それも無頓着? (お侍 習作96)

        *お母様と一緒シリーズ
 


 
元は軍人のお侍様。
でも、この数年ほどは遊里に身を置き、
刀や武具からは離れて過ごしておいでだったとか。
そんなせいだろか、
何も意識せず、自然体にて立っているだけで様になる、
均整の取れたる、健やかな長身は。
したたかに鍛えられての凛然としており、
そりゃあ機敏で冴えたる動作をこなしておいで。
…なのにね。
きりきりと引っ詰めに結った髪は、蜜を塗ったようにつややかな鳥の子色。
お顔だけを心持ち動かして、優しく小首を傾げたそのまま、
にっこりと破顔されると…もうもう眸が離せない。
あすこからこっちまでなどと長い腕をゆるやかに伸ばして見せて、
惣領様への説明をしておいでの最中の、
流れるような嫋やかな所作に見惚れておれば。
視線が合うたそのまま、にこり頬笑んで下さって。
その笑顔がまた、秀逸美麗にして暖かい。
青玻璃のような瞳を細めての、甘く微笑って下さるだけで、
見つめるこちらまで総身が暖まるような気のする御方。
如才がないなんて言いようだけで片付けてはいけないような、
心の尋の広く深く、人をいたわる心をお持ちの、
気概が豊かなやさしい御方。


  そんな槍使いさん、誰へでも別け隔てなく優しいのではあるけれど、
  殊に気にかけておいでなお人があって…。


剣の腕にも色々あって。
握力膂力、反射神経、刀との相性。
動態視力とそれへの総身の連動力…のみならず。
一通りの流れ、一太刀分のシークエンスの中で、
どれほど効率良く、より多くの攻撃を捌き、より多くの敵を薙ぎ払えるか。
切っ先が失速しない、
どこまで踏み込んでももつれないまま、剣撃が繰り出せる。
そんな太刀さばきと体さばきを、布陣を見回したその一瞥にて見通し、
且つ、そこから構築された動線へ、
いかになめらかに我が身を連動させられるか。
それらが瞬時にこなせることこそ、剣鬼たる証しと言えて。

 “そうなんですよねぇ、実はおっかないお人なはずなんですが。”

ただ佇む姿が、だのにたいそう様になる、
紅の衣紋がお似合いの胡蝶の君。
存在感がない訳ではなく、
きっと得物を握っての身構えれば、
凍るような殺気をあふれんばかりに撒き散らかすお人に違いなかろうて。
そうでない時もいつだって、どこか隙なく見えるのは、
礼法・作法を所作の基本として、身につけておいでだからだろう。
金髪痩躯の、本当に本当に細身で儚げで。
だのに、真っ直ぐ伸びた背条の、ぴんとした張りようはどうだろか。

  ―― 凛として鋭。

こうまで研ぎ澄まされたお人、大戦以来、久しく見たことがない。
実はあちこちが覚束無い人、なんだけれど。
それらさえ相殺されての完璧さとそれから、
僅かに粗削りな…拙さから来る暴虐とが、一緒くたになっている不思議な青年。

 “特にカンベエ様が面食いとも思わぬが。”

静と動、老練な巧みと鮮烈な俊英。
不撓不屈と斬新気鋭、
並び立っている様子は、その対比が映えての、
何とも華麗であでやかな構図だったりし。
こんな秀逸稀なる存在が、御主を認めたことが仄かに嬉しい。

 「???」

彼が担当を任された、村人への弓の習練も結構進んでおいでであり。
少なくとも…ほんの数日ほど前までは、
弓の弦に翻弄されての前へさえ飛ばなかったほどの素人たちだっただなんて、
到底見えない上達振りで。
よって、その手腕を案じた訳ではないのだけれど。
寡黙が過ぎての怖がられておいでではないか、
意志の疎通がうまく行かず、険悪な空気になってはいまいか。
ついつい気になってしまってのこと、
他の作業場を回るついでに、必ずここへも顔を見せるシチロージであり。
何か御用かと、それでもこの頃では険のないままなお顔を向けて来て、
素直な眼差しを下さる次男坊へ、

 「いえね、通りすがっただけなんですが。」

齟齬や とどこおりがなければ善哉と、くすすと微笑ったおっ母様。
だがその笑みが、つと止まり、

 「おや。そこ、どうされました?」

すぐの傍らまでを歩み寄るうち、
きめの細かい真白な肌を載せた彼のその頬に、小さな小さな異変を見つけた。

 「?」

ご本人としては気づいていないことらしかったが、
だからといって大したことじゃあないとは限らないのが、
この紅胡蝶さんが、いかにも美麗なその見かけによらない、
そりゃあ大雑把で剛毅なお人だったから。
そこいらのせせらぎでお顔を洗っているのは、
まま、きれいなお水だから問題はないとして。
その濡れたお顔を、着ている紅衣の長い裳裾をたくしあげ、
前掛けのような部分にて、ぐいぐいと拭おうとしかかったのには、
間髪入れずに手を掴んでの止めさせて、
このお人は〜〜と色々噛みしめつつ、
毎朝新しい手ぬぐいを持たせることとなったのも、シチロージには記憶に新しい。

 「ほら、ここ。」

草の葉か、もしやして矢羽根の端でも掠めたか。
糸屑のような細い細い赤い線が、頬骨の辺りに走っておいで。
色白な彼だから尚更に目立っており、
ほれここですよと指先で触れない程度に示しつつ、なぞる振りをして見せれば、

 「〜〜〜。////////

気のせいだろか、ほわんとその頬が赤くなる。

  ―― ほら、痛かったのでしょう?
      〜〜〜。////////(否)
      とにかく手当てをしないと。
      〜〜〜。(否)
      いけません。
      〜〜〜。
      くすぐったくてと爪の先で無意識のうち、掻きむしるかも知れません。

そんなかあいい上目遣いになっても聞かれませんと、
そりゃあ手早く治療を開始。
手馴れた様子で傷薬を薄く塗り、
小指の先ほどに小さく切り抜いた晒布を上から張り付けて。

 「いいですね? 夕餉のころ、詰め所で様子を見ますから。」

それまでは勝手に剥がしてはいけませんよと、
重々言い置き、さてそれでは石垣の造成を見て来ますねと、
シチロージがその場を離れたのがお昼下がりのこと。
周囲に居合わせた村人たちも、
そろそろ慣れたか、特に困惑することもなく。
むしろ、ああ良かった、しつろーじサマだら注意して下さると思うたで。
妙に気になっていたお怪我へのお手当て、手をつけて下さって助かったと、
胸を撫で下ろしている者もいるくらい。


  ………そんなことへ気持ちを砕いてて、大丈夫なのか、神無村。
(う〜ん)






  ◇  ◇  ◇



  ……………で。


夕餉の頃合いになっても、なかなか戻って来ない誰かさんであり、

 「どうしたんでしょうね。」

どうかすると習練場でもそろそろ篝火を灯すころ。
それをキリにし、夕餉を取りに行ったり交替がかかったり、
指導担当のキュウゾウにしても、場から離れやすい間合いだろうに、
今宵に限ってなかなか姿を現さなくて。
今日に限って特に練習に熱が入るよな出来事でもあったのだろか。
なかなか上達しなかったマンゾウさんが、
やっとのこと真っ直ぐ前へ射ることが出来たか。
それともヨスケさんが、
いつも隣の的へと射るクセ、やっとのことで克服なすったか。

 「…何でまたお主がそこまで詳しい。」

千里眼もほどほどにしておけと、
遠回しに気遣って下さっての苦笑をなさる御主を残し、
詰め所から出ての広場へ向かえば。
やはり他の面々は休憩か交替にと去っており、
篝火を灯した中、的の藁づとが居並ぶその足元で、
柱の陰と夜陰とが交錯する、見通しの悪い中を、
だのに…屈み込んでの何かを探している人影があって。

 「? キュウゾウ殿?」
 「…っ。」

こちらの気配へさえ気づけなかったほど、
懸命になって何をか探していたらしい次男坊。
今になって相手の気配を察したか、だが、
それにしては、なかなかお顔を上げてはくれず。
うつむいたまんま、そっぽを向いてて。

  ―― どうしましたか? 何か落とされたのですか?
      〜〜〜。

刀の装具か、それとも、こそり身につけていたお守りだとか。
アタシも一緒に探しますよと、膝を折りかけたシチロージに気づき、
汚れるからダメだと手を延べて来た、そのお顔には、

 「………あ。」
 「〜〜〜。」

貼って差し上げた当人でさえ、
あっと慌てて頬を押さえかかったキュウゾウの所作がなければ、
気がつけなかっただろう、ささやかなもの。

 「…絆創膏、ですか?」

塗った薬が乾いてのいつの間にか、どこへか飛んで行ってしまったのだろう。
それをそれと気がついて。
さあどうしようかと…困った末に探していたキュウゾウだったらしくって。
「あんな小さなものを、こんな暗いところで…。」
見つかるはずがないでしょうがと、
笑い飛ばして差し上げようと思ったのだけれど。

 「〜〜〜。」
 「ああ、いいえ。がっかりしたんじゃないんです。」

カンベエ様との刀での決着、それ以外へは物への執着をしない人。
手持ちの手ぬぐい、誰ぞへか手当てにと差し出して、
使ってやってのそのまんまにし。
それで仕方がないからと、服で顔を拭おうとしたほどに。
そのくらいでは頓着しないほどのお人が、
あんな小さな、端切れもいいところの絆創膏代わりの晒布を、
失くした失くした、どうしようと、
懸命になっての探してただなんて。

 “もうもう どうしてくれようか、ですよねぇ。////////

いつの間にやら…もはや隠し立てもかなわぬと観念したからか、
屈み込みかけていたシチロージの真ん前へ、
お膝を揃えてのちょこり、正座をしての反省の態度を取ってた次男坊へ、

 「本当に。困った御方だ、キュウゾウ殿は。」

さっきは制されたが、今度はそんなの間に合わせずに。
こちらもお膝を落としての、すぐの間近へ腰を下ろしたおっ母様。
お膝とお膝がくっつくほどになっての、そこから。
真っ直ぐ手を伸ばすと双手で真白い頬を包み込んで差し上げて。


 「ほら、もう治ってる。だからどこかへ飛んでったのですよ。」
 「…?」
 「ええ。怒ってなんかいるものですか。」
 「…。」
 「泣きそうな顔なんてしてません。
  あんまり嬉しくてそれで、困ってるだけですよ。」
 「???」



何であれで会話が成立するのだろ。
それもそうだがそれよりも、オラたちいつまで此処で隠れてにゃならんのだ?
誰かカンベエ様、呼んで来。
さりげのう通りかかっていただいて、詰め所まで引いてもらうべ。
んだんだ、呼んで来なんせ。


  まだまだ平和だ、神無村。
(おいおい)



  〜Fine〜  08.2.21.


  *ウチの久蔵さんて、どこまでおっ母様が好きなんでしょうね。
   書き始めたころは、
   こんなまでラブラブなお二人じゃなかったのにな。
(苦笑)

めるふぉvv めるふぉ 置きましたvv **

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