真白な夢見 〜 続・つれない御方 (お侍 習作59)

        *お母様と一緒…シリーズ?

        先に断言しておきますが、凄っごいくだらないです。
         こんなこと言ったり思ったりする人たちじゃないとかいう、
         後からの苦情は一切受け付けませんので悪しからず。
(おいおい)

 





人に使われる身への職探しなどというもの、
得手か苦手か以前に必要と思わなかったこれまでだけれど。

  ――― 独り者ではないのだ、
       定職を見つけても来よう。

絵画骨董への鑑定眼力とやらはあるけれど、それだけでは商いは出来ぬ。
無愛想な自分とは違い、愛嬌があって客あしらいもこなせそうながら、
家内に働かせるつもりは毛頭ないので、そっちの筋の自営は早々に見切って。
過去の実績を生かしての用心棒か、
いや“終日常駐”というのは困るので、日勤か交替制の警備員というところか。
両替商の警護や美術館の監視員などならば、
1日中じっと動かずにいるのも、たかだか日中だけの集中も消気術も、
苦にはしないでいられるので向いてもいよう。

  ――― 独り者ではないのだ、
       一緒に過ごせる時間が持てなくては意味がない。

それなりの真面目に勤め上げ、
交替なり閉館を見届けるなりして、帰途につく。
家は集合住宅よりも、古いものでもいいから一戸建の方が落ち着ける。
鄙びてはいるが よっく磨き込まれた格子戸をくぐり、
元は荒れていたものをよくよく手を入れ瑞々しく復活した庭を横手に見つつ、
短い庇のある、ガラス引戸の玄関へ向かえば。
砂ひとつ落ちてはないほど清められた三和土
(たたき)の向こう、
こちらが声を掛けずとも、上がり框には家内が膝を揃えて座しており。
初夏向けの茣絽の帯を粋な落とし結びにくくっての、
白いうなじや首元には鎖骨の合わせ、絶妙な陰だけを覗かせて。
半衿の重なりが際立っての、藤色の単
(ひとえ)が何とも似合う、
お顔も姿も器量気概も、どこを取っても自慢の家内が、

 「お帰りなさいませ」

仰々しくも三つ指をつくよな真似まではしないながら、
髪の一条たりとも乱さぬよう、
身だしなみから衣紋から、すっかりと整えての涼しげな姿にて、
にっこり微笑って、帰宅をねぎらってくれて。
「…。」
ああ、返事くらいはした方がいいのかな。
だが、何と言ったらいいのだろうか。
帰った…のは見れば判ろうし、確か、何とか言うのだったな。
まあいい、先のことだからそのうち覚えよう。
一応の帯刀を解いての得物を差し出せば、
袂を手へとくるり巻きつけての着物越し、
両手にて恭しくも指し渡すよう受け取る所作の、何とも雅びで美しく。
踵だけを上げての座したまま、器用にも脇へ身を譲ると、
こちらが上がるのを待ってから立ち上がり、
後に続くは、武士の妻女のたしなみか。
女子でもないのに、夫を立てる気立てを忘れぬ、よく出来た家内であり、
そういった心得のみならず、
部屋も庭も、障子や襖も、板張りの廊下の隅々に至るまで、
埃や塵どころか、古くなっての傷んでいた影さえ無いほどに磨かれており。
家じゅうにきれい好きな家内の神経が行き届いていて、
清々しさに満ちた寛ぎの気配が何とも心地がいい。
そのまま居室までを上がってゆき、
用意された藍の単
(ひとえ)へと着替えている間にも、
すぐ傍らにててきぱきと、
脱いだ外套を衣紋掛けへと吊るしの、埃を払いのしながら、

「明日はどのようなお勤めでしょうか」
「早くお起こしした方がよろしいか?」

押し付けがましくはない口調で、さらりと訊いてくれるので。
ついのこと、言葉少なに“うむ”とか“否”とか応じておれば、

「もうもう、そのような煮え切らぬお返事では困ります」

わざとに責めるような言いようをし、
だが、眸が合えばすぐにも ころころと優しく微笑って和ませてくれる。
お陰でこちらも随分と、目付きや表情が和んで来たように思うのだけれど。
こればっかりは自分では差異が判らないので、
そのうち朋輩にでも訊いてみようと思っている。
 
 


            

居間へと向かえば、いい風がそよぎ込んで来て頬を撫でる。
障子を開け放った濡れ縁の向こうには、
宵の口に水を打ったか、緑が涼しく濡れた庭が見渡せて。
土の匂いか、丁寧に磨った墨のような、青々しい香も立っていて。
疲れて帰宅する者を癒そうと、
様々に手を尽くしてある気遣いがありがたくも届く。
膳には贅沢ではないながら手の込んだ夕餉が用意されており。
常の席へと落ち着けば、
「さあさ、召し上がれ」
湯気の立つ飯と汁ものをよそっての、ささどうぞと勧めてくれて。

「お外での食事では不自由しておいでではありませぬか?」

相変わらず、熱ものは箸がつけられずにおいででしょうに、
上役の方なぞに蕎麦などおごられて、
すぐには食べられなくて困ったりしておりませぬか?
イワシの飴煮から細かい骨を取り除いてくれながら、
そんなこんなと やわい口調にてのお話を絶やさぬ家内なので。
こちらの寡黙を気遣ってか、
耳に心地のいい声を途切らせないでいてくれるのが、
何とも心地がいいことよと、ついつい陶然としてしまう。
日頃の勤めや付き合いなどでは絶対に見抜かれぬ程度のそれを、

「おやおや、そんなにやに下がってしまわれて。」

アタシのお話はそんなにも他愛ないですか?なんて、
かあいらしくも拗ねるような言いようをするのもまた、
麗しいお顔に悪戯な艶を満たしての、
眸を離せなくなるから、まことに罪な君であり。
なんの、訳知り顔で勤めのことなぞ聞きほじらぬ、
差し出がましいことの一切ないところが気が利いている…と、
そうだな、一度くらいは言ってやらねばいけないかな。
だが、いつぞや“料理も上手で美味しいし”と褒めたらば、

『ですが、お肉はなかなかお箸が進みませぬでしょうに』

好き嫌いはいけませぬよと、ぴしゃり叱られもしたなぁなんて、
余計なことまで思い出す。
良人
(おっと)はあんまり口が立つのも善し悪しということかしら。
大事な時にだけ男気を見せればそれで十分と、
後は尻に敷かれておればよいと、昔の仲間も言っておったしなぁなどと。
柄になくも懐かしいことを思い出しつつ、
夕餉を囲んでの温かいひとときは ゆっくりゆったりと過ぎゆきぬ。
 
 


            

後片付けの間にと風呂へと追い立てられて、
体を伸ばしての湯につかっておれば、
しばらくしてから“お背
(せな)を流しましょう”との声がかかる。
袖はたすきがけの肘まで見せて、
衣紋の裾も襦袢と共に器用にからげ、
帯へと端を差し込んだ姿はなかなかに嬋っぽく。

「…なんですよう。////////」

度胸が良くって、あんまりたじろがない家内だが、
素足になっての、白いくるぶしや脛までをあらわにする、
このいで立ちにだけは…さすがに少しは恥じらうものか。
まじまじと見つめると頬を仄かに朱に染めてしまい。
自分でもそれが判ってか、
「湯気に当たって…それでですよう。///////」
照れを隠すように言い放ち“さあさ上がって来てくださいな”と人を急かす。
それは丁寧に背中から髪までを洗ってくれての、
湯冷めをせぬよう、もう一度浸かれと、
長湯が苦手なのを宥め宥めて勧めての後。
任せておいてはきちんと乾かさぬからと、
一緒に上がった脱衣場で、
何枚ものタオルを使って髪から水気を拭ってくれる行き届きよう。

「そろそろ髪を揃えましょうね」

こうも伸ばしておいでだと、
これから暑くなるにつれ、襟足とか痒くなるかもしれませぬ、と。
本人でさえ気づかぬことまで、ちゃんと把握している細やかさ。
眸と眸が合うとくすすと微笑い、

「判らないでどうします」

額へこぼれる前髪を掻き上げてくれながら、
大切なお人のことですのにと、言いかけてからハッとして。
「…。////////」
そこまでもを言うつもりはなかったのにと、
含羞みに口唇を軽く噛みしめて、視線を逸らす。
昔よりずっと初々しさが増したのは、
ただ一人へと向かい合い、ただ一人から唯一と慈しまれる、
そんな擽ったさがそうさせるのですよと、
いつだったか、遠い寒夜の寝物語に聞いたっけ。 
 


            

のぼせが引く程度までを縁側にて涼んでののち、
寝間の用意が出来ましたよと、お声がかかっての足を運べば、
広い寝間には清潔そうな夜具が延べられ、
品のいい有明が、枕元近くへと灯されている。
寝つくまではと夢見張り。
団扇を片手に足元側へと座す彼へ。
わざとに向かい合って座り込み、
お膝を突き合わすほどまで擦り寄れば、

 「…しょうがないですねぇ。」

おでことおでこ、こつんことくっつけてくれて。
夢の入り口まではと限ってのこと、
膝を進めての衾まで、一緒に入ってくれるから。

  ――― ああこれ、おいたはいけませぬ、
       明日もお早いと仰せではありませなんだか?

くすすとこぼれる楽しげな微笑も艶やかに、
懐ろへと抱き込んだ仔猫、
甘くじゃらしての、それは上手に寝つかせる君であり。
仄かに香るは、沈香か果実の蜜か。
さらさら流れる夜陰の中に、
ぽかり、水から逃げての浮かぶは柑橘の月…。





  〜どさくさ・どっとはらい〜  07.6.19.


  *『つれない御方』のラストにて、
   キュウゾウさんが心ひそかに思い詰めてた野望、
   “どうやったらおっ母様を嫁に出来るのか”が妙に受けたので、
   方法はともかく、叶ったその後を想像してみました。
   弓を教えるその傍ら、眉一つ動かさないお顔の裏側にて、
   子供はシチに似たらいいなとか、考えてたらすごいなぁと。
(笑)

  *誰という“名前”は、どちらへも敢えて書いておりませぬが、
   それでも、
   “キュウゾウさんはこんな浮ついたことなんて考えもしないわ”と、
   そう感じたあなたは正しいです。
   だってのに、こんな妄想で傷つけてごめんなさい。
   そんな暇があるのなら、
   もっと真っ当な話を書けってですね、はい。
(苦笑)

めるふぉvv めるふぉ 置きましたvv**

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