ちょっと昔話でも 〜 大戦時代捏造噺 (お侍 習作65)

 


 遠く南軍にまでと名を馳せていたわけではなかったけれど、自軍のうちではこっそりと、色んな意味合いから有名な部隊があった。司令官からして前線へと飛び出す機動力や、戦術の巧みさ、その運用の素早さ、そこへと即妙に添うた臨機応変などなどには定評もあっての、実力はそれなりに買われていたものの。自滅をもって相手を釘付けにせよだの、作戦の稚拙さの帳尻合わせにしか思えぬ消耗戦を強いるといったような無茶な指令へは、

 『通信が聞こえませんでした』

 この一言を白々しくも押し通した上で がっつり無視しての、それはお見事な撤退を敢行させる総司令が率いる空艇部隊。戦死者率は低いが、それへと比例して勝率も低く、それでついたあだ名が“負け戦の大将”というから、上や同輩には嘲笑する者苦々しく思う者が多かれど、いまだ物の道理というものを正当に把握する判断力のある層には、そんな行為を痛快爽快と受け止められてもいて。

  ――― 昔は後ろを顧みない男であったがの。

 どれほどのこと俊英奇才であったものか、そんな自分の実力が並外れているとの自覚が薄かった司令官は、時として彼と同等の能力をもたぬ限り誰もついてゆけぬような無茶な作戦も執行したが、それへの補佐をしっかりとこなせる副官が登用されたがため、余裕も得てのやりたい放題。そこへのブレーキをかけたがってか、実力も人望もからっきしだが、出自、つまりは実家が大層な名家だったので、階級ばかりが高いが、役職は下士官止まりというややこしい鼻つまみの軍曹だか曹長だかが、各部隊たらい回しの末だろう送り込まれたこともあったけれど。慇懃無礼な対処にて上手に制御して、破綻を起こさせぬようあしらった揚げ句、花街にてのド派手な醜聞を起こさせて。自分から退官するよう持っていったほどもの腕を持つ、とんでもない策士は果たして…司令官の方か、それともすこぶる気の利く副官の仕業であったのか。





            ◇



 燦々と降りそそぐ柔らかな陽射しは暖かで、蜂蜜のような金色をおびて。陽だまりにある調度類の輪郭を甘く滲ませている。天井まで届く大窓には、深緑の重たげな羅紗のカーテンと、色合いこそ褪めてくすんでいるものの、素材は軽やかなオーガンジーだろうかレースのカーテンとが下げられており。壁を埋める書架に山ほど詰め込まれ並べられた、たくさんの書物や資料たちが、陽に灼けて傷まぬようにとの配慮がなされていて。

 “…へぇ〜。”

 どこか荘厳な落ち着きに満ちた古めかしい様式のその建物は、元からあった軍用の施設ではなく、きっと当地の名のある学校だか研究所だかを徴用したものなのだろう。各階の天井も高く、床に敷かれた段通は渋い臙脂。重たげな石を積んだそれなのだろう壁や階段は、その重厚さで威容を示しながら、同時にほどよく馴染んだ肌合いや温みが感じられ、それが親しみやすさを現してもいて。どれほど多くの人々が愛した建物かを無言のままに伝えてくる。そしてそんな方々がいかにお行儀よく過ごしたかを示すように、補佐用のデスクにて書類へと眸を落としている彼一人しか居ない室内の静謐さは、閑居なばかりのそれとも違う、安らかで頼もしい静寂を満たしてのもの。よって、

  ――― …っちゃ、と。

 それなりの風格あるドアが、廊下側の外から開いたその気配がその意識を揺り起こすまで。外への注意を払い損ねていたことを彼自身へと知らせしめ、

 「あ。勘兵衛様。」

 この部屋の主人にして、彼が補佐する司令官。背中にかかるまでとの伸ばし放題にしている深色の蓬髪に、野性味の滲む精悍な風貌。濃碧の軍服に包まれた屈強な肢体がされど重く見えない、颯爽とした身ごなしと来て、いかにも実戦にて叩き上げられた剛の者という印象が否めぬ男臭い存在だのに。不思議と…軍刀よりも相性がいいらしき愛用の大太刀を外しての、部屋の主役である大きなデスクの前へと収まると、思慮深くも理知的な“軍師”の顔になる男。施設内では副官を連れずに行動することもさして珍しいことではなく、効率的、且つ、形式的にどっちでも善さげな勝手やケースに於いては…時に口うるさい小姑化する副官の小言から逃げ出してのこと、一人悠然と闊歩しておいでのお姿を多数目撃されてもおわす方だが。ちなみに、今不在だったのはそれではないらしいので念のため。よって、
「何に気を取られておった?」
「はい?」
 手づから外して差し上げた軍用の外套マントを専用のハンガーにかけ、壁に作り付けのクロゼットへ入れようか、それともしばし風を通した方がいいかしらと、少々考えての動作が微妙に停止していたうら若き副官へ、そろそろ壮年となりかかる年頃の、味のある深い声音がかけられて。
「日頃なら、ドアが開く前から立ち上がっての待ち受けておるものが。」
 今日はそれとは間合いが明らかに違ったと言いたいらしき上官殿へ、副官殿の白い顔容がああと合点へ弾けての苦笑を見せる。

 「いえね。なかなか面白い記事があったものですから。」
 「ほぉ。」

 前線に近い作戦地域ともなると、情報収集も繁雑を極め。本部からの作戦指令やその資料のみならず、現地の状況、敵の行動の情報等々を、多方向から集めての統合するという必要も出てくる。それでというのは表向き、まだまだこの作戦地域は余裕の哨戒段階にあり、退屈しのぎに現地発行の読み売りを届けるようにと指示を出していたのだが、
「記事自体は小さなものですが、随分と遠い地域の出来事ですのに、それを扱っているのが気になりまして。」
「ほほぉ?」
 それは、戦闘というよりもちょっとした小競り合いのようなもの。南軍の小さな部隊が展開していた空域へ、帰還途中だった北軍の部隊がたまたま横切ってしまったのは、大きな積乱雲に翻弄されて注意がおろそかになっていたための不可抗力で。訓練生が大半だったらしい相手側は、戦闘を交えるのをよしとせず、すんなり退却の構えを取ったらしかったのだが、北軍の側に思慮の浅いのがいたらしく、一番しんがりにいた斬戦刀を攻撃してしまった。パイロットはパラシュートで脱出したものの、その峰へ乗っていた、訓練生だろう小柄な人影にはそういう用意がなかったか、何の手掛かりもない天穹という大海の中へと呑まれての吸い込まれ、そのまま真っ逆さまに落ちやるかと思われたものが、
「落ちなかった、のか?」
「まあ、記事になってるくらいですからね。」
 上官殿の先読みへとやんわりと苦笑をし、だが、どうやって助かったのかが凄まじいんですよと、副官は我が部隊の戦果報告のように鹿爪らしい顔になる。

 「まずは、自分ともども落下中の斬戦刀を切り裂いての、
  上へ弾き飛ばした部品を足場にして跳躍し。
  それから、威嚇のためか様子見か、
  自分の乗ってた機を撃った雷電の腕を跳ね飛ばして、それも足場にして…。」
 「…おいおい。」

 いえ、そうと此処には書いてありますので。自分だってにわかには信じられなかったんですってと。水も垂れるようなとは正にこのこと、若さの華やぎ、見やる者からの視線を吸い取っての離さないと評判の、瑞々しさをたたえし麗しいお顔をほころばせた、金髪長身の副官殿、更なる解説を紡いで言うには、
「逆上して掴みかかって来た隻腕の雷電の、頭のパーツを斬って更に上がったところへと、やっと回収に戻って来た自軍の空艇に拾われて、雲を霞と逃げ去ったとあります。」
「なんと。」
「しかも、問題はまだあって。」
 同じ空域にいた北軍同志の証言によれば、その当事者、金髪小柄な…どう見ても幼年生級のまだまだ子供だったという声が多く、これはもしや、噂の“英才動員計画”を南軍がとうとう実地に移したのではないかと結んでおりますが。
「英才、か。」
 有能な子供らを集めて体力や銃器への勘などを測り、戦闘に向いた幼子をその点だけを伸ばして尖らせ特化させ、戦場で早くから叩き上げての有能な兵士に育てるというプロジェクト。倫理の点で問題も多いことから、北軍ではまだ認可されていないという話だが、それもどうだか怪しいものだ。
「まだまだ親元の庇護の下におって、失敗を重ねつつ未知に触れてゆくそんな段階であろうにの。」
 感慨深げにつぶやく御主は、だが、それが戦争だということも重々承知でおられるのだろう。それ以上の批判めいた言はなさらず、ただ、

 「そのような鬼っ子と相対したら、七郎次、お主ならどう対処する?」

 重そうな双手の指を組み合わせてデスクの上へと置いたまま、沈思黙考に入られるかと思いきや、そんなことを突然お訊きになられたものだから。おやと、何かしらそこから酌めるものもなくはなかった七郎次であったものの、

 「はっ。勘兵衛様のご指示のままに従うまででございます。」

 軍靴の踵同士を叩くように合わせて姿勢を正し、無難な言いようを返して見せる彼であり。あくまでも馴れ合わぬとした小気味のいい態度や物言いは、毅然としていて心地よく。だが、そこへと仄かに含まれるは、相手の呼吸や心の尋を、よくよく知り抜いた者同士でこそ通じ合う、以心伝心の手前、下敷きのような感触がちらり。

  ――― 安定感と、わずかな稚気と。

 そのまま視線を真っ直ぐ合わせ、同じような…そうとなったらさぞや困るが、それもまた現実ですかねと言いたげな、しょっぱそうな苦笑を交し合った主従であったりしたそうな。





            ◇



 縁を丸められた窓に嵌まっているのは分厚い強化ガラスで。特殊な仕立てだからか、曇ることもなくの外が素通しでよく見える。通路沿いの壁の出っ張りに腰掛け、濃青の空を背景に同じ形の雲峰の海が延々と続くのをぼんやりと眺めやるは、藍色の堅苦しい軍服に“着られて”いる感の強い、まだまだその四肢も寸の足らない、幼いと言っていいほどの年頃の少年であり、
 「……………。」
 特に感慨などないけれど、こんなところでじっとしているよりは向こう側にいたいなと、想う心だけでもそこに置いての沈思黙考、いやさ、忘我にひたっている彼である模様。そんな小さな存在へ、

 「…久蔵。此処にいたか。」

 かけられた声に覚えがあって、白い横顔がふっと意識の焦点を取り戻す。顔を上げれば、自分についている補佐の上級生が、尖った面差しでこちらを見下ろしている。不機嫌にも怒っている訳ではなく、素の顔がいやに鋭角なだけ。そんな彼は、だが、馴れ馴れしい態度や甘やかしというものも持ち合わせてはおらず。今も、こんなところにポツンと独りでいた後輩の候補生を案じるでもなく、
「次の訓練空域が近い。準備しておけ。」
「…承知。」
 太々しいほど言葉少なに立ち上がると、腰に提げられた二本の刀ががちゃりと音を立てる。この痩躯にはいっそ何かの罰なのかと思えるほど、バランス悪くも重く見えるが、これが彼のスタイルで。そんな膂力があるようには到底見えぬのに、鳥が総身より尋の長い翼を自在に操れるのと同じように、この少年もこの刀を2本とも、それは器用に効果的に、見事操ってしまえるところが物凄く。とはいえ、
「片方の腰に二振りはバランスも悪かろう。」
「…。」
 自分の恣意を曲げたくはないか、返事もしない後輩へ、くすんと小さく苦笑をし、

  「いっそ背中に負うか?
   身体の切れを考えれば、その方が理には適っておろう。」

 そんな一言を付け足すと。相手は足を止め、綿毛のような金髪に縁取られた白いお顔を振り向けて。
「………こしらえてもらえるか?」
「ああ。軍費でいかようにもな。」
 是と応じた兵庫へ、

 「………。」

 初めて“懇願する”という想いの籠もった眼差しを差し向ける久蔵であり。日頃の別な次元のことであるなら、ちゃんと口で言わぬかとの叱咤の一つも飛び出すところだが、

 「承知した。上へ伝えておこう。」

 ことが戦闘に関するものである以上、上層部だって無視はすまい。ましてや、あの…訓練中に敵軍の雷電1機を再起不能にしたあげく、奇跡の生還を成したことで話題となった、英才部隊候補生のおねだりだ。
「…。」
 聞き入れられても特に感謝のお顔になるでなし、そのまま真っ直ぐ前を向いて歩みを進める小さな小さな後輩の、何とも薄い背や小さな肩をすぐ傍らに見下ろして、
“…。”
 何も軍の方針へ物申すつもりはないのだが、それにつけてもこうまで小さな存在をかつぎ出すのは如何かと時に思う。彼は滅多に自分のことを語らぬし、いやさ、何についても寡黙で無口で。だから他所から訊いた話によれば、この子はこの部隊へと召喚されるほんの直前まで、とんでもない重傷を負って、軍の総合病院に入院していたという話で。訓練生や候補生ばかりが集められていた基地へ、不時着しての収監された北軍の捕虜兵が振るった蛮刀に胸を割られ、一カ月近くも生死の境をさまよったというから凄まじく。だってのに、刀や戦闘訓練、飛行訓練を一切怖がらぬ胆力を買われての英才登用。入院中に何か人工的なもの、頭か体へ追加されたんじゃないかなんて噂まである、実は特別候補生。何とも痛々しい遍歴へ、同情するほどお偉い自分ではないけれど、そんなにも自分たちや大人たちは頼りにならぬものなのかと、時折、苦々しいものを感じる兵庫であり。

 「?」
 「…いや、何でもない。」

 むっつりと沈黙に沈むこちらの気配を感じ取ったか、見上げて来た白いお顔へかぶりを振って。
「空中戦の妙手と言えば、北軍に秀でた者がおる。」
 少々無理矢理だったが、話題を変える。相当長きにわたっての勇名を馳せておる男で、もうかなりの地位にまで上がっておろうに、いまだに前線へと飛び出してくるカミカゼ司令官でもあるらしゅうての。愛機としている斬艦刀の操縦者との呼吸がよほどに合うものか、特に“八叟飛び”を極めた戦いぶりは、出陣のたびにその一部始終が話題に取り沙汰されるほどというから物凄い。

 「八叟飛び…?」

 かくりと小首を傾げる小さな後輩へ、うむと頷き、
「先だってお前がやって見せたのと似たような身体捌きをもって、空を軽々と舞うような戦い方のことよ。」
 高い高い天穹の上にて、風の抵抗も凍えも物ともせず、斬艦刀の峰や雷電の機体などを足場に縦横無尽の自由自在に飛び回り、敵を切り刻んで潰走に追い込むのだと。誰の支配も受けぬままに身を躍らせて、空域を制覇するのだと告げてやると、


  「一手、仕合うてもらいたい。」


 まだまだ幼い顔容の、赤い双眸のその奥に宿りしは、後にして思えば“武火”というものだったのか。それぞれのいる場所はまだ遥かに遠かったけれど、その存在を知っての興味が起きたは間違いなくて。さて、この宿縁、いかに綯われて繋がるものやら…。





  〜Fine〜  07.7.10.


  *いやはや、大戦時代ものは初めて書きましたが、Hさん見てる?
   拍手お礼用に書いたのに、微妙に長くなってしまいまして。
   ああでも、
   軍独特の絶対年功序列とか階級制度とかが今一つ馴染みがないので、
   どんな葛藤や理不尽が生じるものかという想像が追いつきません。
   これだからお気楽世代は…。
(苦笑)

めるふぉvv めるふぉ 置きましたvv **

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