秋滄月冥渠睦夜 (お侍 習作82)

       〜 お侍extra  千紫万紅 柳緑花紅より
 


闇の中、どこからか香るは、キンモクセイの匂い。
甘い香りが夜陰の中、姿を見せぬまま、されど鮮やかに届くのが、
妙に華やかでなまめかしい。

「どこだっ!」
「判らんっ、見失った!」
「ちぃっ!」

煌月が見下ろす静かな森の中、
下生えを蹴立て、茂みを騒がし、逃げ惑う気配がある。
いやさ、相手を誘い込んだは彼らの方であり、
途中までは追っ手であったはずなのだが、
肝心要の相手を見失い、途轍もない焦燥に駆られつつ、
昏い森の中を無秩序に駆け回っている一団で。

【 とっとと見つけ出さぬかっ!】

大将や幹部格に機巧躯の甲足軽
(ミミズク)を数人揃えた、野伏せり崩れの盗賊団。
手下には鋼筒
(ヤカン)乗りも多く抱えており、
結構な陣営で威勢を振るっていたのだけれど。
そんな彼らが悠々と跋扈していた辺境へも、
とうとう、あの、噂の賞金稼ぎたちがやって来た。

 『褐白金紅? なんだそりゃ。』
 『お頭、知らないんですかい?』

あちこちの、やはり辺境に散っていた野伏せりの残党らを、
片っ端から狩っている、凄腕の賞金稼ぎ。
元は浪人で、しかも斬艦刀乗りだったとかで、
生身ではあるが侮ってはいけない、とんでもない腕っ節の二人連れ。

 『片やは、いかにも修身に務めましたという年頃の、落ち着き払った壮年で。
  だってのに途轍もない刀さばきで、
  紅蜘蛛や雷電どころか、戦艦だって一太刀で叩き落としたっていう剛の者。』
 『う…。』
 『その連れっていうのが、また。
  見かけは怖いくらいに別嬪だが、やっぱり只者じゃあない剣豪で。
  通った後には城だって森だって残らねぇ。
  鬼みてぇな双刀使いだって話ですぜ?』

そこまで強いと噂の奴ら。
彼らの活躍のお陰様、名高い盗賊団はもはや数えるほどしか残っていない。
だが、たった二人の陣営だというのなら、

  ―― ならば仕留めてしまえばいいだけの話。

こちらだって、ただ数がいるってだけじゃあない。
得意なことへと特化した者らが組んでの、息の合った一大軍勢なのだ。
役人や捕り方に取り囲まれても、粉砕突破して来た実績、
そやつらに示しての返り討ち。
畳んで熨して、逆に名を上げようぜと、
意気盛んにも気炎を逆巻かせていたはずだのに。

 「いたかっ!」
 「いや、まだ見つからぬ。」

深夜の街道脇、荒野の外れ。
土地勘のある深い森へと誘い込み、二人を分断しての搦め捕ろうとしたその矢先。
向こうから先に二手に分かれて、しかも気配を消したものだから。
こっちの手勢がどれほどのこと慌てたか。
どうやら向こうが構えていたのも、二手に分かれての掃討作戦であったらしく、

 「ぐぁあっ!」
 「どうしたっ、ヨスケっ!」

やっとのこと、夜陰から滲み出した紅衣が白銀閃かせ、月の下に躍る。
噂の双刀使いは、ずんと若い侍で。
白い頬を冷たく凍らせたまま、しなやかな肢体、風に乗せての踊らせて、
その姿を捕らえたと思ったらもう遅く、
脾腹や頚の血脈を撫で斬られ、
あっと叫ぶ暇間もないまま、その場へ倒れ伏すしかなくて。
そんな彼が追い詰める役かと思いきや、

 「待てっ!」
 「てめぇっ!」

遅ればせながら追って来た雑兵たちを、
一つところへ集める“オトリ”役でもあったらしくて。

 ―― ざぁっ、と

生身でそこまで出来るかと、唖然とするほどの跳躍で、
風を撒いての宙へ高々翔ったのを、おおと見上げた隙だらけの賊ら。
下っ端も組頭格の兎跳兎も入り交じっての、呆然としているのへと、

 ―― 哈っ!

まとめて絡げたは、白い衣紋の壮年の大太刀で。
さして特殊な大物の得物じゃあない。
ただの腰提げの太刀だってのに、

  その一閃のすさまじさ、雷鳴なきイカヅチの如く。

ぶんと振られた剣撃の圧が途轍もなく重い。
しかもそこへ、
侍にしか会得は不可能とされて久しい、
超振動の波動を帯びてもいるがため。

 「うわぁあぁっっ!!」
 「ぎゃっ!」

刀と腕の尋を足しても到底触れないという距離があっても関係なく。
密集している木々が刀さばきを封じるとか、
こちらの気配を遮ってくれるなんてな小細工は一切通じぬ、
場慣れしている本物のつわもの。
むしろ、そんなことから油断していた意表を衝いての浮足立たせて、
自慢の腕っ節とやらも、棒振りしか出来ぬほど固まっている相手。
あっさり搦め捕れなくてどうするかとばかり。
ものの数刻にて主立った幹部や機巧躯のクチを掃討し終え、
あとは…風になぶられる梢のさざめきしか聞こえぬ、
森閑とした静けさが満ちるばかり。




 「…うむ。では、後は頼む。」

近在の村へ待機させてあった、州廻りの役人らへの連絡をつけると、
使い慣れて来た電信器のスイッチを切った壮年殿へ、

 「…っ。」

不意を突いての背後から忍び寄った影が、
細身の得物、するりと繰り出しての首もとへ巻きつけて。

 「隙だらけではないか。」
 「…久蔵。」

お主を警戒してどうするかと、
ほっそりとした腕を巻きつけて来の、
ぽそり、こちらの背中に痩躯を伏せた相手へと。
勘兵衛が苦笑混じりに応じれば、
不服そうに口許をゆがめた久蔵が、声を低めて言い返す。

 「…忘れたか。」
 「覚えておる。」

いつかは刀を向けあっての立ち合いを約している間柄。
だから、警戒しない相手だなどとは理屈にならんと言いたいらしい。
いかにも不満と、くぐもった声になってしまった、
金髪紅衣の若いのへ。
あんなにも短い一言だけで、
意が通じての応じを返せる壮年殿であったりし。

 「…。」

広い背中は堅いが、衣紋越しでも温かで。
こうしてひたり、こちらから抱くようにして、
大きく開いた懐ろ胸板を合わせていると、
頬に触れる蓬髪がくすぐったいのも気にはならず。
たいそう落ち着けはするのだが、
やはり気に入りの精悍なお顔が見えぬのがつまらない。

 「…何か不満か?」
 「…。」

同じ沈黙でも、浮き立っておるものか沈んでおるものか、
あっさり拾える相手だと思い出し、
何でもないとかぶりを振ったが、

 「今宵はずんといい月だが。」
 「…?」

何を言い出した勘兵衛なのやらと、続きを待てば、

 「      」
 「〜〜〜っ。////////」

聞いた途端に、真っ赤に染まった頬を浮かせ、
その背から逃げを打ちかかった相手をそりゃあ素早く。
振り返りざま、片手のみにて捕まえてしまった壮年殿が、
一体何を囁いたかは…月だけが聞いていた秘めごとで。


 ―― 手を離せ。/////
    離してもよいのか?
    〜〜〜。///////
    では致し方ないかの。
    ?
    この身を冷ますのに、そこいらを歩いて来るまで。
    〜〜〜っ。


はてさて、どちらの勝ちでしょう?




  〜 Fine 〜  07.10.15.

うふふんvv


 *『難儀なことには』ぱぁと2というところでしょうか。(苦笑)
  久蔵にとって、勘兵衛様はすてきな萌えどころありすぎの、
  考えようによっては困った対象なのかもしれません。

 *ところで、ウチのR指定の指定枠というのは甘すぎますでしょうか?
  具体的な描写がなければ、注意をしても隠さないでおりましたが、
  行為がキス以上に及んでいるのなら、
  やはり“裏”として隠すべきでしょうかね。
(う〜ん)


めるふぉvv
めるふぉ 置きましたvv **

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