悋気狭量 (お侍extra 習作44)

          〜千紫万紅、柳緑花紅 口絵もどき

 


いつの間にか“褐白金紅の”などという通り名が付いていたほどに、
それが“生業”であるかのように思われている肩書になっていたのが、
所謂“賞金稼ぎ”という名の太刀ばたらきで。
自警団を組むには腕っ節自慢がいない、
そんな寒村が幾つか身を寄せ合うよな辺境の地に
窃盗目的で出没する野伏せり崩れの盗賊らを、
賞金をつけますのでどなたでも退治して下さいませとの話を受けて、
現地へ赴き、早急に片付ける。
別に正義感とやらが黙っていなくてとかいう崇高な想いから立つのではなく、
金にもさほど困ってはいないし、今更 血に飢えている訳でもない。
見るに見かねて、若しくは通り道だから行き掛けの駄賃にという順番の手出し。
決して“義を見てせざるは〜”なんてつもりではなかったものが、
気がつけば…州廻りの役人たちという公安関係からも一目置かれ、
依頼の情報がわざわざ寄せられるほどとなっており。
彼らに限っては“侍なぞ もはや用なしの長物よ”などと
(ハス)に構えて自嘲している場合ではないのが現状。

『神無村の依頼からして、そういう種のものだったのだがの』

そもそもの発端であるそれからして、
農民たちの切実な訴えへ感に堪えて依頼を飲んだという訳ではなかったのだと、
相方の壮年はそんな言いようをするけれど。
久蔵は半分くらいは嘘だなと踏んでいる。
勘兵衛は決して底無しのお人よしではないが、
そうかと言って怜悧にも損得勘定が働く手合いでもない。
人斬りである以上はということか、
冷酷非情と罵られることなぞ、今更だからと厭わぬが、
他に請け負う者がいないような難物へ
“では已
(やむ)なし”と受けて立つことは多く、
賞金なぞついていない事案も結構な数をけたぐって来たと思う。
持て囃されたいのではなく、頼られたいのでもなく、
ただ、他にやる者が居ないなら腰を上げましょかという順番だった筈なのに。
このところはそれに追われて過ごしているようで…。
人を斬った者へ人望が集まるという何とも妙な時代は、
残念ながらまだまだ終わらないということか。




            ◇



依頼された“仕事”に鳧がつけば、早々にその土地から立ち去るのが基本。
事態が収拾した直後に“やれ目出度や”という宴が設けられれば、
まま顔を並べることもなくはないが、
暗雲晴れてせいせいしたろう者らにしてみりゃ、
暗雲を思い出させる存在が居残っているのは“これから”を構えるのに触りもあろう。
それにこっちだって、くどいようだがそれが本職などではないから、
用向きが済んだらそこに留まる理由も同時になくなる。
よって、本来の旅路へとっとと戻るというだけの至って当然な成り行きなのだが、
そんな…未練も残さず颯爽と立ち去る潔さをして、
粋だとか何だとか世間様から評されてもいるらしく。
そうともなると、これも無いものねだりの一種なのか、
つれない態度を取られると無性に振り向かせたがる手合いもいるようで。

「…久蔵?」

仕事が済めばもう用はないと、
すげなくもとっとと逗留先へ戻ってしまう相方の分までも。
村の長老や庄屋殿などから挨拶を受けたり賛辞をいなしたり、
彼だとてあまり得手ではない応対を一手に引き受けてから戻ってくる連れ合いを、
留守番を言いつかった幼子のように、ただただじっと待っている。
旅立つ支度に手をつけている訳でもなく、
だのに…このところ、帰りが遅いと言いたげに憮然としていることが多く。
とはいえ、
だったらお主も少しくらい相手をしてやらぬかとは言わない勘兵衛であり。

「どうした。」

名主の家の、離れとは名ばかりの空き部屋。
片付けたというよりも寄せただけ、
長持ちや道具箱たちとの同居を強いられた、
なかなか愉快な“蔵座敷”という名の小部屋へ上がり、
一応は引き戸の障子がはまった窓辺に凭れていた青年へと歩みを運ぶ。
窓の外には宵の気配が垂れ込め始めており、
間近い海からのものか磯の香りもしてくるが、
彼らの鼻はそれが別口の潮の香だと判っている。
どうあっても投降せぬ相手と海岸にての斬り合いとなった終盤、
何人もの賊らが骸と化し、そのままに打ち捨てられている。
州廻りの役人らが引き取りに来る明日まで、良い気味だと放置されるに違いない。
どんな善良な民草にも我慢の限界というものはあるし、
因果応報、自業自得、
こんな扱いがイヤだったのなら、行いを改めれば良かっただけのこと。
斬った彼らにもさしたる感慨はない。
明日は我が身かも知れぬのだ。

「…。」

細い背を柱へと凭れさせての横を向き、
その関心を窓の外へと投げている風に見せてはいたが、
チロリと上がった視線には、焦れったそうな熱が浮く。
そんな一瞥に応じて、腰から刀を外しつつ、すぐ間際へと腰を下ろせば、
流れるような動線にて、
身を浮かせたそのまま、こちらの懐ろお膝へと、
細い膝を進めて乗り上がって来るのもいつものことだ。

「…。」

持ち主の動作に合わせて馴らされた、白い衣紋は羽織と内着と筒袴。
肩口まで落ちていた襟巻きをむしるように引き抜くと、
羽織りに手を入れ、防御も兼ねた肩当てやら嚢やらへと手のひらを這わせる。
鎖骨の縁から立ち上がり、おとがいまでを覆うよに、堅い襟の立った首元へまで、
その白い手を差し入れて。
よくよく鞣した革のように、強かになめらかな肌をあちこち、
気の済むまで検分し終えるのを待ってやり、
何とも口を挟まぬのが、このところの何とはなくの決まりごと。
今回はほとんどの場で同行していたから、
怪我なぞ負ってはいないこと、重々判っていようにと、
そうと思っても口には出さない。
それだけを検分している彼ではないことがあり、

「…。」

やっと止まった手が、だが。衣紋の中から出て来ない。
脇腹を通っての背中へと、腕ごと回されたままになっていて。
かいがら骨のある辺り、
よくよく練られて束ねられたる筋肉の伏した、雄々しいまでの隆起にしがみつき。
お顔は…こちらもまたはだけられたままな頼もしい胸へ、
ぽそりと埋もれたそのまま、力なく張りついており。

「…久蔵?」

何も言わないが、何か言いたげ。
見下ろせば、細い肩が…ゆっくりと上下してから萎えてしまい。
ああ、これは自分へ気落ちしているなと、
その速やかなる自己完結っぷりへの苦笑が壮年の口許に滲む。
何かに気がつき、だが、それは勘兵衛の落ち度ではないと判っていて。でも。
それを許せない自身の狭量さが、もっと許せない。
そんな複雑な想いをその胸へ育むようにもなった連れ合いは、

「…。」

どのくらいかをそのままで過ごすと、
いつものように、そぉ…っと顔を上げてくる。

  「… 島田。」
  「んん?」
  「脂粉の匂いがする。」
  「ああ。網元のところのお女中が、潮で濡れておると拭いてくれた。」
  「ぎゅうとしがみついてか。」
  「さてな。」

そんなわざとらしいことを、人目もあろうに出来ようはずがなく。
精悍な男を前にした女としての何かしら、
荒ごとの渦中にあったその弾みでついつい高揚し沸き立ったそんな香が
強く滲んでいたまでのことだろと。
自分もまた非日常な場にこそ居合わせることの多かりし身ゆえ、
そんなことくらい、馴れもあって承知している筈だのに。
どうしてだろうか腹立たしい。許せない。
勝手をされた気がして収まらない。
そして…こんな些細なことでここまで勘気が嵩じる自分が情けない。

「…。」

ぽそりと再び、目の前の胸板へ額を当てる。
壁のように頑健で頼もしくて、
背中に回したままの腕が回り切らないほど、
壮年に至ってもまだまだ雄々しい勘兵衛が悪いのだろか。
背中まで延ばした蓬髪に顎髭という、むさ苦しいいで立ちは、
肝が据わっての落ち着き払った態度と、
荒々しい太刀ばたらきをこなす野放図とさを無理なく同居させ。
静謐で思慮深げな重厚さと、野趣満ち満ちた精悍さとを合わせ持つ、
今時には希少なほどに、その体躯のみならず心根までもが雄々しき剛の者。

「久蔵。」

戦さ場で鍛えたか、少し涸れてはいるが深みのある声が、
自分の名を呼んでくれるのが、嬉しい。

「いつも言っておろうに。」

性懲りのない奴よと、小さく苦笑ってそれから、

「儂はお主のものだと。」

真剣本気に斬り結ぶ気が起きるその時まで、
腕前もこの身も、どこも損なうことなく待っておれと、
そうと約したではないかと。
駄々っ子を宥めるように、
大きな手のひらを久蔵の頭へと置き、
節の立った指で髪を梳いてくれる。
そんな幼子扱いの温かい構いつけが好き。
他人に頭を触らせるなぞと、
一端の男が喜んでさせることではないと判っている。
飼い慣らされたつもりもない。
なのに、この男にだけはそうして欲しい。
いつからだろうか、それを望ましいことと思うようになった。

「…。」

これまでは自分の命以外の一切持たぬ身だったから、
怖いものなど何ひとつなかったのに。
ギリギリの死線へさえ、恐れることなく近づけたから、
それで人より勝ちを多く拾えもしたのだろうに。
今はただただ失うのが怖い。

  …そして。

喪うことのみ怖かったものが、
このところは他の要素まで、気になり腹が立つ自分。

“こうまでの悋気持ちではなかったのにな。”

何をされたという訳でもない内から、焦燥に胸が灼かれて落ち着かない。
人はこうまで際限無く、欲をかけるものなのか。
そして、そんな欲を膨らました分だけ狭量になるということかと。
人の心の深遠というもの、我が身に感じて恐れ入る。


  ――― 島田。
       んん?
       お主を斬るのはこの俺だ。
       ああ。お主にしか斬らせぬよ。


くつくつと苦笑ってくれたのへ、何とはなくホッとして。
目の前の古い傷に、こそり唇を触れさせる。
顔を上げれば、肩の向こう、蓬髪の隙間から覗く青い月光に気がついて。
そこへと顎載せ、眺めやり、まだまだ離れぬ所存のお膝猫。
なだらかなお背
(せな)を撫でてやりつつ、
実を言えば…その勘気の正体に苦笑が止まらぬ勘兵衛様だったりし。

“…こんな年寄りのどこがいいやら。”

世間知らずはこれだからと、甘い香のする熱を抱える。
窓からそよぎ入る潮風に髪を梳かせつつ、
どこぞの上臈にも勝るだろう若木のような肢体を抱いて、
その温み、いつまでも愛でておられた宵の口…。





  〜Fine〜  07.4.13.


 *ウチはどっちかと言うと久蔵さんの側から熱愛してます。
   勘兵衛様も同じくらい愛惜しいのでしょうが、
   あまり表には出さないタイプなので、
   たまにこうやって焦れたりするところが、
   久蔵さんたら まだまだ若造vv
(こらこら)
   焼き餅は愛されていればこそのものだからと、
   おっさまも内心では重々やに下がっております。(このお人たちは…)
   願わくば、悋気に任せての抜刀だけは避けてねと、
   それが言いたくて書き始めたのですけれど…。


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