魔森妖刀剣戟獄 (お侍 習作70)

       〜 お侍extra  千紫万紅 柳緑花紅より
 


          




 闇に紛れて音もなく、天穹を泳ぎ急ぐは和紙を千切ったような雲の群れ。斑
(まだら)な切れ目から顔を覗かした月がようやっと地上を照らし、此処が何処かを暴き出したものの。そこにはまるで生気がなく、無明の闇も同じの森閑とした虚空の処。この時期ならば、陽が落ちれば草間に響く虫の声くらいはしそうなものが。時さえ止まっているかのように しんと静まり返り、ただただ濃密な夜陰ばかりが垂れ込めている。見渡した周囲には何もない野辺の只中に、かつては栄華を極めた権門が別荘にでもしていたものか、構えや規模こそ大きいものの、今はいかにも寂れてのぼろぼろに荒れ果てた、人なぞ寄らぬだろう廃屋があって。此処がここまで人里離れているのは、風流な貴族様が町の喧噪を離れて静かに過ごしたかったからか…それとも。良からぬ輩の良からぬ所業に襲われて、絹を裂くよな悲鳴を上げたとて。狐狸しかおらぬようなこんな野辺では、誰も助けになぞ来ちゃあくれなかったろうから。そんな利をこそ買っての、後ろ暗い処であったのかも知れぬ。

 「ああ。そうかも知れぬな。」
 「いつの世にも悪い奴ァいるもんだよの。」

 荒れるに任せた庭先では、名も知れぬ雑草が我が物顔で威勢を伸ばし、名のあったろう珍しい草木の株や可憐な花々、粋や数寄を凝らした配置だったのだろう庭石や、もとは純白だったに違いない玉砂利を無残に飲み込んでの侵食を極めており。廻り回廊や渡殿も、座敷や廂
(ひさし)のある広間もその別なくに、根太も腐ってのあちこち傾いたその奥向きには、だが、何十年振りにか訪のうた人影がある様子。

 「…。」

 無口な人影を照らすは、皓月の蒼い光。天井板のどこやらにか空いた、これも荒廃侵食のなした隙間からこぼれ落ちて来ているそれであるらしく。暗く煤けた処ゆえ、煌月の光は目映いほどに弾けて、その者の輪郭を夜陰の中に冴え冴えと浮かび上がらせており。とはいえ…冷ややかな月光が生気を吸ってしもうたか。青じんでの褪めた色合いに濡れた誰かしら、ただただじっとそこにいる態は、冷たいばかりで命のない、石や玉
(ぎょく)から人の姿を刻み出したる塑像のようにも見えなくはない。心ない者が焼いたか、壁の一角がごそり失われているそこからも、月光は斜めに差し入っており。それに晒され、荒れ果てて戸外も同然な板の間へ、悄然と座り込んでいるその人影は、よほどに心細いのか、ほっそりとした肩をなお落としており、双手はちょこりと膝の上。こんなところにただ独り、供もないままに居るというに、身動き一つも見せぬは不審であったれど、よくよく見ればそれもその筈、やはりか細いその腕の手首を1つにまとめての幾重にも、捕り方が捕縛に使う、細くて丈夫な細引きという綱で堅く括られているその上に。心細いのだろう力なく俯いた細おもてのそのお顔の目元、やはり幾重にも白い布を巡らせて、痛々しくも塞がれているのが何とも異様。何かしらの悪行の罰なのか、いやいやそれにしては罰した存在の見張りもない。虫の声さえ寄らぬほどの人気のないところへ、ぽつねんと置き去られていると言った方が正しいような様子であったし。しかもしかもそのお人、よくよく見れば…これが何とも麗しき存在で。美しいものを譬えて“花のような”と言うけれど、その姿はまさに、華麗でありながらも可憐で心許ない一輪の花のよう。月蛾の姫に嫉妬され、怪しくも冷たい輝きに呪われて、その身の温みを吸われたか。それとも…あまりの心細さからの慄きが、瑞々しい頬や唇から血の気を総て奪ったか。すべらかな頬や峰の通った鼻梁、小さな顎に細い指先に至るまで。見えておる肌は、その身へまといし純白の衣紋にも負けず、どこもかしこも雪のように清楚に真白。しかも飛びっきり端正な造作なのが、面差しの印象を決める目元を大きく隠されていてもありありと判る。小さな肩から細い背中までをゆったりと覆っての先の方にて束ねられ、無地の小袖に唯一の彩りをおく漆黒の長髪は。よほど手入れがいいものか、月が陰ってもその光沢の絶えぬほどつややかで。娘のかすかな動きをいちいち伝え、月光に妖しく濡れてのあでやかなこと、この上もなかったが。とはいえ、まだまだ年若い娘御であるか、蠱惑妖幻の香よりも痛々しさの方が勝(まさ)っており。気落ちをしての悄然と、儚いまでに小さな野花のようにも映るほど、力なく落とされた細い肩が、ふと、

 「…っ。」

 何かの気配を感じてか、ふるると震えた。小さな顎が少しばかり上がって、見えぬよう蓋された眸を、無駄なことながらそれでもあちこちへと忙しなくも向けさせる。視覚を蓋されていることで、他の感覚が冴えているものか、特に際立った物音がした訳でもなかったが、神聖なほどの静けさを満たしていたこの空間を乱した何物かは確かに居て。
「…。」
 薄く開かれた口許からは、だが、あまりの怖さに声も出ぬか。ただただ怯えたようにしきりと周囲を気にする娘御の、細い肩を、無理からそこに居れとされての揃えられたる華奢な膝を、何物かが放つ威圧が容赦なく震わせる。手元へは戒めを嵌め、目隠しまでされてはいるが、その華奢な身までをば縛られてはおらず。だというに、立ち上がっての逃げ出しもせず、ただただひたすら狼狽するばかりという様からは、この娘、さては何物かへの無残な生贄かと思われて。親や長老から重々言い含められてでもいるものか、しおしおと納得しはしたが。やはり怖やと総身が震え、声さえ凍り、血が泡立っての恐慌状態にあるものと思われる。そこへ、

  「やや。こんなところに麗しい姫がござる。」
  「これは一体どうしたことかの。」

 庭へと向かい、ぱっくりと開いておったる壁の裂け目から、何とも無造作に中をと覗き込み、そんな無遠慮な声を掛けて来たのは、妙ににやにやと笑って口許をだらしなくも緩ませた男らで。ここいらの農家の者にしては、慎みとか謙虚とかいう大人しやかな気配がまるでなく。痛々しいほど無残でありながら、されどそれが神聖さを孕んでいもした場の空気を、それはあっさりと下卑た下心とやらで塗り潰す彼らの登場。それを肌で感じてか、少しばかり腰を浮かせての膝立ちとなり、

 「…。」

 警戒しつつも後ろへとじさった虜囚の娘。双手を塞がれ、しかも束ねられていては安定が悪かろうに、よろめくこともなく背後の壁まで、後ずさってのようよう辿り着いたものの、

  「残念だったな。そこに隠した刀は、あんたに慣れた得物じゃあない。」
  「…っ。」

 自信にあふれた物言いをした、いやに骨太な声へ、尻馬に乗るかの如く、周囲からの嘲笑が沸き上がってのまといつく。それを浴びたる黒髪の娘御、
「…。」
 やはり声は発せぬまま。表情の分かりにくい目元の帯をば、重なり合った両の手の先で摘まむようにして引き降ろせば。そこに現れたは…切れ長の鋭い双眸。妖しの紅を滲ませた、玻璃玉のような真っ赤な眸は、だが、現れてもなお、その表情を読ませずの凍らせた印象を拭い去らず。敢えて言えば、ますますのこと、その見映えから温みを奪っての、人ならぬ身であることを強めさえしていたのだが、
「たった一人で、何が出来るのかな。」
 一味の頭目なのだろう、先程から滔々とまくし立てている声の主。鍛え上げてのがっしりした体躯を、動きやすい衣紋の端々から覗かせている、脂の乗り切った壮年の男が、いかつい面差しをくすんとほころばせると、

 「なあ。褐白金紅の賞金稼ぎのお兄さんよ。」

 そうと付け足し、そんな恰好をしていても無駄、正体は既に知っているのさと嘯けば。周囲からの嘲笑はますます高まる。
「なかなかに別嬪さんじゃねぇか。」
「ほんにほんに。男二人と聞いていたが、実は相方は女御であったとは。」
「いやさ、蔭間上がりの美貌の君かも知れん。」
「そうそう。何でも、先の大戦に参与しておった“侍崩れ”という話だからの。」
「衆道を嗜んでおっても不思議はないわな。」
「その細腰と美貌で、どれほどの殿御や将校らを泣かせおったのかの。」
 囃し立てるように下衆な嘲弄を飛ばす男らであり、自分たちの方が完全に有利と踏んでの、これも余裕か、その居場所を隠すような素振りをする者はもはや一人もいない。その気配を撫でただけでも、あちこち崩れ掛けていた廃墟の中、結構な数が潜んでいたと見えて。観客側には壁のない、芝居の書き割りを思わせるよな崩れかけの広間の壁際、

 「…。」

 相手の方が地の利も土地勘もある場所にて、完全に取り囲まれたと判っていてもなお。表情も態度も至って揺らがぬ、賞金稼ぎの若い衆。さすがに仮装はもはや無駄だと判ったか、目元の覆いを矧いだその、いまだ自由を封じられたままの手で、小袖の胸元、漆黒の髪の端と一緒に掴んでの、思い切り足元へと向けて引き降ろせば。ばっさとひるがえった仮装の衣紋は足元へとすべり落ち、現れたるは白皙の美丈夫の端正な容貌。煌月の蒼光を吸って銀白にも見える金髪が、その白面を尚のこと色味の薄い印象に凍らせて見せ。首から下のこちらは逆に、純白の小袖からは彩りも存在感も深まった、深紅の裾長な衣紋が現れたものの。やはり月の蒼い光が紗のヴェールをかけているせいか、若木が落とす陰のよに、夜陰へと妙に馴染んでの沈んだ色合いなのが、先程から表情を変えぬままな若衆の、泰然とした様にますますのこと合致していて、

  「………ふん。その落ち着きぶり、果たして何処まで保つものか。」

 逃げ腰になったり臆病風に吹かれたりという、いかにもな形勢逆転に浮足立ってる様子は微塵もないのが、頭目殿には当てが外れて面白くなかったらしい。この場の状況が依然として理解出来ていない“うつけ”であろうとはと、呆れ半分の嘆かわしげな溜息も深々と、自分の得物の大太刀を腰から引き抜いて、

 「さあ、お前様もそこに隠した刀を取りな。」

 相手が顎で示した足元。値打ちも無きものとて、盗み去る者もないまま放置され、ますます痛んだガラクタ調度の数々の陰に。輿へと乗せての贄を此処へと運び入れた衆に紛れておった連れ合いが、その屈強で大柄な身に添わせて持ち込み、こそり、隠しておいてくれたもの。大ぶりの赤鞘に上と下から向かい合うよに仕込まれた、ほぼ同じ型、同じ重さにて、二振りで一対になっているところのみが特殊な和刀。鞘に細工の跡はなく、そのまま素早く背に負うて、
「…。」
 すっくと立ったその姿こそ、紛れもなく“褐白金紅”の片割れ、双刀使いの久蔵殿の、鬼でも逃げ出す戦闘態勢。足元まである長衣の裾を、膝上まで駆け上がっての切れ込んだスリットから、軽く踏み出した軸足の膝頭を覗かせての身構えて。肩の上へと左の手を上げ、そちらは順手で掴んだ柄の感触も。腰の下へと下げた左手、逆手で握ったこちらの柄もまた、常の戦いにて手へと馴染んだそれではあったれど、

 「…っ、行けっ!」

 その両脇へと居並んだ配下の者共へ、鋭い一喝を飛ばしての送り出した賊らの頭目。何故にここまで自信にあふれた態度でおったか、どうして途中で、贄に扮した若侍の隙を衝いての奇襲に出なんだかといえば、
「恐れるなっ! あの刀は紛いもの。マサがすり替えといた“鈍くら”だっ。」
 ふふんと嘲笑っての、頭目様が強く言い放った一言に勢いを得て、手に手に蛮刀や大太刀を掲げた野盗の下衆どもが殺到する。目標は極上の獲物。巷を騒がせ、人々を震え上がらせていた名のある盗賊を、片っ端から刈り取っての仕留め続けているという、名うての賞金稼ぎのその片割れ。特別誂えらしい変わった刀を使うというから、ならばその得物をすり替えてやれば、手も足も出なくなっての造作もなく仕留められようとは、戦後に至り、入手しにくくなった刀剣を収集している金満家に伝手のある頭目殿の、そりゃあ冴えたる頭から出た策謀。
『いいか? 場慣れしていて度胸もあった、頭数だってたんといた、本陣の次五郎や穴熊の加助なんてな凄腕が率いてた名のある盗賊団が、たった二人の賞金稼ぎに片っ端から狩られちまったのは。変わった得物で奇妙な戦法を仕掛けられての幻惑されてのこったと俺は見た。』
 召し捕られた賊らの生き残りの言うことにゃ、燕のように自在に宙を舞い飛び、ここなら届かぬという遠いところへまで信じられないほど鋭い剣圧を届かすという、奇跡の剣豪、双刀使いの魔物のような戦いっぷりに、山のようにいた陣容が見る見る打ち減らされ、陣幕が手薄になってしまうのが敗因だとか。
『だったらその得物を先に押さえておけばいい。』
 盗むのはさすがに難しいだろうが、隙を衝いてのすり替えるだけなら何とかなるやも。
『けどよ、お頭。』
『何だ。』
『変わった刀なら前以て偽物を拵えておくのも難しいのじゃあないか?』
『そうだよ。練達ならば、自分の得物、重さでも見分けがつくというじゃあないか。』
『そこに抜かりがあるものか。』
 いつも盗品を捌いてくれてる商家の旦那が、珍しい刀には目がなくての。褐白金紅の刀なんていやあ、珍品中の珍品。色んなとっから情報を集めちゃあ、代替刀作りの名人に“偽造刀
(レプリカ)”を何本も作らせては悦に入ってるって話だったもんでな。
『そこで、その中から上等なのを借り出せるよう、話はついてる。』
 なに、本物が手に入るんなら、乱闘になっての折れてしまおうが構わないとまで仰せでな。何なら手筈に要りような人も物資も提供しようと、乗り気も乗り気。

  『だったら…こうしましょうやと、持ち出したのが。』

 怪しい何物かに生贄を差し出せと詰め寄られている集落があると、奴らの耳目へ届かせる。本当にそんな村があって、けれど実は盗賊らの謀りごと、娘と貢ぎ物を奪って売り飛ばしてた連中を、贄に成り済ましての油断させ、一味の懐ろ深くへ潜入し、一網打尽にしたって一件があったらしいから、今度もそのような手口かと思うでしょう。やはり贄に成り済ますなら、仰々しい得物を身につけてもおれぬ筈。その隙を衝けばいいのだ…と、我ながら素晴らしい策を思いついたものよと不敵に笑ったその時と同様の、陶酔しきった笑みを食み、

 “さあ、あっさり狩られておくれな。最強の賞金稼ぎ殿。”

 さすれば、俺は当代随一の策謀家として名を馳せることが出来る。あの、褐白金紅を返り討ちにした男と、裏の世界での最高の箔がつく。刀なんかどうでもいいのさ。すり替えた“本物”は、今頃旦那の手元へ届いておろうしな。

 「俺が欲しいのは、お前とそれから相棒の首のみよっ。」

 あまりに上手く運び過ぎ、笑いが止まらぬわと盛り上がった肩が震え始める。どうにも抑えが利かず、喉奥を衝いての大笑いの発作に見舞われて。しょうがねぇなとそれを冷たく冴えた夜気の中へと吐き出しかかっていた、丁度その同じ間合いへと、

  ――― ぎゃああぁぁぁあぁっっ!!!

 轟いたは…何とも惨たらしい阿鼻叫喚の声、また声。一応は侍が相手だ、下っ端の要領の悪いのが何人かは斬られもするだろとの覚悟はあった。だが、扱いに慣れのない、しかも見栄えが似ているだけのなまくら刀。あれでは大して切り伏せられぬうち、切り結んだ相手の刀や斬りつけた相手の骨に当たっての刃こぼれがし、血糊にまみれての役立たずになり、その進撃にも足止めの楔が食い込もう。どんなに軽やかにその身が舞おうとも、その手へ刃物がない以上、こちらを薙ぎ倒すことは出来なくなる。天井もあって無きが如しの廃屋の座敷へ降臨したまいし死神は、その撓やかな双腕に握った双刀を閃かせ、たかって来る悪鬼どもを片っ端から斬り伏せているものの、

 “さて…いつまで保つものか。”

 月光を弾いての、青や銀の光が夜陰に躍る。火花も散るのが鮮やかに望めて、引っ切りなしの悲鳴が…なかなか後を絶たなくて。
「………。」
 次から次へとなだれ込む手勢が腐りかけの床板を踏み鳴らす荒々しい足音。奥歯から脳天へ突き抜けるような重さの金属音は、なかなか途切れない剣戟の響き。双腕を振るっての白面の若侍の戦いっぷりは、東の国の戦神“阿修羅”の如く、三面六臂のそれであり。しかも…なかなか衰えを見せない。

  「…どういうことだ?」

 あの双刀は紛れもなくの偽物だ。彼の使い慣れたあの逸品ではないというのに、どうしてこうまで粘り強く戦えるのだ? すり替えたものの方も間違いのないよう一応はと確かめた。刀剣を優先して融通して来たことから目も利くようになっており、微妙なところまでは判らないものの、
“ああまでの逸品、見間違えようがない。”
 成程、好事家がほしがっても不思議はない名刀だった。あれを振るえば、ああまでの痩躯でも、ああまでの美貌を冷たく揺るがせないでの保ったままでも、死神の如くの凄惨な殺戮が可能だろうと思わせたほどに。だからこそ、その手元からあれを奪えたことへ、作戦の成功を確信した筈だってのに?

 「お、おかしらっ!」
 「助けてくれっっ!」

 どうにも話が違うと、腰が引けて来た連中がじりじりと後ずさりを始めた中。自分もまた逃げを打とうと構えたか、
「う…。」
 まだ真夜中の暗いうち、向背に開けた森の中へ逃げ込めばと。意を決しての踵を返した彼のその、錯乱し掛かっていた視野を覆ったは、骨のように褪めてくすんだ白一色。

  「仲間を打ち捨てて、お主だけがどこへ逃げる?」

 少し枯れた、だが滑舌はいい、深みのあるお声がし。何だと顔を上げれば、
「げぇっ!」
 彼らの標的のもう一人、ここでの仕事を終えたらば、残るは体力のなかろう壮年一人、やはり楽勝だと勝手な算盤を弾いての高を括っていたその相手。間近で見やると何とも言えない威容に満ちた、それはそれは重厚な存在感をまといし、長身精悍なお武家様が、頭目の行く手を阻むように立っておられて。
「い、いつの間にっ!」
 これほどの人物が、されど何の気配もないまま背後へ回り込んでいただなんて。いくら夜陰の垂れ込める中であり、しかもしかもとんでもない修羅場に目が釘付けになっていたとはいえ。そこからは距離のある静けさの中、これほどまでの男臭さの滲む、それは屈強な侍が、しかも佩刀している身で間近にいたのに気がつかないなんてあり得ないと。慌てふためいての後ずさりをし、勢い余ってたたらを踏んでいる無様さよ。そんな情けない首領にはそれ以上の目もくれず、

  「久蔵っ。」

 背中まで届くほど伸ばされた深色の蓬髪をその頭へ頂いた様も、何故だかどこか印象的な壮年殿が…さほどに張ってもいない、端とした声をかければ。少々遠い修羅場の只中にあった若侍、視線を上げてのおうと応じたその合図か。双手へそれぞれに握っておった刀をくるりと返すと、間近い対手の懐ろへ深々と貫き入れることで手を空ける。それを見やりつつのこちらも同時に、それぞれ別々の拵えという、いかにも“その場しのぎ”の間に合わせな鞘に収めた二本の刀、肩の上までと掲げ上げたる勘兵衛が、ぶんっと腕を振るっての大遠投にて宙を飛ばせば、
「うわあぁぁっ!」
 狭間にいた賊の首領や幹部らの頭上を飛び越えてのあっと言う間に、


   ――― ひゅっ・か、と。風を切る風籟の音が闇を切り裂く。


 夜陰の漆黒に一旦溶けたかに見えた、長得物の二振り。重くてバランスも難しいそれを、人の手になる投擲にて、途轍もない速さで飛ばしたことだけでも信じ難い奇跡だのに。それをまた、

  ――― 右と左とへ、順番にパシパシと

 相手もまた、自分の肩先にて難なく受け止めての掴み取ってしまった とんでもなさよ。どんな軽業師でしょうか、このお二方。今の芸だけで、小柄投げの様々な芸へと応用が利かせられると、昔のお仲間がやんやと喝采してくれそうだったぞ、お二方。受け取った刀を、
「…。」
 それは器用にも造作なく、手元でくるりと回しただけの所作一閃で、あっと言う間に抜刀し、その双手へと握ってしまった、深紅のべべ着た死神様。それまでの淡々としていた無表情も恐ろしかったその上へ、

  ――― 仄かに口角を引き上げての、小さく にぃと

 間違いなく、ほくそ笑んだりしたものだから。

  「…っ!」
  「こ、殺されるっ!」
  「嫌だぁ〜〜〜〜っ!」

 そこまでの時点で既に十分に、仲間の体が容赦なく切り刻まれての片っ端から倒される、恐ろしい地獄絵図を間近で見せられていた盗賊共が、その場で腰を抜かしたり、はたまた脱兎の如くに逃げを打ち始めたのは言うまでもなく。


 “贄の側になったとて、大人しゅうしておらなんだのは一緒ではないか。”


 ああこれ、逃げ惑う者はともかく、刀を放り出しての座り込んでる者まで斬ってはならぬと。やはり逃げ出そうとする腰抜け首領や幹部どもを、まずはと刀の柄頭にてがつごつと殴ってのあっさりと沈めてから。事態収拾へと乗り出すことと相成った壮年殿。相変わらずの依然として、たまに苦労が絶えないところがお目見えする相棒さんであるらしく。

  「これ、捕り方が突入出来ぬ。刀を止めぬか、久蔵。」

 これだから世間知らずは…とのお言葉ですが、島田様。こういうのは“世間知らず”とは言わないと思うぞ?
(苦笑)









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  *似たようなタイトルが多いのは、
   筆者のセンスのなさとどうかご容赦くださいまし。
(涙)
   続く…っつっても、残すは背景や段取り説明と、
   後始末とそれから、いつものアレ。
(苦笑)
   お仕事終了時から始まる、
   反省会とは名ばかりのバカップルぷりの描写だけなんすけれどもねvv