お膝には仔猫
 (お侍 習作84)

        *お母様と一緒シリーズ
 


いかにも四角い正座のまんま、それでもちょっぴりゆったりと構えて。
長めの羽織の裾をば、品よくふわんと周囲へ広げ、
板の間、囲炉裏端に腰を下ろしておいでのお姿が、
もうすっかりと見慣れたそれへと落ち着きつつある 彼こそは。
この古農家、転じて“詰め所”の主の片割れの、
金髪長身、色白で眉目秀麗、三本まげの色男、
シチロージという美丈夫で。
水色の瞳も、細おもてのお顔や所作風貌も、
ひときわ優しげではあるものの、
あの大戦においての れっきとしたお侍。
北軍空挺部隊では、司令官・島田勘兵衛殿の副官として斬艦刀を巧みに操り、
白兵戦では御主の背中を預かって、赤鞘の槍を振るう歴戦のつわものだったとか。
それが何でも、大戦のあとは虹雅渓の大きな料亭で、
太鼓持ちという、打って変わってやわらかい職に就いていたそうで。
元は無粋で野暮な軍人だったものが、
金満家や御大尽を相手に、宴を盛り上げる芸達者になっておろうとは。
よほどのこと、人の心の機微というものを、
手厚く拾える気性をなさっておいでだったらしくって。

 ……とはいえ、それとこれとは別物だろなと。

穏やかで甘やかで優しくて、
見ているだけで、ほわり、胸底が温まる。
決して作り物や営業用には見えやせぬ、
そんな光景の中に、今は収まっている彼だったりし。

 「…どうしましたか? 頬が擽ったいのですか?」

どれ、この後れ毛ですね、避けてあげましょうと。
そおと伸ばした白いお手にて、よしよしと構いつけるお声も甘く、
頬に口許に、自然と浮かぶそれだろう、やわらかな笑みも温かく。
先程からお膝の上にて、金の綿毛のお猫様をお一人、
どーらどらとあやしておいで。

 「〜〜〜♪ ///////

日頃からも、かあいらしいとそりゃあ構いつけておいでの相手。
他の者にはいつだって、冷たい無表情にしか見えないものが、
おっ母様には…含羞みを滲ませた物怖じ顔や、
躊躇の気配を含んでの戸惑い顔だと、ちゃんと見分けがつくという、
双刀使いのキュウゾウ殿を、そのお膝にじゃらしておいでで。
いくら相思相愛、もとえ、
お互いに憎からず思い合ってるおっ母様と次男坊であれ、
日頃の触れ合いは もちょっと節度があったのだけれど。
大人で寛容、
人を甘やかすことへも手慣れた鷹揚さが出るシチロージの方はともかく、
キュウゾウの側には…さすがに照れが出るものか。
それとも物慣れぬがための、これも戸惑いが出てのことだろか。
自分の額を相手の肩の上へ、ちょこりと遠慮がちに乗っけるとか、
おっ母様の方から手を延べていただいたのへ
それを押しいただいての、自分の頬へうっとりと押し当てるとか。
彼の側からはそのくらいのアプローチしか出来ずにいたものが。

  今のお二人の様子はというと、

慣れた様子で長い脚を畳んでの、正座を構えたおっ母様のそのお膝へ、
すぐ傍らに…こちらも見様によっては正座もどき、
紅衣の裳裾を板の間へ大きく広げ散らかしての、
へたりと座り込んで身を丸め、上体を倒し込んでの甘えよう。
大事なお宝を抱え込んでの守るかのよに、
しなやかなその両腕を相手の腰にまで回し、
ぎゅうと抱きついている様子は、少々尋常ではないのだけれど、

 “まま、しようがありませんよねぇ。”

半分ほど夢うつつでおられるのだしと、
すっかり事情が判っているだけに、
お気の毒だとは思っても、厄介だとは感じぬらしいシチロージ。
お膝に載った白いお顔を覗き込みつつ、
ふわふかで手触りのいい金色の綿毛を、ゆっくりゆっくり梳いてやり、

 「んん? まだ眠くはなりませぬか?」
 「…。(否)」

かぶりを振るのへ、そうですか? そのままじゃあ窮屈じゃないですか?
何なら隣りの寝間で横になりませんか?と、
至って暢気なお声をかけては、容体を案じて差し上げているばかり。

 “突然の猪退治も、キュウゾウ殿にはさしたる突発事ではないのでしょうね。”

そう。事の発端もまた、
このお人がもたらしたというか、
彼へと降りかかった出合い頭のようなもの。
弓の習練の合間に、
体を伸ばしがてら鎮守の森なぞを哨戒していた折のこと。
人より獣の多く通りそうな奥向きにて、
彼とばったり鉢合わせたのが、結構大きめの猪で。
いつぞや、ゴロベエ殿がねじ伏せたのに比すればやや小ぶりだが、
それでも立派な大きさ、大人のそれであったその上。
キュウゾウ殿の赤い衣紋に興奮したか、いやそれは牛じゃあなかったか。
冗談や脱線はともかく、
向こうにしても唐突に目の前へ現れた存在には驚いたのだろう その恐慌から、
正に猪突猛進の態で突っ込んで来たものを、
最初はひらり躱してみたものの、
お怒りが解けぬか執拗に追って来るものだから。
仕方がないかと一刀の元に仕留めての、
夕餉に使えと、炊き出しの家へ持ち込んだのが昼下がり。
鍋にして肉を腹一杯堪能するにはちと足りないが、
煮物汁ものには十分と捌いておれば、

『〆めたばかりだと身が堅いのですよね。』

造成班の現場から戻って来られたシチロージ殿が、
厨房のにぎわいぶりに気を留められたか、そんなお声をかけて下さり、
酒精の抜けた古い酒があったら、それをと所望されて。

『ショウガ汁とそれから、
 これも足しての少しだけ漬け込めば、身がふっくらしますよ』

さすがは口の肥えている街方のお人で、そんな助言を下さったので。
その通りにと作ったものが果たして夕餉の膳に並んだ。

 ―― ところが。

確かにお酒に弱い彼なのは先刻承知。
とはいえ、料理に使った程度の量で、しかも酒精は抜けてもいたもの、
それでも…食せばこんな風になろうとは思わなかった。

 『…キュウゾウ殿?』

ごちそうさまでしたと、合掌した彼であったところまでは、
いつもと何ら変わらなかったのだけれども。
常からも少々伏し目がちな時の多い目許が、
何だか怪しくも重たげになっており。
眠いのですかと問うたシチロージをちろと見やると、
そのまま ぱったりと倒れ込んで来ての…この有り様。
よもや具合でも悪くなったかと血相変えたおっ母様へ、
くるるくるるという睦声さえ聞こえて来そうな機嫌のよさに、
いち早く気づいたは、さすが惣領殿のカンベエ様。

 『これは…ほろ酔いでおるだけだ。』

珍しくも口許がそれと判るほどほころんでおると、
言ってのそちらも微笑われて。
ふにふに頬笑む、金毛のお猫様の頭を、
節の立った大きな手で、綿毛へ埋めるよにしてひと撫でし、

 『晩の習練は儂が代わって見ておるから。』

お主はついててやれと、さっさと立っていってしまわれて。

“ほろ酔い、ですか。”

くどいようだが、確かにお酒に弱い彼なのは先刻承知。
とはいえ、この程度の…香りづけ風味づけの酒にまで反応しようとは
ただごとじゃあないと怪訝そうに眉を寄せたシチロージの目に留まったのが、
キュウゾウの前に据えてあった膳代わりの盆。
煮物が盛ってあった鉢に、何とはなくの見覚えがあった。
大勢の分を一緒くたに作って、誰彼という区別なく配って回る食事なので、
使う食器だって不揃いで、多少縁が欠けていたってお構いなし。
こんな事態の最中なのだから、そのくらいは当然のこと。ただ、

「あ…。」

古くなった酒をとシチロージが所望した折に、
それへと注いで来て下さった鉢だと気がついた。

「…そっか。」

うっかりと、水で洗うという手間を惜しんだお姉様がたであったらしく、
濃いままの酒が塗られてあった鉢も同様。
それへ盛られた料理だったので、

「こうなった、か。」

無論、お姉様がたは元より、
こちらの腿へ頬を伏せ、ぐるるんと楽しげに頬擦りをする次男坊にも罪はない。
“二日酔いとか、なさらなきゃあ良いのだけれど。”
お猪口に1杯。それも舐めたくらいで
パタリと意識が途切れての眠ってしまったほど弱い君だから、
後々で具合が悪くならなきゃ良いのですけれどと案じてやりながらも、

 「…♪」

そのお顔は…何とはなく、楽しそうにほころんでいるおっ母様だったりし。
少ぉし丸くなってるお背
(せな)を撫でてやりの、

 「〜〜〜vv

頬擦りだけでは飽き足らぬか、背中をしならせての身を起こし、
懐ろから伸び上がって来た白いお顔へと。
驚きも怯みもしないで…よしよしと、
微笑みかけてやっての髪や頭を撫ぜてやり。
「〜〜〜vv ///////
満足げに咲き笑うのへ、こちらも笑って差し上げる。

 “だって…vv

こぉんなに素直に大胆に、
甘えてくれる、微笑ってくれるなんて初めてのこと。
酔っての箍が外れない限り、
これからだってそうそうは拝めぬお顔かも知れず。

 「しちvv ////////

その双刀を手にすりゃあ、鬼でも裸足で逃げ出すだろう、
この若さで途轍もない凄腕の、ひたすら冷徹な剣豪殿なのに。
今は…まるでマタタビを得た仔猫のように、
大好きなおっ母様へ、衒いないまま“構え構え”と甘えておいで。
頬や目許、吐息に濡れた口許を朱に染めて、
紅の眸をうるうると、潤みの中に揺らめかせ。
その身を擦り寄せてのむしゃぶりついても足りないと、
幼くもあからさまながら、
熱烈に“好き好き好きvv”という意思表示をしてくれるのが。
こちらにとっても、頬を緩ます笑みが止められぬほど、
嬉しい欣幸に他ならず。
そのままでは危ないからと囁いて、
背に負うた双刀を素直に外させてくれたことへも、
そうまで心許してくれているのかと、胸がじんとしてしまう。

 「〜〜〜vv ////////
 「んん? どしました?」

言葉が出ないのは変わらぬらしく、
だのに、肉薄な唇を ん〜っと引き結んでの、
むずがる態がまた 稚くも愛らしい。
そろそろおネムか、でもまだこうしていたいから。
それでのむずがり、何とかしてとの無茶をねだる子へ、


  ―― いけませんよ? もう寝なくては。今日は一日お忙しかったのに。
      〜〜〜〜。////////
      じゃあ、こうしましょう。お歌を唄って差し上げますから。
      ?
      何のお唄が良いですか? 七つの子ですか?
      …。
      え? いやあの、それは子守歌や唱歌では…。///////
      〜〜〜。(否、否)
      判りました。でも小さい声で、ですよ?///////
      …vv(頷)
      じゃあ、お隣りへ移りましょうね?


いい子いい子と宥め賺して、
衾を延べたる寝間へと誘
(いざな)い、
さて、何を子守歌にとご所望されたおっ母様だったやら。
草間の秋虫たちだけが知っている。




  〜Fine〜  07.10.27.


  *目覚ましテレビの“土曜のにゃんこ”で、
   ご主人様に抱っこされ、
   そりゃあもうもう甘えてた猫ちゃんを観てしまいましてvv
   それまで書いてた“if話”の続きをおっ放り出して、
   こんなお話、書いてました。
   次男坊 母離れか?の続きは、もちっとお待ちを〜〜〜。
(苦笑)


めるふぉvv
めるふぉ 置きましたvv **

**

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