時忘れの実 (お侍 習作51)

       *お母様と一緒シリーズvv
 


それぞれに分担が割り振られた中、
村人たちに弓を教えることを急務とされし、金髪紅衣の若侍様だったが、
愛する村へと迫る危機への防御、
自分たちもまたそこへ加わるのだという、覚悟のほどを鼓舞されたか、
もともと実直で生真面目な村人たちは、予想を大きく上回る上達ぶりを示しもし。
士気が上がったその余波か、指導するキュウゾウへまで気を回す者が出るほどで。

 『お侍様はいざという時にこそ、
  野伏せり相手に獅子奮迅の働きをお願いせねばならぬお方。』

それでなくとも ほぼ一日中の立ちん坊だ。
どうか休めるときに休んで下されと、習熟度の高い者らがしきりと勧めるので。
まま、気の弱い者もいようから、
そんな顔触れには、
寡黙で無表情のキュウゾウが醸す威圧に萎縮しながらよりも、
仲間からの指導を受けた方が吸収も早いかもと、
「…。(是)」
キュウゾウの側でも聞き入れて。
それでも一応は村の外延をぐるりと見回ってから、
短めの仮眠を取るべく、
いつもの定宿、鎮守の森へと足を運んだのが未明のこと。
常緑の大樹がずらりと密集している、
いかにも何かしらの精霊が宿っていそうな緑の空間は、
高い高いところでさざめく木葉擦れの音や梢の枝鳴りの響きやがして、
決して無明の静寂に満たされている訳でもないのだが。
そういった気配は環境音にすぎないと、切り替える感覚も鋭い双刀使い殿。
むしろ心を落ち着かせるには丁度いい、揺らぎの波に気持ちをゆだね、
背から降ろした得物を抱え込むと、真っ赤な長衣の裾を蹴散らしての無造作に、
大きな根を張るお気に入りの樹の根元へと腰を下ろし。
すとんと幕を落とすよに、深い眠りへ落ちていった。


 ……………………………………………。


どれほどの時が経過したやら。
そろそろ夜明けが間近いか、黎明の青こそ届かぬが、
それでも、森の空気も少しばかり冷え始める頃合い。
どんなに深く寝入っていても、
不穏な気配が近づけば、感覚も体も瞬時に目覚めての対応が出来る。
そんな身であったればこそ、
若い身空で参戦したキュウゾウがこうして生き残れているのだが、
だからと言ってどんな気配でも拾いまくっていたのでは気が休まらない。
風の音、木の葉擦れの音。
こちらを警戒し、遠いところを通り過ぎようとしている小さな生き物の気配。
自分への害意や悪意や殺意を持たぬものへまで、
敏感にも反応していてはキリがないので。
そういうレベルの何かへは、
うっすらと意識が浮かび上がっても、目覚めるまではいかないでやり過ごす。
そんな対応までもが無意識にこなせるようになっているからこそ、
くどいようだが 生き残れたともいえる訳で。
よって、それがいきなり彼のお膝を叩いたその時、

 「…っ!」

世にも珍しいことに、ヒッと、
喉の奥から思わずの声が短く立ったキュウゾウだったのも、
それだけ、何の気配も帯びない存在だったからのこと。
一体何が起きたのかもすぐには判らぬまま、
何が自分をこうまでの性急に叩き起こしたのだろうかと、
身の回りを見回しかけた彼の手元、
「…?」
双刀の赤鞘と立てた膝の間の隙間に何かある。
よくもまあ、頭への直撃に至らなかったもので、
微妙な位置へと落ちて来たそれは、すっぽりと。
それほどの間隙もなかったはずの彼の懐ろへ飛び込んだことになり。
「…。」
服越しとはいえ、既にその身へ触れているもの。
棘やら毒やらというものは帯びていなさそうな、つるりとした楕円の、
“…果実?”
のようであり。
とはいえ、あまりそういったものへの知識はない。
毒草や毒虫、此処へ来てから教わった薬草の知識の中にはあいにくと、
こんな丸っこい果物の名前はまだなくて。
「…。」
鼻先を近づければ ほんのりと、甘くて瑞々しい匂いがしたけれど。
だからといってそのまま“ガブリ”しては危ないのは自明の理。
正体不明なものをいきなり喰ってはいかんのは、
言わずもがな、サバイバルの基本だ。
「…。」
ほんのしばし、彼の手からもはみ出すほどの、結構大きな真っ赤な果実を、
ただただ眺めていたキュウゾウだったが。
これでは埒が明かないからと思い切ると、
得物の刀を背へ背負い直しての立ち上がり、
文字通りの天から降って来た賜物を手にし、明け方の森から出ることにした。


今朝はまだそれほど冷えてはいないか、
霧も立たない静かな黎明が、その裳裾を暁光の金色に縁取られ始めている。
そんなまで早い刻限だというに、
「…あ。」
森から出たすぐの小道で、村からやって来た人影とかち会った。
平らなザルを小脇に抱えている、キララとコマチという巫女姉妹で、
姉はともかくコマチの方は、まだ眠くてたまらぬか、
姉に引かれた方とは逆の手で、しきりと目許を擦っているのが何とも愛らしく。
「キュウゾウ様、哨戒ですか?」
こんな早くからご苦労様ですとやんわり微笑うキララへと、
さしたる愛想を見せるでなし、
薄い目礼だけ向けて、そのまま去ろうとしかかったが、

 「…あ。」

不意な声が立って、それがキュウゾウとキララ双方の注意を引いた。
低い位置からのお声を出したのは、キララに連れられていたコマチで、
さっきまでなかなか上がってはいなかった瞼が、
今ははっきり上がっての、大きな瞳がうるりと瞬いており。
「キュウゾウ様、それ。」
遠慮もなしに真っ直ぐと、無邪気な少女が指さしたは…、
寡黙な若侍が無造作に持っていた果実に向けて。
彼の衣紋もまた深みのある赤だったため、そこへとすっかり馴染んでしまっており、
目線で言えばもっと近いはずなキララにはすぐ気づけなかったものなれど、
言われて注視を向けたキララもまた、
「あ…。」
心当たりがありそうなお声を放った。
「…知っておるのか?」
「ええ。時忘れの実です。」
「?」
何とも珍妙な名だったが、冗談ごとではなさそうな証し、
コマチのみならず、キララまでもが瞳をきらきらさせてその果実に見入っている。
「どこで見つけましたか? キュウゾウ様。」
「…。」
自分の肩越しに、今の今 出て来た森を振り返る彼を見て、
「オラ、じっちゃまに知らせて来るですっ!」
さあ行くぞ、おうっと、
勇ましい足取りの駆け足で、来たばかりな方、村へと向かって駆け出す妹御を、
「あ、これ。コマチっ!」
恐らくは朝の祈祷の献花を摘みに来たのだろうに、
そんなのあとあとと言わんばかりの勢いで、駆けてった小さな背中。
延べた手も空しく、見送った格好になってしまったキララへと、
「…。」
赤い眸の若侍様、物問いたげなお顔を向けた。







  
    



これも一種の間のよさというものか、
丁度その前へと立ったそんな間合いへ呼応するかのように、
内から勝手にがたりと開いた板戸の向こう、
「おっと。」
向こうでも驚いたか、中から開けたお人がこちらへと気づいて、
外へと運びかけてたその足を止める。
「おはようございます、キュウゾウ殿。」
明るい家庭は明るいご挨拶から…を実践してのことだろか。
こんな早朝だってのに、すっきり晴れやかな表情を、
奥深くも温かな笑顔でもって、にっこりと綻ばせたは、
金髪長身のおっ母様…もとえ、槍使いのシチロージ殿。
「………………うむ。/////////
いい子だからちゃんとお返事はしますと、
咳の出来損ないのような応じを返したキュウゾウの、
「…。」
素人には見分けがなかなか難しい、長いめの前髪の陰。
どこか物問いたげな、怪訝そうな視線に気づいたか。
「いえね、今さっき、コマチ殿が駆けて来て、
 珍しい果物が採れるから、ハシゴを持って鎮守の森まで来るですと。」
ちょっぴり声を裏返しての、
コマチ坊の真似だろう、声色を披露して下さったおっ母様。
「…。/////////
うわ可愛いvvと思ったかどうか、
頬を赤くした次男坊が、だが、そんな母上のお顔の前へと差し出したのは、
「おや、それって“時忘れ”じゃあないですか。」
さっき彼のお膝へと落ちて来た実だが、どうやらシチロージも知ってはいたらしく。
ただ、
「ですが…よくもまあ、こんな北の土地にありましたね。」
しかもこんな大きいのが、と。
キュウゾウ殿のお顔が半分以上隠れている大物へ、
つくづくと驚いたというよな声を上げ、
「そっか、これのことを言ってたんですね、コマチ殿。」
「…。(是)」
キュウゾウはキララから聞いたこと。
これはこの村の鎮守の森のずんと高みに根を張っている、
珍しい寄生木
(やどりぎ)の実で、
本当に時々、村人たちも忘れたころに実を生らす。
よく出来たもので、食べ頃になると勝手に落ちて来るそうで、
それを見て“ああ今年は実ったようだぞ”と人が気づくというから、
なかなかにのんびりしたもの。
「けれど、その名の由来はそんな呑気なことじゃあおかれない。」
シチロージがにっこりと笑い、
「あんまり美味しくて美味しくて、食べ始めると止まらない。
 何の御用で入った森かも忘れて、
 帰る時間も忘れての食べ続けてしまうほど美味しいので、
 ついた名前が“時忘れ”。」
栽培が難しく、
自生しているものを見つけるしか手に入れることは出来ないから尚のこと、
そんな名前になったのでしょうねと、くすすと笑ったシチロージのお顔へ向けて、
「…。」
腕を伸ばすと、もっとのずいと突き出したキュウゾウであり、
「えと?」
「俺が好きにして、いいらしい。」
どれほど美味しい実であるかとそれから、
その収穫の始めを知らせるようにと、一番最初に落ちた実を得た者は、
その“時知らせ”を好きにしていいのだと、キララが言っていたのらしく。
「だから…。/////////
「…おや。」
おっ母様に差し上げますと、そういうことであるらしく。
神妙なお顔が少しほど、朱を亳いての赤くなっているのを
微笑ましげに見下ろしていたシチロージ。
何とまあ かあいらしいお人であることかとの再確認に胸を擽られつつ、


  「ありがとうございます。」


水色の目許をきゅうと細めての心からの笑顔とそれから、
「…。/////////
おでことおでこのこつんこで、
やさしいお礼をお返ししたおっ母様であり。
ますますの真っ赤になった次男坊だったのは…
今更だからともかくとして、
(こらこら)
「ここの気候で、よくもまあ、ここまで大きいのが実ったものですね。」
「…。(頷)」
キララもそれへは驚いていた。
夏場よほどに暑くなければ結実自体も難しいとか。
『こんな大きいもの、それも“時知らせ”として落ちて来るなんて。』
自分もまずは聞いたことがないと、驚きと嬉しさとが半分ずつというお顔でおり、
今駆けて行ったコマチが村の男衆を呼んで来て、
その木へ登っての収穫場をこさえることとなります、と。
この村ならではな段取りを聞かされ、
「あらら、それって…。」
シチロージが素早く察してのあっと言う声を放てば、
「…。」
キュウゾウも少々お顔をうつむける。
特にどれと、決めて動かない訳ではないものの、
座り心地のいい樹だからと仮眠の“定宿”にしていたのだろうに、
そんなことへの足場を組まれては、そこではおちおち寝てもいられなくなるからで、
「〜〜〜。」
ちょっぴりしょげてしまった次男坊へ、
あらあらと母上が同調しかかったのも束の間のこと。

 「それでは尚のこと、これからはこの詰め所でおやすみなさいな。」
 「…。」

ねえ、そろそろお外は夜露に冷える頃合いでしょうに。
どうせなら此処で…アタシの目の届くところで、暖ったかくして寝てくださいよう。
「〜〜〜。/////////
あややしまった薮蛇だったと、逃げかかったその手をしっかと掴まれ、
どうやって言い逃れようかと困っているらしき紅衣の彼のその胸中、
きっちり見越しての苦笑を浮かべたは、囲炉裏端においでだった惣領様で。

 “さて、こたびはどうやって切り抜けるやら。”

さては全然助けてやる気なしですね。
(苦笑)
そんな彼の座したる背後、板壁の向こうの広場では、
コマチが呼びかけたのへと応じての、村人たちが森へと急ぐ気配がし。
村の存亡を懸けての壮絶な戦を前にして…いるにしては、
なかなかに平和な空気の朝が訪のうていることが、
この戦いの先行きの暗示になればいいのだが。
その精悍な風貌へと味のある苦笑を浮かべたカンベエ様もまた、
そんな状況、存分に楽しんでおいでのご様子で。



  ――― こんなお人たちが勝っては、罰が当たらないだろか。
(苦笑)






  〜 どさくさ・どっとはらい 〜 07.5.13.


  *本館でのお付き合いが長い方には、
   ちょびっと笑えるタイトルかもですね。
(苦笑)
   母の日なのでと、ちょこっと遊んでみたくなりました。
   特に何と定めてはいませんが、
   南国の果実で、某知事が青果市場でPRしたアレがモデルではあります。
   とうとう貢ぎ物です、次男坊。
   でもって、母上が切り分けての、
   お父さんも交えての3人で食すこととなるに違いなく。

   「知ってますか? 勘兵衛様は果物というと、
    リンゴとミカンとスイカくらいしか名前と物が一致しないんですよ?」
   「そなたがあれこれ知ってい過ぎなのだ。」
   「そんなことはありません。
    久蔵殿だって、ビワやアケビや柿を知ってました。」
   「…。(頷)」

   でもね、勘兵衛様は案外と、お花の名前には詳しくて、
   結構 風流なところもおありなんですよと。
   ヨイショも忘れないおっ母様の言いようへ、
   次男坊が敵愾心を燃やしてくれたら…なんてところまで考えていたのですが、
   キリがないのと時間切れで諦めました。
(苦笑)


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