何ということもないお話 (お侍 習作56)

       *囲炉裏端シリーズ (お久し振り〜vv)
 

侍たちの詰め所である古農家へ、惣領殿が出先から帰ってくると、
そこにはちょいと奇妙な風景が展開されており。

 「?」

茅葺き屋根の裏を高々と頭上に見上げる、広々とした土間の中ほど。
框で高さを取った板張りの居室、囲炉裏の縁には、
いつものように、淡い紫の羽織まとった背中があるにはあったが、
何だか様子がおかしいような。
羽織の上へと乗っかった頭は、
これもやはり金色の髪にて覆われてはいたが、
いつもの槍使い殿のそれとは質の違う、
手触りはきっともこもこと、やわらかそうなふわふわな綿毛。
こちらの気配に気づいたか、肩越しにこちらを振り向いて来たのは、
空のように冴えた青い眸ではなく、暖かくも冷たくも見える赤い眸で。
それが軽く眇められての、すぅっと切れ長のそのまんま、
ちろりんとこちらを眺めてくる様子に、
微かに咎めるような色合いがあるのはどうしたものか。

 「カンベエ様?」

そんなお声が立ったその途端、
ハッとするとお顔を元の向きへと戻した彼に変わって、
その胸元あたりにもう1つのお顔が覗く。
そちらは青い目をして優しげな、見慣れた古女房のお顔であり。

 “…ああ。”

なんだ、そういうことかとやっとの納得。
膝立ちになったキュウゾウを背中に張り付けての、
囲炉裏端に腰を下ろしていたシチロージであり。
彼がいつもその身にまとっている羽織を、
今はキュウゾウがその細い肩に掛けていたがため、
何だか見慣れぬような、でもどこかしら見慣れてもいるようなという、
奇妙な構図になっていたのだろう。
シチロージが立ち上がろうとでもしかかったかものか、
キュウゾウがその身をちょっぴりのけ反らせたので、

 「ああ、構うな。」

苦笑混じりに声を掛け、外套の裾をさばいてのひょいと、
板張りの居室へ上がってゆき、
いつもの定位置、彼らの真向かいへと回り込めば。
そんな自分の動きを追っての視線と、
その視線を追う、ちょいと不満げなお顔とを両方、
視野に収めることが出来、

 「手が止まっておるぞ?」
 「あ、えと…。」

腰から刀を外しての、慣れた様子で腰を下ろす惣領様へと、
お茶でも出したいところらしかったのへ、
後でよいと暗に伝えての手元を見やれば。
すみませんねと小さく首をすくめ、
作業に戻る古女房。
その手元には背中に負った格好になっている、
双刀使い殿の真っ赤な外套。
どうやら裾をどこぞかに引っかけての鉤裂きを作ってしまったらしく、
そのままにしておくと、
ますますのこと思わぬ時に引っかけてしまいますよと、
出先で見かけたそのまま捕獲しての、此処へと連れ込んだおっ母様。
外套をはぐと、あの肩出しのインナーしか着てはいない彼だったので、

 『そのままじゃあ寒いでしょうに。』
 『…。(否)』
 『寒くないもん、じゃあありません。』

これを着ていなさいと自分の羽織を脱ごうとすると、
逆にその手を押さえてしまわれ。

 『………。』
 『………。』

どうしたもんかと困ったのもしばし。
いいことを思いついたとおっ母様がにっこり笑い、
とりあえずはこれをと自分の上着を差し出して、
そのままお背(せな)へくっついてくれればいいと言い出した。
そう、此処に来合わせたときにシチロージが縫い物をしていると、
いつも興味津々の態にて肩口へくっつきに来て覗き込む彼だったのを
母上が思い出したまでのこと。

 『…?』
 『はい、暖かいですよ。』

外套のない身がお背へと寄り添うことで、
やんわりと温かいことを微笑いながら伝えると、

 『…。///////

次男坊が嬉しそうに含羞んだ気配が伝わって来て。
それがまた、切ないほど温かいなと感じたおっ母様。
それでの変形“二人羽織”状態になっていた彼らであり。
先程なんぞは“邪魔だ”とでも言いたげな視線を向けて来た次男坊。
くっついて下さいなとわざわざ言われたんだものとの大威張り。
カンベエ様が見ている前でも構うものかと、
仔猫のように懐いている態度がまた、
何とも言えずの温かな眼福だったりし。

 “………常日頃も人の眼なぞ構いつけぬくせにの。”

そんな可愛げがまた、
おっ母様のみならず、惣領様へも温かい苦笑を誘う。
自在鉤に掛けられた鉄瓶が、
沸騰したのかしゅんしゅんと静かな吐息をつき始めたほかは、
柔らかな静けさに包まれた屋内。
不思議と誰へも優しい沈黙であり、
時折響くは、微かな布の擦れる音だけで。
キュウゾウの赤い目が瞬きもせずに見守る手元。
白い指と鋼の指がそれは器用にも針を操って、
赤い布の引き裂かれたところが、どんどんと修復されてゆく。
布目を拾っては掛け継ぎしたりまつったり。
まるで魔法でもかけてるみたいに。
まるで裂いたことが無かったことになってくみたいに。

 「さて、出来た。」

玉留めをして、糸切り歯でぷつりと始末をし、
他にも傷んでいるところはないかと眺め回したおっ母様の眸が、
とある箇所でふと留まり、

 「ここは…キララ殿に繕ってもらったところですね。」

二の腕の途中。応急的なそれではあったが、
丁寧な縫い方で塞がれた鉤裂き。
「…。(是)」
こくりと頷いたものの、
それ以上にもそれ以下にも、特に感慨はないらしいキュウゾウへ。
視線は上げぬままながら、それでも思わずの苦笑が口許へと滲んだ
カンベエ様とシチロージであり、

 「勝四郎が羨ましがっていましたねぇ。」

ついのこととてそんな言いようをしてしまったシチロージへ、
「???」
借りていた羽織を丁寧に脱いでの差し出しつつ、
綺麗な所作にて小首を傾げての、
ますますきょとんとしたお顔になってしまう次男坊。
「…。」
しばしの間を挟んでののち、

 「あやつ、兎跳兎と斬り合いたかったのか?」
 「いやいや、そうではなくってですね。」

そもそも、このほころびはというと。
虹雅渓からここ神無村まで戻って来る道中の途中にて、
追っ手の野伏せりに襲われてしまい、
兎跳兎の放った光弾から水分りの巫女を庇ったことで引き裂かれたもの。
自分だけだったなら避けて終しまいだったが、
恐怖のあまり、身動き取れない様子だったキララに怪我をさせる訳にもいかずで、
その前へと立ちはだかっての怪我を負ってしまったというその経緯、
同じ組だったシチロージもよくよく見ていて知っていることではあったれど、


  ――― え〜っと、どう言えばいいんでしょうかしら。
       ???
       カンベエ様、何とか言ってやって下さいませぬか?
       その手の話はお主の方が。
       そりゃどういう意味ですよ。


年頃の美少女よりも、
いい匂いがして温かい、おっ母様の方が断然お好きな次男坊。
それ以外となると、
斬るためにとついて来たものの、
やっぱりいい匂いがして刀さばきが巧みな、
戦さ巧者のカンベエ様が好き、かしらと。
そんな次男坊へは、青少年の微妙な恋心、
なかなかに説明し難いことならしいです。
(苦笑)





  〜 どさくさ・どっとはらい 〜  07.6.07.


  *いえホントに、なんてことのないお話ということで。
   ここんトコ、囲炉裏端のお話、書いてなかったんじゃあと思いまして。
   こゆ時に書くのに限って、
   拍手に回しても良さそうな長さになるのはどういうことだか。
(苦笑)

  *ところで、どくだみは初夏に花が咲くので、
   お話とは合ってない背景ですみませんです。
   これからどんどんと夏になってゆくのに、
   神無村は冬を前にした秋なんで、
   囲炉裏端でヌクヌクというお話は何だか違和感があるかもですね。


めるふぉvv
めるふぉ 置きましたvv

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