暁幻夢艶夜閨戯 (お侍 習作76)

       〜 お侍extra  千紫万紅 柳緑花紅より
 



   pi pi pi pi pi pi pi pi pi …


 よく通る音なだけに、それを意識から振り払うのは容易ではなく。むしろ、意に介さぬ壮年の態度の方が異様にも見えたほど。

 「島田?」

 これほどの音が、彼には聞こえないのだろうか? 大きくはないが、秋のつるんとした夜陰に響く虫の声よりも鮮明で、神経に直接当たるような、いかにも気の利かぬ図々しい音だのに。

 「…島田?」

 そこは…彼とて、この壮年と対等に渡り合ってる連れ合いで、怪訝そうに唖然としてばかりもいられない。何か急な用向きがあっての連絡やも知れないと、何より、あの大切なお人の身に何かあったのなら捨ててはおかれぬと。手を緩めてくれぬのならば、こちらから動くまでだとばかり、音のする方へと顔を向け、身を起こしかかったところが、

 「…あ。////////」

 畳から浮かせかけた肩が胸が、あっさりと元の位置へ落ちたのは。仰のいての無防備になった首元へ、さも無造作に触れたものがあったから。ともに降りて来てのごそりと触れた、蓬髪のくすぐったい感触をも押しのけて。肉づきの薄いところへと刺したは、熱くてちりりとした淡い痛み。ほんの一瞬の、ほんの小さな一か所への接吻だのに、うなじから背条をまで、荒々しくも掴まれての、力強く抱きすくめられたのと同じほど、総身は震えて意識は止まり、だのに…身の奥底ではチリチリと。躍り上がった血脈から炙られて、熱い火が灯されてしまったのがありありと判る。

 「ん…。///////」

 組み敷かれた恰好へとそのまま、伝わって来てのくるみ込まれたは、愛おしくも雄々しい匂い。ほのかに渋く、ほのかに血なまぐさい。物騒で剣呑で、なのに、嗅ぐと官能が高揚して止まぬ、重厚で魅惑的な牡の匂い。それが今、この身を欲してのあふれ出て、おいでと誘い、意識を浸さんとしているのが判る。首を走る血脈を上から下へ、じっくりなぞっての熱い愛咬は、そのまま伝い降りて来ると、鼻先にて襟を分け行って、小袖の中へと侵入をし。どこか獣じみた吐息で胸元をくすぐられる。そして、

 「…つっ。」

 時折、肌のところどこへと強く刻印を受けてのこと。ひりりと痛んでのそこからじわり、何かが滲むように熱くなる。何だか本当に…牙を立てられて血をすすられての、がつがつと喰まれているかのような錯覚に襲われて。なのに少しも怖くはない。きっと彼は毒を持つ野獣なのだ。その毒で最初にどこかを麻痺させられたから、痛くないし怖くもない。それどころか、もっと鮮明な痛さを…触れている欲している証しをくれとさえ、もどかしげにも感じ始めている久蔵で。

 「ん…、ぅあ…。」

 夜着の合わせをはだけられ、何もないままあらわに晒された感触に、その刹那だけ肌が粟立ちそうにもなったけれど。頼もしい双腕にしっかと抱かれているからか。それとも、勘兵衛の温みがすぐにも覆いかぶさって来たからか。違和感や…欠片ほどの不安はすぐにも消えて、意識はもはや、彼へとだけ向いている。胸の古傷を丹念に端から端へ、舌先にて清めるように舐められて。そこからじわじわと甘い熱が生まれ、全身へと放たれてゆくのが判る。濡れて熱い肉芽の感触は、硬くはないのに強くて堅い。意志あっての蹂躙は、触れたところから深く染み入り、意識まで侵食しての熱く蕩かしてゆくようで。

 「あぅ…。」

 膝を脇へと避け、重みを加減されてはいても。身を重ねていることで密着している腹や下肢がどうにも熱い。それに…反応を見せ始めているお互いが判って、それがほのかに恥ずかしく。

 「…しまだ。」

 欲しいという渇望に嘘はない。衣紋越しの相手の温みや重みという感触から伝わる、生々しい肉惑に刺激され、何より…相手の雄芯の強い高ぶりを意識して。こちらも煽られての硬さを増している。そんな痴熱にあえぐ身の、いかに淫靡であるかはとうに自覚もしている。ただ…。

 「んぅ…。」

 何と言っても、こんなにも間近いのに触れられないのがもどかしい。愛しい愛しいと触れてくれる、その懐ろの中で、熱に浮かされ、何もかも判らなくなればいいと導いてくれる恋しい君が、こうまで間近にいるのに。二の腕を掴まえている彼の手は、依然として緩まない。それが…こちらの身が、隙あらば反発しての抜け出そうと、バネをためて堅いままでいるからだと気がついて。

 “…ああ。”

 気がつけば、もう電信器の音も止んでおり、それより何より、

 「…っ、んぅ…。」

 淫らにひくりと震える、この身のこわばりは、もはや そんなことへの緊張あってのものではないからと。抗えぬ淫悦の波に流されぬよう、その、ごつりと硬くて頼もしい、雄々しき肢体へとすがりつきたくて堪らぬのにと。今にも意識が煮え立って、形なくも蕩ける前に伝えたくて。

 「島田…。」

 搾り出すよにかけられた声へと応じてやって。それでも視線だけを上げたれば、愛しい連れ合いを下から見上げる赤い瞳は、微熱に潤んで輪郭もやわく。うっすらと汗ばむ肌からは、蠱惑の香が匂い立つばかり。

 「…ん。」

 そうかとの納得をやっと招いたか、男の堅い手による就縛が緩めば、

 「…。//////」

 待ち望んだとばかりの入れ違い。すぐさま伸びて来た若木のような腕が、今度は引き降ろされかけていた襟にて、肩口を引き留められつつも。その肩が浮くほどの執心ぶりにて。向かい合う相手の首っ玉へと、すがりついての離れない。

 「………久蔵?」

 かけた声へと反応してか。総身がひくりと震え、間近になった華奢な肩口が、金の綿毛に包まれた首条が、さあっと血の色を上らせての淡い赤に染まってゆく。

 “おいおい、耳まで赤いぞ。”

 常の紅衣ではなくて、真白い宿衣なればこそ。一層の拮抗を見せて、白い肌を染め上げる血の気の色がなお映えて。こちらの首へと頬を添わせたその顔も、恐らくのきっと、頬から目許から赤いに違いなく。

 「久蔵。」

 そおと繰り返し囁けば。何を促されているのかが判っていればこそ、

 「〜〜〜。」

 幼い童のように“いやいや”とかぶりを振って、顔を上げない強情者。耳元へ響かせるよに、もう一度、

 「…久蔵。」

 ゆっくりと囁けば、触れている肌が かあと更に熱くなるのが判って、

 「〜〜〜。///////」
 「判った、判った。」

 北国の寓話に出て来る雪の精のよに、熱にあてられ蒸発されてはかなわない。もうなぶらぬから許せと囁いて、稚い情人を腕から離さずのそのままに、膝をついての身を起こし。さすがに“何事か”と顔を上げて来た相手へなだめるように口づけて。腰から下、撫で下ろしがてらに膝裏を掬うと、軽いが尊い痩躯を抱え、隣りの寝間へと運び去る。


  もはや誰にも邪魔はさせぬと、
  浮き立つ心を抑えかねての足取りは、
  急ぐその肩から髪を躍らせたほどのものだったのだが。
  それでも若いのにはもどかしいか、
  髪の裾をば、握られ引かれ。
  よしよしとあやしながらの、あとは朧ろに月の宵…。







  *窓を閉じてお戻り下さい。



  *先の『紅胡蝶蜜夜睦』と、シチュエーションは似ておりますが、
   打って変わってのこの展開でして。(うふふのふvv)
   拍手で紙風船をぶつけられた遺恨返しでしょうか、勘兵衛様。
   (またそういう、判りにくいネタを振る。)
   このネタをこねていた折に、
   “ほんのり、はんなりの艶話も素敵です。もちっと濡場も読みたいな”
   拍手でこぉ〜んなメッセージをいただいたのには、
   “ななな、何か飛ばしたかしら、私”と、
   あまりの間のよさへ、大いにうろたえてしまったのでした。
(苦笑)