聖夜狂想曲

      *YUN様 “今日も、語っていいですか?”、
       砂幻様 “
蜻蛉”、両サイトさんで展開中の、
       789女子高生設定をお借りしました。
       現代転生パラレルで、
       シチロージ、ヘイハチ、キュウゾウの3人は女子高生です。
       勘兵衛、五郎兵衛、兵庫の3人も転生人として登場し、
       女子高生のお3人と、それぞれに清い恋仲を進展中です。
       そういう設定はちょっと…という方は、自己判断でお避け下さい。
 


      




 学生の修学旅行用という感の強い、いわゆる公的宿泊施設だとか、はたまた寺院に設けられた宿坊のようなところでは、勿論なくて。かといって、通が好みそうなという方向での趣味に走った、寒村の秘湯を目当ての木賃宿でもなく。小じんまりとしていて粋だが敷居の高そうな、高級旅亭でもなけりゃあ、アットホームな郷里の実家を思わすような民宿というのでもない。外観はさほど凝ってもおらず、古風な日本家屋の豪邸思わすような大門だの瓦屋根の乗っかった正面玄関だのが待ち受けるよな見栄えではない、ごくごく普通一般のビル仕様ながら。細かい砂利の敷かれたアプローチをさくさくと進んで、従業員の方々が居並んでのお辞儀という歓待ぶりにて迎えられた先、正面玄関の自動ドアをくぐれば、

 「あ♪」
 「わあvv」

 シックな応接セットが幾組も据えられた、広々としたロビーが随分と奥行き深くまで広がっており、片側の壁はその全部が延々と一枚ガラスの大窓になっていて、外からは全く見えなかった、恐らくは中庭だろう和風の庭園が粛然と広がるのを望めるようになっている。引率して来た代表者である五郎兵衛が、フロントへ予約した旨を告げれば、無礼とは縁の無いだろ慇懃な笑顔を絶やさぬクロークマンの方が、プリペイドカードのようなキーを3枚出して下さる。ロビーの豪華な内装や拵えの妙へ、無邪気に わっと華やいだ声を上げていた少女らが、見るとも無く見やったその数へは…微妙にそのまま表情を止めてしまったものの、

 「ご指定どおり、お嬢様がたにはベッドを三台用意しましたセミスィートの洋室を。
  それと、後から来られる方がお在りとのことでしたので、
  和室を2部屋ということで、よろしかったでしょうか?」

 「ああ、それで。」

 同じ階の同じ並び、隣り合うお部屋と致しましたが、支障がございますなら、和室の2部屋は離れたところに移すことも出来ますのでと。こんな時期だというに、しかもこんなに豪奢なホテルなのに、そうまでの融通を利かせてもらえるだなんて、

 「ゴロさんて相変わらず謎の人ですよねぇ。」

 どんな伝手があってのこの扱いだろかと、いつもは引っつめに結っている金の髪、今日はほどいてコートの肩へと流したシチロージが、感心したよな声を出したのへ、

 「何言ってますか、このホテルは勘兵衛さんのコネだって話ですよ?」
 「え?」

 でもでもカンベエ様は東京の警察官だから、こんな奥箱根まで顔が利くとも思えないのだけれどと。暗にそう言いたいのだろう、キョトンとしている色白な細おもてへ、

 “単なる所轄の、地域課や交通課の刑事さんじゃあないんですもの。
  こういう奥の手だって持ってても不思議じゃあないでしょに。”

 過去のあのころだったなら、肩書もそれ以上のことも、誰よりも知ってた筈の勘兵衛にまつわるあれこれを。誰のどういう采配なのやら、今は一番知らないまんまの七郎次であり。彼女とは逆に、3人娘の中じゃあ一番早くに“記憶”を蘇らせた平八としては、あまりの落差へ 時に焦れったくなりもするけれど、

 “判んないものは判んない、ですよね。”

 自分だってそうだった。妙に派手な風貌に生まれつき、それでもそれ以外のところではごくごく普通の女の子。よくあることへ笑ったり泣いたり怒ったりしながら育った先のつい最近。まだ中学生だった頃合いに、ひょこりと出会った いかつい御面相の中年男に、妙に心惹かれるまんま、親しげに接されるのを受け入れておれば。胸のどこかから少しずつ、覚えのある感覚が沸き起こってゆき、

 『やっと思い出してくれたかの?』

 頑なだったの隠すよに、せいぜい剽軽に 若しくは当たり障りのないようにと振る舞ってたのへ。付き合いよくも笑ってて下すったお人。具体的には何にも訊かぬまま、なのにすぐ傍らにいつもいつも居続けてくれて。稀に激発すれば無言で見守り、場から去る自分を…宥めるでない叱るでない、やさしいお顔で迎えてくれた。何も訊かぬまま、なのに何かを判ってて下さったあの人だと。

 『…先に、逝ってしまわれて。』
 『すまんかったの。』

 思い出したと同時、どれほど切なかった別れだったかを、ついついあふれた涙ごとぶつけるように詰って見せれば。その罰が当たったか、某
(それがし)、そのころのあれやこれやを、物心ついた頃にはもう、諳(そらん)じることが出来るまで思い出しておってな、と。あの頃と同んなじ笑顔で笑ったお人。あのとき言いそびれたことを、この生ではどれほど語ることが出来るのだろか。何があって頑なだったかじゃあなくて、どんな想いを抱えていたか、そんな屈折を矯歪を、あなたにどれほどのこと暖めて貰えたか。

 「ほれ、お嬢様がた。まずは部屋に落ち着こうぞ。」

 受け取ったばかりのカードキーを頭上で振って、おいでおいでと気さくに招く、バックスキンのショートコートにカーゴパンツという、随分と砕けた姿をした偉丈夫の傍らには。そちらさんはかっちりとした型のロングコートをまとった痩躯の男性が立っており。まだ未成年の少女ばかりで、連泊の温泉旅行なぞ言語道断。保護者同伴と聞いたがそれが殿御とあっては論外な話と、親御たちより先に怒
(いか)って見せた彼だったのへ、

 『では、ついてこい。』

 年上の、しかも幼いころからの自分の主治医に向けて、こうまで尊大な物言いをする彼女なのは、だが、決して相手を見下しているからじゃあなく。ただ単に言葉を余り知らぬ久蔵だというだけの話。そうであると重々解することが出来るのは、前世でも同じであったのを、骨身に染みて覚えている兵庫だからで。なればこそ、

 『〜〜〜〜〜。』

 来るか来ぬのか、二択という形で“結論”を先に出されては。今更 何のどこが問題かを滔々と語っても無駄だと、これまた経験上からよくよく知っている。息捲いて説教したところで、半分以上は聞き流すに決まってる。前から決断力は並外れている少女だったが、物の道理への理解が、この数年ほど頓
(とみ)に奔放に柔軟になって来たようで。あの頃と何ら変わらぬ偏りようでは、この時代、相当に苦労をしやせぬかと秘かに案じていた身には、いい傾向だと思えたそれが。高校へと上がったと同時に知り合ったという学友たちのせいであり、しかもしかも、単に影響を受けたというだけじゃあない、彼女の中で蘇った記憶の引き金となった存在でもあるのだと知らされて。

 “…俺と何年も顔を突き合わせていても、何も思い出さなんだものがな。”

 兵庫もまた、物の分別がつくよになった頃合いには、自分が微妙に他の人とは違うこと、前世というものの記憶を何故だか持ったままな身だということに気がついており。とはいえ、だからといって何かがどうにかするというものでもなくて。少々達観している、老成したところのある子供として育った彼は、落ち着いた性分かといやそうでもなく、剣道にはのめり込むほど勤しみ、全国制覇を何度も果たした。その一方で、そういう家系だったからと周囲からも薦められ、特に不満も不備も無いまま、気がつきゃ修めていた医学だったのだけれども。少々病弱なお嬢さんのいるご家庭の、それまでの主治医を務めていたお人がもう随分な高齢だからということで、縁もあってのこと引き継ぐ約束を交わし、ご挨拶にと伺った先で……まさかまさか、このお顔に も一度逢おうとは。一代で財を成したとかいう働き者なご両親が仰有るには、どこが悪いというのじゃないが、ひょんな拍子で貧血を起こしやすい子で。大きな病気はしなかったけれど、そこだけが気掛かりだと聞いて、どうやら偏食の傾向があってのそれらしいと見抜いた兵庫だったのも、実をいや前世での思い当たりがあったればのこと。好き嫌いがあるんじゃない、ただ、満遍なく食べるというだけのことを面倒だとし、最初に持ち上げたのが茶碗なら米だけを食い、次は汁もの、次は漬物といういわゆる“棒食い”を続けた変わり者。その煽りで野菜やメインを残しまくっていたのも同じと来て、成長期にそんな無体をやらかせば、体質だって偏って当然。

 “全くの全然、覚えてもいなけりゃ思い出しもせなんだのにな。”

 すんなりした肢体とバランス感覚の巧みさは、幼いころからバレエを嗜んでいたからで。そっか女の子だもんなぁと感心し、似てはいるけど別人だろか? だが待て、その言動に何かと重なるこのデジャヴは何だろか。日本人なのにこの髪とこの眸はないよなぁ。それに、傲慢なのじゃあないけれど、どこか尊大な上から目線。慣れた相手には礼儀も要らぬよになるのは道理だが、それ以前の話として。一度だって年上の目上扱いされたことはないぞとばかり、不遜な“立ったまま挨拶”やら、何も言わぬままに連絡の封書をほれと差し出されるなどなど、行儀の悪さに関しては いちいちくどくど説教重ねた兵庫だったのへ。カチンともせずの むしろ成程との納得をし、同じことをそうそうくどくは言わせぬ賢さとそれから。この年頃ならそんな男なぞ煙たがるはずが、一向に動じぬばかりか、小さな異変でも通院へと結びつける不器用な慕いようが、何とは無しに可愛くさえあったのだけれど。

 『……兵庫。』

 もしやして“お前”か? 真っ赤な双眸きりりと引き締め、真っ向から真っ直ぐ問われたは、あれは桜の舞い散る春先だったか。入学したての高校の、真新しいセーラー服がそりゃあ良く似合ってた美少女の。いつにもまして言葉少なな言いようの中に、何をどう問うている彼女なのかがすぐにも判り、驚きながらもやっと思い出したかと笑えば、

 『……。』

 自分だけ知ってる身で、面白おかしくこっちを見てやったかとでも言いたいか。微妙に口許曲げられたそのすぐ翌日、彼女が“彼”だったことを思い出したその諸悪、もとえ、原因の片割れ、赤毛の米好き工兵が、兵庫の出向先でもある某女子高内の保健室までやって来て。

 『いいですか? まだ思い出せてない部分は、無理から語っちゃいけません。』

 久蔵さんは、そうは見えなくとも不安定な状態にあるのです。おぼろげに思い出したばかりな私やあなたから、何を言われてもそれを真実だと深く刷り込まれかねないほどにねと。いかにも経験者だという口ぶりで言った“彼”もまた、現世では“彼女”であるらしく。

 『自然に思い出して貰ったほうが、本物の感情からの想いだと思いませんか?』

 私だって、ゴロさんに口説かれたときはまだ何も思い出せてなかった。思い出しが始まってからも、ゴロさんは何かにつけ昔を強引に引き合いに出すってことはしなかった。だからこそ、

 『私ってば、本当にゴロさんが好きだったんだなぁって、
  思い出せたのがそりゃあ嬉しかったんですよね。
  でもね、それと同時に、
  自然な成り行きで好きになった気持ちのほうも、
  まずは大事にしてくれたのへ、
  何んてのかな、惚れ直しちゃったっていうかvv』

 過去の記憶っていう手掛かりや覚えがあって、それを思い出しただけっていうんじゃなくて。何も知らぬままで過ごしながら、自分でこつこつ積み上げて出来た“今の私”の気持ちも大事にしてくれた。思い出した今となってはどこがどう違うのか、うまく言えないのが焦れったいけどと、そこはまだ女子高生という蓄積の足りなさか、えっとうんとと言葉に詰まっていた猫目の少女へ、

 『…判った判った。要は性急に運ぶなと言いたいのだな。』
 『そういうことっ。』

 それとね、シチロージさんはまだあんまり思い出せてないから。そうと付け足したのが春の初めで。そこから半年以上の時が過ぎ、やっとのこと、やはり侍で元幇間だった金髪の少女にもかつての記憶が戻ったらしいが、

 「勘兵衛さんは後から来るんだね。」
 「…来れるかどうかも怪しいって。」

 まったくもうもうと。だったら都内で逢うことにしといた方が確実だったのにと、大人びた口調で“しようのないお人だ”と青玻璃の目元を眇めて彼女がこき下ろせば、

 「あ、そんな言い方するんだ。」
 「え?」

 同調されると思いきや、ヘイハチから返って来たのがそんな言いよう。何で自分まで非難されるの?と、言いよどんでしまったところへ畳み掛けられたのが、

 「おニュウの〜〜〜のお披露目、
  勘兵衛さんと二人っきりでの方が良かったんですかい?」
 「う…。////////」

 お顔を間近にわざわざ寄せて、ぼそりと告げられた一言こそ。この旅行のメインイベント。この聖夜こそは大人の階段駆け上がるんだとの、強い意欲と願望の現れ。乙女の決意を込めたとあるアイテムを、見せ合いっこしましょと構えた“お泊まり会”が延長拡大版となったそれなのであり。セクシーな〜〜〜をと選んでた頃こそ、写真の中のブツ相手とあって大きなことも言えたそれだが。さてとてと期末試験も終わりの、部活もそれぞれ年明けまでは休みとなりの。本格的な冬休みへとなだれ込んでの、Xdayが目前へと迫り来たのに煽られて…微妙に揺れる乙女心よ。怖いんじゃなくての、でもあの、どうやったら二人きりというシチュエーションへと持ち込める? ヘイさんはいいよね、だってもう同棲中じゃない。よろず屋に居るだけで二人きり。つか、何で進展してないかがいっそ不思議だしと、残りの二人が羨望半分に口撃すれば。そうは言うけど、これがなかなか持ってきようが難しい。もしかしたらばゴロさんも故意に避けておいでなのかな、こっちから抱きつくのはOKなくせに、それ以上を向こうからは何にもしちゃあくれなくてと。最も進んでいそうな彼女が、まったく進展せぬのをこぼす始末。キュウゾウは? ヒョウゴせんせいって、主治医なんなら家族ぐるみのお付き合いなんでしょう? だったらどっちかの家へ出向くか招くか、手はあるねと話を振れば、

 『…用もないのに呼べぬし行けぬ。』
 『? 用ならあるじゃん?』

 あっさりと言われたが、その途端に真っ赤になった彼女へあっと、こちらの二人も合点がいった。といいますか、

 『そだよね。』
 『二人っきりになりたいのって、ペロッと言えてりゃ苦労はないか。』

 ただでさえ口の回らぬ寡黙なお嬢さん。最近芽生えたこの想い、恋心かどうかを自覚するのへさえ ずんと時間が掛かったくらいのそれを、相手へ告白するなぞとは。グランジュデの連続以上に大変な、一大難儀に他ならず。お膝に乗っけた手をギュッと握りしめた、かつての剣豪、今は初恋に揺れるヲトメの肩へ、二人の親友が励ましの手を載せる。

 『…じゃあ、こういうのはどうだろう。』

 さっきまで読んでた雑誌の懸賞、エステ付きの温泉旅行をプレゼントというのを思い出したのが、三人の内の誰であったか。それぞれの家庭での年末年始の雑事から逃げ出すのを兼ねてのこと、自分たちだけでクリスマスと年末を旅行して過ごしたいと。スキーは危ないから温泉旅館へ行くんだと持ち出せば、放っておけぬと付いて来てくれる彼らではないだろか。キュウゾウとシチロージの家では毎年父方の実家へ帰るそうで、もう高校生なんだからそういうのは卒業したいと言い出しても自然な筈。一方、唯一そういう方面へは自由の利くヘイハチが、あの二人と付き合ってのこと、冬休みに羽根伸ばしをしたいが今から宿は取れるだろうかと五郎兵衛へ相談を持ちかけた。今からの飛び込みだなんて、よほどの安宿じゃなけりゃ無理な相談。だがだが、人脈の多い五郎兵衛には、何とかなるコネがたんとあり。但し、そのどれもが五郎兵衛本人という“お顔”も要りようなコネばかり。それじゃあ仕方がないから某も保護者として同伴するか…となれば、残りの二人も黙ってはいなかろう。五郎兵衛という人物がどうのこうのと問題なのじゃなくて、嫁入り前の娘さんがたが、男性一人を連れての旅行だなんてと、納得しきれぬだろ誰かさんが心配症の虫を絶対に騒がすに違いなく。

 『そういうことならってことで。』

 泊まりがけと微妙な場ではあれ、勘兵衛様も合流しやすくなるんじゃないかと。悪魔のような段取り組んでの実行に移しちゃったから、げに恐ろしきはヲトメの団結力。……但し、そんな主旨がすぐにも揺らぎ、ほろほろほどけやすいのもヲトメの団結だったりし。

 「案じなくたって、勘兵衛さんはきっと来ますって。」

 初志貫徹にひび入れるよな、本末転倒な言いようをしちゃった金髪青眸の少女。しまったしまったとしょげかけたのへ、だがだが猫目のお友達がにっかと微笑って差し上げて。

 「これが都内某所のレストランへのお誘いなら、
  何となれば迎えにだけ行くって格好で、
  時間が取れぬとすっぽかしも出来ましょうが。」

 そういうすっぽかしを、実は以前にされたことがあるという話、聞かされたことがあったヘイハチは、節をつけての歌うようにそうと持ち出してから、

 「こんな遠くへ来ちゃってるシチさんを、なんで一人で置いとけましょか。」
 「何なんですよ、その理屈。」

 仕事とあれば、アタシが何処に居ようと関係ありませんてと。諦め半分にそんな言い方をする、憂いのお顔でさえ つやっぽい蠱惑をたたえた美少女へ、

 “だってねえ…。
  今やっと申し送りが片付いたからこちらへ向かうと、
  誤字脱字だらけのメールが届いてましたし。”

 余程のこと慌てたのか、よろず屋の居間に置いてあるPCへのアドレスに送っていた彼であり。一応の対処で転送されるようにしておいた、ヘイハチの携帯へと届いてしまった笑える顛末、誰へも言えないのが苦しいばかりな彼女だったそうな。




     ◇◇◇



 女の子たちへと用意されてあったお部屋は、セミスィートという特別な客室で。新婚旅行客が使うのかと思わせるネーミングだったが、むしろ、

 「一体何人がかりで使う部屋だろか。」
 「そうですよね。寝室が2つもありますし。」

 遠い峰々は早くも白いものをかぶっている箱根の絶景を堪能出来る、大窓からの眺めも見事だったが。それ以上に少女らの関心を引いたのが間取りの充実ぶりで。応接セットの置かれた空間も2つあり、一方にはホームバーのカウンターも設置されてるところをみるに。余程の要人が何日か逗留するための部屋なんじゃない?と、お嬢さんたちの意見がまとまる。逗留中に訪のう客人へ、十分なおもてなしが出来るようにというよな設えになっているらしく。そうかと思や、広いほうの寝室にベッドを3台入れ直されてはいたけれど、メゾネットもどきの中二階があって、そこにも巨大なサイズのベッドが鎮座ましましており。

 「あ。ここで寝ると寝室やお風呂以外のフロア全体が見渡せるんだ。」
 「そか、階下でごそごそ着替えとか電話とかしてるのを見通せるし、
  向こうからも“はーい”って手を振ったりして?」

 もっと幼い子供のように、キングスサイズという巨大なベッドに3人まとめて寝転んで、そんな観察や感想を述べ合って……さて。

 「…ねえ。アレ、着てみた?」

 言い出したのは真ん中に寝転んでいたシチロージ。今時の若い娘さんらが週刊誌の感覚で眺めるご本。セクシー&フェミニンな下着や、シルクのガウンにペチコート、シースルーのベビードールなどなど、各種ファンデーションを通販で取り寄せられるというカタログから、聖なる夜を特別な晩にするためにと各々で選んだ“勝負服”もどき。とっくに手元へ届いているというのはお互いに察してもおり、ただ、試着したかどうかは何とはなく聞けずにいたのだが。

 「一応は着たよ。」

 ぱふりと寝返り打ちがてら、何でもないことのように言ったのがヘイハチで。風呂上がりにとかじゃあゴロさんに勘づかれちゃうから、買い出しに行ってた隙をみて…と。それさえスリリングな秘めごとのように言うものだから。可笑しいと笑い飛ばされるかと思いきや、

 「隙を見つけるのが難儀でな。」

 意外なお人の意外な言いようが続いたのへは、残りの二人がついつい おおおとのけ反って。隙…って、キュウゾウんチって結構広いし。それに、ご両親は昼のうちは会社や外回りに出てらっしゃるじゃん。誰もいないのに“隙”もなかろうと、怪訝そうなお顔を二人が向ければ、

 「…ハウスクリーニングとか、宅配とか。」
 「あ。」
 「そか。それへ出なきゃいけないか。」

 家人が居ないなら居ないで、そういうフェイントがいつ飛び込んで来るかが判らないと言いたいらしい。いっそ、ご両親がいる夜中に着たら? それだとそれで、夜食だのフルーツだの、母がひょいと持って来るので。そっか、そこはウチも同んなじだ。音なしで夜更かししてると珍しく勉強してるとか思われちゃうのよねと、シチロージが苦笑をし、

 「サイズが気になったから着てみたんだけど。」

 付け足しのように言ってから。たださぁと首をすくめて言ったのが、

 「着方や脱ぎ方が微妙なんだよね、アレ。」

 やっぱシャワー浴びてからとか着るものなんだろうけど、何処に足を突っ込みゃいいのか悩みそうになるし、ベビードールの方は方で、何処まで背中を抜いたらいいのか。縫い目のところが肩じゃないの? それが、着ちゃうと探さなきゃ判らないんだな、フリルが邪魔で。キュウゾウのは? 白衣っぽかったから着方はそれほどややこしくはなかったんじゃあ。ストッキングが…。あそっか、ガーターベルトね…と。華やいだ装いへの印象なぞ述べるはずが、慣れない代物へどういう奮戦こなしたかのとんだ報告会になっており。


  「……で? どう運ぼうか、今夜。」






     ◇◇◇



 「お嬢さんがたが何やら企んでおるらしいの。」
 「やはりな。」

 単なる夜通し語らいたいってお泊まりをしたいだけなら、パジャマパーティーなどというので間に合うはずだ。それならお主の家なぞで集まりゃいいのだ、遠出の必要なぞなかろうに。遅れて来る誰かさんに片やの部屋をあてがうことにし、残りの和室にて、お顔を突き合わせ、やっとのこと大人のみでの話を出来る環境となった五郎兵衛殿と兵庫殿。こちらの二人にしたっても、縁というか因縁というか、あるといや大有りな間柄ではあるけれど。そういや、あの当時は、さほど接点もなかった二人であり。くどいようだが兵庫は砂漠で一旦退場している身。そんな彼が復活した最終決戦の場には、五郎兵衛のほうが居合わせずで。虹雅渓にて もしかしたらばすれ違うくらいはしたかも知れぬが、その当時はもっと互いを知らなかったろうから、今の生での方が付き合いは長いし、互いへの理解も深いと言えて。

 「あやつらだとて、少しは過去を覚えてもいように。」

 何でまた、妙なところへ大胆不敵な構えようをするものか。男の性は欠片ほども覚えておらぬのかと。いいように振り回されてる現状へ、こちらのほうが大人だということも重なって、不甲斐ないとか思うのの相乗か。兵庫が険しいお顔でぶちぶちとこぼすのへ、

 「そうは言うが、あやつらは3人とも、
  ほんの最近までは単なる女子でしかなかったのだしな。」
 「う…。」

 目立つ容姿に珍妙な名前。間違いなく平凡な日本人の両親から生まれたのにあの風貌で、しかも何がどう間違ったものか、3人とも男名前をつけられており。それが原因で子供の頃はさんざんからかわれたというのが共通の想い出。極端にひねたりしなかったのは、過去から気丈さをも持ち込んでいたからか。とはいえ、何がどうしての部分には、

 「我らと違って、ずっと封がなされておったのだからの。」

 女子に生まれたせいだろか、侍だったことも、時代に翻弄され壮絶な生き方しか出来なんだことも、ちっとも思い出せずにいて。いやいや、それが普通の生まれよう。覚えているこっちが奇妙なのだと、何度となくわざわざ思い直したほどに、そりゃあ見事なくらい過去の彼らにそっくりな風貌をしていて。接してみれば性格や価値観も似たようなそれ。そうともなると、どの御仁も真っ直ぐな気性の、そりゃあ優れた人性しておいでだったのだから。忘れられたまんまは辛いが、それでも…このまま素直に育てばいいと、何も告げずの見守っていようぞと決めた矢先。出会いが刺激になったのか、

  ―― 空のまんまで乾いてた壷に、
     とぷとぷと水が満たされ溢れたように

 こんな大事なことを思い出せなかったのが悔しいし、そんな縁のあったゴロさんとまた逢えてるのは、もっともっと…嬉しいと。かわいらしいあのお顔、くしゃくしゃにしての泣き笑いをさせてしまったのが今でも切ないと、屈強な偉丈夫がその図体に似合わぬ言いようをすれば。

 「こっちも変わらんさ。」

 いきなり髪を掴まれて。何をするかと睨みつければ、上着のポケットから取り出したのが、かつて良く使っていた、伸ばしっぱなしの髪を束ねてたかんざしで。同じ成りをしとらんのは、自分が思い出さぬようにかと、いかにも恨めしそうな顔をされた。親御より細かいレベルでそうだとの見分けがつくのに、何でずっと黙っていたのだと、

 「そうか、あの久蔵殿の鉄面皮を読めるのか。」
 「男ならまだ、凛々しいで済む仏頂面だがな。」

 嫁にももらってくれるだろ男衆が、それでは寄って来ぬぞと呆れれば、つんとそっぽを向くばかり。多少は感情豊かになったはいいが、男じゃあない分そのままじゃ困ろうにと。やはりやきもきさせられておるよと、そんな言いようする兵庫殿なのへ、


  “……おやまあ。”


 こちらは逆さま、兵庫殿のほうが朴念仁にも察しがお悪いかと。言葉少なだったかつての剣豪、今は恋するヲトメの心の内を、察しておればこそのはがゆい苦笑、かみ殺す五郎兵衛殿だったりするのであった。



     ◇◇◇



 奥箱根といえばの観光地には、今回ばかりは用がない。初夏には緑滴ったのだろ、秋には錦景麗しかったのだろ風景も、今は冬枯れが始まっており。それにもそれなりの趣きはあるけれど、粋や風流だけで何十分も保たせられるほどには、今の彼女らは生きがよすぎて。

 「ゴロさんゴロさん、ここって3種類もお風呂があるらしいですよ。」
 「だからと言って我らまで一緒には入れまい。」
 「家族風呂って手もありますが。」
 「手ってのはなんだ、手ってのは。」

 それぞれに愛らしいポーチだの紙袋だのを提げて、早速にも大きいお風呂へ繰り出すらしい女性陣から、こちらは遠くまでもを見渡せるラウンジにでも運んでおこかと、部屋から出て来た五郎兵衛と兵庫が声を掛けられており。闊達な調子で会話を交わすヘイハチと五郎兵衛の傍らで、

 「……。」
 「あんまり長湯はするなよ?」

 こちらさんは、片やは黙んまりのままながら、それでも用は足せるらしくて。ここまでの列車での遠出と、少しほど標高のある土地なこと、それからそれから風呂に入るという色々が重なっては、持病の貧血が出ないとも限らない。それを…やや乱暴な言いようながらも慮って下さる主治医のせんせいへ、

 「…。(頷)」

 こくりと頷首したキュウゾウの、白い耳朶がほのかに染まる。まだ湯に浸かってもないし、館内は暖房が効いていて寒くもないのにね。

 “…いいなぁ、二人とも。”

 想い人からのお声掛け。それだけのことがもう羨ましい。私なんてまだ逢えてもないのにねと、洩れそうになる溜息を咬みしめてしまうシチロージであり。そんな彼女の肩を、不意に叩いた手があって。何よ馴れ馴れしいと、いきおい咬みつくような目線を振り向ければ、

 「いかがしたか? シチロージ。」
 「あ………。」

 さすがに、逢って早々こうまで恐ろしい形相で睨まれようとは思わなんだか。ぎょっとしての、見るからに驚いたのが、

 「勘兵衛様。」
 「おお、島田殿。」

 やっとのお出ましか、勿体つけるとは憎い演出と、五郎兵衛がまぜっ返したことで、視線も逸れての何でもなかったことにされ。あややと跳ね上がってたドキドキのボルテージが何とか静まる。仕事先から駆けつけた勘兵衛なのか、いかにもというスーツ姿なのがこんな場所には微妙に浮いてもいるけれど、

 「……。////////」
 「シチさん、トリップしかかってますよ?」

 勘兵衛さんに穴が空くから、そうまで見つめちゃいけませんてと。ヘイハチに茶化され、やっとのことで我に返ったシチロージだったが、そうは言っても何日かぶりに見る姿、見とれてしまってもしょうがない。こうして並ぶと何とも目立つ三人の男衆で。兵庫のみがやや痩躯で、面差しも尖っていての神経質そうなタイプ違いじゃあるけれど。いかにも屈強で重厚な印象のする五郎兵衛に、決して引けを取らぬ精悍さ、肩や背中のかっちりと頼もしい男臭さが匂い立つ勘兵衛と、上背のある面々の揃い踏みと来て。通りすがりの泊まり客だろう女性の二人連れやらグループやらが。こっちを見やっちゃあ顔を見合わせ、通り過ぎてからも何やら語り合うのが見て取れて。

 「〜〜〜。」
 「ゴロさん、お風呂行かないんですか?」

 はやばやと悋気の虫に火がついたらしい、キュウゾウやヘイハチの突っ慳貪な様子とは一線を画して、

 「〜〜。////////」
 「? シチ?」

 ああ、皆が見とれるのも判るなぁとばかり。ほわんと浮いたお顔になって、自分の想い人をば見つめてしまう姿さえ、罪なくらいに麗しい美少女へ、

 「……。」
 「おっと。」

 すうと引き寄せられかかる壮年殿へ、間近から五郎兵衛が何とか腕延べ押し留どめ、

 「こんな往来でのごちゃごちゃもないでしょうよ?」

 暗に窘めつつ、ここはと引きはがすのも大人の分別。はっと我に返れたうちはいいとして、これから訪れる聖夜の宵を、さあてどうやって切り抜け、はたまた挑む彼ら彼女らなのでしょうかね?
(笑)

NEXT


  *唐突なお話を始めてしまってすいません。
   ここんところ、他人様のふんどしでお話書きまくりの不埒な Morlin.です。
   あんまり楽しそうに綴っておられるので、つい出来心で。
   YUN様と砂幻さまの了解は得ましたのですが、
   こんなの雰囲気ぶち壊しだわと仰せの方には…相すみません。
   仰るとおりでございます。(とほほん)
   勿論のこと、
   Morlin.もお二方のお書きになられる続きを心待ちにしております。
   これはパラレルのパラレルもどきということで。


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