散 花    献 フーゴル森様



  ―― どうしてだろうか
      そうまで儚い君ではないと、重々知っているはずなのに。


春の陽が落ちたばかりな黄昏どき。
夢幻の中を思わせる、しらじら明るい白暮の中で。
風に煽られ、大きく揺れた濃色の梢から、
涙雨のよに はらはら降りしきるは、
今が盛りのさくらの花で。
この時期の花冷えをもたらす寒気の風が、
その枝々に花手鞠をまといし桜並木の梢を次々、
無情なことにもたわませており。

 「…久蔵?」

淡い緋色の花びらが、抗いもせず游ぐ風の中、
ただ佇むばかりな彼から。
どうしてだろうか、眸が離せなくなった。
ほんのそよぎにさえとめどなく舞い散る桜の、
それはそれは鮮やかで凄絶な態と、どこかが似ている彼だから?

  ―― そのありようは正しく、鋭にして烈。

紅蓮の衣紋にいや映える、
酷薄なまでに冷ややかな風貌はそのまま、
彼自身の内面の表れで。
表情薄く、寡黙で冷静。
双眸に据わった赤玻璃の、一際冴えたる眼差しも。
極限まで絞られたそれだろう、強かな痩躯も。
その身を満たす“負”の無垢に、常に洗われての清いまま。

 刀を振るうことでしか生きられない。
 未来
(さき)なんて見ない。
 刹那をつなぐ生き方しか知らない。

世界がそうまで非情だった時代を生き残った者同士ゆえ、
刹那に生きて、人とは交わらないところは似ていたが。
死にたくなくばという究極の選択、
人を凌駕する生き方をだけ疑うことなく身につけた彼と。
これまで屠って来た魂をすべて背負っての、
いずれ枯れて頽れ果てるまで、ただ往けるだけを歩むと決めた自分。
ありようは似ていても、ともすれば真逆な存在であろう、そんな彼が、

 ―― 舞い落ちる桜花の花びらをところどこに乗せた風に撒かれ、
     薄暮の中、忽然と佇んでいて。

寂寥の翳りをはらみ、心許なくさまよう花びらと共に、
彼もまた どこかへ攫われてゆきそうに思えてしまい。
若しくは、ほろほろと風にほぐされての掻き消えて跡形もなく、
今にも消えてしまうのではないかと恐ろしくなって。

 「…っ。」

波濤のように揉まれて揺れる、たわわな桜花の花闇に、
今しも圧倒されそうになってのこと。
まさしく衝動、衝き動かされて。
形さえない風にさえ、徒に晒させておくものかとばかり。
その痩躯をこの腕で、強く堅くかき抱
(い)だいていた勘兵衛で。

 「…島田?」

儚げだなんてとんでもない。
頼りないなんて筈はないのに、
これほどの練達を他には知らないほどの相手だというのに。

 ―― ああ、これはもしやして。

自分の裡なる想いの丈の現れだろか。
切なくて切なくて、値する言葉さえ紡げなくって。
ただただ彼という存在を、
何物にも…彼自身の意志からも奪われたくなくてのそれで。
不器用な自分へ焦れた、頑是ない童子のように、
ただ闇雲に為したこと。
どこへもやらぬと、彼を封じ込めてしまった勘兵衛で。

 「…。」

こちらの衣紋のくすんだ白が、彼の痩躯を包む紅衣を覆い、
風に躍る自分の長髪が、彼の淡色の髪に重なるのが見える。
清かな光を深色が飲み込んでゆくようにも見えて、
それもまた切ないと…回した腕への力が籠もる。
途端にひくりと震えた薄い背が、
そのまま拒むのならばさすがに諦めようか。
どうで独りよがりな想いからしゃにむに為したこと。
いっそ“気でも違うたか”と嘲笑されて、頭を冷やした方がいいのかも。
そんなこんなの自嘲のきざし、
喉奥へにがく広がりかけていたところへと、

 「…っ。」

その懐ろから、するり伸ばされた腕があり。
拒むでなくの、すがるように背へと回され、
かいがら骨の辺りへ届くとそのまま、
やはりしゃにむに…ぎゅうとしがみつかれて。

 「島田…。」

それしか言えぬは、細い声。
消えるな逝くなという切なさに、
押し潰されそうになったのは、自分だけではなかったか。
片腕だけでもやすやすとくるみ込めた細い肩が、しがみつく双腕が、
身の裡の想いを振り絞るようにして 訴えかけて来るようで。

 ―― おいてゆくなと? 奪い去れと?
     ああそうだな、いっそどこまでもを連れてゆこうか。

見る人を惹きつけてやまぬと言われる桜の散花も、
今はもはや ただの風花
(かざはな)
互いを感じ取ることで自分の在り処を探るよに。
ぎゅうと抱いて抱かれての、夢見る心地の風の中………。




  〜Fine〜  08.4.08.



  *フーゴル森様のサイト 『
ANTHONY.K』さんの新しいTOP絵を拝見し、
   あまりの麗しさと切なさに、山ほどの萌えを頂き、
   矢も盾もたまらず、
   気がつけばこのような代物を書いておりました。
   ああだこうだ言うより早い、
   お宅へ行かれてまずは拝して来て欲しいです。
   そりゃあもうもう、ステキなんだから!

  *ウチの設定だと、キュウの方からの押せ押せ話が断然多いのですが、
   こちら様の新婚シリーズの、
   シャイが嵩じたツンデレなキュウさんへ、おさまがアプローチしてあげるという
   ラブラブな傾向を堪能させていただいて書き始めたせいでしょか、
   勘兵衛様から…という仕上がりとなってしまいまして。
   それもまた、私には新鮮な書き応えでございましたvv
   畏れ多くも他所様の作品を見て触発されるなんて経験は、
   ワンピに転んだばかりの頃以来じゃないでしょか。
   
I様といい、お侍様を愛する方々は、
   何でこうまで蠱惑で妖冶な世界を展開させてくださるものか。
   ステキステキとありきたりな物言いばっかではもどかしく、
   されど、だだ漏れる想いをコンパクトにまとめ切れなくての、
   ついつい思ったままを連ねてしまう芸のなさ…。
   こんなグダグダなんて要らないと、
   ひしと抱き合うだけですべて伝えたいとする彼らには
   大きなお世話の描写もどきですが…。
   (これだから絵描きさんて、素晴らしい…。)
   フーゴル森様にご許可を頂き、お名前とこれらの経緯を出させていただきましたが、
   お忙しい中を煩わせてしまいましてすみませんでした。
   迅速なご対応も嬉しかったですvv
   熱狂し過ぎのうるさい奴ですが、どうかご容赦くださいませ。
   皆様におかれましては、
   是非とも、まずは向こう様の睦みの絵に浸ってきて欲しいですvv



                                         Morlin.参る  08.4.11.

フーゴル森様のサイト
『ANTHONY.K』さんへ →



     *蛇足*(ウチのおさまは、ちょっと屈折しておりまして…)



    誰にも攫わせまいぞと魂ごと、掴みしめてることさえ焦れったいか、

     「いっそ1つに…。」

    このまま混じり合えればいいものを、と。
    孤独が二つは寂しいか、そうと言いたげに呟いた、
    風貌に相反して案外といとけない情人へ、

     「…。」

    壮年殿の口許に ついの苦笑が洩れたのは。
    触れたる頬の冷たさの裡
    (うち)に、
    そうまでの熱があることへと、まずは安堵したからだったのだけれど。

     “果たしてそうだろうか。”

    どちらかにくるまっての一つになること。
    それは果たして至福だろうかと、
    胸の裡にて、知らず反駁してもいた勘兵衛で。
    別々な身だからこそ抱き合える、
    行為を起こすことで互いを欲す想いを確かめ合えようにと。
    不安と一対になった、危なげな相愛こそ至福と思う彼であり。
    封をほどいた情のほとび、いかに熱いかが早くも仄見えて。
    さても、散花の風こそ幽玄。
    どちらのあしたへ続くやら…。