失せもの探し (お侍 習作91)

        *お母様と一緒シリーズ
 


 傍若無人にも村を荒らす野伏せり退治に、どうかどうかお力をお貸し下さいませと。神無村という辺境の寒村まで、危険な荒野越えを経ての わざわざお越しいただいたお侍様がたは。七人のそれぞれがそれぞれに、実に個性的な方々揃い。例えば…いかにも古武士然とされた趣きの壮年様でおられる、惣領殿のカンベエ様は。日頃は物静かで落ち着いておいでで、なのにそこはかとなく重厚で存在感があり。さぞかし知識教養の造詣も深い御方と、お見受け出来る風情の御仁。それがひとたび刀を鞘から抜き払えば、冴えた双眸に宿るは修羅をも起こす武火の仄めき。豊かな蓬髪をなびかせて、よくよく練られた鋭い太刀筋を繰り出され、鋼の敵さえ一刀両断なされてしまう凄腕でおわすところが恐ろしいほど。はたまた、そんな御主を手厚く補佐なさっておいでの元副官、槍使いのシチロージ殿はというと。上背のあるすらりとした姿に、華やかな風貌、そこへと加えて愛嬌があってのはんなりと、いかにも懐っこい印象を振り撒く美丈夫で。よほどに堅い絆や覚えがあってのことだろか、カンベエ様からの指示や采配、一を聞いて十以上を洞察出来るのはともかくとして。他の方々への目配りも、微に入り細に入りと細やかだし、嫋やかな風情が何とも雅びな、街住まいの長かろう粋を染ませたいい男なのに…だからのことか 不思議と隙がどこにもない。

 『やーだ、隙がお有りんなさったならどーしただ?』
 『決まってるべvv』
 『んだvv いー匂いのなさる御身へ、ちょこっとでも擦り寄ってぇ…vv』
 『かーvv』
 『ひゃあぁvv』
 『やんだよ、この子らは色気づいてまあvv』

 そんなこんなで… お一人お一人が全く別個の個性的な方々なものだから、妙齢の娘御ばかりか、夫も子もある いい年増の層までが、自分はあの御方が好みだ、いやいやこちらの御方の方が頼もしいなどと、作業や手仕事の隙なぞに取り沙汰している始末だったりもし。そしてそして、そういう風潮、気づいておいででありながら、

  ―― 緊張感がない訳でなし、活気があるのはいいことよ、と。

 さしもの鬼の軍師殿も、そのくらいのことへ きりきりと粛正の声をかけるまでもなかろうと、敢えての放置をなさっておいで。………なんて余裕だ、神無村。
(苦笑)




  ◇  ◇  ◇


 「…おや。あれはシチロージ様でねか?」

 男衆が集められての力仕事に精を出す、弩
(いしゆみ)や砦の造成地で指揮を執られることもお有りの彼なのは。お若く見える見目ながらも実は、大戦時代からの蓄積があっての、采配上手なところを生かされて。それと、カンベエ様の意というもの、くどくどと言われずともしっかり把握出来ているところを重用されてのことであり。弩の偽物、物見砦への張り子の設置を進行中の今は、キクチヨが先鋒として張り切っている“切り出し部隊”の仕事が次へと進むまで、ほんの少しほど手が空いたのでと、現場はゴロベエ殿へ任せ、詰め所まで戻っておられたらしく。こちらへ戻られても、それならそれでと。備品や雑貨の整理に薬草の調合や補充。囲炉裏端のお掃除、寝具や晒し布のお洗濯などなどと。現場のそれとはガラリと変わっての家事仕事をば、そりゃあてきぱきとこなされる働き者でおわされて。そんなお人が、今日はまた…どうしたものか。どこか覚束無い様子でおいでになられ。詰め所の周縁を、最初はたかたかとした足取りで回っておられて。次は少々歩調を緩めてのじっくりと、何かしら見落とさぬようにという気配を負っての、慎重に目配りをされている。強く意識をなさらずとも、油断のない素晴らしいまでの注意力をなさっておいでの彼だのに。

 「…?」

 ぐるりと巡っておいでの終着点。最初に立ってた位置なのだろう、詰め所裏の木戸の前まで戻って来ての、やっぱりひょこりと…いかにも合点が行かないと言いたげに、やさしい撫で肩の上で小首を傾げてしまわれて。それから今度は、詰め所ではなくその周辺にと視線を移されての、やっぱりぐるりと1周をなさるシチロージ殿だったりし。

 「何か探し物でもなさっておいでかの。」
 「お片付けがあんなお上手なお人がか?」
 「そうそう。
  先にカンベエ様が板の間全部へいろいろ引っ繰り返しても、
  どうで見つけられなさらんかった物見の遠眼鏡。
  あっちゅう間に棚の上から持って来なさったお人だで。」
 「んだ、あーれは早かっただの。」

 そげなことが あっただか…。
(笑)

 「もしかすっと、探しもんは探しもんでも。
  片付けたもんやなくての、ほれ。
  何処にあるんか、シチロージ様も知らんもんかも知れんぞ?」
 「?」
 「? なんぞ、そりゃ?」

 妙なことをば言い出した連れへ、別の面々がキョトンとするが、

 「だけん、急に要りようにならさった薬草とか火口用の乾いたカヤとか。」
 「あーあー、そうゆーの。」

 自分が仕舞ったものじゃあなく、この辺に自然とありはしないかという探しもの。手持ちになかったのでと、お外へ探しに出られたのではなかろうかと。ああそんなら、あんな風に何度も何度も、矯めつ眇めつ視線を巡らせておいでなのにも納得はいく。だが、

 「…それにしても、念には念をっちゅう探し方だの。」
 「んだな。ああほど探しもんのお得意なシチロージ様だのんな。」

 時折 腰を屈めまでしては、茂みの根元や足元までもを覗き込むように探しておいで。無心になってのことゆえか、日頃のあの優しげな笑みも愛想も、何も浮かべておいででない、素のお顔だというのにね。

 「…いい男はどんなお顔んなってもお綺麗だなや〜。//////
 「んだな〜vv」

 青い双眸を真摯な表情に冴えさせての、ともすればお堅い真面目なお顔。それだのに…時に伏し目がちになる目許の色香や憂いの翳りの、何とも嫋やかに婀娜であることか。見逃すまいぞと構えておいでの心根から、凛と冴えての鋭いはずのそれらだのに。見つからないなぁというちょっぴり不安な要素が入り混じることで、微妙な弱音、切迫が滲んでのその結果、艶が増しての色香が滲む…と見えてもしまうは、もうもう立派な腐女子の感覚なので、お嬢様たち、お気をつけ。
(笑) とはいえ、

 「あんなしてまでお探しなものて、何だろなぁ。」
 「んだな。」

 大概のものは手元へ不備なく揃えておいでのシチロージ様。傷薬から爪切り毛抜きに、千代紙や修正液までお持ちだったほどの人。
(…。) 持ち歩くまでもないものならば、詰め所の戸棚へやはりきっちりと整頓なさっておいでのはずで、

 「…物じゃなくて人なのかも。」
 「はぁあ?」
 「茂みの根元にいるような人って、誰ね。」

 だから〜と、言い出しっぺの年若なおかみさんが委細を付け足す。

 「キュウゾウ様をお探しなのかも知んね。」
 「キュウゾウ様なら、すぐにも出て来やるで。」
 「んだな。シチロージ様を困らせはなさらん。」

 何を何処までどう、把握されてるお侍様がたなのだろか。
(う〜ん)

 「けんど、出て来られん時もあるやいね。」
 「んだ。コマチ坊が、叱られそうなときゃ出て来られんて言うてたも。」
 「叱られ…って。何んして?」
 「さあ。」

 そんな心当たりには想像がつかんとしながらも、でも…可愛いやねそれ、と。クスクス吹き出してしまったお嬢さんがただったりし。あの寡黙で無愛想な赤いお侍様もまた、娘さんたちにしてみれば、恐持てする風情を大きく上回っての“いい男”評価が勝っておいでであるらしい。表情も乏しく、口も利かずで、ちょっぴり冷淡そうな印象も強い、いかにも取っつきにくい御仁ではあるけれど。所作振る舞いに切れがあっての端正なその上へ、気高い雰囲気の印象的な。シチロージとはタイプが違うが、匂い立つよな金髪白面、いづれが春蘭秋菊かという美形であることは隠しようがないのだし。シチロージを慕ってのこと、慣れぬ手つきでお手伝いなぞへ勤しむ姿を見ておれば、怖さも威容も相殺されるというものかと。…お侍様としては いいのかそれって。
(苦笑)

 「叱られそうだから出て来ねってか?」
 「それか…キュウゾウ様もお手伝いして探してなさる、とか?」

 それほどの失せもの探しものって、一体何だろかと。お侍様がたへの興味津々なお嬢さんがた。通りすがった水分りの巫女様に仕事場へ戻れとお尻を叩かれるまで、ああでもないこうでもないと当て推量話に花を咲かせていたそうな。





  ………………………で。


 ようやくのこと、外を探すのは諦めたか。勝手口に当たろう裏から戻って来たシチロージ。落胆ぶりそのままの態で、はぁあと溜息混じりに肩を落としてから。何げなくお顔を上げれば、その視線の先においでだったのが。探しものを始めた頃合いからのずっと、囲炉裏端に陣取っての防御配置の図面を広げ、動かないまんまな惣領様で。

 「カンベエ様、このっくらいの壷を見ませんでしたか?」
 「なんだ、キュウゾウを探しておったのではないのか?」
 「いえ…まあ、それもあったのですけれど。」

 何をと口にはしなかったのに、すっぱり言い当てられている慧眼の恐ろしさへと、そんな惣領様のお向かい、上がり框の近い側に腰を下ろしつつ、思わず肩をすくめてしまったシチロージ。言わない心中を見透かされたそれのみならず、彼を疑ったという仄かな心持ちが図らずも露見してしまったようで。それでと、少々言葉を濁したおっ母様であり。というのが、
「何だか食が進まぬような素振りをなさっておいでだったので、昼餉に梅干しを出して差し上げようと思っていたのですよ。」
 ちょうど今朝方、キララ殿から分けていただいたのですが、キュウゾウ殿の様子にはお食事が済んでから気がついたことだったので。ただでさえ苦手なもの、それだけで食せと言っても無理だろし酷なこと。じゃあお昼にと構えていたものが、
「さっき盆の上を見たら見当たらないんです。」
 蜂蜜の壷と形や大きさが似ている入れ物を敢えて選んだのは、酸っぱいものが苦手な次男坊を警戒させぬための配慮だったのだが、そんなことでは誤魔化されないでの…こそり何処かへ隠してしまったのじゃあないのかしらと。ついつい疑ってしまっての、家の外回りまでを探しに行ったおっ母様であり、
「外寝で冷やしてのお腹でも壊しておいでなのならば、尚のこと、食べていただかねばと思いましたのに。」
 だから晩は此処に戻って来なさいと言ったのにと、弱っているお人を相手にお説教をするのも気が引けるし、陽のあるうちから寝かせるのは仰々しすぎる。だから…せめてものお手当て代わり、おむすびと一緒にならば酸っぱさも半減されようからと、食べていただくつもりであったものが。肝心のブツがないでは勧めようがない。そろそろ昼餉の時刻でもあり、炊き出しの家のほうからは、ご飯の炊ける何ともいい匂いも漂ってくるほどであり。これでは間に合いませんとしょげてる古女房を、囲炉裏を挟んでのお向かいに見やりつつ、

 “まあ、今頃は薬が効いていようから。”

 カンベエ様がその胸中にてこそりと呟いた。件
(くだん)の壷を隠したキュウゾウだったところは、さすがはおっ母様でその慧眼恐るべし…というお見通しのその通り。但し、お外の何処かへ遠ざけての持ち出した彼ではなくて、

 『…。』
 『そのようなところへ隠すのか?』

 シチロージが洗い物をば干しに出たその隙に、詰め所の中へと音もなくの忽然と、姿を現したうら若き剣豪殿。それほどの用心をした上での対処は…選りにも選って。囲炉裏端に座していた惣領様の衣紋の裾の下などという、いろんな意味から微妙な場所へと壷を押し込んでいったところが…賢いのだか幼いのだか。告げ口するなよ黙っておれと言いたげな、ギンと鋭いのだが意を解せば何とも可愛らしいところの、やっぱり微妙な一瞥を残して去って行きかけた彼へ。まあ待てとの声をかけ、

 『もしかして身体の調子が悪いのならば、これを飲んでおけ。』

 これもまた、大戦時代にシチロージが選んでの常に持たされていた常備薬。体質がよほどに合ったのか、頓服のような勢いでいつも効いていたのでと、その後も同じものを持ち歩いていたそれを一服、ほれと手渡しておいたので。素直に飲んでおれば多少は持ち直してもおろうよと、楽観的な構えでおわす御主の心持ちにも気づかぬまま。

 「キュウゾウ殿も、弓の習練場にいないようですし。」

 壷もですがキュウゾウ殿も、本当に何処へ行ったのでしょうかしらと、気を揉むおっ母様だったりし。そんなお二人のいる古農家の詰め所へと、大外回りの哨戒から戻って来た誰かさん。さくさくとした足取りでの真っ直ぐに、そちらへと向かっているご様子で。はてさて、どんな顛末となりますやらと、梢で雀が二、三羽ほど、小首を傾げ合っておりましたそうな。




  〜Fine〜  08.1.08.


  *あああ、拍手お礼にしようと思ったのに、また 5000字を越えてしまいましただ。
   今年もまた、性懲りのない奴みたいでございます。

  *さて。お薬のおかげか体調が戻っていた次男坊。
   なので(だってのに?)
   おっ母様から壷を知らぬかと問われ、
   惣領様の衣紋の裾から出して見せ、ほれ此処にと差し出したところが、

    1.あらあら探し方が足りませなんだと、おっ母様が反省をする。

    2.やっぱりそんなところに隠しておいでだったのですねと
      次男坊がおっ母様から“食べる物をなんてこと”と大目玉を食らう。

    3.カンベエ様が隠したものを次男坊が見つけてくれたのだという
      妙な誤解が何故だか生じ、この忙しいのにと惣領様が説教される。

    4.その他(   )

   さあ、どれでしょう?
(おいおい)

めるふぉvv めるふぉ 置きましたvv **

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