在処不明 (お侍 習作64)

        *お母様と一緒シリーズ
 


 小気味のいいは、その一糸乱れぬ様。彼らには慣れぬことだったろに、背条を延ばし、顎を引き。号令に合わせ、胸を張っての構えては、弓をきりきりと引き絞っての疾風一閃。藁づとの標的へと次々に矢が突き刺さる図はなかなかに圧巻。
「ほお、大したものよの。」
「そうですねぇ。」
 当初はと言うと、号令に沿うての一挙手一投足がいちいち堅く。その堅さがまた腕をこわばらせ、矢を射るどころか、弦で手や顔を弾かれる者ばかりが続出し。到底 見ていられなかったほどだったのに。
「今や、あの距離であの標的
(まと)ですものね。」
 鋼の装甲さえ射通す威力を、ほとんどの者が身につけている物凄さ。そもそも、戦力として頼り
(アテ)にしているというよりも、村人たちの戦意を高める方が主目的。勝機厳しい戦さを前にし、自分たちの土地を、米を守るのだという、気構えに張りを持たせよう。戦い慣れした野伏せりに怯むことなく、迎え撃とうと頭を上げさせるため。そんな意味合いの強く見えた習練だったものが。今や、とんでもない成長度を見せており。
「若い人ばかりじゃあないってのに、大したものです。」
 砦や堡、石垣を組む班や、弩の発射台を構築する班に、全員を一時に投入するには多すぎる彼らにローテーションを組んでの、その巡りの中に組み入れられた鍛練だけに、間が空けばせっかく掴んだ勘も忘れてしまうのではと危ぶまれたところだってのに、それらは杞憂となって久しく。
「緊張感があっていい。」
「そうですね。」
 指導者は随分と寡黙な若い侍で。上手に出来ないからと言って、別段、叱られる訳ではない。ただ、あまりに端然としすぎ、冷たい態度、風貌に変化のないお方だったものが、不思議とそのまま“鏡”にもなり得て。及び腰な者には怒っているのではなかろうかと感じさせ、向こうっ気の強い者へは呆れているのではなかろうかと思わせてもおり。その冷然とした視線、眼差し、瞠目させてやろまいぞと、若いのの間で奮起の糧にする傾向が起きたのから始まって、気がつけば…驚くべき短期間にての上達振りを示した彼らであり。その指導者様の表情も、心なしか和んで来て久しい今日この頃。

 “もっとも。そんな若いのたちの言い出しっぺのコータ殿、
  実はカンベエ殿が 練習熱心だのと煽りつけたって話を聞かないでもなかったが。”

 おやや、それはまた。相変わらず油断も隙もない軍師殿だと、同じ男であっても惚れそうなほどの、精悍な男ぶりをたたえし、蓬髪に白い衣紋の惣領殿を想起しつつ。こっそり苦笑をこぼしたゴロベエ殿が、

 「で。先程から何人もが訪のうては、
  キュウゾウ殿へ声を掛けているのは何であろうか。」

 見慣れたお顔が多いから、恐らくは作業場からの伝令。各自作業の進捗を把握している班長格の顔触れが、たかたかやって来ては声を掛け、恐縮しもって戻ってゆくの繰り返しであり。
「ゴロさんを呼びに来たんじゃないのでしょうか。」
「だったら、キュウゾウ殿も“向こうにおる”とこっちを指差すことだろうに。」
 そいやそうですねと、判っていつつそんな言いようをした工兵さんが くすすと微笑う。弓の習練場とした広場へと垂直に接したこの通りは、集落の真ん中を貫く、言わば“表通り”でもあって。そこを真っ直ぐ進んだ先、侍たちの詰め所になっている古農家の、板戸のすぐ前に床几を出し、珍しくも帳面を突き合わせての、綱やら鋼やらという資材の在庫確認の最中にあった現場監督二人であり。見えやすい位置にいる訳ではなかったが、それでもあの剣豪殿なら、こんな至近にいる彼らの気配くらい、とうの昔に拾っていたはず。第一、そんな彼らの前を通り過ぎての広場へ向かう皆々なのであり、それをもっても順番がおかしいというもので。

 「ありゃあアレですね、シチさんの行方を尋ねているのでしょうよ。」

 彼らがすぐの傍らにいる詰め所に居ないのは、ひょいと首を伸ばして覗けば判る。あまりにもそういう手合いが多いので、どうした?と訊くまでもなく、
『シチさんなら昼から居ないぞ』
 そんな風に こちらから先に言ってやっているほどでもあり。そうと告げられた面々が、さいですかとお辞儀をして、そのまま次に向かうのが、判でついたように習練場。それを指してだろう、
「可笑しなものよの。」
「はい?」
 言いつつ既にくつくつと微笑っている銀髪の壮年へ、童顔を傾けて工兵さんが訊き返せば、

 「我ら、キュウゾウ殿こそ一番捕まえにくいと思うておったが、
  実際はシチさんの行方の方がこうも掴めぬとはの。」

 習練場の監督をコータ殿や上級者へと任せての哨戒に出てしまわれると、途轍もなく軽やかで俊敏な身ごなしを得手とするキュウゾウ殿は。彼なりの感覚での、規則性のないコース取りにて哨戒なさるものだから、よほどの騒ぎを起こしての呼び招きでもせぬ限り、まずは捕まらない。

  ――― だが、それを言うならシチロージもまた。

 何でもこなせる器用さや機転の鋭さのみならず、人と人との相性や、そこから生じる機微や齟齬を感じ取るのが得手なため。人間関係などなどの、事態悪化の何手も先から気配を察し、適切穏便な対処が出来る洞察力を買われてのこと。

 “カンベエ殿が、
  その行動をシチさん自身の判断に任せっきりにしているものだから。”

 この詰め所に居ないとなると、さて何処に行かれたやら、知るのは彼自身ばかりとなり。その姿を見て初めて“ああ此処においでだったか”という把握になっているお人だったりし。
「そうですね。しかも、そんなシチさんの行方を知らないかと、誰もがキュウゾウ殿へとお伺いを立てにゆくのですものね。」
 というのが、そんなキュウゾウ殿を唯一自在に捕まえることが出来るのが、あの金髪三本まげの美丈夫殿だけ。人馴れないキュウゾウ殿とは正反対で、人当たりもよく、物腰たおやかなシチロージ殿が。どうか見つけてくださいませんかとの頼みを訊いて、辺りを見回し、梢の先なぞを見上げれば。何という以心伝心か、あっと言う間にその目の先へと、あの紅衣の若いのが姿を現すというから、
「そんな極端な話は眉唾ものだが、実際、呼ばわって出て来てくれるのは、シチさんが相手の時だけらしいしの。」
 そういう実際例が在ってのその反動というものか。槍使い殿を探したくば双刀使い殿に聞けばいいと誰もが思ってしまっているらしく。
「…そういうものでしょうか。」
「少なくとも、シチさんの気配に敏いのは事実だからの。」
 お近くに感じませぬかとそういう意味合いからの尋ねなのだろう。そして、
「気のせいですか、ご機嫌が傾しいでませんかね、あのお人。」
「いかにも。」
 さすがは仲間内。此処まで距離があるにもかかわらず、素人からは鉄面皮としか見えぬ、あの玲瓏な面差しに、じわじわ滲む勘気の高ぶりが手に取るように察してしまえる物凄さよ。
「訊く方は今日初めてのことであっても、訊かれる側には、相手が変わっても何度も何度も同じこと…と来てはの。」
 そうそう気が短いお人ではないのだが、それでも。弓の習練じゃああるまいし、手際の悪いことへ、いつまでも手をこまねいて付き合う義理はないとばかり。いっそ自分が鳧をつけん…なんて方向で、とっとと行動に立ってしまわれるお人ではなかろうか…と思っていた先から、

 「…おお。」

 ヘイハチが短く声を上げたのは、大仰な感嘆ではなくての、思わず口を衝いてのこと。それほどまでの鮮やかさ、正に手妻のように。空中へとその痩躯を溶け込ませ、姿を消した紅衣の彼であり。
「捜索に出られましたかな。」
「さて。」
 訊かれるのに辟易してのことかも知れませぬ。ならば、今度はお鉢がこちらに回って来るかもだぞ?

 「といいますか。」
 「んん?」
 「ゴロさんの持ち場では一体どんなややこしい作業に入っておられるのですか?」
 「さて。何なら一つ賭けをせぬか?」

 おいおい、ゴロさんゴロさん。
(苦笑)





  ◇  ◇  ◇



 その動作の矢のような鋭さに風が撒く。肌を掠め、唸るは風籟。踏み込んだそのまま、しなう枝の強さ弱さ、ねじれの方向を一瞬で把握し、反発に任せて身を躍らせ、風のように翔って翔って。その身は今にも空へと溶け込みそうなほどの軽やかを見せるが、今はそれへと浸れるような気分ではないキュウゾウ殿で。

 「…。」

 気分転換を兼ねての遠駆け、哨戒は口実。昼下がりからのこっち、ずっとずっと同じことばかり訊かれて辟易していたというのも勿論あったが。何で俺に訊くのかという意味合いでのそれではなかったので、ゴロベエ、ヘイハチ、両氏の感慨は微妙に的を外していたことになる。

  ――― 大切な大切な お宝の在処
(ありか)
        なんでわざわざ公言などするものか

 自分だってこんなにも離れていたのに。気配さえ遠くて、方角しか把握出来てなくて。また独りで、そんなところに分け行って。そんなうっかり者ではないと判っているけど、不意を突かれての足元不如意とかで、怪我でもしたらどうするの。いくら皆から好かれてる貴方でも、誰も気づいてくれないよ?
「…。」
 そんな想いにやきもきしていたそんなところへ、何処へ行かれたか知りませんかだなんて。訊いてどうするつもりなんだと、なかなか人の寄らないそんなところへ こそり運んでる貴方の、邪魔をしに行くのだろうにと思えば、教える訳にはいかないじゃないか。
「…。」
 あああ、何だか混乱している。それって矛盾してないかと、自分で自分に舌打ちし。そんな気持ちを落ち着かせようと思っての、梢の高みを渡りゆく空中滑走は。知らず知らず、そちらへとその身を運んでおり。
「…おや。」
 ああ、もっと手前で止まればよかった。せめて姿を見たいと、気が急いていたからだろか。色づき始めていた落葉樹の枝が鳴り、結局は…彼に気づかせてしまい、こちらを仰がせる。
「キュウゾウ殿。」
 せっかく息抜きをなさっているおっ母様なのにと思えば、それを他でもない自分が邪魔したような気がしてしまった次男坊。小脇に抱えておいでだったのは深めの籠で、その中にはキノコや木の実がどっさり入っていて。穴場を見つけて、せっかくだからと、秋の味覚で皆を驚かせようなんて思ってらしたのかもしれないのに。そんな楽しい目論みへ水を差してしまった、自分の無粋さが口惜しいと。おっ母様に寄り添うことで、随分と心の尋が深まった彼でもあって。そんなまで複雑な次男坊の気も知らないで、
「よく判りましたね。」
 そろそろ黄昏時の色味を帯びつつある陽を浴びて、つややかに結われた金色の髪が何とも目映いそのまま。屈託なくの、ふわりと にこやかに微笑ってくれる優しい人。間近へと降りてゆき、申し訳ないと感じての、やや消沈したお顔で近寄れば、

 「? どうしました?」

 視線を落としただけなのに、気落ちしたのだと判ってくれて。きれいな青い眸、何度も瞬かせ、気遣うお声を掛けてくれるから。何でもないよとかぶりを振って、髪や肩についてた枯れ葉を除き、そうして空いた優しい肩を見てるうち、

 「…。」

 辛抱たまらず、ぽそりおでこを乗っけると。今度は何にも訊かないで、でも、そおと手を延べ、いたわるように髪を梳き、頭を撫ぜてくれる人。優しいばかりではなく、自分にしっかとした矜持を持っていて。若木のような撓
(しな)いをよくよく練っての強かに。あのカンベエ殿へさえ、心酔はしていてもむやみに盲従するのではなく。あくまでも自己の意志と判断にての指針は忽(ゆるが)せにしないで、その上で役に立とうとしてる。そんな聡明果断な君だから、

  ――― だから…惹かれてやまないし、
       時々は歯痒かったりもする次男坊なのに。

 「そんなお顔をなさって、カンベエ様から何か言われたのですか?」
 「…。(否)」
 「そうですか?」

 あのお方は悪い人ではないのですが、時々お人が悪いのが困りもので…と、言葉遊びのような言い回しをしてから苦笑をし、
「キュウゾウ殿のような純なお人を、からかったりはぐらかしたり。いいように振り回されての、翻弄されたお人は数が知れませんからね。」
 そのたびに奔走し、出来る限りはと相手を慰めた彼でもあるものか。思い出したような眸をして仄かに物憂げな吐息をついたものの、

 「でも。キュウゾウ殿ほどのお人へまで、そんなお顔をさせるなど。
  何だかちょっと憎らしいことではありますよねぇ。」
 「…☆」

 妬けちゃうなぁなどと言いつつ、くすすと悪戯っぽく微笑ったおっ母様。いやあの、この複雑そうなお顔の原因は、他でもない貴方様なのですが。でもでも今更、しかもそんな言いよう、次男坊には口に出来ようはずもなく。
「さあ、では帰りましょうか。」
「……………。(頷)」
 そんなに肩を落とさずにと、まだ青くて銀色の穂が冷たげな、若いススキの波がゆらゆら手を振り、見送る中を。家並み連なる集落まで、並んで帰る母上と次男坊だったのでございます。


  ――― まま、
       ヒロインが天然なのは、今時もはやデフォだから、次男坊。






  〜どさくさ・どっとはらい〜  07.7.04.


  *誰が“ヒロイン”か。(苦笑)

めるふぉvv めるふぉ 置きましたvv **

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