難儀なことには (お侍 習作73)

       〜 お侍extra  千紫万紅 柳緑花紅より
 


久蔵は猫の生まれ変わりではないかと、たまに思う。
感情薄く、人に懐かず、
忍耐強いが同じくらい自分勝手でもあって。
同んなじことへ喜んだり怒ったりと気まぐれで、
風貌の玲瓏さそのままに繊細高貴かと思や、
結構荒くてずぼらなところもあっての野生の香もし。
孤独が好きという素振りをしておきながら、
放っておくと臍を曲げるし。
構いつければ煙たがるくせに、
横を向いているとそれなり“構え”と催促してくる。
寂しさがつのれば全力で甘えて来るくせに、
それをそれと見透かされ、指摘されるのはむかむかと嫌い。

そのくせ、切なそうなお顔がどれほど蠱惑的か、
全くの全然、自覚がないらしいから。
こちらはこちらで、やきもきさせられてばかりいるのだが…。





  ◇  ◇  ◇



招かれた寮や逗留先の宿へ彼ひとり残し、
どこぞへかへ 人と逢いに行ったりすると、
これが必ず不貞腐れてのそっぽを向いて待っている。
何事もないまま日中ずっとを一緒にいるときなどは、
手の届かぬ辺りまでと距離をおいて過ごすくせして。
よしかと訊きもせずのお出掛けへは
ツンと澄まして迎えたそのまま、機嫌を伺えばますます臍を曲げ、
そのくせ、気づかずに取り合わぬと、

 「…久蔵?」

気配も薄いままに寄って来て、ぎゅうとその身を擦りつけてくる天の邪鬼。
この細さでよくもまあ、
あれほどの超振動をそれも双刀へと起こせるものだと、
いつも恐懼してやまぬ双腕にて。
こちらの体躯へしがみついたり掻き抱
(い)だいたり、
様々な“どうして?”を並べる代わりのように、
不機嫌の潜熱、知れよ判れよと擦りつけてくる稚さよ。

 “これで意味なく謝ったりすると、それへまた臍を曲げるからの。”

何か疚しいことがあるのかと、薮蛇になったことも何回か。

 「…。」

今日もまた、出掛けていての戻った連れ合いへ、
何処へ何用でと訊くでなく、擦り寄って来た彼だったのだが、
ちょっぴりいつもと違ったのは、
勘兵衛の広い背中へと擦り寄って来たことで。

 「いかがした?」
 「…。」

何かあったかと訊いても返事はなく。
膝立ちになってのしがみつき、
長く伸ばした蓬髪がくすぐったかろう肩口やお背
(せな)
自分の額や頬を擦りつけて、しばらくそのままでいてのそれから。

 「背中も好きなのだが。」
 「…?」

微妙な物言いをする。
好きと廉直に言った割に、語尾の“だが”はどういうことかと、

 「???」

勘兵衛なりに考えを巡らせておれば、
首っ玉にしがみついていた腕がゆるんで、
肘を上げさせ、するりと脇から前へすべり込んで来、
慣れた動作で懐ろお膝の定位置へと乗り上げて。
やはり腕を上げての首へと抱きつき、
胸と胸とを合わせてみてから、

 「こうすると、背中は見えぬし手も見えぬ。」
 「手?」

まさかに転げ落ちはしなかろが、
それでもと薄い背中や腰回りへ、自然な感覚で回し添えていた手に気づき、
ほどきかかると間近からチロリ見上げてくる赤い目がそれを制すから、
これはこのままでいいらしく。

 「第一、こうまでくっつくと立ち姿を見ることが出来ぬしな。」
 「立ち姿?」
 「ああ。ピンと立った背条や強靭そうな腰に尻。
  締まった脛の終焉に座る、ごつっとしたくるぶしも、
  こうしておると視野の外だ、眺められん。」

それがもどかしいと溜息をつき、

 「たいそう気に入りなところばかりだというに、
  どう構えても、必ず何か一つが欠けているのは如何なものかの。」

ほんに難儀な奴だ、お主はと。
こちらの胸板へ頬を擦りつける動作に合わせ、
鼻先に来ているやわらかそうな金の綿毛がふわふわと揺れるので。
ついのつい、そちらへと気が逸れてしまったものの。


  ――― これはこれはもしやして。叱られているのか、それとも…?






  ◇  ◇  ◇



島田は犬の生まれ変わりではないかと、たまに思う。
それも相当に年を取っており、
人生経験豊富だからと、人を食ったような途惚けた顔の。

 「…?」

誠実そうに見せておいて、実は老獪狡猾で。
策士で芝居っ気が多いから、笑っていても油断がならなくて。
枯れたの老いたの年寄りだのと口では言うが、
だったらこの胸板の厚さや、
眼差しの剛直さ、横顔の精悍さ。
手の大きさの頼もしさや腰の粘りの強靭さは何なのだか。
打てば響く機知の反射も只事ではないし、
刀さばきと身ごなしは天下一品。
第一、壮年にしては隙がなさすぎる。

 「久蔵?」

自分に関わるとロクなことがないからと、
人を遠ざけたがるくせをして、
どんな瑣末な依頼へも、親身になっての恩情厚く遇するものだから、
だから必ず皆の想いが彼の背中を後追いする。
判っておるのか? この“人たらし”の魔性ものが。
誠実なのも頼もしいのも、温かいのも優しいのも。
俺へだけでいいのだ、肝に銘じろ。


  「いいな?」
  「???」
  「返事は?」
  「…う、うむ。」





  〜Fine〜  07.8.26.


  *結局、この猛暑酷暑の夏さえも
   マイペースで乗り切ったウチの勘久でございます。
(笑)
   それにしても久蔵さん。
   腹の中でどんなに言を連ねても、
   相手へはなかなか、100%は伝わらないと思うのですが…。
(苦笑)


めるふぉvv
めるふぉ 置きましたvv **

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