紅胡蝶花蜜戯 (お侍 習作67)
      〜悋気狭量 その4…?(シリーズ化か?)

       お侍extra  千紫万紅 柳緑花紅より
 


気難しいというのではなく、我儘…というのとも違っての。
要は自身への“単純素直”が過ぎてのこと。
寡黙無言の淡々として見せつつ、
時折 瑣末なことから臍を曲げる連れ合いで。
いやいや、当人にしてみれば、
全くの全然“瑣末なこと”ではないと。
様々な葛藤から、胸 重く 押し塞がれての末、
要因殿へと咬みつく気さえ起きなくなっての、
深い傷心へと至っている場合だってあるらしく。
幼子のように未知ゆえの無頓着なところもあれば、
やはり幼子のように、無垢ゆえの繊細初心な心だても持ち合わす。
何とも難儀な存在を情人としてしまったことを、
だが“厄介とまで思った試しがないのも事実よの”と。
顎にたくわえた髭を、不精をしての懐ろ手で撫でつつも、
擽ったげな苦笑が絶えぬ、蓬髪の壮年殿で。

  ――― そして…今宵も

賊をからげた“一仕事”の後、
長老たちからの賛辞や礼言、お辞儀と合掌をさんざ浴び。
先に戻った彼からずんと遅れての宵の中、
やっと解放されたと逗留先の寮へと上がってみれば。

 「…。」

縁側障子へそっぽを向いた相方の、
細い背中が“待ちくたびれた”と、
無言の抗議で待ち受ける。




  ◇  ◇  ◇



賊を仕留めるまでが契約で、
堅苦しい挨拶を四角く座って聞く我慢まで強いられる義理はないと。
早い話、窮屈な上に興味もない応酬に居合わせるのが面倒だからと、
依頼した者らからの感謝の言葉、応対するのは壮年へ押しつけて、
とっとと寮へ戻ってた我儘者のくせに。

「…。」

既に陽は落ち、屋内は仄暗く。
板の間には火を落とした囲炉裏の、
手ずれした縁の艶が照り光っての線となって浮かび。
煌月の光に染まっての、行灯のように白い障子戸を背景に、
真っ直ぐ座した久蔵の、ほっそりとした肢体が、
その輪郭を鮮明に浮かび上がらせていて。

「…。」

自分を独り 待たせたと、細い肩さえ尖らせて。
母屋で引き留められていた勘兵衛を待つうち、
無音静寂の中、どんどん機嫌が傾しいでいったらしくって。

 “そのくせ、始終 添うておるのは嫌がるくせにの。”

山野辺、緑の多い土地に着けば、
まずはとの気儘に独り、
軽やかに梢を渡り、風になって翔るのが常の彼であり。
そんな散策にひょいと出向いての姿を消すも多いこと、
そして…その間は勘兵衛を待たせているのだということ。
すっかりしっかり棚に上げ、

「…。」

彼ほどの剛の者、ぷいと横を向かせる稚い悋気が、
実を言うと…何とも愛しい勘兵衛でもあり。
これもまた惚れた弱みの“あばたもエクボ”というものか。

  ―― 怒っておるのか?
      知らぬ。
      自分のことであろうに。
      怒ってなぞおらぬ。

すぐ傍らへと片膝を落としての身を寄せて、
冷たく冴えた横顔を間近から眺めれば。
視線が合うのは決まりが悪いか、
逆のほうへとそっぽを向くが。
そのくせ…熱は欲しいのか、
その身まで、その肩までが逃げることはなく。

 “…何とも。”

怒って拗ねてと膨れていても、
白い頬には少しも愚かしさや醜さを滲ませず。
情の綾を秘めることで、玲瓏なばかりだった容貌に彩がつき、
なお臈たけて冴えたる風貌の麗しさが、
それを我が物と眺めやる壮年殿へ、
思わず知らずの甘い吐息をつかせるほど。
それでも、
切なく引き寄った眉間や口許の痛々しさは気になったから。

 ―― その貌、どうすれば綻ぶものかの、と。

策も浮かばぬ無粋な身を認め、さてもと直に訊いてみれば、

 「………。」

つと顎を上げた当人も、そう来られるとは思わなんだか。
考えるように眸をゆらゆらと揺らしてののち、
掠れた声が そぉと呟いたのが………


  「    」





  ◇  ◇  ◇



 ―― だって。

肩も背中も、頬も髪も。
指先も爪先も、喉の奥も、胸の底までも。
勘兵衛だけへと恋しさが募っての、
寒くて寒くてしようがなかったから。
いつからこんな身になったのか、独りでいるのが居たたまれない。
いやさ、勘兵衛がいないのが…居るのに居ないのが落ち着けない。

「…。」

居てほしい時に傍らにいないのがイヤ。
自分ではない他の誰ぞに視線が向いているのがイヤ。
男臭い横顔を、こっそりと物欲しげに見遣る自分がイヤ。

 “…俺のものであるはずなのに。”

勘兵衛もまた、自分で常から言っていることなのにと。
それなのにと思うと口惜しいし、寂しい。
そんな幼子のような駄々をこねる自分が滑稽で、哀しい。

  ――― だから、言ってみただけ。

  「…くちを。」
  「口を?」

先が続かなかったのは、あまりに馬鹿げていると気がついて。
そんな自分の愚かしさに、
ますますのこと居たたまれなくなったから。

  ――― だのに。

  「承知。」
  「………え?」

不意に肩を横合いへと引かれて、
倒れ込んだは相手のお膝で。
咄嗟ながら板張りの床へと手をつき、身を支え、
いきなり何事かと顔を上げれば。
褪めた白衣が障子越し、
朧な月光に幽玄にも照らされて淡く。
こちらを見下ろす壮年殿の、
背中へ回されていた大振りの手で、ぐいと強引に、
身が浮くほど引っ張り上げられて。

 “え…?”

ちょうど相手の膝の上、懐ろの中にて、
仔猫でもあやすような見事な手際で、
この身が反転させられている。

 「な…。」

コツがあるものか、全くの全然 痛くはなかったが。
人を物扱いして、力任せに何をしやるかと詰問しかけた、
久蔵の表情が…つと止まる。

  ―― ん?、と。

向こうからこそ訊くような眼差しを、
稚気の滲んだ瞬きを落とされて。
その視線の温かさへと否も応もなく飲み込まれ、
片意地張ってた棘々しさがゆるやかに絆
(ほだ)されたから。

 ―― よしか?
     …ん。

何が“よしか?”で、何へ“ん”なのか、
実は…あんまり深くは考えなかった久蔵で。

 ―― だってもう温かだったから。

ゆるやかにうねる、勘兵衛の豊かな蓬髪が、
覆いかぶさっての少し俯いていることで、
こちらの頬へもこぼれてくるのが擽ったい。
間近になった昏い鳶色の眸は、
刀を手にしたときの猛々しい鋭さを、今は静めての穏やかに和み。
侍という獣の非情な酷薄さは隠せても、
その雄々しき精悍さは秘すこと能わず匂い立つ。
こんな間近で自分だけ、
求めに応じての恣意なく見つめてくれる勘兵衛だから。
もういいやと思った。
足りなかったの、満たされたと思った。

 ―― だから。

意志を飲んでの日頃はきりりと
凛々しく引き結ばれていることの多かりし口許へ、
ちょっぴり滲んでいた笑みの意味が久蔵にも判ったのは、
たいそう遅れてのことであり。

  “…え?”

その膝の上で、
肩を背中を抱かれたままの久蔵へ、
そろり、降りて来た精悍なお顔。
頬と頬とが触れるまでの間近になっても、
そのゆるやかな接近が止まらないことへ、

 “え? え?”

何が起きているものか、把握出来ずにいる久蔵へ、

 「…眸くらい閉じぬか。」

こちらの紅眸と視線を合わせたままに、
微かな含み笑いに低まっての甘さを増した。
勘兵衛からの軽い叱咤の声がして。
自分だって、
深色の睫毛を軽く伏せがちにしているだけの彼だというに。
そんな眼差しの甘やかさに宥められたか、
大きく瞠っていた久蔵の瞼が、ゆるり萎えての降りかかる。
その先で、まだ降り切らぬこちらの睫毛の先を追うように、

  唇に、そぉと、触れたものがあって。

乾いて、だけど、柔らかな感触。
こちらも柔らかなところだから、たとえ強く触れてもあやふやで。
だから不安で、一度では足らず、
何度も何度も、確かめるよう続けて重ねてしまうのだと。
実践で知ったのはそう遠いことではないもの。

 “…島田?”

今は、軽く触れただけで名残りなくも離れたそれを。
あ…っと。
取り残された心細さに震え、こちらの唇が後追いしかかれば。

  続いて、そぉと、今度は食むように重ねられ。

上の唇と下の唇と、
順に軽く、唇の先で挟むよう、ついばんでの弄
(い)ろうてくれて。
ああ、言ってもないのに意が届いたのだと気づいたのは、
少ぉし角度がついての、楔同士が合わさるように、
唇の曲線ごとを隙間なく押し伏せられてから。

  “…ん。/////////”

緩くきつく、軽やかに密に、
そぉと唇が重なるたび、他のところも触れては満たされる。
間近になる吐息。
肩を抱き寄せられ、総身がくるまれる温みと匂い。
幾度も繰り返される接吻という構いつけへ、
最初はなし崩しにじゃらして誤魔化すかと、
子供扱いはごめんだと感じてムッともしたものの。

  ――― 大切に抱き寄せての柔らかな抱擁が、
      あまりにあまりに大仰だったので。

何かしら、稚気あふれる遊びみたいだと、
くすりと微笑って見上げれば。
退いたお顔が上から覗いてのやはり、
小さく微笑っていたけれど。

  “ん。/////////”

じゃらすように、撫でるように。
時折額と額をくっつけてはくすすと笑い合ったりもし…という、
無言のままのくちづけの繰り返しはいつしか。
その温みが、久蔵の中の何かを育てて。
やがてはその何か、勘兵衛の恣意にて、焦らされつつあるのが判る。

  「あ…。////////」

身体の芯へ、ほわり灯ったは甘く滲んで柔らかな燈火。
拗ねていた頬をほどき、照れから明後日を向いていた視線を宥め。
頑なだったところをゆるゆると蕩かせて、
切なくも甘い花蜜が胸の奥からほとびる今、
その甘さに酔いしれてか、白皙の頬が血を増しての熱いほど。


  ―― よしか?
     …ん。

何が“よしか?”で、何へ“ん”なのか、
やはり…あんまり深くは考えなかった久蔵で。

 ―― だってもう、
     何をも割り込ませるつもりのない二人だから。

深紅の衣紋の長々とした裳裾、それは器用にも丁寧に捌き上げ。
背中とそれから、膝裏へ、
いつの間にやらすべり込んでいた腕に、
熱をおびたる痩躯、ひょいと軽々抱えられ。
雄々しい懐ろに、されるがまま身を寄せての、
間近になった精悍なお顔の頬へ、
甘えるように白い手を添えれば。
意を察しての相槌代わり、
獰猛な獣からの無言の慈しみ、
愛しい愛しいという、
ゆるやかな頬擦りの手ごたえが返って来るのへと。

  ――― こちらからのご褒美、
       身を起こし、温かな唇をついばみ返せば。

おっ、と。
意外そうに瞬く深色の双眸、艶に笑って見上げ返して。
煌月の眼差しも忍んでは来れぬ閨の中、
ささ、早よう逃げ込まんとの睦意をかけるは、
紅の双眸、胡蝶の誘い……。






  〜Fine〜  07.7.22.


  *何とも切ない『時をかける少女』のクライマックスを観ながら、
   下書きをグリグリしたという、
   とんでもない罰当たりな代物でございます。
(苦笑)
   その後、引き続いて『ラブ☆コン』も観ました。
   やはり切ない展開でしたのに、
   手元のメモでは…こ〜んなふやけたやりとりを綴っておりました。
   思春期の純真な少年少女たちに謝れ、自分。
(う〜ん)


めるふぉvv
めるふぉ 置きましたvv

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