神無村へと招聘されたお侍様方の中、先の大戦を体験なさった方々は全員が“空挺部隊”所属であり。工兵だったヘイハチ殿以外の四人は、斬艦刀乗りとして天穹の戦さ場に赴いたクチ。殊に、斬艦刀という“戦闘機”の制御は操縦者に任せ、その峰、つまりは装甲の上へ仁王立ちして出撃した“戦闘員”だったのが、カンベエ殿とキュウゾウ殿であり、
「ゴロさんは操縦担当の方だったんですか?」
「なに、中途からそちらへの転向を余儀なくされての。」
操縦者は局所における作戦展開とはまた別な、例えば方面指令という上からの指示を受けたりもせねばならぬので、よほどに飛び抜けた身ごなしを得手とする場合を除き、そうと運ぶのが現場のセオリー。終戦間際に至っては、司令部所属になっておられたとか。それから十年後の現今に至っても、ああまで身体が動き、勘も鈍ってはない御仁なので、寄る年波が関与してのことではなく、単なる年功序列による異動であろうと思われ。
「…といいますか。」
同じ世代のカンベエ殿が、終戦ギリギリまで前線で血刀提げて駆け回ってらした“現役”だったことの方こそが、例外中の例外でありましょうよと。いかに型破りな“カミカゼ司令官”であったのかをあらためてのつくづくと感嘆されたのは…今話の主旨ではないからおくとして。(苦笑)
「さすがは“天穹の覇者”と呼ばれた御身ですよね。
キュウゾウ殿が風に身を撒いてその姿を消してしまわれると、
私たちではもはや、後を追えませんものね。」
気難しいというよりも、人付き合いの蓄積がないので。話しかけられるのはともかく、お伺いを立てられ、それへの説明を紡ぐというやりとりを長々と展開させるのが“面倒ごと”だと思えるらしい傾向(フシ)の強い御仁。そんなして他人に意を伝えての任せるより、いっそ自分がこなした方が早いと思うお人なようなので、話が長くなりそうだなと感じると、話半ばでも構わずに、そのままその場から立ち去ってしまわれる。何しろあの若さで妙に威容のある存在なその上、整い過ぎて氷のように冷ややかな印象が強いお顔をしてなさるので。それを凍らせたまんま、にべなく立ち去ってしまわれるキュウゾウであるのへと、
『こっちの意向など気にせず、好きにせよということだと思いますよ?』
話の要領が悪いとか、そんなことくらいで煩わせるなとか、そういう方向でムッとして怒ってしまわれた訳じゃないので気になさらずにと。場から ふいっと去ってしまわれる双刀使い殿の素っ気なさへと不安を感じた方々から相談を持ちかけられるたび、苦笑混じりに執り成すのがシチロージだ…というところまでが一通りの段取りになっているほど。確かに、あの身軽さは立派な特性でもあって、
「そうそう。姿を見失った時点でもう、諦めてしまう他はない。」
村人たちよりは慣れもあってのこと、その動作を目で追えたとしても。頭上のそのまた上という高い梢に身をおいてしまわれると、我々でも後を追うのは不可能だとお仲間の侍たちまでがそんな言いようをする中で、
「シチさんにだけは、こちらから呼べば向こうからも応じてくれるようですからね。」
それでついつい、村人たちも頼ってしまうのでしょうよと。作業の進捗の報告や申し送りにと詰め所へ来合わせていたヘイハチやゴロベエが、微笑ましいことよと笑って見せれば、
「いやいや、そうも買いかぶられては困ります。」
苦笑をしつつかぶりを振ったは、金髪長身のおっ母様。何でこんな話題になっているかと言えば、今日もまた、何かしら話途中で姿を消してしまったキュウゾウだったらしくって。ついつい怖がってのこと、逃げ腰になり、とろとろと要領悪くお話ししたので怒ってしまわれたのではなかろうか、腹に据えかねて村から出て行かれたのではあるまいかと、責任を感じてか随分と案じていた村人に、いつもの伝で“気にしなさんな”と宥めての送り出したばかりだったから。
「アタシが呼んだって寄って来てくれない時もありますから。」
「ほほぉ?」
「それはまた いかなる場合かの?」
差し支えがなければとゴロベエが訊いたのへ、そうですねぇと思い出そうというお顔になると、
「例えば、そう。朝から咳をしていたからと煎じ薬を飲ませようとした時とか。叱られる予想のあるよな悪戯をした後とか。」
そういう時はいくら名を呼んでも反応はありませんから、此処で待つしかありませんと。ちょっぴり眉を下げての苦笑混じり、困ったことですと言ってのけたシチロージだったけれど。
「…なんかお母さんと腕白小僧みたいですね。」
何となく予想はしてましたがと、工兵さんが苦笑をすれば、
「ううむ、むべなるかな。」
さもありなんとゴロベエ殿もまたくすぐったげに笑って見せつつ、
“シチさんから叱られるだろうという予想のあるよな悪戯って…。”
コマチ坊辺りの小さな子供が思いつくよな罪のない悪戯だとか、ちょいと大人げないキクチヨ辺りが、何かしらの意趣返しにと他愛ないことを仕掛ける…というのなら、まだ何とか想像もつくのだが。あの鉄面皮が一体どんなことをするのだろうかと、まずはそこからして想像がつかなくて。
“髪を束ねて結っておいでのあの元結を、隙をついて引きほどく悪戯の話は聞いたこともありますが。”
“そのくらいのことで、叱られるのを恐れて寄って来なくなる…とも思えぬし。”
もう少しほど突っ込んで訊いてみたもんだろかどうしようか。ちょっとだけ好奇心が疼いてしまった、造成班の責任者お二人だったりしたそうでございます。(苦笑)
◇
そんなお話をしたのが昨日の昼下がりのこと。まさかにその翌日という間合いで、そのキュウゾウを捜すこととなろうとはと、苦笑混じりに村外れの小道を歩むシチロージであったりし。
“本当に買いかぶりもいいところなんですよねぇ。”
確かに、あの人慣れしていないお人から、希有(けう)なことにも好かれているとか懐かれているのかもと、少しくらいは思わないでもない。でもそれは、同時に…思い込むにはあまりに自惚れが過ぎることだとも思えてならないシチロージであるらしく。
“だって…ねぇ。”
カンベエ様が見初めた練達の士。人の才を見抜くことにかけては神の域にあるような御主が、初見の場で何合か切り結んだだけでその腕と資質を認めたというほどの、そんな格の違うお人が、自分なんかへ心を許して下さるなんて、ただ思うだけでも畏れ多すぎる。それに、
“由縁というか、経緯(いきさつ)もありますしねぇ。”
丁度ここいらじゃあなかったかと、思い出しての何とも言い難い失笑が洩れてしまうおっ母様。あれはこの村へと来て間もなくのこと、やっぱり村人とのやり取りの途中で、話半分、立ち去ろうと仕掛かっていた彼を見かけて、
『こらこら、キュウゾウ殿。』
ただでさえ臆病なお人が勇気を振り絞って話しかけたってのに、そんな素振りはないでしょうよと。ついのこととて諭すような声を掛けたシチロージへ、知ったことかと言いたげな一瞥だけを、ちらり肩越しに寄越すと。ふいっとそっぽを向いたそのまま軽々と、頭上の中空の高みへ枝を張っていた梢まで、ひょいっと飛び上がっての駆け去ろうとした彼だったので、
『あっ、お待ちなさいっ!』
話はまだ終わってませんと言いながら、何をムキになったやら、気がつけば自分もまた同じ高みへ身を躍らせていた。これでも昔は、槍を得物になかなかの暴れっぷりをしていたシチロージであり、剣戟轟く戦さ場で、御主カンベエ様の露払い、血路を開くのが使命という身だっただけのことはあり。一般人に比べれば格段に、身が軽いことは軽かったのでと、逃がしゃあしませんとばかり、今から思えば無謀にもキュウゾウの後追いを始めてしまったのである。キュウゾウほどの痩躯ではないけれど、ならば しっかりした枝を足場に選べばいいだけのこと、
“何となれば、腕へ仕込みのワイヤーも使えばいいと。”
だから大丈夫だろうと踏んでいた。事実、見失うこともないままの順調に、しばらくは余裕で赤い背中を追えてもいたのだが、
『…おっと。』
勝手を知り尽くした蛍屋のお座敷で、酒で前後を見失った酔客をいなしたのとはさすがに訳が違う。まるで平坦な道をゆくかのように、風をまとってのそりゃあ素早く去ってゆく細い背中は、油断すればあっと言う間に見失いそうだし。かと言って、同じ枝を選んで踏んでの追尾では、互いの体格差を考えると危ないことこの上ないからと、どうしても足場を選ぶ間合いが挟まってしまい。ほんの瞬視の分だとて、重なればどんどんと差が開いてしまうのは自明の理。声も届かぬだろうほど引き離された、その辺りで諦めればよかったのだが、
『…逃げ得という訳には行かせない。』
見栄え風貌の嫋やかさを裏切って、妙なところで負けん気が強い槍使い殿だったのとそれから。カンベエ様が進めていなさるこの一大計画に不可欠なのが、参加する者らの一致団結、その呼吸と信念を密にして洩らさぬ強固な和合でもあったので。規律だ何だと持ち出しての、きつく縛るつもりはないけれど。あまりな勝手もまた看過出来ませんという気合いもあってのこと。意地になっての追い続けたその足元が、
『…わっ!』
とうとう足場を踏み外しかかる。横への移動をするうちは気づかなかったが、気がつけば ずんと高みまで登っていたらしく。紫の羽織をばさりとはためかせの、結構な高さから落ちかけたそこへ、
『………この、強情者が。』
危なっかしいのを見かねての根負けしてか。いつの間にやら間際まで、戻って来てくれていたキュウゾウその人が。落ちかかったシチロージの胸元へ、素早く腕を回してのがっしと支え、落下を防いで下さった。…のにも関わらず、
“こっちからこそ捕まえた…って。そうと言って聞かなかった、大人げのなさを発揮してましたっけね。”
逃がしませんよと、こちらからもぎゅうと抱きしめたところ、何を言っているのか咄嗟に把握できなんだものか。あの赤い眸をきょとりと見開いて、しばらくほどは身動きもなさらなかった かあいらしいお人。そんなことがあったせいで、
“あんな前例があって、またぞろ執拗に追われては堪らないって思ってのこと。
アタシが追うのへは、
逃げないで出て来て下さるようになった…ってだけなんじゃないのかな。”
そうとしか思えないのだがと、楽しそうに微笑ったおっ母様だったけれど。………はてさて、それはどうでしょかねぇ?(苦笑) そうこうと思い出してたそんなシチロージの頭上にて、風もないのに“かささっ”と木葉擦れの音がして。あれれぇ?と見上げれば、
「…あ、そんなところにいましたねっ。」
まだ色づかぬ梢の緑を背景に、結構な高みに見慣れた真っ赤な痩躯が立っていて、こちらを無言で見下ろしている。いつもならそのまま降りて来ように、今日は疚しい自覚があるものか、そのまま立ちん坊をしている彼であり。しばしの睨めっこのあと、後背へ逃げようとしてか、体の重心を背後へと移しかかった気配を察して、
「何で逃げますか。ここで大声で言ってもいいのですよ?」
脅すようで狡いかなとも思ったが、こうして追っているだけの事情あってのこと。簡単に引く訳にも行かないと、そこは強気のおっ母様であり。それへと、
「…っ。」
相変わらずの寡黙さなれど、馴れのあるシチロージには判りやすくも“うっ”と。絵に描いたような反応で、双刀使いの練達がたじろいだのが見て取れて。公言されては困るからか…それとも。大好きなおっ母様にこれ以上“悪い子だ”と思われたくはなかったか。真っ赤な衣紋をばっさと翻して降りて来の、しおしおと項垂れつつ歩み寄って来た彼へ、
「ほら。半分でいいですから。」
分厚いヤツデの葉に挟むようにして懐ろに入れていたものを差し出せば、渋々と受け取って広げてみ。う〜んと渋りつつも“えいっ”と中身を口に入れた彼であり、
「〜〜〜っ。」
「はい、お水です。」
すかさず竹筒を差し出す手際も素晴らしいおっ母様、ついでにと細い背中へ腕を回し、懐ろへ引き寄せてやると、
「そんなにお嫌いですか? でも、体にいいものですし、お腹を壊さぬようにという薬だと思って食べた方がいいんですよ?」
この神無村だと外へ買いに出ねばそうそう用意は出来ないだろうもの。それを出して下さったのですから、ありがたいと思わねばと。暖かな白い手で“よしよし”と背中を撫でての言い諭せば、
「…。」
悄然とした様子は隠し切れてはないものの、こっくりと素直に頷いた、おっ母様には“いい子”でいたい次男坊。
――― それにしても、逃げるほどとは思いませなんだ。
そんなにお嫌いでしたか? 梅干し。
え? 酸っぱいものは全部苦手ですって?
あらあら、じゃあ夏場なんか、酢の物が出るでしょうに…。
ああ、はいはい判りました。そんなにかぶりを振らずとも。
傷んでいたがために酸っぱかったものでも食べて、それでお腹を壊したトラウマでもあるのかなと。戦時中の、殊に物資不足が常だった前線では珍しいことでもなかった、そんな少々下世話なことを思いつつ。酸っぱかったの忘れたいのか、抱き込まれたのを幸いに、こちらの懐ろ胸板へしきりと頬擦りをする次男坊へ。無理強いをしたのだからと気が済むまで甘えさせるところが、
“教育(しつけ)上、いけないのではなかろうか…とは、思わないらしいの。”
関わり方自体が大甘なおっ母様では、酸っぱいものへ馴染むのも当分は無理だろうと。そんな構図へ苦笑が絶えない、通りすがりの惣領様であらしゃって。今日もまた、神無村は平和なまんまである様子でございます。
〜どさくさ・どっとはらい〜 07.7.24.〜7.28.
*あああ、ぎりぎりで 5000字を越してしまいました。
拍手お礼に回そうと思っていたのに〜〜〜。(う〜ん)
*という訳で、
ウチの双刀使い殿は、
お酒とそれから、酸っぱいものが苦手…にしてみました。
ますます“お子様味覚”ですが、(苦笑)
甘いものが鬼門なおっさまとは丁度いいバランスなのかも知れません。
“何でこうまで酸っぱくする必要があるのだ”
“だからご飯と一緒に食べるんじゃありませぬか”と、
母上から、食べられるようになるよう躾けられればいいです。
それ以外へは好き嫌いもありませんで。
塩辛だけどんぶり一杯とかはさすがに食べられませんが、
三食お粥続きとか、
四日連続してシチューなんていう粗食(?)でも平気です。
めるふぉvv **

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