去年今年 こぞことし (お侍 習作90)

       〜 お侍extra  千紫万紅 柳緑花紅より
 


 
さして北へと来ている訳でもないからか、
雪さえまだ見ぬそれだったものが、
それでも今日は朝からのずっと、
急に冬めいての、底冷えが訪のうて。
風に肌が晒されたところから凍えが始まる…どころではない、
表へ出た途端、
いきなり じんと体の芯が、氷を飲んだように凍えて冷える。

 『これはまた、本格的な寒さでございますな』

逗留している宿の主が、まるで自分の落ち度ででもあるかのように、
すまなさそうに口にして。
一杯くべて下さいませと、炭を山ほど置いていって下さった。
四季のある土地、冬の支度も整のうてはおったので、
母屋から遠い離れであれ、
囲炉裏には炭火もかんかんと、燠
(おこ)されての暖かく。
有明の柔らかな灯火が照らす手元へ、
時事のあれこれ綴ってある刷り物、
広めの読み売りなんぞを開いていたところ。

 「…。」

手持ち無沙汰か、無聊を持て余していたらしい連れ合い殿が、
向かいにいたのを立ち上がり、
いつの間にやら間近まで、静かに寄り来ていたらしく。

 「?」

こちらが顔を上げ、視線を向けるのと入れ違い、
脇を空けさせの、お膝懐ろへともぐり込んで来る勝手も、
もはやすっかりと慣れたそれのお猫様。

 「…久蔵。」

こらと叱るほどのことではないと感じたは、
構ってほしいというよりも、
炭火に頬が火照ったか、それとも逆に少しばかり冷えたのか。
すりと頬が寄せられた所作に、
どこかしおらしい風情が覗いたから。
淡色の綿毛を透かしたその先、
伏し目がちになった目許、睫毛がけぶるその陰には、
紅の玻璃玉が一対、潤みを含んでの瞬いて。
睦言をうまく紡げぬことへと焦れての、苦い吐息を噛みしめた、
薄い口許がどこか切なげ。

 「お主、そうまで寒さに弱かったかの?」

そういえば、いつもいつも冷たい手をしていた彼を、
あの七郎次が始終案じてやっていたのを思い出す。
だが、そうと訊かれたご本人はと言えば、
ん〜んと幼い童子のようにかぶりを振って見せ、

 「島田は寒さに弱いと、シチが言うておったから。」

だからわざわざ案じてやっておるのだと、
そうと言いたいらしい態度がまた、
何とも拙く…いとけなく。

 「どうかしたか?」
 「いや。そうか、シチから聞いておったか。」

あやつめ、余計なことを吹き込みおって。
男臭くて精悍で、
それでいて横顔の稜線が意外なくらいに繊細な、
そんな壮年殿のお顔が、
細めた目許へ苦笑を滲ませ、やんわり優しく破顔する。
とうに暴かれておったれば、虚勢を張っても詮無いことと、
読み物をぞんざいに畳んでの、
世話になるかと懐ろゆるめ、
久蔵の痩躯を深々と抱え込む勘兵衛で。
そんな扱いをされて、なのに、

 「♪♪♪」

しぶしぶにしては和やかなお顔。
これが斬り結びという立ち合いだったなら いざ知らず、
まだまだ蓄積の足らぬお猫様、
人の意の奥底までをも勘ぐれたりはしないものだから。
何だかわざとらしいが、もしやして話を合わせていはせぬか?とは、
全くの全然 気づかないのが、久蔵の彼たる由縁というところかと。
お願いしますと頼まれたならば仕方がないと、
聞いてやろうぞという話の順が、
この態勢への立派な言い訳をくれるよで。
甘えかかっているのに何故だろか、
大威張りでかかっての堂々と、落ち着いていられるから何とも不思議。

 「…。」

枝垂れかかるよに凭れたはずみ、
紅の衣紋の長い裳裾、衒いもなくの蹴散らかしていて。
裾からの切れ込みからはみ出した、
小ぶりなお膝を何気に倒したあたりに丁度勘兵衛の腹があり。
下肢、腕、肩に脇。
総身の半分、片側を、密着させた相手の肢体の温かさとそれから、
その温みをまといし質感の、屈強さ強靭さに、
今更ながら惚れ惚れと感じ入る。
背へと回された腕の堅さや、
頬を寄せての半身を埋めた、懐ろの尋の奥深さ。
すぐの目前、袷の前合わせからは、
立った襟の陰、喉元の深みや鎖骨の合わせ目がわずかほど覗いており。
筋骨の節くれ立ったそのままへと肌が張りついているだけの、
ごつごつとしているばかりな粗野な輪郭が。

 「…。」

 なのに、だのに。

 「…。///////

  ―― 眺めているだけで、
      身の裡がざわめくほどもの色香が匂い立つのは何故だろか。

 「久蔵?」
 「〜〜〜。///////

いかがしたかと声をかけられ、何でもないないとかぶりを振って。
その陰で、ああまただと、自身の胸元を真白い手が掴みしめている。

  ―― これ以上はないと思っていたのに。

伏し目がちになると、細められての味のある趣きを滲ませる、
そんな勘兵衛の目許が好きで。
見ているだけで艶な気持ちになってしまう。
これ以上の“好き”はなかろうと、いつもいつも思うのに。
あっさりとそれを上回る“好き”がやって来るのが、
今の久蔵には一番の不思議で一番の苦衷だったりし。
深みのあるお声にときめいたそれを煽るよに、
壮年殿の視線が追って来るのから。
そそくさと逃れるようにしながらのこと。
そのお人の懐ろ、大好きな温みへと頬を擦り寄せるのが、
矛盾と気づかぬほどの至福にひたる、寒夜の底へと、

 ―― 何処からか届くは、梵鐘の奏で。

彼らには亡者の怨嗟にも聞こえかねない、
風のうなり、風籟のどよもし。
それを打ち消すかのように、
荘厳な響きが何処からともなく聞こえて来。
凍夜の静寂をますますのこと、
重くて深いものとし、夜陰の底へと沈めてく。

 「除夜の鐘、だの。」

そういえば、ここの床の間には
彼らが着いた一昨日から既に、
新年を迎えるためのもの、お鏡飾りが据えられており。
まだ三日もあるのに気の早いことよと眺めておれば、

 『一夜飾りは縁起が悪いとシチが言うておった』

  ―― 直前に いかにもやっつけで飾りましたでは、
      神様だって機嫌を悪くしますでしょう?と、

自らの力のみを信じて生きて来たゆえに、
神頼みは一切知らない久蔵と違い。
幼い頃はそれなりの家庭で育ち、
今は今で歓楽街の料亭を切り盛りしている七郎次なればこそ、
知っていたのだろう“世の常識”を。
いつの間にだか教わっていた、こちらの彼であったらしくって。

 ―― 昨日より今日、今日より明日と

少しずつ少しずつ、蓄えを得ての奥行きを深めてゆく彼が、
だがまだ無垢なまんまな眸を上げて、
もっと欲しいし求めても欲しいと。
瞳が潤み出すほども目許を細めての、
むずがるようなお顔になるのが、
大人げなくも…秘かに嬉しいと感じ入るとは。

 “涸れたとうそぶいたは、何処の誰だか。”

情の枯渇が聞いて呆れる。
身の裡の暗渠とばかり向かい合い、死びと同然になり果てた筈が。
この胡蝶、誰にもやらぬと胸を騒がす身となろうとは。

  ―― 島田?
      いや、何でもない。

ああ、早くも嘘を一つついた。
これはこの年もまた、波乱なくしては過ぎゆかぬかも。
何とはなし、そうと感じた壮年殿が、苦笑をますます深めたのへと、

 「???」

相変わらずに意が読めず、小首を傾げた胡蝶殿。
今度こそおっ母様にコツを訊こうと、
妙なことをば決意して、さて。
新しい年が厳かに、彼らの前へも進み出る。



  どちら様にも、よいお年を…

***

  〜Fine〜  07.12.31.


  *爆弾低気圧が炸裂して、とんでもない大みそかになっておりますが。
   皆様、お正月の準備は滞りなく進んでおいででしょうか?
   冬のグランドバザールの収穫にホクホクですか?
   今年はもう更新は無理かと思ったのですが、
   I様のところの『おさまを堪能する若妻』に萌えを頂き、
   何とかお務めを果たしてから、これを書き始めた次第です。
   (さすがに“おしりかじり虫”を聞きながらは書けなんだでしたが。)
   お陰様で、こちらのお部屋も
   最初の1年を乗り切っての2回目の年越しと相なりました。
   皆様からは拍手などなどで構っても頂き、
   励ましのお声も頂き、本当にありがとうございました。
   まだまだ萌えは収まらずで、
   来年もまたあれやこれやと書き散らかすことと思われます。
   よろしかったら引き続きお付き合い下さいませです。

めるふぉvv めるふぉ 置きましたvv *

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