甘い指先、甘い笑み (お侍 習作74)

        *お母様と一緒シリーズ
 


お天気のいい日が続いているせいか、
砦や堡の造成の方も順調に進んでおり。
村人たちも作業に慣れて来たようで、
さほどつきっきりにての指示を出す必要がなくなって来つつある。
そんなことが由縁してのことだろか、
このごろでは午前中と午後の二回ほど、
惣領様が村のあちこちの要衝を見回りにと出られる間、
頃合い良く居合わせたなら、詰め所のお留守番を引き受けるのが、
このところのシチロージ殿の日課ともなっていて。
午後なぞ夕餉の時間までは訪ね来る者も稀なものだから、
がらんと無人になる詰め所ではあるものの。
掃除や雑貨の整理、裏庭に洗濯物を干し出したり取り込んだり、
何かしらお仕事を見つけては、
ここでもくるくるとよく働くおっ母様であり。

 “…さてと。”

洗い物も早くに乾いての、取り込んで畳み終えて、さて。
区切りがいいからお茶でも飲みましょかと、
囲炉裏のある板の間の縁、上がり框に腰を下ろしていると、
明けっ放しの戸口に、誰ぞの影が ふっと立った。

「…キュウゾウ殿?」

特に息をひそめてという雰囲気もないままながら、
それでも…シチロージしか居ないようなので、
誰が来たのかを察していただいてから、やっと入るというのが彼なりの気遣い。
礼儀正しいのか、だが それなら声を掛ければいいものを。
そんな風にちょっぴりズレているところが何とも“彼らしく”て、
シチロージには秘かにウケてもいるらしく。
そんなおっ母様の前へと姿を現した、
真っ赤な長衣に双刀背負った、金髪痩躯の寡黙な彼へ、

 「丁度よかった、お茶にしようかと思ってたんですよ。」

でも、自分しか居ないのにお茶っ葉使うのも勿体ないかなと、
ちょっぴり案じていたところ。
出来のいい玻璃玉みたいな青い瞳をやんわり細め、
さあさと笑顔で手招きして見せれば、

 「…。」

やはり愛想を返すでもなく、
それでも素直に寄ってゆく、うら若き剣豪殿であり。
先に上がって囲炉裏に寄って、それは手際良く茶器に茶葉の用意をし、
鉄瓶から湯を取ってのてきぱきと、
蒸らしの間は取った上でのあっと言う間に、
二人分のお茶を用意してしまったおっ母様ではあったのだが。

 「キュウゾウ殿?」

肝心のお相手は、上がり框のところにちょこりと腰掛けたままだ。
さては、靴を脱ぐのが面倒なんですねと、
くすすと微笑ってのこちらから、小さめの盆に乗せた湯飲みを運べば、

 …え?

お膝をついての屈み込んだ鼻先へ。
すっと、唐突に差し出されたものがある。
赤い地に白や紺や黄色の小さな鶴の絵が刷られた千代紙で作られた、
小さな小さな紙の小箱。
さして大きくはないキュウゾウの手のひらに、
なのに易々と乗って隠せるほどの代物で。それを、

 ん…。

無言も同然、
口は開かぬまま、ただ促すように差し出す彼なので。

「???」

さすがに盆は置いてから、
真っ直ぐ見据えてくる赤い瞳へ会釈を返し、
促されるままに受け取ったシチロージ。
手で折られたものならしい小さな箱の、
蓋の側をそおと引き上げて開ければ、

 あ。

中には…十数粒ほどだろか、
白とそれから淡い色味の、いがいがの形をした小さな砂糖菓子、
金平糖が入っているではないか。

 「どうしたんです? これ。」
 「もらった。」
 「???」

もっとずっと幼い子供のような端的な返事に、
シチロージがついつい眉を寄せる。
神無村には砂糖菓子を作る余裕はない。
節季の団子やまんじゅうを、料理の一環で作ることは稀にあるだろが、
ここまでのちゃんとした甘味がほしいなら
一番近い街、虹雅渓にでも出なければ手には入らない。
なのにどうしてと、怪訝そうなお顔になったのを読んだのだろう、
キュウゾウが言葉を継ぎ足して、

 「薬屋が来て、振る舞っていた。」
 「…ああ。」

そういえば、キララが今朝方話していた。
季節の変わり目や節季などなどの頃合いに、
早亀も使わぬ徒歩で村を回っている、旅の薬売りの行商人が来るのだと。
とはいえ、貧しい村だからそうそう高い薬は買えぬ。
向こうもそのくらいは心得ていて、
ここの水は素晴らしく美味しいからと、
代金の代わりはそれを大きめの水筒にいっぱいと、
わずかほどの乾米を分けて下さいと言われるだけ。
その上、持ち合わせがあれば、
珍しい読み物や流行の草子、
子供らには紙細工のおもちゃや菓子をくれるのだそうで、

 「そうか、渡りの薬売りが来たのですね。」

シチロージの言葉へ、こくりと頷き、

 「島田がこそり、今日は習練は休みにしろと言うて来おった。」
 「ははあ。」

おおかた、朝の見回りをなさった折にでも、
街道から近づく人影にいち早く気づかれたのだろう。
ゴロベエ辺りが物見から見つけたのやもしれぬ。
大きく触れ回って注意を喚起し、
村人たちに要らぬ緊張を抱かせるのも剣呑と、
最小限の手配で済ませたところが、彼らしい行き届きようであり。

 シチ?
 あ、いやいや。何でもありません。

誤魔化す必要もなかったのだが、
その手配はもう済んで形を取ったこと。
今わざわざ口に上らせることもなかろと流してしまい、

 「これはその薬売りがくれたのですか?」

訊けば こくりと頷いて、尚のこと“じぃ”とこちらを見やる彼なので。
それでは頂きますねと、1つぶ摘まんでお口へ運ぶ。
こういう甘味、口にするのは久し振りで、

 おや、これはいい砂糖を使っていますね。
 ?

いい砂糖という意味が判らずに、瞬きするキュウゾウへ、
ほら、食べてみてと、
白い指が桃色のを摘まんで、口元までを運んでくれる。
砂糖菓子の堅さを そおと押し込んだ末、
シチロージの指先が掠めるように唇へと触れたのへ、

 あ…っ、と。

まるで接吻でもされたかのように、
口許と頬とが かあと熱くなるキュウゾウで。

 「ね? くどいような、ねばるような甘さじゃないでしょう?」

この村はよほどのお得意さんなんでしょうね。
それか、お水やお米を補給させてくれる大事な中継地だから、
二度と来るなと言われぬよう、振る舞いものにも気を遣っているのでしょう。
そんな風に語る槍使い殿の言いようが、

 …。////////

聞こえてはいるのだが、頭に馴染まず素通りするばかり。
温かで擽ったくて。さらりとしていて…ちょっぴり甘くて。
そんな感触が唇へと触れたのが、
どうしてだかこんなにドキドキを招いて、
しかもなかなか収まらない。

 ? キュウゾウ殿?

声をかけられて、不審に思われたかなと我に返ると、
手の中に抱えていた湯飲みを口にし、
ほどよい温度のお茶をいただく。
そんなに上等のではないはずだのに、
香りも抜けずのまろやかな香ばしさと甘さをまとった和茶が舌に乗ると、

 「あ…。」

少しほど残っていた菓子の甘みがすぅっと流されて、
その後に、ほのかに浮いて来たのが、

 「…すっとする。」
 「それも、いいお砂糖だっていう証拠ですよ?」

和三盆とまではいかずとも、
それを使っているよな菓子屋さんの商品なんでしょうね。
ほろほろと溶けていった後、ひんやりした感覚が残る。
そうと的確に言われ、こくこくと頷きながら
彼が口にしたそんな細やかな描写にも感嘆しての目を見張れば、
白い頬を柔らかくほころばせ、

 「なに。お酒も嫌いじゃないですが、
  それ以上に甘いものも好きだったんですよ。」

蛍屋においでのお金持ちのお客さんが
お土産だと下さる珍しいお菓子のせいで
ますます口が肥えてしまった。
くすすと笑って、だが、ふっと表情が途切れたのは、
気になる何かを見つけたから。

 「?」
 「ああ、ダメですよ。じっとして居て下さいな。」

彼の視線は、間近に向かい合うキュウゾウの頭へ…髪へと向いており。
双刀使い殿より少しだけ背が高い彼だから見えたもの、
頭のてっぺんへと乗っていた、

 「…カエデ、でしょうかね。」

乾いた枯れ葉へと手を延べる。
微妙に後頭部に落ちかかって居るような位置であり、
「さては、どこかの木の幹に凭れてましたね。」
「…。(頷)」
摘まんで取れるかと思ったら、ちょっぴり絡まっているらしく、
「あらら。ちょっと待ってて下さいね。」
「…。////////
摘まんでちょいで済むかと思ったから、向かい合ったままで手をつけたのに、
もつれているのをほどかねばと、もう一方の手も添えるシチロージであり。
となると、両腕にて掻い込まれて居るような格好になり、

  “………。////////

ああ、大好きな人の懐ろの中だ。
そうと意識する前から、頬がかあと熱くなる。
髪油の匂いは知っている。でもでもそれとは別な匂いもする。
甘くて、ほんのほのかに酸いような。
果物の、そう、桃かアンズのような匂い。
女性でもないのに不思議だな。
女性の多いところに居たから、おしろいの匂いが染みているのかもと、
いつだったかコマチに話していたな。
力を込めてはいない胸元は、ほどよい肉づきが今は柔らかで、
やさしく放たれる温みと相俟って、何とも居心地のいい場所だ。

 「…っと。取れました。」

からまっていたのは、どうやら凭れていたという木の樹皮であったらしく、
痛くないよう、そっと取ってやれて良かった良かったと、
自分の手柄に微笑んだおっ母様。
何気に…手が触れていた髪のほうへと注意が移り、

 お…。

軽く縮れてでもいるものか、
元々からして ふんわりとした綿毛だったのが、
手入れをするようになってますます軽やかになってきたらしく。

 「…。」

そっとお顔を近づけてみれば、
頬にあたった感触の、何とも心地のいいことか。

 「気持ちいいですねぇ、キュウゾウ殿の髪は。」

やんわりと頬を寄せたそのままでいれば、
それが懐ろへと掻い込んだ次男坊をますますと抱き締める格好になって、

 「…。////////

こちらはこちらで、頬を寄せたシチロージの懐ろの、
甘い匂いのする温かさに直接くるまれるのが、
どきどきと嬉しいらしく。
そおと手のひらを伏せ、頬を寄せ、

 …やわらかい。
 おや? そうですか?

横手から覗き込んで“嘘おっしゃい、堅いばっかでしょうに”と微笑えば、
軽く目を伏せ、ん〜んとかぶりを振りがてら、頬を擦り寄せてくる所作がまた、
どこか幼く見えての、稚
(いとけな)くも愛らしく。

 不思議ですねぇ。
 ???
 いや何。刀を構えりゃあんなにも、威容を孕んでおっかないお人なのに。

そんなお人が今、
こうしてアタシなんかの懐ろに収まっててくれているなんてねぇ。

 “…それも、こぉんなに愛らしい様子で♪”

こんな贅沢な秘密、そうそうはありませぬ…と。
細い肩を取り巻いていた、羽織の袂を引き寄せてのすぼめて、
取り込むように、くるみ込むようにと包んでやって。
やんわり、目許を細めて微笑った母上の、
その甘やかなお顔こそが、

 「…。////////

何となれば鬼にもなれよう、凄惨苛烈な刀をふるう紅胡蝶の君を、
こうまで手懐けた花蜜そのものであるものを、
気づいているやらいないやら…。




  〜 どさくさ・どっとはらい 〜   07.8.27.


 *何だか、思い切りシチさんに甘えまくる可愛らしいキュウが書きたくなりました。
  選りにも選って、そんな場合ではない時設定ですが、どかご容赦を。
  つか、ウチの“お母様と〜”のキュウさんは、
  もはや原作のキュウさんの片鱗さえ残っていない彼なのかもしれませんね。
  今更でしょうか…?
(苦笑)

めるふぉvv めるふぉ 置きましたvv

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