハチが、その進軍をやはり見送った、
金髪痩躯の双刀使いさんはというと、
「…。」
一縷の迷いもない足取りで真っ直ぐに、
ヘイハチが立っている土台の桁をくぐっての向こう側へと達すると、
弩の弓の部分に当たる大きな鋼板を次々に吊り上げるための仕掛け、
頑丈そうなロープへ滑車を組み入れる工夫をしていた一団の輪の中へ、
ずんずんと真っ直ぐ入ってゆき………幾刻か。

 「…にしても、よく判りましたね、此処に居たって。」

ヘイさんにだっていちいち言ってはいなかったのにと、
柔らかく微笑っておいでの、間違いなくの槍使いさんが、
キュウゾウ殿と並ぶようにして輪の中から出て来たじゃああ〜りませんか。

 「…凄いです。」
 「そうですよねぇ。」

いくらシチさんが少し上背があるって言ったって、
都会のお人らしくも髪油を使っている伊達男だと言ったって。
着ている物の色合いも違えば所作も洗練されていて、
それより何より存在感の桁が違うはずだって言ったって。
くどいようだが、
乱雑極まりない作業をあちこちで忙しく展開中のその真っ只中なのだのに。
どうしてたった一人のお人を、
それもああも容易に見いだすことが出来るのか、次男坊。

 “真上から望めていた私でも、其処にいるとは気がつかなかったのにねぇ”

一応は此処の監督責任者であるヘイハチにとっても、苦笑が絶えない結果だったりし。
こちらを見上げて来た色白なおっ母様が、
手振りで“ちょっと抜けますね”と言うのへと、笑顔つきで頷いての了解を示しつつ、

 “カンベエ殿は、確証あって手配なされたのだろか。”

ふと、思う。
おっ母様…もとえ、シチロージ殿への限定ながら、
此処までのことが出来てしまえるキュウゾウ殿なのだと、
どこかで目撃でもしていたものか、それとも…。

 “単なる勘、だったりして?”

日頃のああまでの睦まじさを見ておれば、
自づとその延長線上のことまでも見通せるものだとばかりの小理屈の下、
はっきり言って山勘に過ぎない思いつき、敢行してみたまでなのかも知れず。
長く伸ばした深色の蓬髪の、いや映える精悍な面差し、
屈強な体駆を絶妙に躍らせての見事な刀捌きを得手とする、
ついでに口も達者な壮年を思い出しつつ。
あれほどの逸物が、
なのに“負け戦の大将”だなんて大嘘なんじゃないのかなと、
今までは思っていたものの、

 “こういう茶目っ気が要所要所で足を引っ張ったなら。”

それも判らんでもない、とか?
“…いやま、それは冗談ですが。”(まったくだ・笑)
コマチ殿を先導役に、家並みのある方へと戻って行かれる、
同じような金の髪した二人連れを見送りながら、

 “シチさんを見つけるセンサーまでお持ちとは。”

侍としてのみならず、お母様に限ってもまた、無敵でしょうか、次男坊。
頼もしいのだか、楽しいのだか。
とりあえずは止まらない苦笑を何とかせねばと、
困った置き土産に苦慮することとなる工兵さんだったそうでございます。






  〜 どさくさ・どっとはらい 〜  07.3.30.


  *今日びの“剣豪”には、特定人物への限定ながら、
   高性能の探査レーダーが必ずついて回るらしいです。
    ex,三刀流の誰かさんとか
(おいおい)
   これで大した用向きでもないのに呼んだんだったなら、
   おっさま、いよいよこっぴどく叱られるかもでしょうか?
(苦笑)

  *1万ヒット達成記念…というには大仰ですが、
   何かしたくなっての突貫ものです。
   テキストしかない殺風景なサイトですのに、
   皆様、構って下さってありがとうございます。
   これからも頑張って更新してゆきますね?

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