さくら さくら (お侍 習作99)

       〜 お侍extra  千紫万紅 柳緑花紅より
 


春は明け方がいいと、昔の文人は仰有った。
少しずつ白んでゆく空の曖昧にかすんだ具合の、
甘やかなまでに ぼんやりしたところが、
らしくていいということだったが。

だが、春の宵、陽は落ちたのにまだ白々と明るいうちというのも、
これはこれで風情がある。
日々を追うごと暖かさが増してく、日なかの陽気のその名残り、
甘い東風
(こち)がやさしくそよいで、頬や髪を撫でてゆく。
遠くを望める窓からの景色には、
今を盛りと咲き競う花々、桃の濃い緋や菜の花の黄色、
桜の梢がけぶっての、緋白の花霞なぞが見えれば何とも乙で。
桜花は勿論のこと、すぐの間近にあってもよく。
一つ一つは可憐な花が、
若葉に邪魔されることもないまま、濃密なまでに重なり合うて、
作り出すのは、漆黒ならぬ淡緋が織り成す花の闇。
人が向けたる視線を吸い寄せ、そのまま離さぬ蠱惑に酔うて、
はっと気づけば、夜陰の帳が降りている。
そんななまでに案外と、油断のならぬが春の宵。



  ◇  ◇  ◇



早くに咲き始めた枝からだろう、
小さな花びらが音もなく、
夕暮れどきの風に攫われては ひらひら舞って。
樹下の暗がりへと吸い込まれてく。
そんな様子を何とはなしに眺めつつ、

 “せっかちなことですね。”

誰へともなく呟いたは、胸の裡
(うち)にて。
束ねるためにと要るだけの、長さを保っている髪は、
はらりほどくと癖もなくのさらさらと、
すべらかに流れて、それはなめらか。
もうすっかり乾いたとした洗い髪、
指を立てての手櫛で梳いて、片側の肩先にまとめるその所作は。
慣れたことゆえすっかりと、ただただ無心なそれなのだろが。
髪を下ろすことで生え際や耳が隠れ、
それだけで随分と印象が和らぐ細おもて、
少しほど傾げて見せているところは、
様になっての嫋(たお)やかでやさしく。
髪を手元にまとめたことで、
無防備なほどあらわになったうなじの白さがまた、
何とも言えず妖冶に艶で。
結ったそのあと撓
(たわ)まぬように、
横を向いての視線は手元へ。
仄かに伏し目がちとなっているのがまた、
色香を含んでの婀娜
(あだ)な陰りにさも見えて。

 「〜〜〜。///////
 「おや、久蔵殿。」

そちらもやはり風呂上がりらしい次男坊。
此処は彼らが逗留中の蛍屋の離れ、
間違いなく戻って来たのに、声もなく立ち尽くしていたものだから、

 「どしました?」

カラスの行水、少しは直ったようですが、
勘兵衛様の長湯には、やはり付き合えませんか?と。
くすすと楽しげに微笑ったおっ母様。
そんな彼の髪のお手入れの様が…あんまり綺麗だったので、
実は見とれておりましたとは、
口下手な彼には到底言えもせで。

  ―― さぁさ、こっちへお上がんなさい。
      まだちょっと、髪が濡れておりますよ?

丹前の肩がほら濡れておりますよと、
持っていたタオルを広げてやっての懐ろへ迎え入れ、
しおれた髪の裾、両の手で挟んでは、
ぱふぱふと軽やかに叩いて差し上げる。

  ―― シチ。
      はい?
      いい匂い。
      そうですか? まだ髪油つけてないんですよ?
      それでも。///////

勿論のこと、清潔そうな湯の香もするが、
その奥から既に、おっ母様のいつもの匂いがするものだから。

 「♪♪♪」

暖かで優しい、大好きな匂いのする懐ろに頬を擦り寄せて、
紅胡蝶様、ご機嫌の態でおいでの様子。
ご当人たちにしてみれば、
至って無邪気な触れ合いに過ぎぬと、思っておいでであるらしかったが。
久蔵の側もまた、
少しほど乱されている髪といい、
温もって赤みを増した口許といい、
だだ白いのではなく、
透いての奥深い白をたたえた肌には、妙に映えての罪な色合い。
そこへと持って来て…日頃は感情も薄く、凛と冴えたるその表情が、
今は微妙に和んでの甘やかに、
柔らかくほころんでいたりするものだから。

 「普通は相手に向こうを向かせ、自分は背中に回っての、
  それから世話してやるものではないのか?」

何でまた、そんな抱え込んでの手入れになっておるのかと。
遅ればせながら戻って来られた、こちらも袷に丹前姿の御主様。
綺麗どころのお二人が睦まじくも抱き合うておいでの図へ、
ちょいとばかり怪訝そうなお声をおかけ。


 「いいんですよ。久蔵殿は相変わらず細ぉていらっしゃるから。」
 「〜〜〜。///////
 「それでは何の言い訳にもなっておらぬが?」


もしかしたらば妬いておいでか?
ここぞと訊いてもみたかったけれど、言葉にしてしまっては野暮なだけ。
いづれが春蘭秋菊か、どちらも臈たけた美人と佳人。
窓の向こうに盛りと咲いた、花の王たる緋桜も、
生者たる花には敵わぬか、霞んで見ゆる目映さで。
ああだから、はやばやと散り始めてしまったのかも知れませんねと、
贔屓の客がのちに囃した、
そんな蠱惑の春の宵………。





  〜Fine〜  08.3.26.


  *内容は“お母様と一緒”なのですが、
   サクラが咲いてるという設定上、こちらということで。
(苦笑)
   絢爛と咲きそろった豪奢満開な桜も、
   かすかな風にもとめどなく散りゆく寂しげな桜も、
   どちらもそれぞれに麗しく。
   そしてそのどちらもが、このお人たちにはそれぞれに、
   似合うんじゃないかと思っております。

   勘兵衛様だって絵になると思いませんか?
   ただちょっと、あまりに幽玄に、もしくは儚く見えるんで、
   シチさんもキュウさんもすぐさま駆け寄り、
   絶対に独りにしとかないとは思うけど。(過保護・苦笑)

めるふぉvv めるふぉ 置きましたvv **

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