御身お大事に (お侍 習作78)

        *お母様と一緒シリーズ
 


 誰もが“故郷”だの日本人の心の郷里はなんてなものを語るときに思い浮かべるのは、遠景に峰々の青い影を望める、それは長閑で鄙びた山野辺の片田舎のそれではなかろうか。田圃とそれから、四季折々に様々な作物が穫れる畑が広がり。水路にため池、裏山には柴が拾える雑木林があって。道の辻にはお地蔵様、竹林の陰には稲荷の御堂があって。鎮守の森は昼間でも薄暗く、子供がお使いで通るにはちょっと怖かったりもして。そんなこんなな、いわゆる“里山”の風景というものは、いかにも天然自然のままな、手付かずのそれに見えたとしても、少なからず人の手が入って作られたものなのだとか。季節の折々、気候の変化に合わせて、芽吹いて咲いて結実する草花がそれは絶妙に入れ替わり合うこととか。雨風嵐といった天候の巡り来る仕組み、土のご機嫌、虫らや獣たちの営み。そういったものを…失敗や悲劇も少なからずはあったろう“経験”から、長の歳月かけて身に染ませて学び取った先人たちが、こつこつと工夫を重ねて築いたもの。自然へ沿うての無理はしない、あらゆるものへの感謝を忘れず、仲よう肩を寄せて生きてゆくための。性急にはならず、息の長い、最も暮らしいい環境。
“ほんに、大したものですよね。”
 一見、人工的なそれには見えぬ“雑木林”にも、先人から受け継がれた工夫がちゃんとあって。1つところへ同じ種類の木ばかりを植えれば、手入れは楽だが進化は望めぬし、保全も実は難しい。寿命が違ったり高さが違ったり、特性が様々に異なる木が混在させてあれば、林の周縁だろうが真ん中だろが、陽も雨も不公平なしの満遍なく降りそそごうし。暑さがひどい年も水が少ない年も、植物への重い病が広がった年であっても、どれかは生き残って次の世代へ命をつなぐことが出来、里を囲む緑は絶えない。雨が多い土地なら木や竹を植えて地盤へ根を張らせればいい。いきなり水路や貯水池を大々的に穿っても、地盤が耐え切れず、堰が切れての土石流が氾濫するだけかも知れぬ。雪が降るなら重みで潰れぬ家を造ればいい、食料は長期保存できる工夫をすればいい。一斉にどこかへ避けてしまうだなんて、事故も見込まれて危険な労働であるその上、冬が明けての雪解け水が得られない。自然を力でねじ伏せるのではなく、恵みを分けていただこうという謙虚さからの工夫を生かして作られたもの。穏やかな工夫とちょっぴりの忍耐や妥協が沿うていて。時には不便や不具合も隠れていたりするのだが、そこがまた、じんわりと懐かしい思い出をくれたりもする、そんな風景。


   ………だからして。


 村から作業場へと続く、その片側に椿の茂みが連なる小道。木洩れ陽にその姿を照らされて、こちらへと軽快な足取りにてやって来つつ。何かが気になるのか、しきりと頬に手を当てている彼なのへとまずは気がついて。
「どしました、シチさ…。」
 挨拶より先に訊きかけた、ヘイハチからのそんな声へ、
「ああヘイさん、丁度良かった。」
 今、そちらの作業場へ行こうと思ってたところでしてねと。小物を詰めている嚢へと手を入れ、そこから何か取り出そうとしかかった、金髪長身、誰からも好かれておいでの槍使い殿だったのだが、

 「…シチさん、それ。」
 「はい?」

 小柄な工兵さんが、不躾けながら手套をしたまんまの手で指差して見せたのは。いつものようにきりりと金の髪を結い上げて、いつものようにそれは爽やかな表情をさらしておいでのシチロージ殿のそのお顔。
「何か付いてますか?」
 ご当人は覚えがないものか、至ってキョトンとしているが、
「ええ。」
 付いているというか、奪われたと言った方がいいものか。ただでさえ色白な彼だから余計に目立っている“それ”は、

 「どこかで枝に弾かれでもしましたか?」
 「あらら。判りますか、やっぱり。」

 おや。苦笑して見せるところをみると、覚えはあったらしいです。さっきから気にしてだろか、手の先、指の腹をしきりに当てていた、右の頬骨の少し下あたり。鋭い梢の先だろう、何かに引っ掛かってしなっていたものが、勢いつけての飛んで来て、パシッと当たった跡らしい傷が出来ており。うっすらと血が滲んでいるのに、まだカサブタもないほど新しいところから察して、ほんのちょっと前に作ったらしいことが偲ばれる。
「まったく間抜けな話ですよね。顔なんて急所の塊なんだから、一番用心しなけりゃいけないところだってのに。」
 自嘲を込めてにしてはやけに朗らかに。いかにも楽しそうに目元を細めての“あっはっはっ”と笑う彼なところを見ると、さして痛くはないらしく。大方、あまりの不意打ちだったのへビックリしたのと、そんなうっかり者な自分だってのが露呈されてて恥ずかしい…という痛さの方が勝
(まさ)っておいでなのだろが、
「手当て、しといた方がいいですよ?」
 三センチほどだろか、結構目立つそれであり。とはいえ、このシチロージ殿はご自身謹製のそりゃあ良く効く傷薬をお持ち。薄皮一枚裂いた程度の傷ならば、転んだ擦り傷でも金創でも、半日でどこだか判らなくなるほどというから大したもので。
「お顔なんで見えなくて塗りにくいというのなら、私が手当てして差し上げますよ?」
「そうですか?」
 この程度のまさに掠り傷、そんな大仰なことという男らしい方向で構わないでいたらしかったが。人が目にして気にするのであれば、そこは早急に消した方が良かろうとの判断も素早い辺りが、

  “やっぱり気遣いの人ですよね。”

 相手の気持ちを察しての対処というのが、いかにもシチさんらしいことだと。くすすと笑って手套を外すヘイハチへ、そこから何か探そうとしていた手を再び嚢へと突っ込むと、シチロージはネジ蓋のついたそれは小さな小瓶を取り出した。それを受け取りながら、
「ちょこっと屈んでいただけますか。…あ、いや。そこの倒木に腰掛けましょう。」
 手がお顔へ届かないほどもの身長差がある二人ではないものの、目線を同じにした方がと思ったらしく。休憩の椅子代わりとして村人たちからも重宝されているらしい倒木に、おいでなさいとヘイハチが導いての、並んで腰掛けて、さて。間近に寄ると判ったのが、当たった瞬間にそれでも素早く避けはしたからこれで済んだらしいという、傷が出来たその状況。切れるほど擦ったのは、尖っている節が途中途中に突き出ていた枝だったからであり、
「これは…中途半端に枝打ちしたのが当たったらしいですね。」
 昨夜は風があったから、若い枝同士が揉まれて絡まっていたのかも。そこを通って来た彼に、よほど間が悪くてのこと、ほどけて当たったというところだろて。滲みますか? いいえ、全然。あんまりベタベタさせない方がいいですよね。そですね。そんな言葉を交わし合い、お手当てにかかっていたそんな場へ、


  ――― かさり、と。


 後から思えば、そんな判りやすい物音を立てるお人じゃあない。自然な振る舞いの延長として難なくこなせていた筈の、自分の気配を消せぬほど。それだけ動揺なさっていたのだなぁと、工兵さんが更なる苦笑を止められなかった、シチロージをそりゃあ大事にし大切にしたいと思っているお人が、間がいいのだか悪いのだか、こんな場面へ来合わせてしまったようで。

 「キュウゾウ……殿?」

 やあ、こんにちはと。そんな気さくな声音で始まったものが、すうっと萎んでの疑問符で止まったところに、声を発したシチロージの驚きよう…というか戸惑いが伺えて。背中を向けたままだったヘイハチにも、
“お…。”
 すぅ…っと、辺りの体感温度が2、3度は下がったような気配が、何とはなく拾えたほど。そうこう言ってる間もなくの速やかに。さくさくと落ち葉を踏みしめて近寄って来ると、向かい合っていた二人の真横で立ち止まり。足元へと敷き詰められていた落ち葉の上へ、ぱさりと、紅の上着の長い裳裾を衒いなく広げての屈み込んだは。そりゃあ寡黙で、その分を埋めて余りあるほど 途轍もなく練達な、双刀使いのキュウゾウ殿。金髪白面、どこぞの貴籍に属す貴公子と言っても通用するほど、玲瓏な風貌の彼なれど。そのような見かけと裏腹、思わぬところが幼かったり、意外なことを知らなかったりもする、正に“びっくり箱”のようなお人でもあって。
「…。」
「あ…。」
 跪
(ひざまづ)くような格好のまま、すっと延ばされた白い手は、思わず手を引いたヘイハチのそれと入れ替わるよに、おっ母様の頬へと近づき掛けての…間際で止まり、
「〜。」
「いやあの、これはさっき、そこでちょっと。」
 何にも言ってはいないのに。加えて言うなら、慣れのない人が見ていたならば、最初っから少しも変わらぬ無表情のままなキュウゾウ殿であり。なんでまたシチロージ様はいきなりあんなにも焦り始めたのだろかと、そっちこそが大きに不審だったかも知れないが、

 “知らない幸せ、読み取れてしまう身の不幸というやつでしょかね。”

 その、鋭く切れ上がって冴え冴えとした赤い眸が、こちらのお仲間の二人には…驚きに大きく見張られたそのまま、次には込み上げる哀しみにうるうると潤み始めたようにしか見えないから困りもの。
「〜〜〜。」
 自分が害されてもそこまでの辛そうなお顔はしなかろう。例えるなら物言えぬ仔犬の見せるよな、いかにも切なげな眼差しを向けられて、
「アタシは肌が白いから目立ってるだけで。実は、大した怪我ではないのですよ。」
 ね?と。母上自身は“心配しないで”と言いたげに、にっこり笑って見せはしたものの、

 「〜〜〜〜〜。」

 それで飲み込めたら苦労はないと思いつつ、ちょいと明後日の方を向いてしまったヘイハチの間際にて。それはそれは颯爽と、勢いよくも立ち上がった気配がしたそのまま、

 「あ…っ。」

 引き留めたかったものだろか、されど間に合いませなんだという余情がひしひしと滲んだ感の満々とする、空振りの“あ”を耳にして。とうとう…押し寄せ込み上げる苦笑に肩を震わせ、頬や唇を歪ませるほどにまで吹き出しかかっているヘイハチへ、
「笑い事じゃあありませんよ、ヘイさん。」
 なで肩をより落としての困り顔。おっ母様がすかさずのようにそんな抗議をしたのだけれど。
「八つ当たりしないで下さいって。」
 一足飛びの一言にて応じるところが、彼もまたあの寡黙な剣豪へは何かと通じている身なればこそ、今さっきの一連のやり取りをきっちり判読出来ていたというその証拠。きっと、守って差し上げられなかったのが悔しかったのに違いないと、彼もまた、あの次男坊の顔色からその心情とやらをちゃんと読み拾っており、
「大方、この辺り一帯の木という木の、シチさんのお顔に当たる範囲の枝をすべて、切り払って来ることでしょね。」
 影さえ残さずという一瞬にして。風へと溶け込み、どこぞへか飛んでってしまった次男坊を差してのこと、そんなお言いようをする彼だったりし。村中の木を…というよな大きな話になったれば、さすがにやりすぎですから停めもしますが、
「今はとりあえずという勢いでしたから、そこまではしないでしょう。」
「そうでしょうかねぇ。」
 アタシにもあの人の加減て時々読めないんですよ実はと、本当に本当に小さな声で囁いた槍使い殿は、だが。
「…。」
 ふっと、言葉を途切らせての視線を落としてしまうから。
“おや。”
 さすがにこれは堪えたのかしらと、黙りこくってしまった相手のお顔、それとなくのそぉっと盗み見た工兵さんだったものの。困ったものだというような、そんな口調の言いようをなさりながらも、頬に口元にと仄かに浮かんだのは、どこか面映ゆそうな…照れとか至福とかいう甘いものを含んだ、小さくても暖かな気色の拾える、やさしい含羞み色した笑みであり。

 “…そりゃあ、嬉しくないなんて言ったら嘘でしょうよねぇ。”

 あの、人の才を見抜くことにかけては神憑りな眸をお持ちのカンベエ殿が、初見の場にて数合切り結び合っただけで、その腕と気概を見込んだほどの剣豪で。自分たちへついてこそ来たが、誰にも寄らず添わず懐かず、それどころか友まで迷いなく斬ったほどの、正に剣鬼…である彼が。この心優しい槍使いさんにだけは、こんなにも懐いての慕ってくれる。あれほど感情を動かさぬお人が、彼を傷つけた者は物言わぬ木々でさえ許さぬと、成敗をしに文字通りの飛んで行ったほどもの尽くしようであり。

 「うかうかと怪我も出来ませんね、シチさんは。」
 「〜〜〜。///////

 これはきっと、戻って来たらば“あなた一人の御身ではないのですよ”とばかり、懇々とお説教されるやもしれませんぞ? ヘイさんたら、アタシらで遊んでませんか? 照れ隠しだろう、その口調を少しばかり怒っているかのようなそれへと変えてみせた彼だったけれど。

 「そんなお顔で言われても聞かれませんよ。」

 お手当ての仕上げ、短く切った救急用の絆創膏を、傷の上へとちょいと貼りつけて差し上げたそのついで。怒っているやら困っているやら、目尻がちょっぴり下がり気味の青い瞳へ、真っ向からふふんと笑ってやって。


  「いっそ、こういう作戦はどうでしょうかね。
   シチさんが野伏せりにひどく害されたという演技をなされば、
   頭に血が昇ったキュウゾウ殿が、
   一人で大暴れして相手を壊滅させられるのではなかろうか。」

  「ヘイさん、ヘイさん。」


   まだまだ平和だ、神無村。
(笑)








   mizu02-i01.gif おまけ mizu02-i01.gif



 ゴロベエ殿が担当している砦の造成に使う鋼のカスガイが足りなくなって来たので、補充分を新たに作業場にて鋳してもらおうという、そもそもの御用をヘイハチへと告げた槍使い殿。大きさや形への参考にして下さいと見本のカスガイを手渡して、伝令役を済ませると。今日の本来のお仕事へと立ち戻る。野伏せりたちへの陽動として偽の弩を設置するための下準備。現場を下見し、作業の手順をゴロベエと打ち合わせ。足場を組む班、偽物用の丈の短い丸太を運んでくる班、設置には呼吸の合った力持ち揃いの班を…と、人手を分ける段取りを立てて。………さてさて。

 「………お。」

 そろそろ夕餉の時刻だからと、詰め所へ戻って支度を整えるのもまた、彼には毎日の欠かせない務めであり。囲炉裏の自在鈎に掛けっ放しの鉄瓶に、ちゃんと湯は入っているのかを確かめて。茶器の準備に、お手ふき用の布巾の用意。そうそう、午前の内に干し出した、手ぬぐいや敷布は乾いているかな。カンベエ様の内着も、無理から剥いで洗ったからには、しっかり乾いてないと困るのだけれどと。裏庭まで出てそれらを取り込み、それはてきぱき、畳んで片付けて。村の奥様方に分けてもらった青菜を、軽く塩した浅漬けを、水口ですすいでの切り分けましょかと、手元へまな板を引き寄せたところが。

  ――― ぽそりと。

 何の前触れもなくの、肩口へと乗っかった軽い感触があったので。くすすと微笑ったおっ母様。濡れていた手を拭うと、働き者の右手を伸べて。ふわふかな綿毛をよしよしと撫でて差し上げる。

 「…枝打ち、して来た。」

 ああ、やっぱりと。ヘイハチの言っていた通りの“敵討ち”をして来たらしい次男坊へ、困ったお人だとほのかに眉を下げて見せ、

 「どれに罪があったか、キュウゾウ殿には判ったのですか?」
 「…。」

 ん〜んとかぶりを振ったキュウゾウには、さすが、シチロージの言いたいこともこれだけで通じたらしい。
「でも、だから、全部を刈ってはない。」
 ぼそりとそんな言い回しをしたものの、怒りに任せての狼藉を働いたには違いないと。そしてそんなことを母上は望んではいなかったのだと、ほんの一言で拾い上げることが出来た彼なのだろう。

  「………。」

 乱暴をしましたという反省からか、お顔を上げられないでいるところが、

  “可愛らしいったらありゃしないvv”

 そもそもの“敵討ち”という発想からして、身にあまる光栄なこと。傷つけられたのが彼にとっての“大切な存在”であればこそのお怒りの発露であり。刀を振るうこと以外の一切へ、感情薄く心動かさぬこの彼が、その偏りを全部集めての“大切です”と慕ってくれている。彼を知る者ならば、その恐ろしいまでの腕っ節へ畏敬の念しか抱かないだろに。眉ひとつ動かさず、刀の一閃で雷電を細切れに出来る、途轍もない凄腕の彼が。ちょっと窘めただけで“ごめんなさい”と言わんばかり、小さな仔犬みたいに項垂れているなんて。子供のそれのよな頼りない力でつねられているかのように、胸の奥がきゅうんと甘く絞め上げられて切なくなる。

 「怒ってませんよ。お顔、上げて下さいな。」

 そぉと囁き、振り向きますよと伝えると、
「…。」
 まだ項垂れたままの、それでも。そこへちょこりと載せていた額を、肩から浮かした彼だったから。なめらかな所作にて身を返し、遠のく前にと…捕まえる。

  “…え?”

 痩躯は軽く、一応は男としての尋を持つこの腕へ、頼りないほどの小ささで収まって。それは素直に驚いた顔を上げたことで、すんなりと伸びてしなう背中を、ふんわりとくるむように抱いて差し上げ、

 「ほら。この絆創膏、剥がして下さいませんか?」
 「…っ。」

 コトの起こり、そもそもの元凶。大切なおっ母様のお顔に刻まれていたことから、次男坊の目が眩んでしまった、痛々しい傷の上へ。ぺたりと貼られた、小さくて白い、晒布の絆創膏。ちょっぴり身長差がある二人ゆえ、優しいお顔はこちらを見下ろして来ており。

 「どしました?」
 「……。」

 大好きなおっ母様。痛かったでしょうにと思うと、そこへ触れるのも怖いこと。ちょっぴり躊躇しつつも見上げれば、青い瞳はやさしいままで細められ。さあと促しているばかり。

 「…。」

 白い手を伸べて、そぉっとそぉっと爪を立てての端を引っかけると、そろりそろりと引いて剥がせば。確かに痛くはないらしく、くすすと目許を細めて笑ったほど。じりじり剥がされたその感触か、それともキュウゾウの見せた恐る恐るな態度かが、シチロージには微笑ましいほど擽ったかったからだろう。そして、

 「…。」
 「どうです? 傷がありますか?」
 「…。(否)」

 ゆるゆるとかぶりを振ったそのまま、じぃっと見つめて下さる視線の方こそが、擽ったいやら痛いやら。怪我がなくなってて良かったという安堵とそれから、慕う対象への甘い感情の滲んだ、それはそれは一途な視線。

 「…凄いですねぇ。」
 「?」
 「視線でまで、人を射止めることが出来るなんて。」
 「???」

 今度は何を言っているシチロージなのだかが判りかねたか、赤い眸をきょとりと瞬かせ、小首を傾げたカナリアさんへ。何でもありませんとゆるゆる首を振りながら、そのまま…自分のおでこをすぐの間近な白い額へくっつければ、

  「〜〜〜っ。////////

 それはそれは判りやすくも、ぽんっと音がしそうなほどの勢いで。頬から耳からうなじから、真っ赤になってしまった次男坊。とんでもない凄腕と感心した剣豪さんを、難なく陥落せしめてるおっ母様は、そんな自分の所業に果たして自覚があるのやら。ありゃりゃどうしましたかと、案じるような声を出したところを見ると、

 「あれは、シチさんには自覚なんてありませんな。」
 「さようさの。」
 「天然ですから、シチさんたら♪」

 これこれ、大人のお侍の皆様がた。戸口に凭れてのそんなところで、立ち聞きはいけませんぜ?
(苦笑)






  〜どさくさ・どっとはらい〜 07.9.14.


  *以前、拍手で、
   『9の知らないとこで7さんが怪我したら9はどうするんだろう…』
   というお声をいただきまして。
   いきなり思い出して書いてみた次第です。
   無茶苦茶遅い反応ですみません。
   コメントくださった方は、きっともう覚えておいでではないかもですね。
(苦笑)


めるふぉvv
めるふぉ 置きましたvv **

**

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