美味礼讚 (お侍 習作77)

        *お母様と一緒シリーズ
 


 神無村要塞化計画は、どんどん佳境へと押し進み、あちこちでその成果が形になってゆくことが、村人たちの士気を高めている一方で。経験のない彼らには輪郭さえおぼろな、何とはなくという取っ掛かりの段階から、皆を盛り立て、叱咤鞭撻を奮ったお侍様方の側に、わずかずつながら疲労のピークが訪れんとしてもいて。元は軍人、体力も集中力も人一倍にはあるけれど、それでも物事には限度というものがある。

『それなんですよねぇ。
 ヘイさんたら、ご自分が一番に どの作業にも通じておいでだからって、
 全ての部署の“質問箱”役をも こなそうとなさってる。
 そりゃあヘイさんに訊くのが一番間違いがないってもんでしょうけれど、
 だからって、休む間もなくの働きづめってのは ちょいとねぇ。』

 困ったもんですと、いかにも案じておりますというお顔をして見せる誰かさんだが。

 『………。』
 『? どうされました? カンベエ様。そんなお顔して。』

 そんなことを案じているおっ母様…もとえ、総指揮官殿の腹心、槍使いのシチロージ殿だとて。現場に詰め所にとその身を置く先々にて、そりゃあもう クルクルとよく働くお人なものだから。色々なお人が様々に、その身を案じていたりする。


  「…おや、キュウゾウ殿じゃあありませんか。」


 まだまだ瑞々しい緑の多い梢が天蓋のようになった、村まで続く小道に入ると、そこには先客の人影があり。哨戒していた村の周縁、眸が眩むような崖っ縁に自生していた白百合を、ふと、手折って来たらしき紅衣の侍。茎のところを捧げ持ち、ラッパの形をした真白き大輪の花と向かい合っていた彼の方こそ、金髪痩躯、透けるような白い肌をした、世にも稀なる月の精霊、玲瓏な花の化身のように見えたほどではあったれど。

 「お花ですか、珍しいですね。」

 花が、ではなく、そんな物へ関心を寄せた彼が珍しいと。特に揶揄するでなくの率直に言ってのけたのは。朝から晩まで作業場に居続けなのが もはや当然視されている、小さな工兵さんではないかいな。
「…。」
 ちらと、動いた赤い眼差しの含む意味へと気づいてか、

 「ああ、わたしはこれから詰め所へ戻るところです。」

 少しでいいから横になって休めと、シチさんに追い立てられまして。帽子の上からかしかしと頭を掻きつつ、眉を下げて苦笑して見せる。案じているばかりでは始まらぬと、とうとう実力行使に出たらしきおっ母様。きっと、現場は自分が指揮を執るからと説き伏せて、休息を取らせるため、彼を詰め所へ向かえと追い立てたのだろう。

 「仮眠ならちゃんと取ってますのにね。」

 そんなにも やつれて見えますかねと、ふくふくした頬を指先で掻きつつ苦笑をし、

 「キュウゾウ殿もお戻りなのでしょう?」

 弓の鍛練の合間、時折こうやって哨戒に出ているという彼の話は聞いている。人が寄り合うところが苦手なのか、カンベエが招集をかけた時以外、仮眠も鎮守の森にて取っている彼であるらしく。それでも三度三度の食事時には詰め所へ戻って来なさいと、シチロージから言われていることも知っており、

 「ご一緒しましょう。
  わたしも御膳をいただいての、少し横になって来いと言われまして。」

 そうと告げた途端に、

 「…。」

 この彼にしては珍しくも、それは判りやすく、赤い眸を見張ってのそれから、肩を落として見せたので。

 “察しのいいことで。”

 わたしが現場に戻らぬ限り、シチさんは詰め所へ戻って来ないと。それへと肩を落としたんでしょう? と。こちらさんはもっと鋭く察してのそれから、

 「もしかしてそのお花は、シチさんへ、ですか?」

 緑豊かで、野の花にも事欠かぬこの村だ。何もわざわざ摘まずとも、そこいらで咲いているのを思う存分愛でることが出来る。とはいえ、
「笹ユリや山百合くらいならともかく、そうまで見事な白百合は、此処だと南向きの断崖の縁にしか、この時期は咲いてない。」
 それでなくとも夏の花。今は、稲穂がああまで重たげな秋のさなか。そんな今時に咲いていたのが奇跡なくらいで、あまりの見事さに思わずのこと、手が伸びていた彼なのだろう。

  ―― 大好きな あのお人を、少しでもいたわりたくて

 わたしでさえ、なんて可愛らしいお人かと思いますよ、ええ。あのシチさんが気に留めてしまわれるのも当然だ。こうまでお若いのにあの大戦で、前線にて活躍なさってたということは。箸の上げ下げを覚えたのと同じ頃合いに、人斬りを叩き込まれたに違いなく。その戦さが終わって十年経った、今頃になってやっと。人への物差しに…薙ぎ払うか捨て置くかだけじゃあない、大切にしたいとか、いたわりたいとか、そういう目盛りが加わりつつある。わたしたちにしてみれば今更なことへ、遅ればせながら、怖ず怖ずと触れている。胸の中に柔らかいところを増やしつつある、かあいらしいお人。

 「…米侍。」
 「はい?」

 並んで歩き出しながら、どのくらい経った間合いだったか。ふと、呟くように声を発したキュウゾウ殿は、顔を上げるとこちらを真っ直ぐに見つめて来て、それから。





            ◇



 家並みのあるあたりからは離れた作業場まで、わざわざ伝令となってのシチロージを呼びに来たのは。キュウゾウが指南している弓部隊の中でも、特に飲み込みのいいコウタという青年で。

 『ヘイハチ様が、シチロージ様を呼んで来つくれと。』

 ついのこととて駆け足になっている彼につられて、シチロージもまた速足で詰め所へと向かう。ヘイさんてば、休めと言ったのにちゃんと眠ったのですかねと訊いたところが、そこまでは知りませんということか、はてと小首を傾げたコウタ殿。詰め所前で来ると、それではと広場の方へ立ち去った彼であり、

 “まま、あれから一刻は経っておりますしね。”

 むしろ仮眠にはそのくらいが丁度いい。そろそろ宵の気配が迫る頃合い、炊き出しの匂いも落ち着いており、

 “ああ、そうだ。”

 キュウゾウ殿は夕餉を食べたのかしら。カンベエ様はゴロさんのところで、完成した分の堡の配置を確認しておいで。追加分を考察なさるとの仰せで、詰め所へ戻るは遅くなるとのことだったから。ああ、誰もいなくてヘイさんが寝ているだけだという様子を見て、習練場か鎮守の森かへ、そそくさと引っ返している彼かもしれない。

 “どこかで見かけておれば、伝言も出来たのだけれど。”

 いつもと違うと戸惑われたのじゃなかろうか。小さな子供のようなところがあるお人だから、困惑した末に、これに懲りて足を運んでくれなくなるのじゃないか。細い眉を悩ましげに寄せての憂い顔にて、そんなこんなを案じつつ。いつもは明けっ放しの板戸が閉まっていたのを横へと引き開ければ、

 「…あ。」

 囲炉裏を切った板の間の、いつもの定位置に彼がいた。ちょっぴりを、だが絶やさずに燠されている炭火の上、自在鉤から下がっている鉄瓶を眺めていたらしく。双刀を背負ったまんま、ちょこりと正座していた姿は、大人からの言い付けでお留守番をしていた幼子のようにも見えて。

 「キュウゾウ殿?」

 ああ、囲炉裏の傍らには、茶器の盆とは別の、一回りほど大きなそれへ布巾を掛けた平盆もある。
「夕餉、持って来てくれてあったのですね。」
 自分が不在のときも、その代わりに侍の中の誰ぞかが戻って来ることがあるのでと。それが食事どきならば、キララが気を利かせ、持って来た握り飯をそのまま置いていってくれる段取りになっている。ヘイさんは食べたのかな。ああいえね、あんまり根を詰めてなさるものだから、今日という今日はと首根っこ掴んでの引きずり降ろして、一刻でいいから寝なさいと。そんな風に言い聞かせ、此処へ追い立てたんですがね…と、自分の側の事情をひとしきり、並べながら上がって来たシチロージだったのへ、

 「…。」

 気のせいか、ちょっぴり肩が…頬の線が堅い、双刀使い殿であり。彼とは隣り合わせになる位置へと腰を下ろしたシチロージが、さてさてと平盆の布巾へ手を掛けたのへ、ますますもって緊張なさったような気がして、

 「? どしました?」

 そういえば。いつもなら、シチロージの方へと視線を向けて来ての、そのまま…じっと。眸と眸が合っての にこりと微笑いかけるまでを、目で追い続ける彼だのに。今はと言えば、視線は俯きがちになっており。そのくせ、こちらの気配や挙動を追ってはいる様子であり。

 “何か折り入っての話でもあるのだろうか。”

 遅ればせながらそうと思ったものの、彼の視線は…シチロージの手元へと降りており。それをと辿った格好で、自分が布巾を剥いだ盆を見下ろせば、

 「…おや?」

 いつもと変わらぬ握り飯が4つほど。香の物と山ゴボウの煮付けの小鉢と共に載っている。だが、

 「…今日のは、握り方が違いますね。」

 炊き出しには複数であたっているのだし、それでなくとも文字通りの手作業で握るもの。寸分違わずという訳には行かないが、それでも。さすがは主婦やお料理上手な方々という、手慣れたご婦人方の手になるもので、同じくらいの大きさの、同じ出来の三角むすびにと統一されていたものが。目の前に現れたそれは…ちょっぴり自信のなさげな、いかにも初心者が作りましたという観のある出来のもの。三角というより、平たい丸に近く、

 「…でも。持ち上げても崩れませんねぇ。」

 くすすと微笑ったおっ母様。いただきますと言ってから、手に取ったのへとパクリ、喰いつくとそのまま頬張り、丁寧に咀嚼してから、んんと喉へ送り出す。

 「握り過ぎてもおりませんね。ふんわりほぐれて丁度いい。」
 「〜〜〜。///////

 聞こえているからこそだろう、お膝へ置かれた次男坊の白い手が、もぞもぞ落ち着きなく動いており。それがまた、何とも言えず かあいらしくって、苦笑が絶えぬおっ母様。

 「御馳走様です。キュウゾウ殿が握ったのでしょう? これ。」
 「…っ。////////

 指摘された途端、ビクビクッと肩を震わせての竦み上がった態度がまた、いかにも幼い童のようで。

  ―― さては、ヘイさんに教わりましたね?
      え? どうして判ったかって?

 だって、キュウゾウ殿、さっきからこちらを見てくれないじゃないですか。アタシの様子が気になるのに、面と向かっては見てられない。ドキドキしてしまって落ち着けないって、ずっとそんな様子でいなさるんですもの、と。青い瞳を据えた目許を細めて、うふふと微笑ったお顔の、なんと優しく温かく、お綺麗であったことか。それへと促されるように、

 「…米侍が、言っていた。」

 キュウゾウの言うことには、彼もまた疲れておろうおっ母様をいたわりたいのだが、いかんせん、何をどうすればいいかが判らない。そこでと相談を持ちかけたところが、

 『そうですねぇ。
  寝ろとか休めとか言ったところで、すんなり聞くようなお人じゃあない。』

 自分のことは棚に上げ、そんな言いようをしたヘイハチ。美味しいものを食べることでも、結構寛げますよと言ってから。
『そうそう、いい考えがあります。』
 ぽんと双手を合わせての叩いて見せて。

  ―― 今宵の晩ご飯の握り飯、キュウゾウ殿が握ってはどうですか?

 握り飯なぞ作ったことはないし、そんな自分が握ってもきっと美味しくはないぞとかぶりを振ったが。教えますからと強引に炊き出しの家へ連れ込まれ、

 『いいですか? 強すぎてもダメ、やわすぎてもダメですよ?』

 こわごわ握ってはまとまらないし、かと言って、力を入れ過ぎては米粒がつぶれて糊になる。

 『このくらいを取って、まずは軽くまとめてのそれから。』

 お当番のご婦人方が感嘆したほどに。ほいほいと手際よく、茶碗に一杯ほどの分量を手の中で躍らせながら丸ぁるくまとめて。それをそのまま、手首あたりまで何とか袖をまくった、紅衣の侍の手へ渡したヘイハチ殿、

 『力を入れるのは、下になってる側の手の、手のひらの下半分だけです。
  指も指の付け根も、もう一方の手も、
  おむすびの位置取りを支えるだけで ぎゅうとしちゃあいけません。』

 それが力加減の基本ですと言い切ってのそれから、

 『これで判りにくいなら…いいですか? シチさんの御手だと思いなさい。』
 『…っ。』

 誰にも譲りたくはないでしょう? ならばしっかと握りなさい。但し、あんまり強く掴んだら、シチさん自身が痛い想いをする。

  ―― 離したくはありませんと伝えたい程度に、されど痛くはないほどに。

 さすれば、絶品のおむすびが出来上がりますからと、大きく頷いての太鼓判を押してくれたのだそうで。
「確かに…絶妙な加減です。」
 形はともかく、堅さとまとまりは絶品と言ってもいいほどで。ただ、

  「初めて握ったんですって?」

 シチロージにはその事実の方がよっぽどに驚きだったらしく。
「炊き上げたばかりのご飯なんて、熱くはなかったですか?」
「…。(否)」
 かぶりを振っての大丈夫だよと否定したのに、見ちゃあいないおっ母様。手を伸べて来るとキュウゾウの手を取り上げて、手のひらや指の腹を1つ1つ確かめる。
「刀を握る大事な手だのに。」
 それでなくとも少し冷たい手をしてなさるのに、火傷でもしていたらどうしますかと、そっちを案じる彼なのへ、
「それを言うなら、シチも。」
 心当たりのない言いようをされ、え?と顔を上げれば。そんな隙を衝いてのこと、手のひらをはたりと返して、逆にシチロージの手を取ったキュウゾウで。
「此処の雑巾がけから洗濯や繕いものまで手掛けているし、外の作業場では工具も振るっている。」
 それはそれは働き者で、それでもこんなに優しい手。宝物のように両の手で捧げ持っての、きゅうぅんと目許を潤ませて見つめる彼なのへ、

 「………。」

 そろり、拒絶ではないですよという意を込めてのゆっくりと。捧げられた双手の上から、自分の手を引き取ったおっ母様。それからあらためて、その手の向きを返すと。手のひらをするりと、向かい合う次男坊の頬へ添わせてのすべらせる。少し冷たくてなめらかな感触は、向こうから吸いつくようなそれであり。愛おしむように指先で、おとがいの縁をくすぐれば、

 「あたたかい。」

 そおとその手へ自分の手を重ねた、赤い衣紋のカナリアさん。ねえ、大事な人なのはヘイハチもシチも同じ。頑張りたいと思うのは判るから、そのための馬力を溜めるためにも ちゃんと休んで下さいと。甘えることでそんないたわりの想いを伝えてくれるなんて、

  “狡いなぁ…。”

 誰がどこから持ち込んだものか、水口には徳利に差された大輪の白百合が一輪、連子窓からそよぐ風にあって、かすかにゆらゆら揺れている。かあいらしいお人からの、ちょっぴり不器用なおねだりに眸を細めつつ、仕方がないな聞いて差し上げようかと、渋々ながらも降参した母上だったりしたのである。







  ◇  ◇  ◇



 何でも理由になっての盛り上がるものと言えば、酒飲みたちの宴で。桜が咲いたからだの、長雨でくさくさするからだの。暑気払いに湯上がりに寝酒に、月見で一杯、雪見でもう一杯。珍しい顔と会ったから、目出度いことがあったから。厄落としにやけ酒にと、よくもまあまあ そんだけこじつけられるやねぇと、

 “勧める側のこっちでさえ呆れるような、
  とんでもないお題目の宴席も、今時には珍しかないほどだものねぇ。”

 世の中の安寧と、それによる娯楽の爛熟…なんてなご大層な分析は、その筋の学者さんに任せるとして。

 「いやはや、やっぱり花火は娯楽の横綱だ。」

 その残響が いまだ耳に残っているようだよとの苦笑をし、家人の使う母屋へと戻って来たのは。ここ、お座敷料亭『蛍屋』の大黒柱、七郎次という若主人。金髪長身の美丈夫で、元は軍人だという話だが、威容や威圧には縁がなく、腰も低いし愛想もいいし。生え抜きの商売人にもこうまで行き届いたお人はないほど、よくよく気のつく頼もしさから、すっかり里の人気者。

 「今日はお前さんもお疲れだったねぇ。」

 荒野のど真ん中に位置する虹雅渓は、歴史こそ新しい町だが、旅する者は誰もが通過してゆく重要な中継地であり。誰もが…とまでは言われないが、それでも富裕層の懐ろはたいそう豊か。金満家や御大尽らが金に飽かせて繰り広げる、贅沢三昧やお祭り騒ぎ、狂態痴態も様々あれど。節季の合図のように中層部の広場にて催される、差配主催の季節折々の花祭りとそれから。それへ供される花火の宴は、どんな層にも公平な娯楽として、住人のみならず、行商や何やで旅する人々にも最も楽しみにされている催しであり。最下層という位置であるにも関わらず、ここ“癒しの里”からもそれは綺麗に望めることから、

  ――― 花火を肴に、蛍屋の豪華な料理を楽しもうじゃないか

 そんな最も特別な贅沢を満喫しにと押し寄せる客たちを、宵の口からついさっきまでという、四半日もの長時間。お連れの綺麗どころを褒めちぎったり、節季にちなんだ艶話やら料理の謂れを語ったり。小粋なお客人からの求めに応じて、三味線を爪弾いての 独独逸なんぞを唸ったり。ちょいと悪酔いなさったクチには、どうで穏やかにお引き取りをと、にっこり笑いつつの有無をも言わさず、裏口までをご案内した上で、警邏隊の見廻り衆へと回収していただいたり。そんなあれこれへと奔走しまくっていたお陰様。まともに見物なんてとんでもない、今回の花火もまた、頬に影見てそれで終しまいとなった働き者のご亭主へ。こちらさんだってお座敷へと挨拶に回ったり、いろいろ忙しかった美人の女将が、にっこり微笑って、つややかな白磁のお銚子を傾ける。

 「おお、すまないね。」

 やっとありつけた いたわりの美酒は格別で、小さな杯をいただくと、口に含んでの感に堪えたように唸って見せた主人であったが、

 「おや、これは何なんだい?」

 昼からこっち、ロクに食事も取れなかった彼へ、とはいえ あまり重いものを食べる時間でもなかろうと。用意されたは、軽めの膳。酒の肴や好物の煮付け、そういったものをばかり選んでの小鉢が並んだその中に、少々場違いかも知れぬ小さなお団子が三つほど、平らな皿に盛られている。

 「ああ、それはネ。」

 虫の声に合わせての、風を送ってやっていた手を停めて、きれいな所作にて口元へと構えた団扇の陰にて。くすすと微笑ったユキノが言うには、

 「カンナがね、とと様に食べてもらうのって、頑張って作ったのですよ。」
 「おや。」

 お祭りの日はそのまま、お店中が忙しい一日だというのは、さすがに彼女にも判っていたらしく。母様や父様がいつにも増して構ってくれないのは、しかたがないとの納得をしていて。しかもその上に、こんな気遣いまでしようとは、

 「そうですか。」

 口へと運んで、よ〜く味わったお父様。うんうんと何度も頷いて

 「いや美味しいですね。」

 お世辞にもいい出来とは言えない、不格好な団子もどきではあったれど。他の子らは双親と並んで見物する花火なのにと思っての、寂しいとの駄々を捏ねもせず。それよりも、お忙しいとと様をねぎらってあげようと、気配りをしての いたわりの気持ちを発揮してくれた優しい子。

 「自慢じゃないが、
  あたしゃ これと同じ味のする世界一美味しいおむすびを知ってますからねぇ。」

 うんうん、あの御馳走をば思い出しちまったよと、懐かしそうに目許を細め。今頃どこのお空の下やら、壮年殿と二人、旅の途中であるのだろう、寡黙で不器用だった次男坊のこと。しみじみと思い出してる、おっ母様だったりするのである。







  〜どさくさ・どっとはらい〜 07.9.07.






  *いやはや、やはり“97の日”に何かしたくての、大急ぎの書き下ろし。
   いかにも突貫で申し訳ありませぬ。
   ウチのキュウは、やっぱりおっ母様が一番好きなようでして。
   …この手の話が一番書きやすいってのも、問題ですかねぇ。

   こんなややこしいものでよろしければ、お持ちくださって構いませんです。
(苦笑)

めるふぉvv めるふぉ 置きましたvv **

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