魔森煌月鬼奇譚 (お侍 習作62)

       お侍extra  千紫万紅 柳緑花紅より
 

     
     呪いは祈りより早く叶った。
     そして私は魔物に、鬼になった。
     天下の鬼才、希代の刀匠と、
     あれほどおだてのすかしのして“お抱え”としたくせに。
     私の打った刀を提げて出陣した子息らが、
     ことごとく戦死したことを逆恨み。
     怒りのあまり、領主は私を斬り捨てたが、
     腕が未熟で即死は出来ず。
     息絶えた振りで通しておれば、
     それを間に受けての処刑場へ打ち捨てて行きやった愚か者。
     私が魔剣を作りし呪われた刀匠だというのなら、
     その通りの存在になってやろうではないか。
     腕に覚えがあっても人としての生きる道を断たれた者らを掻き集め、
     それ相応の力さえあれば刀は裏切らぬこと、
     証明してご覧に入れようさね………。









          




 秋の収穫時になるとやって来て、村人たちの一年掛かりの努力と労苦のその成果、米や作物を弄せずして略奪してゆく、否、土地によっては差し出させていた“野伏せり”による専横跋扈。武装はおろか防衛の力さえない農民たちは、ただただ蹂躙されるばかりでいやったものが、こんな理不尽な暴挙、この秋こそは許すまじと立ち上がった小さな村があり。そんな神無村の人々に請われてのこと、その練達の腕のほど、我らのために発揮して下されと雇われたお侍様がたが七名ほど、小さな村を訪のうたことから。世界の時代の流れは、いやさ命運は、大きく動いての“現今”への軌道に至りて、もはや幾歳月経ったものやら………。





  ◇  ◇  ◇



 【 何をしておるかっ!】
 【 早よう畳んでしまえっ!】

 蒼い月光がしとどに濡らすは、サザンカかイヌツゲの艶やかな葉の並び。そんな木立が途切れての、下生えが青々と敷き詰められた此処は、かつては柴を束ねる作業に使われてでもいた場所か、ぽかりと開けた空間になっており。相手に追い詰められての逆襲か、それとも自分らに勝手のいい場所へ誘い込みという格好の策のつもりであったのか。木立の中からわらわらっと飛び出して来た一団が、相手との間合いを取りつつも半円形の陣形を整えての迎撃態勢を取り、それぞれに踵を返すと追っ手と向かい合う。とはいえ、もう既に及び腰になっている者も多数いて、
「…っ。」
「き、来たっ!」
 気配を察してと同時、早くも“ひぇえぇぇっ”と情けない声を上げる者さえいるほどなのは。

  ――― 哈っ!

 まさに疾風のように。足音や物音より先に、その鋭くも恐ろしい気配が先触れとして襲来し、冴えて冷たいその間合いが、自分の上へとかかったと気がついた時にはもう遅く、
「ひ…っ。」
 あり得ないほどくっきりとした風の圧が身に押し迫り、嘘のように呆気なくも通り過ぎたそのすぐ後。あれあれ、見逃されたのかと思うと同時に、脾腹や腕、脚を斬られていることに気づく。そんな神業級の達人が、彼らの追っ手であったから。
「ぎゃあっ!」
「わあぁっ!」
 その程度の痛さで戦意も落ちる手合いと見なされての、単なる撫で斬りで済まされただけマシな方。
「ここいらを荒らし回っておる野盗“おろち”の頭目は、機巧侍だと聞いておる。」
 正眼に構えし大太刀の切っ先を、煌月からそそぐ蒼光に濡らしてかざしたは、深色の蓬髪を背まで垂らした白衣紋の壮年で。

 「そこな甲足軽
(ミミズク)の一体どちらが、大将格でおいでかの?」
 【うぬう…。】

 したたかにも不敵に笑う男の、その威容がまた重厚であるがゆえ。相当数の手下どもが間に立ち塞がっての防御の陣、分厚い楯を敷いていながらも。そのようなものは素通しも同然、何の足しにもならぬという恐れが背条に沿っての沸き立って。途轍もない嘘寒さに襲われる。

 【あれが褐白金紅の…。】

 知る人ぞ知る、かつての神無村攻防戦にて。それぞれ個々に集われた面子を、直接の信頼関係を培っての束ねておられたのが、今ここに降臨なされしこの御仁。島田勘兵衛様と仰せの壮年殿で。深色の蓬髪を背中まですべらかし、昏い色合いに沈んだ眼差し、落ち着き払ったその威容などなどから、一見するとさも禁忌的で物静かそうな、それでいて重厚な存在感のある御仁でありながら。軍師・戦略家としての技能と胆力、侍としての人徳や心意気を買われたようなお人だが、それのみにはあらずな行動力と手腕もお持ち。ひとたび、その腰の得物が抜き放たれるや、その大太刀さばきと身ごなしの何と見事なことだろか。流れるような所作のひと連なりの動線の中にて、何体もの鋼筒
(やかん)やら甲足軽(ミミズク)やら、一切の無駄なきままにて斬り払いの薙ぎ倒し。雷電や紅蜘蛛といった、山のような機巧侍の巨体でさえ、超振動を帯びさせた刃にて、ざっくりバラリと一刀両断。それはそれは頼もしい太刀ばたらきを、自らもこなしてしまえる剛の者。先の大戦では、生身の体で活躍したことが伝えられたる“斬艦刀乗り”として、空の戦さ場を縦横無尽に翔け回っていたともいうから。そんな男に誅敵と睨まれたが最後、逃れること能わずと観念するしかないというもの。しかもしかも、

  ――― どひゅっ、と

 木葉擦れに紛れるようにして鈍く響くは、あまりに鋭い風が撒いての起こされて、腹立ち紛れに牙を剥き、肉を引き裂く妖異の声か。
「うわぁっ!」
 白い衣紋の壮年殿が、重厚な押し出しにて振るいたる剛剣の。先になり後になりして振るわれる、別の刃がこれありて。取りこぼしの雑魚らが散っての左右へ逸れゆくを一切逃さず、剣勢のみにて囲い込む巧妙さは鮮やかで。なのに姿は一向に見えなかった何者か。それほどに素早く鋭い剣撃が、影なき疾風の如くに襲い来て、

 「ひ…っ!」
 「ぎゃあっっ!」

 一切の容赦なく、逃げ出そうとする野盗どもをば切り刻む。これは堪らんと得物を放り出し、情けなくも尻餅をついての後ずさり、
「お、お助けをっ。」
 みっともなく命乞いする青二才を見下ろすは。宵闇の藍にその輪郭を滲ませし、深紅の長衣にその身を包んだ、こちらは金髪痩躯のうら若き侍で。夜陰に浮かぶ白い双手のそれぞれに、細身の双刀を握っており。この、玲瓏とした見栄えも麗しの、ほっそりとした体躯の一体どこに そうまでの馬力があるものか。大刀二振りを余裕の同時に操る、こちらも立派な剛の者。
「…女みてぇな姿なのにな。」
「だからこそ、人じゃあないのかも知れん。」
 両手で構えての振り回すだけでも、相当な握力と膂力という馬力が要るのが和刀という武装得物の厄介なところ。それがため、二刀流というのは元来、どちらかの利き腕が攻勢の主であり、残りは防御あるいは添えという“役割”が固定されている。右も左も寸分違わない両手利きであれるよう、均衡を計りつつ鍛練を積むのは時間が掛かる。練達としての刀さばきを身につけたければ尚更で。なので、どちらかを利き手に決めたほうが効率もよく。となれば、自然なこととして攻守の分担という形での型が決まってもくる。逆使いへの融通が多少利いたとて、それだと威力は劣るのでは意味はなく。よってそれへと対するならば、そんな型を素早く見極めてしまえばいいのだが、
「…。」
 同じ形同じ大きさの、それなりに業物であろう太刀をふた振り。順手逆手に目まぐるしくも持ち替えての、それは巧みで鮮やかな攻勢を。連綿としたそれとして、しかも失速させずの途切らすこともなく延々と繰り出せるとは、
“こやつ…。”
 やや後方に身構えるは、下っ端の雑兵らを束ねる格の一人なのだろう組頭。いかつい面差しを引きつらせ、視線の先にすらり立つ、花のような存在を、だのに…化け物かと感じて背中を凍らせてしまう。追っ手が一人ではないとは気づいていたが、その姿を現した途端に…寸前までは躍動という動線の中、多少は威勢に任せてもいたのだろう、隙というのか余裕があった部分が。今はもはやすっかりと充填補完され切っていての しかもその上。そこへとかぶさる気鋭の烈が刃から迫り上がって来て、その全身が刀と同化してしまったかのようにも見えるほど。
「…ぬう。」
 心得があればあるほどに、彼(か)の青年の手腕というもの、鋭い気勢が張り詰めてのいかに隙なく充実した存在と化しているのかが判って…どうにもこうにも手が出せない。右手側から斬りつければ、あっさり弾かれてしまってこちらの胴が空く。左手側から斬りつければ、剣先を釣り込まれた上で受け流され、まんまと間合いへ引き寄せられる格好で、得物の自由を奪われたままに背中をさらすこととなる。上から振りかぶっても瞬時に躱され、戻って来た勢いのまま、やはり向背ががら空きなところへ斬り込まれようし、下からと構え直せる間合いではない。
「まとめてかかりゃっ!」
「おうさっ!」
 刃は二つでも判断を下すは一人と侮ってのこと、複数がかりでという威勢を負って、無謀な下っ端らが飛び込んだ間合い。どうしたって順番を…刃の流れという手順を組み立てる隙が出ようと目論んだ浅慮は、
「ぐあっ!」
「がは…っ!」
 刀を交差させての同時に左右へ。まとめて薙ぎ払われた胴斬り一閃、呆気ないほどの瞬殺にてねじ伏せられている情けなさ。しかもその刃、切れ味も気鋭も一向に衰えてはいないのが恐ろしい。姿さえ見えないほどもの俊足で駆けながら、とうに二桁、二十に届かんという相手を、斬り裂き、叩き伏せたというに。余程のこと修羅場に縁深い彼らであるものか、これほどの多勢を相手に怯みもしなければ、覚悟を決めての捨て鉢、一気呵成に畳み掛けて…というよな、勢いに任せるような気配もなく。ただただ冷静に確実に仕留めてゆく手際は、正に“仕事”としての対処としか言いようがないほど、手堅くも徹底しており揺らぎもしない。
「ひぃいぃっっ!」
 舞うようにとはよく言ったもので、攻防一体の体術を極めてから刀の扱いを覚えでもしたものか、いやいや、ただの添えものや付け足しで、こうまでの剣撃を切り出せはすまい。そんな軽やかな刀の乱舞が数を頼った陣営の壁を大きに払いのければ、
「がぁ…っ!」
 一応の甲冑もどきや鎧縅
(おどし)にて身を守りし、中堅格の組頭連中は。刀の他にも隠し持ったる飛び道具、鉄砲や鎖分銅などなどを掴み出すのも間に合わぬまま。相手の壮年が振り下ろす、それは重たき太刀の一閃により、袈裟がけにされたり頭を割られたりとの攻勢を浴びせられ、傷口をあふれ出す血糊で鈍く光らせたままに倒れ伏す。

 「…か、格が違う。」
 「俺らにどうこう出来る相手じゃねぇっ!」

 彼らが既に及び腰になっていたのは、近年とみにその名を広めつつある凄腕の賞金稼ぎだという、彼らの肩書を思い出してのことではなくて。こやつらが小さな村へ襲撃にとやって来たものを、計算ずくの予測した上で迎え撃ったる彼らがまずは、先峰の中にいた鋼筒
(ヤカン)と兎跳兎を切り裂いての見事に仕留め、尋常ではない腕のほどを披露したからに他ならず。風を撒いての飛んで来た、銀の動線が夜陰の闇を瞬断し。闇の中に華火の稲妻が短く放たれた次の瞬間にはもう、賊らの只中で明々とした炎が上がり、重々しい轟音とともに鋼の機体が粉砕されている鮮やかさ。
『鋼の装甲を斬り裂いただとっ?!』
『な…なんて奴らだ。』
 攻勢としての主力をまずは打ち減らすべく、機巧の身をした侍崩れを真っ先に叩いておくのが、彼らの戦術上の基本の手順。何も、機巧の身の者は人に非ずという区別をしている訳ではなく。ただ単に、腕の覚えの強い者からあっさり叩きのめせば、戦力を削げるのみならず、生身の体の賊どもからも一気に戦意が落ちるから。収拾さえつけばいいのだから、何も皆殺しにせずとも、戦意を無くした輩は縛り上げての役人へ引き渡せばいい。それでは腹の虫が収まらぬというほどの、深い恨みを買っている賊もあるにはあるが、それこそ裁きは役目に非ずで、あらためてその旨を役人へ訴えればいいさと告げるまで。

 『何もお主らまでもが、鬼道や修羅に堕ちることもあるまいて。』

 臓腑を裂かれそうなほど、それは激しい怒りや怨嗟であったとしても。のちに心が静まれば、手を穢したこと、打って変わって恥じ入って慚愧の念に苦しむことになろう愚かな妄執にすぎず。そうなると判っておればこその言葉で言い諭し、撫で斬られたことで抵抗する気力を失った雑魚らを力自慢の若い衆らに任せ。逃げを打った残党を逃すまいとの追撃にかかった彼らであり、

 「そろそろ観念してはどうかの。」

 おろちなどと禍々しき名を冠しておっても、つまりはただの野盗の集まり。分限者も農村も見境なくの襲い来て、威嚇にと振り回す刀の触れる端から皆殺しにする、残虐にして無慈悲な集団。無為な殺生を繰り返すのがどうでも許しがたいとのことで、複数の組織や機関から莫大な懸賞金がかかってもいるが、

 「お主らに刀を与え、あおりつけている者がおろう。」

 この二人が誅す目的としているのは、彼らではなくその向背。
「あまりの切れ味から力なき者でも人が斬れてしまう、そんな“魔剣”を鍛える刀匠。そやつの居所を吐いてはくれぬか。」
 少し枯れての低められし、そんな声こそ穏やかに落ち着いてはいるけれど。壮年殿のその双眸の宿す光の強さは、刀を薙いでいた間のそれより鋭いほどで、
【う…。】
 言葉に詰まった甲足軽の一人が、隙をついての後方へと身を躍らせての飛びのいて。
「待てっ!」
 それを追って駆け出す勘兵衛の前へ、軍刀かざして立ち塞がったもう一人の甲足軽は、だが、
【…っ、ぐあっ!】
 一体どうやって割り込んで来たものか。それは素晴らしい瞬発力で飛び出して来た勘兵衛の、そのまた先に躍り込んでの影が放った、右へと下から上への二つ太刀。それにて四つに刻まれての崩れ落ちた。爆音立ったる煙幕の中から現れた出たは、真っ赤な衣紋の双刀使い。
「…行け。」
「すまぬ。」
 訊かれたことへの覚えがあってか、それとも単に逃げを打ったか。姿をくらました甲足軽を追えと、短く告げての雑魚らへ向き直った久蔵であり。その背を軽く見やっての、だが止まることはないままに、勘兵衛もまた短く応じ、先の木立へ目がけてその身を投じるように駆け去って。さて。

  「一人でも取りこぼしては後難を招きかねぬ。」

 居残ったのが俺だということ、天へでも何へでも恨みたければ恨めと言わんばかりの容赦なく。鋼筒も生身も区別なくのばさばさと、片っ端から冷然と斬って捨てゆく彼の方が余程に、夜叉か魔物のようでもあったこと。意識がのうなったことで何とか命ばかりは助かった残党が、後年に怯えながら語ったという。
(苦笑)





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