あやとり上手 〜器用不器用 その2 (習作47)

          *お母様と一緒シリーズ
 

 
人にはそれぞれ、得手・不得手というものがあって。
力持ちだが、細かい作業はどうにも苦手だとか、
動き惜しみはしないが、反面、
じっとしているのは大嫌いだとかいうのはよくある話だし、
力には自信がないが、やたら物知りで頼りになる人もいれば、
怖いもの知らずな豪傑が、だが、
根気だとか粘り強さだとかには少々欠けていて、
援軍を待つという作戦の、その我慢が利かなくて、
焦って打って出たのが裏目になり、
機縁を逃しての潰走を余儀なくされる…という話なぞは枚挙の暇がない。
全てに優れたところを一人の人間へ集めるというのが土台無理な相談で、
何にかに秀でているお人は、別なところが ごそぉっと抜け落ちていたりもし。
平々凡々、体力も知恵や機転のほども、
どこもかしこも適当に平均している身でいるのが善しか、それとも。
弓や剣、膂力、はたまた知略に於いて、ずば抜けて優れてはいるものの、
妙なところで幼子のように何にも知らない。
そんなでは安穏な生活に戻ったとき困りはしないかというような、
物知らずであったり感受性が偏っていたりするのと。
果たしてどっちが、人生生きてく上ではお得なのだろか?


………なんてな、思わせ振りの前振りをわざわざしなくとも、
そこまで極端なというと、ウチのお話じゃあこの人しか居ませんが。
(苦笑)





           ◇



その白い双手に刀を握らせれば、
およそ斬れないものはこの世に無いのではなかろうかというほどに。
侍の奥義“超振動”のみならず、刀との相性自体がずば抜けてよくて。
誰のどんな刀でも手にすればそのまま、自身の腕の延長とし。
風籟まとわせての一閃にて、岩でも鋼でもスパスパスパ…との容赦なく、
斬り刻んでしまえる練達の君。
表情薄く、寡黙で冷静。
大戦参加組の、しかも斬艦刀乗りとはいえ、最年少だろう若さでありながら。
だというのに 物に動じないレベルは、
老獪なベテランクラスと言っても過言ではないほど。
そうまでの剛の者という、恐るべき剣豪。必殺の双刀使い。
それが、

 「ああ、ダメですってば、キュウゾウ様。」
 「…。」
 「そっちを引いたら…ほら、ああ、力任せにしたから。」

村のお子様がたの遊び相手になっているのは、
何もキクチヨだけの専売特許ではないらしく。
(この言い方も相当な年代ものだが・苦笑)
例えばヘイハチ殿などは、
あの忙しい合間にどうやって暇を作るものなのか、
手が空くと廃材や余った鋼材などを組み合わせ、
からくりの利いた玩具や人形を作っては、子供らに進呈していたりもするし。
ゴロベエ殿は、さも自分が体験して来たかのような壮大な冒険譚を、
口調・語調の節回しや、身振り手振りも楽しげに、
若い衆やら子供らに語って聞かせては人気を博しており。
お話と言えば、
総領様の傍らにいつもおわす、副官ことシチロージ殿も、
いつぞやの“ネズミの歯”といい、おとぎ話や説話をたくさん御存知で。
詰め所や作業場、お仕事中の張り詰めていなさるところや、
打って変わっての一休みをなさっている場へ、
無理から寄って行ってのお邪魔をしてはなるまいぞと、
どの和子もよくよく言い聞かされてはいるものの、
この三名に限っては、人懐っこい方々だということから、
あちら様からの手招きさえあれば、駆け寄ってってもいいという
暗黙の了解のようなものが出来上がってもいて。
とはいえ、

 「………? 今、キュウゾウ様とか言いませなんだか?」
 「うむ。コマチ殿の声だったようだがの。」

あの綺羅らかな風貌の三割ほどを“凄み”で損なっているのではないかと、
村の妙齢な娘さんたちからも
勿体ないことよと残念そうに囁かれているほど表情の硬い剣豪殿へ。
臆しもしないでまとわりつけるお子様は、さすがに限られてもいて。
作戦会議だの状況の報告だのに寄り合う場所としてお使い下されと
お侍様たちへ供されし、古農家を補修した詰め所には、
昼も間近いこの頃合いだと、
カンベエ様とシチロージしか居合わせなかったのだけれど。
そんな二人の耳へと届いたのが、先程のお声。
ついさっきまで、外から戻った槍使い殿が一通りの報告をしていたところ、
それが済んでのふと静かになった間合いだったので、彼らへと届いたものだろか。
だが、

 「? 何で入って来ないんでしょう。」

この時間帯なら、弓の習練へと一段落つけての昼餉にと、
キュウゾウ殿がいつも戻ってくる頃合いに違いなく。
それに、先程のお声は、

 「何ぞか叱られていたような語調だったがの。」

カンベエ様の、ちょっぴりの苦笑を含んだ言いようが、
シチロージへも同じような苦笑を誘ったその通り。
しっかり者でおしゃまで、怖いもの知らずのコマチ殿から、
そうじゃありませんでしょうと叱られていたかのような声だったような。
くすすと笑い合いながら、
こちらからお迎えにとシチロージが腰を上げたその間合いへ、

 「モモタロさん、これ ほどいて下さいです。」

開けっ放しだった裏手への戸口をくぐって、
やっとのこと、たかたかと日頃の歩調より少し急ぎ足にて入って来たのは、
やはりのコマチ殿と、そして。

 「…どしましたか、それ。」

そんな彼女のちょこなんと小柄なところへ合わせてか、
腰を折っての前かがみ。
見様によっては、お縄を受けての
“さあさ、きりきりと歩みなされ”と引き立てられて来たかのような、
そんな格好で連なって入って来たのが、金髪紅衣のうら若き剣豪殿。
何でまた、そんな不自然な格好で入って来た彼らなのかとよくよく見れば、
そんな二人の手が…赤い糸、いやさ綾紐にて、
不恰好にもがんじがらめに搦め捕られてのがっちりと、
4つまとめてくっついてしまっているではないか。
「…さては、綾取りしていて。」
「はいです。」
はぁあと大人のように溜息をついてしまうコマチ殿、
「迂闊だったです。」
そんな言いようをしたものの、
相手を選んで持ちかけるべきでしたと
そこまで言わんばかりな彼女なのかと思えば…さにあらん。
「こちらから“遊びましょう”と声掛けてしまった、コマチが悪いです。」
なかなか大人なご意見を発したその上で、

 「モモタロさんと仲良しなキュウゾウ様だから、
  だったら綾取りもお上手かと思ったら。」

ちゃんと下敷きにした材料があったんですがとの付け足しへ、

 「あちゃあ、すいません。完全には教えて差し上げてはいませなんだ。」

すぐさまのお返事を返したモモタロさんの即妙さもなかなかお見事。
つまり、シチロージは綾取りが得意だと知る機会があったらしきコマチ殿。
ふと見やれば詰め所へ向かう途中の赤侍様の背中が見えたので、
お声を掛けての振り向かせ、
やってみますか?と歩きながらの綾取りを持ちかけたらしい。
「完全には?」
その言いようへと首を傾げたカンベエ様を、上がり框のところから振り返り、
「ええ。最初の何段か、
 川の字から懸け橋、田圃に菱の野までは教えたんですが。」
「???」
二人で取り合う格好の、綾取り遊びの一番簡単な基本。
そこまでしか教えてはいなかったので、
相手が練達で複雑上級な取り方をした場合、
次の図が似たような形になっても、微妙に糸のかかり方が変わってしまう。
それに気づかずに取ると糸がもつれて、取った人の負け、となってしまうのだが、
そこまでは知らなかったキュウゾウだった、という訳であり、
「これはまた…。力任せに引きましたね。」
「そです。
 両側に掛かってたのを小指で掬ってから、中のを拾ったのは合ってましたが、
 そこから左右に引けばよかったのに。」
「上へ引き上げての懸け橋にしようとしたから、こうなった、と。」
「はい。」
ちゃんと判っている者同士においては通じているらしい会話、
「?」
「…。」
キョトンとしているカンベエ様からの視線へ、
キュウゾウもふりふりとかぶりを振るところを見ると、
彼もまた初心者ゆえに、何が何やら判らないらしく。

 「紐を切って下さいです。」

このままだとキュウゾウ様、お昼ご飯も食べられませんよと、
コマチはあっさりそう言ったが、
それへと首を横に振ったのが、意外にもシチロージ。
「ダメですよ、勿体ない。」
コマチ坊の小さなお手々と次男坊の白い手と。
一緒くたに搦め捕っている赤い紐。
細い糸を組んでの結い上げて作った、組みひもの細いので、
「綾とりの糸や紐ってのは、結び目が出来ると使い勝手が悪くなる。
 だから、綺麗な赤や緋色の、髪の元取りやお裁縫仕事の余り、
 長くてなめらかなのをおっ母さんやお姉さんに貰うと、
 女の子は大事に大事に使って宝物にしたもんです。」
これだとて、コマチがキララかお婆さんから貰った宝物に違いなく、

 「…はいです。///////

後でキララ殿に聞いたら、お母さんが使っていた巫女衣装の飾り紐、
梅の形に結ばれてあったのをほぐしたそれを、
綾とりにでも使いなさいと貰ったものだったらしくって。
真っ赤になったお嬢さんへ、
「…。」
キュウゾウもまた瞳を瞠ってから…ずいと身を寄せると、
指同士が絡まって出来た両腕の環の中へ、
片腕上げての迎え入れる格好でコマチ坊を掻い込んでやる。
「あやや?////////
不意に抱え込まれてドギマギしたコマチには、
何が何だか判らなかったらしいけれど、
少しでも痛くないよう、それ以上引っ張ることのないようにという心遣いが判って、
「おやおや。」
大人二人が目元を和ませ、さて。

 「もう少しほど、我慢して下さいね?」

二人をすぐ傍ら、上がり框の縁へと座らせると、
絡まっている結び目へ指を当て、爪を立て、
そぉっとそぉっと、余っているところからを逆に辿っての、
何とか解こうと試みるシチロージであり、
「ここが…堅くなってるから、こっちを押し込んで緩めれば…。」
早く取ってあげないと、
その手で刀を振り回し、雷電でもぶった切る身のキュウゾウ殿はともかく、
コマチ坊の小さくて柔らかい、細い指は殊更に痛かろう。
一番キツク締め上げられてるところをまずはと緩めにかかり、
「もうちょっとですからね。」
きついところをじわじわと引っ張り、
裏っ側から紐を押し込むように送って…を繰り返しての数分後。
一番の難所をスルリと解けば、後は難なくの簡単に…解きたかったので、
「ほら、キュウゾウ殿、まだ動かない。」
「そですよ、キュウタロさん。」
最初こそ慣れぬお人からの慣れぬ扱いにドギマギしたものの、
そこは豪傑の妹巫女様、
お顔に当たる二の腕の内側へ、動かせない手の代わりに頬ですりすりして、
動かしちゃダメですとの制止をかけたりし。
その柔らかさに、
「…。///////
おおお、意外や。剣豪様が赤くなったりと。
なかなか楽しそうな奮戦を繰り広げること、小半時もかからずに、
問題の紐は綺麗にほどけ、
中途半端なところでの切断という憂き目からは逃れられた。
「うわ凄いです、モモタロさん。」
あのまま取れなかったら、
コマチも野伏せりと戦わなきゃいけないのかと思ったですと、
どこまで本気かそんなことを言い残し、
「ごめんなさいでした、キュウゾウ様。」
双刀使いさんへもペコリと頭を下げてから、
お元気なだけでなく、健気でもあったコマチ殿、
軽やかな足取りにて詰め所からの退場と相成った。
それを見送ってから、

 「どれ。手を見せて下さいな。」

さっきはコマチ坊のか弱い手を優先してかかっていたが、
だからと言って彼の手の方はどうでも良いという訳ではない。
繊細微妙な動きにて、背中に背負った双刀を鮮やかに使いこなす彼の流儀、
今のが祟ってそれへの負担になっても大問題なのでと、
あらためて向き直れば、
「…。」
ふりふりとかぶりを振る次男坊だが、
「いけません。」
前腕からをがっしと掴み取り、肘近くから手首まで両の手をすべらせて、
筋を傷めてはいないか確かめてから、
少しほど細い作りの双手を取って、
赤い紐が痛々しくも巻き付いていた十の指を重点的に確かめる。
「…跡も残ってはいませんが、
 何かの折、突き指したみたいに痛むかも知れませんね。」
対処法は御存知ですか?
やたらに引っ張れば良いというものではありませんからね?
綺麗な双手、そおと重ねて、
上下から自分の手のひらで挟むようにして暖めてやるおっ母様であり。

 「…。////////

さっきは紐を解くことへと集中していたからそれどころではなかったけれど、
ああ今日も手を取って触ってもらえたと、
暖かい温もりに包まれているのが、何だかとっても嬉しくて。
「…。」
ちょっぴり恥ずかしかったが、それでもコマチ殿には感謝せねばと、
やっぱりどこか、感じ方がズレている、困った剣豪殿だったりするのである。



  「? どしました? 何だか微笑ってませんか?」
  「…、…、…。(否、否、否)////////





  〜 どさくさ・どっとはらい 〜 07.4.23.


  *最初の頃の囲炉裏端のお話、髪油の辺りでは、
   勘兵衛様のほうが久蔵さんの表情は読めていたんですけれど。
   最近ではさすがに、おっ母様の方が、
   深く細かく読めるようになってるみたいです。

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