不思議なできごと
 (お侍 習作46)

           *囲炉裏端シリーズ…?
 

 ぽかりと、目が覚めると。そこは白っぽくも明るい空間だった。高いところから少しほど煤けた木目が見下ろして来る、天井板の浅い褐色も。すぐ目の前にある衾の白いへりも、それは明るく照らし出されており。光のある方へと首を回せば、やたらに高さと幅のある、大きな間口に嵌まった障子戸が、行灯もかくやとの明るい白を滲ませているから、

 “…昼間、なのか?”

 こんなに明るい時分まで衾にくるまって寝ているなぞ、ここ最近の自分にはあり得ないこと。何となく感覚が鈍いような気もするが、体調が悪いという訳でもなさそうで、では、どうしてなのだろかと、

「…。」

 考え込むより先に体が動いている。こんなところでじっとしていて答えが出るとも思えなかったのと、目が覚めているのにいつまでも衾の中にいるのは性分ではなかったから。

「…。」

 むくりと身を起こして周囲を見回す。いやに広々とした部屋で、青々とした畳が敷き詰められており。床の間のある一角、味のある焼き物を配した違い棚のもうけられた側の壁は、落ち着いた色合いの砂壁が柔らかな印象を醸しているが、そんなことはどうでもよくて。

“…ない。”

 衾の周辺、部屋の隅々。届く限りを素早く、視線を巡らせたその何処にも、自分の得物がない。そんなことがあるだろうか。自分に悟らせずに誰かがあれを持ち出せる筈がない。刀がなければ二進も三進もいかないというよな、情けなくも不甲斐ない腕ではないけれど。眠っていたからといって、あれをそうそう無造作に持ち去られるほど、自分の感応、鈍ってはいないという自負がある。

「…。」

 衾を撥ね除けて起き上がり、明るい障子へと足を運ぶ。やはり何だか馬鹿でかい、間口であり障子であり、しかも…体の自由
(まま)も利きにくい。そんなにも距離があっただろうかというそこへまで、辿り着いて、さて。いきなり開かずに外の気配を探ってみようと、身を寄り添わせながら障子の桟に手をかけたものの、

 「………。」

 ちょっと間のある“…”だったのは、外の気配より先に注意を留めたものがあったからで。格子状の升目になってる障子のか細い枠へと置いた自分の手が、

 “…小さい。”

 いかにも荒ごとにて鍛えられたる趣きの、がっつりと頼もしく、骨張って大きい…とまではいかなかったが、それでも。もう少し、指も甲も長かったのではなかろうか。でないと刀の柄を握り込めない。いやさ、刀そのものを持っていられるかも怪しい。これではまるで…。

 「…キュウゾウ?」

 人声にハッとした。障子の向こうのそのまた遠くからの声。自分が此処にいることを知る者がいる。板張りの廊下を、あまり足音は立てず、だが、さしたる警戒もないままの無造作に、こちらへとやって来る気配がある。この気配には覚えがあって、

「…。」

 やはり…考え込むより先に体が動いていた。視界の中の小さな手は、少々覚束ないながらも自分のものとして機能し、傾きも軋みもない、手入れのいいなめらかさに沿って、眼前の障子をすらりと開け放つ。そこに広がった光景の中、やはり既
(とう)に陽は昇っており、縁側廊下の向こうには青空の下に小さな庭。庭と言っても植木や庭石を並べて趣向が凝らしたあるような、金と手間暇かけての数奇を凝らしたそれではなくて。いかにも農家のそれらしく、折々の作業用に空いているだけという雰囲気の、平らかな空き地のようなもの。そして、

 「キュウゾウ?」

 声の主は左手側から廊下をこちらへやって来る。顔を向けたが、その高さの延長上に相手のお顔は収まらず、見上げようとしかけたところが、立ち止まって屈み込んでくれて、

 「起きましたか。」

 掛けてくれたお声と、それから。柔らかく目許を細めた優しいお顔に、矢も盾もたまらず、身が動いた。ああ、まただ。もどかしいほど身体の侭が利かない。身体の重心が高すぎて、安定が悪い感覚がしてならず。それでもとてとてと懸命に駆け寄れば、双腕を広げて待ち構えていたその人は、抱きとめたそのまま そ〜れっと軽々こちらを抱え上げてくれて、

 「よく眠れましたか?」

 よしよしとあやすように髪や頬を撫でてくれて。やっぱり綺麗でいい匂いのする、温かい人。あれれ? でも、髪を結っていないのはどうしてだろか。あのお帽子もかぶっていないし…いやそれよりも。ほんの少しほど体格が違うのと、見かけによらず膂力もあるお人なので、こちらを担ぎ上げることが絶対に不可能だとまでは言わないが。こうまで軽々と、それも片方の腕へ座らせての子供抱きにて、懐ろに抱えることが出来るほどの、対象に、

  ――― こちらが、なっている?

 目覚めてからのこっち、拾うあれこれ全てが、そうとしか思えないものばかりではなかっただろうか。

 「…? どしました?」

 相手の衣紋へきゅうと掴まったのを見やった、自分の手はやはり小さくて。どう見たってこれは、5歳にもならないほどの幼児の手だ。さっきの駆け足が不安定だったのも、脚の長さや重心バランスが、幼児のそれだったからではなかろうか。顔を上げて相手を見上げると、

 「??」

 んん?と見やって下さるのは、大好きなおっ母様の若々しいお顔。青い瞳に細い稜線がすっと通ったお鼻。色白な頬。結っていないと肩より下まですべる真っ直ぐの髪。

 「…シチ。」
 「はい。」

 何ですか?との応じ方も、いつもと同じなのに。結い上げてはいない金の髪が、小首を傾げるとさらりと流れて、ああ其処だけはいつもとは違うかな? 懐ろへと抱き上げられての、こちらが小さいからこそ くるりと全身をくるみ込まれている。そんな安心感が何とも心地いい。

 「…。」

 ぽそり、頬を胸元へと埋めるようにしてくっつければ。これもいつもより少し大きくなってる、でも綺麗なままの白い手が。よしよしといつまででもお背
(せな)を撫でてくれるのがホッとする。………と、

 「…勘兵衛様。」

 頭上からそんな声がして、おやや?と見上げた先で、七郎次がお顔を向けたのは、縁側の先の庭の方。こちらも同じように見やれば、さっき彼がやって来た方向から、庭先をやって来たのが、

 「…シマダ。」
 「ええ。勘兵衛様ですよ。」

 小さい子供へと、ただ“よく言えました”と褒めるだけの口調ではなくて。お帰りになられてあなたも嬉しいのですよねと、そんな同調も含まれた暖かい声音。

  ――― うん。嬉しい。

 頼もしくも精悍な、野放図な精気と、それから。それでいて粗雑乱暴ではなく、懐ろの尋の深い、安定のようなものを備えたる存在感と。べったりと始終一緒という意味ではなくの、でも、いつも傍らにあってほしい人。
「どうした、キュウゾウ。」
「いえね、今お昼寝から起きたばかりで。」
 大人しく抱き上げられているのは珍しいことならしく。そうかそうかと、やはり大きな…これは元々そうだったが、骨の立ったごつりとした手で、髪を撫でてくれる島田であり。こっちからも手を伸ばして、胸元へと零れていた蓬髪を一房、きゅうと握れば、微笑ましい悪戯へ くすりと微笑う。

 「…。」

 目許にこんな笑いじわがあったかな。ああそうか、こっちを向いてる時に見てる機会が少なかったから。何処かよそへと視線が向いてるときばかり、じっと眺めやるお顔だったから。こんなやさしくやわらかく、笑み崩れるんだなんて。こんな形で発見しようとは思わなかった。
「んん? いかがした?」
 じぃっと見つめれば、瞬きしながら案じてもくれる。こんな風にこちらを向いて笑ってくれるときだってあったのに、恥ずかしいやら照れ臭いやらで、これまで片意地張ったような素振りでそっぽを向いてたな。勿体ないから もう辞めよう…出来るだけ。
「今日はお早いお帰りでしたね。」
「うむ。」
 何処ぞかへ仕官でもしているものなのか、腰へと帯刀しての外出だった彼であり。それにしては着ている衣紋が、いつものあの、くたびれた白い羽織と内着に筒袴というのは どうだろか。こんな縁側から靴を脱いでの上がり込み、
「近々、〜〜まで運ぶことになる。」
「おや、そうなんですか?」
 ちょっとした遠征ですね。ああ、しばらく戻れぬが留守は任せたぞ? 使用人なんて大仰なものは居ないらしくて、さっき久蔵が出て来た部屋へ今度は3人で戻ると、腕の中からそろり、足元へと降ろされた。そのまま七郎次は勘兵衛の着替えを手伝い始め、襦袢の上に藍染めの縞の単
(ひとえ)に袖のない宗匠羽織。ますますの和装がいや映える上背を、無造作にひょこりと低く沈めると、畳の上へ片膝をつき、こちらとの視線を合わせてくれる島田であり。

 「どれ。その辺を散策でもして来ようか、久蔵。」
 「あれ、お疲れではないのですか?」

 御主が着替えた着物を畳みながら、戻ったばかりでおわすのにと言いながらも、強く制すというものでもない口調の七郎次へ。肩越しに男臭い笑みを返して、

 「寝顔に見送られた今朝からのずっとを逢えずでおったのだ。
  せっかくのいい日和、しばし二人で過ごしてもよかろうよ。」

 幼子の遅寝から、出掛ける彼を見送れなんだということか。お顔をのぞき込まれ、のうと相槌を求められ。深々頷くのみならず、歩み寄っての抱っこをせがめば、おおよしよしと、抱えてくれたのへしがみつく。そのまま彼が立ち上がれば、視界はぐんと上がって高く、間近になった懐ろからは、これもまた大好きな匂いと…顎にはおヒゲ。小さな手ですりすりと撫でれば、同じような撫でられ方をした大きな犬のように、眸を細める島田であり。

 「お出掛けは構いませんが、
  先だってのように久蔵の我儘に付き合うのはほどほどにして下さいませよ?」

 おや? 俺が“我儘”だって?

 「塀の上でうたた寝していた猫を、動き出すまでなんてじぃっと眺め続けてて。」

 昼から出掛けて陽が落ちるまで戻って来ないなんて何事かと、どれほど肝を冷やしましたことか。しかもその原因が猫だとは、呆れて物が言えなかったとやんわり責める七郎次へ、ああ済まぬ済まぬと苦笑を返し、

 「今日は気をつけようぞ。なあ、久蔵。」
 「…。」

 お返事だけはしっかりしておりますねと、顔ごと是と頷いた自分ごと、シチが寄り添うように腕を伸ばして来、二人まとめて抱き締める。ああ、いい匂いだな、温かいな。島田もシチも幸せそうに微笑っておる。こんな暮らし方も悪くはないかも。でも、そうなると…島田の妻は古女房のシチの方なのか? 俺は二人の子供ということか?


 それは、


 それって………







*  *  *



 「冗談じゃないっ!」


 はっと目が覚めたら辺りが暗くてギョッとしたものの、
「…久蔵?」
 頬をくっつけていたほどの、すぐの間近からの声が立ち、それだけで…現状の全てが、五感へとなだれ込みながらの同時進行で、手際よく整理されてゆく対応力の柔軟さよ。
「…。」
「いかがした。」
 掻い込まれた懐ろの、精悍な匂いと温かさに、思わず安堵の吐息が零れる。雨も風もない晩だ、鎧戸を降ろすほどのこともなかろうと。そのままで寝入った枕元、床の間に切られた円窓の、障子戸が月光を吸って青く染まっている。真新しい畳の藺草の香りとそれから、話途中で先に寝付いてしまったらしいその肩に、掛けてもらったこの家の主人の羽織の残り香が、あんな珍妙な夢を、このうら若き剣豪に見させたということか。
「どうした? 何か言いながら目を覚ましたようだったが。」
「…。」
 覚えてる。冗談じゃないと、言った途端に目が覚めた。もがくように振り切るように、そこから逃げるようにして目覚めたほどもの、あんなはっきりとした夢を見たのは、生まれて初めてではなかろうか。
「正夢になってほしくなくば、誰ぞに話した方がいいと言うておったの?」
「………。」
「そうなっても構わぬ夢だったのか?」
 話してみよとの、勘兵衛からの促しの声へ、だが、

 「…。///////////

 口を開けぬ久蔵であったのは。つらつらと語るには口下手だからとか、仕立て自体には惹かれるものがあったとか。そんな理由ではなく、もっと単純なこと。

 “…こんな恥ずかしい話が出来ようものかっ。/////////

 そんな願望でもあるのかと思われるのも癪だし、そうと思ったそのまま、そんな願望があったのかと自分でも愕然としてしまい、
「…っ。/////////
「久蔵?」
 どうしたとの案じの声へ、がばりと掛け布を頭からかぶり、そのまま衾の奥へもぐり込んでしまった若侍殿。

  「???」

 何が何やら判らないまま、それでも、まま、言及するほどのこともなしかと、衾の上から撫でてやる壮年様だったりし。



   もしも話が聞けたなら、どんなお顔をなさった勘兵衛様なのか。
   それはそれは見たくもあった筆者だったのは、ここだけの話である。
(苦笑)






  〜 どさくさ・どっとはらい 〜  07.4.21.


  *タイトルはユーミンの古いお歌からvv
   いやもう、あちこちのお素敵サイト様で
   “島田さんご一家”のパロディを拝読させていただいておりますので。
  (勘9、勘7、7勘、いづれの傾向のサイト様にてもvv)
   チビっ子キャラが出しゃばってるお話を、
   別部屋でさんざん書き倒している実績を生かして手をつけてみたら、
   案外と楽しくて困りものでした。
(苦笑)
   ………でも、ワタクシ、
   どんな作品でも まずは
   おじ様(若しくは年長)キャラに走る人のはずなんですがね。
(う〜ん)


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