秋麗寂寥 (お侍 習作83)

       〜 お侍extra  千紫万紅 柳緑花紅より
 


 ――まだ冬には暫しの間があるというのに。
    陽の明るさにも夏とそうそう差はなくて、
    空も青々と晴れ渡っているというのに。
    晩秋の空の下になる景色風情というものは、
    どうしてこうも、
    物哀しき透明感に満ちているものか…。



            ◇



山野辺の寒村、あまり知られてはない湯治場へと訪のえば。
深紅の桜に、銀杏は金。紅蓮のツツジに鬱金の槐
(エンジュ)
大楓の梢では、緑から黄、赤に紅と徐々に深まる秋色を、
一幅の絵画のように織り出していて、目にも鮮やか。
そんな錦秋の金赤に見事に染まった峰々を背景にした小さな村は、
冬場は雪に押し込められる家内にて、細工ものでも生計を立てているものか。
他の木々とは落葉の時期が違うそれ、
この時期にも青々とした竹林に厚く囲まれてもおり。
遠い峰々の赤との拮抗がこれまた絶妙で、
この上なき眼福ものの絶景だったりする。



頭上高くへ天蓋のように、緑葉をたたえた瑞々しい梢は、
風に揺れればさわさわと囁き。
幹まで撓
(たわ)ませ揺らす大風には、
突然の驟雨のような どよもしを轟かせ。
その空間を匂い立つよな青の息吹に染めるばかり。
そんな竹林の中、

 “…おや。”

固定電信を借りたついでに、村の長への挨拶にと出向いた帰り。
宿までの帰途を、さくさくと歩んでいた壮年殿が足を止める。
強靭そうな槍の隙間なく見えるほど林立する中に、
金陽が射し入るその狭間へすらり立つ、
若い連れ合いの姿を、
期せずして見かけた勘兵衛であり。

 「………。」

声を掛ける機を逸して、だが立ち去りがたく。
濃密な竹の気配に相殺されたか、こちらに気づかぬのを幸いに、
凛然としたその姿についつい見入る。
彼もまた退屈しのぎの散策に出たものか、
背には双刀を負っての、着いたままのいで立ちでおり。
相変わらずの長衣の紅色が、
こうまでの緑の中、どうしてだろか、少しも浮いての目立ってはいない。
存在感がない訳でなく、
現に、一旦視野に入れるとどうにも視線を離し難くなる、
それは印象的な青年だのに。

 「…。」

黙したまま立ち尽くす細い背を暖めて照らすは、
重陽ならではの澄み切った金色の陽射し。
それを受けて、なお煌く金の髪や、
少し項垂れたうなじの細さ、
頬の肌目の白さが目映いほど引き立つ横顔の、
あまりに玲瓏がすぎてのこと。
ひょいと地上へ舞い降りた、人ならざるもののように見えるからなのか。

 “気負いや勘気だけは、重々 人間臭くも熱いのだがの。”

この静謐ぶりが嘘のよに、
人のお膝へわしわしと斟酌なく乗り上がりの、
ぎゅむとしがみついてくるしゃにむな姿も彼には違いなく。
その相違へと、勘兵衛の胸が小さく暖まったそんな間合いへ、

 「…。」

頬を掠めて通り過ぎた小さな風に、居並ぶ青竹たちがさわさわと揺れた。
柔軟だのに融通の利かなさそうなその清冽さに、
久蔵自身と重なるものを感じもし。
何かしらへと気づいてのこと、仄かな苦笑をついつい咬みしめる壮年殿で。

 “…成程、それで。”

刀さばきも身ごなしも、あの若さで人外等級に匹敵するほど、
凄絶なまで研ぎ澄まされし練達ではある。
だからこそ、婉曲老獪をまだ知らず、まだ不要とする久蔵の、
鋭くて鮮烈だが、若いがゆえの脆さも同居する、
どこか危うい青さと通じるものがあると。
それで、いつになく周辺に同化して見えた彼なのかも知れぬ。
若木のようなその痩躯も、白玉から刻み出したような横顔も、
気魄が籠もれば鬼さえ逃げ出す鋭利さをまとう剣豪と、
重々知っていながら、だのに、
勘兵衛の眸にはただただ、玲瓏繊細なそれにしか映らなくて。


  ざわ、さわわ…

  風に躍ってざわめいて。
  遠い遠い潮騒を想起させるは、
  緑の香が立ち込める、陸の深海。

  優美な闘魚の赤い尾鰭も如くあらん、
  長々と足元まで垂れし衣紋を風に攫われて、
  若き連れ合いの嫋やかな姿態が、ここの精気に取り込まれてしまわぬか。

  不意に木の間を切れ込み、こちらの眸を射た金陽に、
  知らず、目許を眇めた壮年殿だったりするのである。







  ◇  ◇  ◇



誰か人へと関心を持ち、
相手の姿や声、温みに触れると胸がくすぐられ、嬉しいと思うこと。
その人が微笑うと自分まで、胸の奥がほわり暖かくなること。

 『それが、人を好きになるということですよ?』

それを教えてくれたおっ母様が、それは慕っていた人物は、
そんな彼と出会うより前に、
こちらの心の琴線を乱暴にかき鳴らし、現れてくれた存在でもあって。
久しく触れる機会のなかった、鋭利な殺気と巧みな戦術。
戦さのあとの停滞の中、
もっと高みへ翔るため、強くなるための手ごたえを欲していた眼前へ、
それは鮮烈に現れた、腕っ節も気概もそれはそれは手ごわき彼
(か)の人は。
対等かそれ以上の相手へのみ滾
(たぎ)る血を沸かせ、
久々の敵愾心を強烈に抱だかせたくせに、
先約があるので待てという、奇妙な約定を久蔵へと突きつけて来て。
それを素直に呑んだは、
つまらぬ短慮から“完全ではない”相手に勝ってもつまらぬという、
あくまでも久蔵の側の、屁理屈を知らぬ矜持が働いたがゆえのこと。
そんな久蔵の…不意を突いては髪に触れ、肩を抱き。
瞳を覗き込み、やわらかな囁きを与えての、
暖かさや安らぎという情をもくれ続けた彼だったものだから。
気がつけば、

 ―― 誰にも触れさせぬとしたそんな相手が、
     誰にも譲れぬ想いを捧げる対象になるのは、案外と呆気なくて。

虜になるとはこのことか、
どこもかしこも愛おしくなるのが、不思議でならず。
優れたところも、至らず足りぬところも、今では同じくらいに愛しい。
才豊かで尋深いところも、だのに朴念仁で不器用なところも。
静謐で口重く、胸の裡
(うち)は秘して明かさぬ老獪周到なところも。
だのに…睦言まがいの言いよう、戯言を、
衒いもなくのあっけらかんと口にする、何とも厚顔なところも。
同じくらいに癪で、同じくらいに気に入りで。

 ―― 離し難くて固執に焦がれ、想いすぎての苛立ちに胸が煮える。

十年という長い歳月、
刀の練達の存在が醸す重厚な存在感や、
殺気がはらむ冷ややかな血の匂い以外には、
意識も向かず、関心も沸かなかった筈だのに。
刀を振るう姿を見、張り詰めさせた鋭たる気勢を感じて胸躍るのは判るが、
それ以外の所作、それ以外の姿へも、眸が向き、気になる。
手元の書面へと視線を落とす時の目許とか、
器用ではないが力強さの象徴、頼もしい大振りの手とか。
髭をたくわえた顎の線。
小さく微笑うと伏し目がちになる癖、味のある形になる口許。
蓬髪の陰で揺れる耳飾りまで、
どれもこれも気に入りで、ついのこととて視線が向かう。
こんな人性であったろかと、我ながら意外に思うほど、
それだけあの男に捕らわれている自分にも気がついて。
それが厭なら斬ればよかろに、

 “〜〜〜。/////////

いや、まだだ。勿体ないと。
それをさえ思い出すことが少なくなっている約定、
果たされるは、一体いつの日のことだろか…。





 「…っ。」

宿へなかなか戻らぬ連れ合いを、探すでもなく出掛けた先にて。
青々と広がる竹林から、明るさを頼っての外へ出ると、
一気に開けた眺望に、意表を突かれてのこと、思わず足が止まる。
蔦の赤や下生えの雑草の緑、茅の亜麻色がところどころに混じりながらも、
芒種の長い草の枯れた色合いがただただ続く、
それは広大な草原が、遥か彼方までという勢いで眼前に広がっていたからだ。

 ―― そしてそこには、探していた存在も居た。

夕映えに染まる海原をも彷彿とさせる草原に、
一人、立ち尽くす人影がある。
砂防服の褪めた白が、黄昏の始まりかかった金色の陽に染まり、
周囲の枯れかけた草葉の色に、そのまま溶けいっての呑まれてしまいそうで。

 「ー。」

島田と、声を掛けようとしたものの、
その気勢を引き留めての遮ったのが、彼の人の精悍な横顔だ。
襟元に立てるようにして巡らせた首巻きへ、
頑丈そうな顎の先をほんの少し埋めての西を向き。
何を思うてか、遠い眼差しをしている彼であり。
時折強く吹きわたる風は、草の波を大きくうねらせての近づいて、
彼のまといし衣紋を揺すぶってひるがえし、
名残り惜しげに深色の蓬髪を撫でながら、後方へと過ぎゆきて。
草の波が躍る荒海の中にあって、微塵も揺らがぬ屈強な姿は、だが。
彼があの大戦からこっちを、たったの一人で歩んで来たこと、
その広い背へ様々に背負ったものに、されど屈しないからこそ、
延々寥々、終わらない孤高の旅であることをも、示唆しているかのように見え。

 “…。”

雄々しい躯、精悍な風貌、冴えた眼差しに、
厳しさのみを孕んでの、物思う静謐な横顔が、
自分へまで余所余所しく見えるのが、どうにも居たたまれない。

 “いつも自分から言いおるくせに。”

誰へでも寛容なところが気に入らないとの悋気を起こすたび、
儂はお主のものだからと宥めるくせに。
そうと言いつつ、
久蔵さえも彼岸の存在にして、こうして独り佇むのが、
誰彼の例外なく、人を寄せぬのが習いになっていることの裏返しなら、
これもやはり、許しておいてはいけないことなのかも。

 「…。」

荘厳な絵画のような情景の中へと踏み入って、
自身へも黄昏の陽を浴びながら、風にうねる草むらを踏み分けて。
上背のある壮年の立っているところまで、櫂を差しての漕ぎゆけば、
草の音にか振り返り、


  ―― 久蔵か。迎えに来てくれたのか?
      …。(頷)
      放っておいてすまなんだ。帰ろうか。
      …。////////(頷)


表情という温みの戻ったお顔、かすかに綻ぶのが理由もなく嬉しくて。
それでと含羞みに頬が染まったのを見つかって。

 「久蔵?」
 「〜〜〜。////////

何でもないないとかぶりを振りつつ、ついその裾を握ってしまった首巻きが、
そのままふわりと進呈されたものだから。
「…っ。////////
柔らかな温みとともに頬へと触れたは、精悍な残り香。
胸底をつんと突々かれて、
思わぬ暖かさへと頬が緩みながらも、どうして?と見上げれば。
その態がいかにも幼く見えたのか、
夕陽に縁取られた大好きなお顔が仄かに咲笑う。

 「風邪を拾わぬうち、急ぎ戻ろうぞ。」

大きな手のひらが、愛おしいと言う代わりのように頬を撫でてくれ。
肌へと触れた直接の熱が、

 「…。/////////

愛おしいという言葉以上に青年の身を熱くする。
寄り添い合えば、人恋しい秋の寂寥も去っての暖かく。
晩秋の錦景は絶景でさえなくなって、
こっそり重ねた互いの手の熱しか感じない。
どこかで鳴いたヒタキの声が、風に撒かれて攫われて。
夕景の中、去ってゆく二人の影へ、名残り惜しげに別れを告げた…。






  〜Fine〜 07.10.22.


  *急に秋めいての、毛布じゃ起毛の敷布じゃと、
   防寒具を引っ張り出しちゃったそのあおり、
   しんみりした秋の風景の中に二人を置いてみました。
   相変わらず、叙情的な文章は苦手です。
   すいませんね、柄でないことして。
   秋だってのに久蔵さんを竹林に立たせてみましたが、
   凛と凄艶なと来れば、七郎次さんの方が似合ったかもですね。
   ウチのシチさんは白椿とかフリージアとかが似合いそうなタイプなもんで。
   勘兵衛様さえ無事なら後はどうでもというタイプなら、
   曼珠沙華とか深紅の芍薬とか、ジギタリスとか似合いそうですが…。

  *ちょいと判りにくかったかも知れませぬが、
   自分が居るのにも関わらず、こんなところで独りで居ずともと、
   むずがりかけてた久蔵の心情を嗅ぎ取った、
   あくまでも物分かりがいいというか察しのいいおさまでございますが。

   ………さて 後刻。

   何せ山野辺の地のことゆえと、
   ひどく冷え込むようなら常より濃く深く暖を取らねばというよな意、
   一緒に湯に浸かりつつ ぽそり耳元にて囁くお元気さ加減は、
   果たして気に入りなのでしょうか、
   それとも腹が立っちゃう図々しさなのでしょうか。
   どっちでしょうか? 久蔵さん。
(こらこら)


めるふぉvv
めるふぉ 置きましたvv **

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