紅双華妖眸奇譚 (お侍 習作89)

       〜 お侍extra  千紫万紅 柳緑花紅より
 


          




 晩秋もいよいよと深まりて、近づく冬のこれも兆しか、風は冴え渡っての冷たくつれなく。陽が落ちてからでは尚更に、その冷ややかさにも鋭が増し。首をすくめるせいだろか、頭上の夜空を遠くに見せる。輪郭も鋭い煌月が見下ろす地上では、吐息を白くけぶらせながら、夜陰の中を急ぐ者がある。街道の外れとて、時刻も時刻で人通りも他にはなく。次の宿場までの進捗計算を誤ったか、それとも故意に…人目を避けての夜駈けする逃亡者か。少しほど湿った砂利をざくざくと鳴らす音も冷え冷えと、一様に俯き加減のままで進むは、ひのふのと結構な数のいるご一行。屋根つきの大きな荷馬車を中ほどに、周囲への警戒を怠らずの張り詰めたまま、さくさくと進む彼らだったが、

 「…っ。」

 先頭を進んでいた、くすんだ濃灰色の外套姿の男が、無言のままながらもひたりと足を止め、外套を撥ね払うようにして、その片腕を身体の横へと軽く持ち上げて見せた。いかにも制するようなその所作動作に、後続も倣っての速やかに立ち止まってしまい。よほど意を合わせていたものか、それともそれだけの緊張が皆を支配していてか。これほどの頭数が、だのに誰ひとりとして、無駄な声を立てる者はなく。
「…。」
 頭から肩からくるぶしまでと、随分な長さのあったマント状の外套が、その胸元から足元までの前合わせを開いたことで、やはり裾の長い、白っぽい衣紋がそこから覗く。そんな先導者の動きを見守っている中、つらいほどの緊迫感がぴんと張った夜気を貫くは、頭上にかかる煌月から降る蒼光か。切り通しになっていた名残りだろう、道の片側が大人の頭の高さほどの土手になっているその上。芒種だろう葉の長い雑草の株が生い茂り、それが夜風に揺れて寒々しい音を立てる。まるで海の細波のように絶え間なく続くその音が、風に煽られてか止むことなくの大きくなってゆき。逆巻く怒涛のように高まっての盛り上がったその頂点から、

  ―― 斬っ!

 超高速での接近だったせいだろう。草の細波に紛れていた気配と機巧の群れの駆動音とを、一気に押し寄せたそのまま迫り上がった機体ごと、天空高くへ舞い上げてのこちらへと、奈落落ちして来るまでの一連、ひとつらなりが、正に一瞬の出来事で。

 「…っ!?」

 機巧躯の身に月光を受け、その肌のおもてを鈍い青に染めて。何体かの鋼筒を取り巻きに、甲足軽が数体、その巨躯を夜陰に高々と躍らせ、疾風
(はやて)のように襲い掛かって来たのへと、

 「やはり、来おったか。」

 外套をかなぐり捨ててのフードの下から現れたは、背中までを覆う、濃い色の豊かな蓬髪で。それが覆う肩や背にて、月光を弾いて波打つは、褪めた白。衣紋の長い裳裾をひるがすは、夜風とそれから、それをまとった当人の切れのある所作と。最初に飛び込んで来た手合い、鋼筒の胴へと力強く打ち込んだ太刀での一撃を支点にし、既に方向が踏み変えられている足元へ、次はと追随して上体がなめらかに連動し。半回転にて振り返りざま、背後になった位置にいた甲足軽
(ミミズク)を3体。まずは空手の掌底で打ち倒しの、残りは手元へ引き戻した太刀で人で言う脾腹を右に左に撫で斬って。せせらぎを素早く泳ぎのぼるヤマメのように、それは見事に凶刃の下を掻いくぐっては次々に、相手を倒してゆく戦いっぷりの鮮やかなことよ。無論、相手もこれを背水の陣としていただけのことはあり、
「たった一人に何を手古摺っておるかっ!」
「早よう、探せっ!」
 機巧躯の頼もしい助っ人をことごとく、用心棒らしい手練れの侍にあてたその残りが、彼が盾となっての後ろに庇っていた一団へ、数に任せての血刀下げてなだれ込む。わっと左右に散った人々の中、いきなり切りつけるということもなく、一人一人へ腕を伸ばしては相手を確かめようとしており、
“…やはりな。”
 対象を殺してしまってはまずい。出来れば無傷で攫いたい。そういうややこしい優先順位があって、それで。こうまで手をこまねく結果になってしまった彼らなのだろうというのは、こちらへもとっくに織り込み済み。ただ、だからこそ、こうなったら多少の怪我くらいはと捨て鉢になっている部分もあるやもしれず、
「きゃあっ。」
「ひぃいっ!」
 女性も多数いる一座ゆえ、右往左往する一同の中からは甲高い悲鳴も上がったが、
「暗くたって見分けようはある。女に紛れていられる小柄な若衆だが、元は武家の子息。掴み掛かられりゃ、それなり身構える反射が出らぁな。」
 頭目らしい男の指示が飛ぶ。それに従って、一団の中へ躍り込んだ何人か、手当たり次第に相手の腕や肩へと掴みかかったが、
「? こいつら…?」
 手ぬぐいや頭巾をかぶっての、深々とうつむいている者が多く。顔を確かめんと強引に腕を引いて顎を上げさせれば、月光に照らし出されるお顔がどれもこれも、

 「ぎゃっ!」
 「な、なんなんだっ、こいつらっ!」

 どの顔もむき玉子のようにつるんとしたのっぺらぼう。掴み上げた腕も妙に堅くて骨張っており、力を込め過ぎると体を張り詰めさせていた筋か何かが切れてだろうか、急に萎えてのだらりと下がり、かちゃかちゃ硬質な音がして。もしやして墓場から卒塔婆を倒して起きて来た骸骨たちかと、ゾッとしたのも束の間のこと。

 「まさか…っ。」
 「からくり人形か?」

 それも、着物こそまとっているが ただの藁づとに頭と手足をつけただけの、いかにも即席、突貫で作りましたと言わんばかりの粗末な作り。それが…いくら夜陰という見通しの悪い中ででも、固まって道を急ぐ人々だと見えたのは、

 「ただの案山子じゃありませんのでね。」

 彼らが取り囲むようにしていた荷馬車。焦った甲足軽の一人が大太刀を薙ぎ払い、天井から底までを真っ二つに切り裂けば、衣装だ小道具だと一緒に外へと放り出された人影があり、
「林田平八様直伝の、傀儡操り。一人一人ばらつき持たせての動作制御は、なかなか見事だったでやんしょ?」
 濃色の袷に黒袴という、黒子仕立ての地味な姿の小男が、くっくっくっと楽しげに笑いながら、後方へと身軽にトンボを切って見せる。確かに、いかにも小心な人々がそれぞれに泡を食っての右往左往していたようにしか見えなかった操作は巧みであり、地べたへの着地と同時、パチンと指を鳴らして…傀儡からの糸を一斉に切ったらしく。
「うわっ!」
 その途端、人形たちも一斉に生気を失い、賊の身を拘束するかのようにばたばたと倒れ込む始末。
「ちっ、囮か。」
 人形ごときが忌ま忌ましいと、絡み付く腕やら糸やら、乱暴に引っ掴んでは邪険に押しのけにかかる手を、だが、意外にも ぐっと向こうから掴んでくる生身の手も混ざっていて。
「お人形遊びはお嫌いかえ?」
 しなを作った言いようと裏腹、岩のように骨張って大きくごつい手が、強引にも掴みかかって来るとそのまま、こちらの体ごと浮き上がらせる勢いで片っ端から引っ張り上げては引き倒す。
「力自慢じゃあ負けやせぬ。」
 それまでは怪我を負う者が出ないよう、大事を取ってのただただ大人しく耐えていたものが。今宵は待望の“反撃してもいい”との指示が出たものだから。鬱憤晴らしもかねてのことか、もはや好き勝手はさせまいよと豪快に笑うは、力士のように体格のいい剛の者。得物なぞ要らぬとの力技のみで、ならず者らを次から次へ、蹴たぐる威力は絶大であり、
「こんのっ!」
 頑丈そうな大男が紛れていたらしいとあって、こやつは目的の対象じゃあないから遠慮は要らぬと刀を抜いた輩へは、
「ぎゃ…っ。」
 その手や肩へ、音もなく宙を滑空して来たものだろう、細身の小柄
(こづか)が突き立っており。
「ウチは出し物が多いんでね。」
「出刃撃ちも忘れずにご贔屓くださいませな。」
 少し離れた木の間から、よく似たお声が歌うよにう追随し合ってのそうと告げ。串のような細い細い小柄が、したたた・たんと勢いよくも投撃される。余程に急所を狙わぬ限り、死に至るような深手は負わぬが、なればこそ下手に動けば眸や喉を狙われぬかという恐れを招いての、
「…うっ。」
 動きが凍る。煌月による、冴えてはいても乏しい光の中で狙いを定めるのは、彼ら優れた芸人にはさほど難しいことではないらしく。地の利がある自分らの方が圧倒されているという現状が、歯痒くてしようがないのだろう。ぎりぎりと歯咬みをし、形勢を見回しておれば、

  ―― がつっ、じゃぎり・ばきり、と。

 硬質的な打撃音に装甲が砕けたらしき破壊音。それへと重なった炸裂音は、駆動系のオイルへ引火したか、あるいは。電気的導線が断線による負荷に耐え兼ねて、熱を帯びての弾けた悲鳴だろうか。ぎょっとした無頼の賊どもが、示し合わせたように振り返った先では。黒煙を上げて倒れ伏す甲足軽の胸板から、持ち重りのしそうな柄を大振りの手が掴みしめての、軽々と引き抜くところ。5体の甲足軽、それぞれに2、3体のおまけ鋼筒つきを、たった一人で制覇した壮年殿が、月光を浴びての隈取りも色濃い、彫の深い造作のお顔を上げたれば。その視線がそのまま、死神からの何らかの宣告のようにでも思えたものか。ひぃいっと掠れた悲鳴さえ上げて、幾人かが後じさる。………そんな間合いへ、


  ―― ぽ………んっ、と夜空へ上がった、音と光と。


 修羅場で見上げるには相当に場違いなぼやけた花火。白色の、縁がにじんだ丸い光は、

 “狼煙
(のろし)か? だが、何の…。”

 相手陣営の頭数は、平八が七郎次経由で知らせてきた情報によれば、さほど膨大ではない筈で。だからこそ、今宵を正念場とみて、助っ人に…大枚積んだのだろう甲足軽を揃えてた彼らではなかったか。それを勘兵衛へぶつけた他にも、伏せてあったということか? 状況把握に、一瞬、壮年殿の動きが止まった隙をつくように、

 「…こっちだ、急げっ。坊主は確保したっ!」

 そんな声が響いた途端、ならず者らとの殴り合いを繰り広げていた座員らが一斉にハッとする。その反応へと、勘兵衛もすぐさま納得に至った。つまり、
「今の声。」
「あすこだよっ!」
 出刃撃ちの双子姉妹の妹のほうが、よく通る声で言っての柄に火を点けた小柄を投げれば。それが突き刺さった木の根元、駆け抜ける人物が夜陰の中、ほんの数刻だけ明々と浮かび上がって。
「馬子のじっちゃんっ。」
「あいつっ、草だったんか。」
「金積まれて寝返ってやがった。」
 背中の曲がった老爺の姿へ、口々に罵りの言葉を吐く面々だったが、それよりも。

  「…っ!」

 そんな老爺の背後を、誰ぞかを小脇に抱えた鋼筒が浮遊してゆき、その肘あたりからはみ出した…長い黒髪がぱさりと揺れたのへ、出刃撃ち姉妹が揃いの短い悲鳴を上げた。
「左馬之介
(サマノスケ)様っ。」
「シズル様っ。」
「これ、その御名は…っ。」
 大きに動揺した座員らがどよめくのも無理はない。この襲撃の敵方の目標であり、そして、だからこそこちらの陣営が護らねばならぬ存在。まだ前髪断ちの初々しい武家の少年が、選りにも選っての軽々と、その御身を攫われていかんとしているだなんて。

 「だが、左馬之介様の傍らには…。」

 傀儡使いが案じるような固い声を出して顔を向けた先。目的は達したのだしと、この際 恥も外聞もなくのおおわらわで逃げを打つ、ならず者らの隙間から。頼もしき用心棒を買って出て下さった、蓬髪の壮年殿の姿が覗く。
「…。」
 少々怖いほどの硬い表情をさらしての、黙り込んでいたのも束の間のこと。当て身でも食ったものか、すっかりと萎えての抗いもせず、連れ去られてゆく若いのの姿を見送っていたものが、

 「…っ。」

 何をどう見たものか、意表を衝かれたように はっとすると顔を上げ。もんどり打っての踵を返し、さっき来た道を逆行してゆく彼であり。
「勘兵衛様?」
「どうなされたっ。」
 そちらも彼らが来たほうへ、わらわらと逃げてゆく賊らはどうするのかと。今度こそは右往左往しかかる面々にも答えぬまま、丈の長い羽織や衣紋の裾をひるがえし、厳しい表情にて夜陰の中を駆けて駆けて。夜目が利く方だとはいえ、月の光がふんだんだとはいえ、人家もなければ広くもない、けものみちの従兄弟のような山道は、時に黄泉へと続く奈落を落ちているかのような、際限ない漆黒に吸い込まれてゆく錯覚を与えられるほど覚束なくて。月光の照らす白が目映いからこそ、夜陰の闇も暗くて深く。その二つが鬩
(せめ)ぎ合うようになって、まだらに世界を塗り潰しており。
「…。」
 非力な娘たちともまた別の場所へ、厳重に匿
(かくま)ってあった、奴らの目当て。旅の目的地が目と鼻の先だからこそ、焦ってのこと、直接的に攫って行こうとあからさまなちょっかいをかけて来た無頼の者たち。このまま進めば、半日かからず次の宿場へと辿り着く。だからこそ、破れかぶれで何を仕掛けて来るやも判らぬ相手の出方を待つよりいっそ、こちらからフェイクを仕掛けての釣り出してやり、手勢をぎりぎりまで削ってやればいいと。黒幕が自身で出て来ざるを得ぬほどに、追い詰めてやればいいと。そうと構えての大博打を打ったのに。
“あれは…。”
 街道脇に朽ちかけていた小さな稲荷の祠の奥を、突貫で掘り進めて社
(やしろ)を広げた急造の穴蔵には、洒落ではないが久蔵を護衛役に残してもおいた筈だってのに。そんなまでの対処を取ってあった、その身を厳重に守ってあったはずの左馬之介が連れ去られたということは?

 「…っ!」

 辿り着いた祠。施錠まではしていなかった格子戸を引き開ければ、打ち合わせと違い、手前の空間へ倒れ込んでいる人影があって。詰襟に痩躯へ張りつくような かっちりした型の、紅色の長い衣紋を乱暴に荒らされた格好で、うら若き青年がその双眸を伏せて、意識を失っての倒れていたのだが。
「こ、これはっ!」
「久蔵様でねか?」
「奴ら、数に任せて久蔵様をっ!」
 後から追いついた面々が中を覗いて驚きつつも憤慨したが、

 「…いや、これは違う。」

 板張りの社の中へと踏み込んだ勘兵衛が、身をかがめるとその腕へそろり抱え上げた青年は。自分をくるむ 人の気配と温かさに揺り起こされてか、白い頬にいや映える、赤い虹彩を据えた瞳をうっすらと開いたが。それと同時に、頭から…白銀にけぶる綿毛の髪がごそりとすべり落ちもして。半球状のそこから収まり切らずにあふれ出たは、つややかな光沢をおもてへまとった黒髪の流れ。
「や、これは…。」
「左馬之介様じゃ。」
 着ているものは、あの剣豪の少々奇抜な戦闘服だが、黒髪に縁取られた若々しいお顔はまるきりの別人であり。となると、いかにも乱暴な衣紋の着せられ方といい、部屋の片隅、影の中へと紛れさせて置いてあった赤鞘の双刀といい。仲間内に相手の間諜がいたというどんでん返しが発覚した、この土壇場で“そんな手”を打つ、いやさ、打てる人物はそうはいない。

 「………勘兵衛様?」
 「久蔵が、お主を気絶させたのだな?」

 訊けば、まだ意識の焦点が合わないものか、どこか曖昧な間を置いてののち、

 「…っっ!!」

 双眸を見開いての、懐ろから見上げて来るお顔の真摯さが全てを物語る。それ以上は何も訊かず、そうかと頷いた壮年殿。立ち上がるとすぐ傍らまで進み出ていた力自慢の若衆へ、彼らの大切な若様を譲ってやって。厳しい顔のまま、祠から外へと踏み出して。

 「あの無鉄砲が。」

 咄嗟の判断でこちらの若様の身代わりになり、相手へ故意に攫われたらしい連れ合いへ、勝手な仕儀を構えおってからにと、攫った連中よりも久蔵本人への、軽い憤怒を見せた勘兵衛だったが。




  いきなりの正念場という、フライングもはなはだしい話運び。
  お越しの皆々様へは、混乱させてしまって どうもすみませんです。 








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 *あ、しまった。
  此処に書くこと、上に書いちゃった。
(おいおい)