かごめかごめ (お侍extra 習作41)

          〜千紫万紅、柳緑花紅 口絵もどき

 


          




 随分と器用にも自らを追い詰めたものだのと。場合が場合であったので言葉にまではせなんだが、それにつけても そうとしか思えぬ運びへと自分たちで持っていった、先を読まないにも程がある連中の間抜けさ加減へは、もはや失笑さえ浮かばない。少し離れた崖下の麓から、双眼鏡にて望んだ相手陣営の立て籠もり先は、此処が海辺の里であったなら、海へと突き出した岬の先端といったところだろうか。瑞々しい緑に囲まれた、それは清々しくも鄙びた片田舎。山野辺の里の外れの一角、それこそ野伏せりがここいらを制覇していた頃のその名残り、見張り小屋にでもしていたのではと思わせるような。張り子の凧の空への滑空の助走に丁度良さそうな、結構な長さで見晴らしよくも左右が開けた、なだらかな斜面の上の突き当たり。その先は崖っぷちという高台の先っちょに、ちょこりと乗っかっているかのような粗末な小屋であり。
「へえ、昔は番小屋として使っておりましたが。今は単なる廃屋、空き家。」
 芝刈だの枝打ちだのという作業で山や林に入る者が道具を置いている程度。誰のものだということもない、村の皆で使ってる、物置や雨宿り場みたいなもんですと、こんな時でもなかったならば、さぞかしその顔中の笑いじわが屈託のない愛嬌を滲ませただろう、いかにも人の善さそうな長老殿が、使い込んだ杖を片手に上背のあるお侍様へとご説明をば申し上げており、

 『噂に高い“褐白金紅のお侍様がた”が、
  ここいらの野伏せり崩れを狩ってらっしゃると、お聞きしまして。』

 先に滞在した里にても、依頼されてもないのに ついの弾みで、近在の村を回っていた行商の運搬船を、そこいらを縄張りだか根城だかにしていた野盗団から庇ってやったものだから。あのお噂の賞金稼ぎのお侍様がただと持て囃されての、下へも置かぬおもてなしを受けてしまったばかり。どうもこのところは“ゆっくり湯治”という運びに ならなさ続きだなぁなんて、思った矢先にまたのお声がかかってしまった彼らであったが、まま、無下に断る理由もまたないものだからと。結局は悪党退治に手を出して、その筋での勇名を高める結果を自分たちで招いている始末。

 「で。幼い娘御を掻っ攫い、あの小屋まで撤退した、と。」
 「へえ。」

 娘御といっても、大人でなくともひょいと抱えられるような小さな子供。それを、こんのこそ泥めらがと追われて逃げていたどさくさに紛れて、通りすがりに抱き上げて連れ去り。俺らに近寄るとこの子を殺すぞなどと楯にした、まったくもって卑屈で卑怯な手合いが立て籠もっているというのが…四方八方開けまくりの高台にある、あの小屋だという。
「確かに、誰ぞが近づいて来れば一目で判るから警戒はしやすかろうが。」
 では、自分たちはどうやって逃げるのか。それもまた、誰の目にも留まらずに敢行するのはほぼ不可能事であり。ここでも子供を楯にして“道を空けよ”と要求し、鳴り物入りで逃走するつもりだろうか。いつまでも子供を返さねば、いつまでも追っ手は付きまとう。さりとて、手渡すその時こそが、捕り方たちから一斉に襲い掛かられる瞬間でもあって。誘拐同様、よほどに腰のすわった、若しくは子供の命なぞ意に介さぬ、究極の極悪非道な輩ででもない限り、うまく運ぶ筈のない手口だというに、

 “ロクでもない間抜けどもだの。”

 何ともまあ、行き当たりばったりな一味だと。呆れてしまう勘兵衛殿だったのも無理はなかったが…とはいえど、
「………。」
 悪党共に攫われてしまい、怖い想いをしているお嬢ちゃんが実際にいるわけで。隣り村にいたところ、どうしてもという連絡を受けての大急ぎ、運搬船を出してもらって、それこそかっ飛ばして駆けつけた、蓬髪の軍師殿とそれから、
「…久蔵?」
 丘への地図と小屋の内部の簡単な見取り図と。それらを渡され、さてと思案を始めつつ、相変わらずに気配の薄い連れはどうしたかと見回せば。少しほど離れた、これもまた道具小屋の板壁に凭れて、地蔵のある広っぱの方を眺めている。依然として不安げな大人たちの騒ぎをよそに、怖いおじさんたちはどっかへ行っちゃったからということからか、短い着物の裾から膝小僧を出した童たちが、手をつないでの輪っかを作り、お唄に合わせてぐるぐると回りながら遊んでおり、

 「どうした。」
 「うむ。」

 ただ単に、長老と勘兵衛の話が済むのを待っていただけならしく。声をかけるより先、意識を向けた気配を嗅いでか。表情の薄いお顔の中、切れ長な目許の目線だけを相方へ向けてから、おもむろに壁から身を浮かすとこちらへ歩みを運ぶ彼であり、それまで眺めていたから、という訳でもないのだろうが、

 「子供を救えばいいのだな?」

 詰まるところの要点はそこだけ。何につけ端的な彼でなくとも そのくらいは判る、単純極まりない事案ではある。
「ああ。盗まれたものもなくはないらしいが、食い物や酒くらいのものだそうでの。」
 蓬髪の壮年殿もまた、微妙な苦笑が絶えぬというところらしく。顎にたくわえし剛い質の髭を撫でながら、その精悍なお顔を感慨深げに綻ばせ、
「連れ去られたのは長老のところのお孫殿だそうだ。」
 まだ十にもならぬ小さい和子だが、なかなかに利発な娘御だとか。
「それと、大人も顔負けすることがあるほどの結構な気丈者だから、やたら泣くことで煙たがられたりはしておらぬだろうとのことだが。」
 そんな女の子には二人とも覚えがあって。彼らが出会ったその切っ掛けとなりし一件の、米処の水脈の清かなことを護っていた巫女姉妹。今もお元気だと便りがあったばかりなのを思い出しつつ、
「一刻も早く助け出してやらねばなるまいて。」
 日頃どんなに腕白でも、このような状況下ではそんな種類の元気なぞ、あまりアテには出来ぬというもの。いくら気丈であれ ずんと怖い想いをしている筈だ。
「見通しがよすぎることも、こちらにはさしたる不利ではないが。」
 本来ならば、これだと何処から近づこうと見つかっての警戒を招くので、接近のしようがなく。夜を待たねば不意を突いての突入という手が使えない…となるところだが、その辺りは、まま、この方々の場合は問題はないらしく。
「さて。和子がどこにどう、捕らわれておるか。」
 人質としての緊張感に晒されっ放しは哀れだが、そうかと言って焦るあまりに無体な真似や強引なことをして、余計な怪我をさせては何にもならぬ。双眼鏡にて一通り覗き見た限り、窓の傍らなどという外からの判りやすいところには、さすがに据えてはおらぬようであったが、と。今のところで判っていることを伝えると、

 「問題はない。」

 ぼそりと呟いた、紅衣の双刀使い殿。おやと眸をやる壮年殿へ、目許にかかる前髪の陰からうっそりと。含むものがありげな意味深な視線を返しての、ふふんと笑う久蔵殿だったりし。こういう騒動へと対処するにあたって、自分から思うところを提示するとは、珍しいこともあるものよと、思いはしたが揶揄はせず、

 「判った。好きなようにやってみるといい。」

 但しと付け足された条件へ、赤い眸をぱちりと見開き、キョトンとしてから…数刻かかって“ああ”と合点がいった、相変わらず ちょぉっと心配な御仁ではあったものの。意を合わせての“さて、では行くか”と。一刻も早くを最優先に、とっとと動き出したるお二方である。






            ◇



 少し前までだったなら、数と粗暴さの勢いに任せて押しかけて、ちょっぴり脅しつければ、たいがいの村で食い物や酒、小銭ほどなら容易く手に入ったものだった。どんなに気丈な奴が出て来ようと、野伏せりの斥候部隊だとか、先触れの者だなどというデタラメな肩書き1つで、見る見る平伏しての何でも差し出して来たもんだったのに。何でも代替わりしたばかりのまま あっと言う間に事故死したっていう、先の“天主”が手配した侍たちが、それまで無防備だった農村へ野伏せり撃退という自衛のためにと配置され。それからっていうもの、野伏せりという肩書は一気に値打ちがなくなり、どんな小さな村へ押しかけても石もて追われる肩身の狭さ。あまりに小さくてさすがに用心棒は置いてなかろう辺境の村や里には、州廻りの役人の巡回のみならず、賞金稼ぎなんていう輩が足を延ばして来るよになって。中でも最近評判なのが、深色の蓬髪に白い衣紋の落ち着き払った壮年の侍と、金髪痩躯に紅色という派手な身なりの若侍という、何とも極端な組み合わせの二人連れ。これがともかくベタ強く、刀しか使わないってのに ちょっとした小屋ほどはあったというデカいヒグマや、大人を丸呑みするよな大鮫、元・野伏せりというでっかい雷電も身内に抱えた、大きな所帯の窃盗団までを相手に。到着したその日のうちに…なんてな手際でもってのちょちょいのちょいと、それはあっさり片付けてしまう凄腕だとか。何たってあの大戦で生き残った元・侍で、しかも超精鋭揃いだったっていう斬艦刀乗りだったっていう話だから、刀を振らせれば斬れないものはなかろうよ。

 「…で、そいつらが呼ばれてるって?」
 「ああ。
  こっから双眼鏡で監視してたら、長老が何やら話してた男がいたんだが、
  それが噂の賞金稼ぎの蓬髪の壮年の方みたいでよ。」

 参ったなと頭目が舌打ちをする。これまでは何とか鉢合わせしないようにと、噂を掻き集めて警戒をし、これでも気をつけていたのだが。とうとうぶつかってしまったかと苦々しい顔をしており、
「大体、誰だ、こんなチビさんを掻っ攫って来たのはよ。」
 小屋の真ん中、柱に背凭れをくくって固定した、それは古ぼけた椅子に座らせているものの。その足が床へと届いていないような小さな子供。逃げ遅れた若いのが、苦し紛れに抱え上げ、楯にして連れて来ちまった子で。大した騒ぎは起こしてないってのに、そんな要らないことをしたお陰で、これは一大事だと奴らが呼ばれたに違いない。
「とにかく、だ。監視を怠るな。」
 皮肉な話だが、その子がこっちの手にある限りは、向こうだって下手な手出しは出来まいと。頭のてっぺんがこのところ寂しくなりつつある頭目が、大きな溜息混じりにそうと指示を出していたものを、
「…。」
 じっと眺めていたのが…その“人質”とされた女の子。お爺ちゃまが仰有っていたその通り、なかなか気丈で泣きも愚図りもしないまま、大人しくお椅子に座っていた彼女だったが、さすがに少しずつ心許なくなってもいて。仕切りのない小屋のあちこちで手持ち無沙汰にしている盗賊団の男らが、何とはなく浮足立って来たその雰囲気が伝わって、というところもあるのだろう。
“…お母さん。”
 帰りたいな、泣いちゃおかな。でも、そんなしたら静かにしろって叩かれるかな。お腹も空いて来たしな。黙ってるのは辛くないけど、じっとしてるのは詰まんないしな。いつまでいるんだろ、この人たち…。何てことをば つらつらと、溝の切れたカーボンディスク、昔の名前で“レコード”みたいに、繰り返し繰り返し思っていたそんなところへ。

  ――― 〜め、かごめ。

 あれれぇ? 何か聞こえるよ? 近くに木とか生えてないから、葉っぱが揺れての音とかじゃないよね、これ。

  ――― か〜ごめ、かごめ。籠の中の鳥は、いついつ出やる。

 誰かが歌ってる。上手だなあ。男の人みたいだな。でも、父ちゃんみたいなガラガラ声じゃない。あ、他の人も気がついた。どっからだってキョロキョロしてる。誰か来るのなんて全然見えなかったぞって騒いでる。村の方から来るには、斜面を昇って来るのがどうしても丸見えになるはずだし、崖の方からだって、窓に見張りが2人もいるんだから見落としはしないのにって。でもだけど、この声は此処にいるおっちゃんたちじゃあない。お喋りしてるの片っ端から聞いたけど、こんな綺麗な声の人はいなかったもん。かごめのお唄はアタシもよく知ってる。当てっこも、上手なんだよ? 声だけじゃなくってね、後ろの正面だ〜れって輪っかが止まるときの足音も、よ〜く聞いてると人によって全然違うから。だから、

  ――― 後ろの正面だ〜れ。

 あ…と。勝手に動いちゃったよう。椅子から離れてないから怒られないよね…って、あれれぇ?







 何処からともなく聞こえて来たのは、何処の土地でも同じように唄われている童歌。ちょっぴり短調な音律なので、妙に寂しげな響きが…こんな状況下だっただけに いやに不気味に聞こえて気味悪く。誰だ どっからだと、一味の皆して落ち尽きなくもキョロキョロし、窓から身を乗り出すようにして外を見る者までいたそこへ、

  ――― 何とも唐突に頭上から落ちて来たものは、

 粉々に粉砕されながら土砂降りの雨のように降り落ちる、屋根板や垂木や棟木や柱…の成れの果てだったから。
「げっ。」
「な、なんだっ?!」
 そんな風に全部が全部、粉砕されて落ちて来た訳じゃあない、
「ぐあぁっっ!」
 ばきり・がらがら、ドスン、べきばき…と。それは賑やかで大仰な大音響が鳴り響き、正に驟雨のような勢いで板や柱、かすがいの釘やらが、最初は先触れとして細かいものが、その後には支えを無くしての梁が丸ごととか、長い棚板が一斗缶を載せたままとか、容赦なくドカドカばさばさ降って来た…だけじゃあなく。砂ぼこりも結構な厚さでたまっていたのが一緒くたになって降り落ちて来たものだから、辺りはたちまちにして もうもうと立ち込める埃のもやで視界が塞がれ、無論のこと、そんな雑多な粉塵が目や鼻や喉へも襲い掛かるわ。
「痛ってぇ〜〜〜っ。」
「目が、目が見えねぇっ。」
「だ、誰か、手ぇ引いてくれ〜。」
「重い〜〜〜っ。」
 結構な量の木材やがらくたが一気に降って来ての惨状は、だが。

  「???」

 小さな女の子がいたお椅子の周辺だけは、何も落ちて来ないままの無事無傷であり。一応は、地震ではないがお椅子の下へともぐり込んでいた彼女が、一通りの落下が収まった間合いを見計らい、キョトンとしつつも這い出して来たところへと、

 “あ…。”

 ふわりと。何だかとってもいい匂いが届く。お花かなぁ、こんないい匂いのするお花なんて、アタシ知らない。あ、そうだ。街から来たお芝居の一座のお姉さんが、こんな匂いだったような。何とも痛々しく唸る、いささかみっともない小悪党たちよりも、そっちへ関心が移ってしまった少女は、随分と高みから音もなく降り立った人影が、こちらへ近寄って来たのへと気がついて、


  “………天女様?”


 ついのこととて、そんな風に思ったのであった。
(苦笑)


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