夜陰帳 紅蓮炎群舞 (お侍 習作102)

        〜 お侍extra  千紫万紅 柳緑花紅より
 


垂れ込めるは夜陰の帳
(とばり)
遠く近く、仄かに聞こゆるは風籟の声。
華やかに甘い沈丁花の香に、頬に触れたは木蓮の花びらか。
秘やかな草の匂いは濡れて強く、
誰ぞが背後で砂利を踏みしめた音も湿って重い。

  ―― だが、

それに紛れて、別な何かの風音がする。
茂みの向こうの、木立を揺らす風籟とも調子の違う、
何かしらの気配が立てたもの。

  ―― 来る。

嗅いだと同時、総身がそれへと反応し、連動している。
わざわざの意識なんて要らない。
止めようがないほどの速さで詰まってゆく間合いを数えながら、
まだ実際には見えぬ相手が、こちらの間合いへ飛び込んで来る影を、
我知らず闇の中に描いているのも常のこと。

  ―― 遅い。

測ってみれば恐らくは、秒にもならぬ“間”であるが、
練達ならばという物差しに合わせた連動、
そこから僅かに劣ってずれた“間”が憎い。
今にも弾かれんとし、飛び出しかかる総身を押さえるのは、
これで結構、こっちには苦痛であったりし。

 “…雑魚が。”

じりと胸底を焼く焦燥の、仄かな痛さが狂おしく。
それごと振り払うかのよに、
春宵の静謐へとその痩躯を躍らせる。
風にあおられる軍旗のように、ばっさとはためきの音を立て、
長々とした深紅の衣紋、その裳裾が宙へと舞い上がり、
闇の中へと溶けて飲まれて…。

  ―― きゅいぃぃ…ぃんん

薄刃が撓う金属音にかぶさって、
風を鋭く撒いて裂いた、疾風の唸りがし。
月をおおった群雲の、翔る速さに追われてのこと、
地を横切った影も躍る。
湿った風は雨の予兆か、それとも誰ぞの流した血の香か。

  ―― ひゅっ・か という、

風籟の声と重なった、堅いものをこづいたような響きが微かにし。
薄雲がはがれた望月が刻むは、鮮明になってゆく下界の陰とその主。

 【 ………?】

しっかと目測 計った筈が、目当ての若造の姿はなくて。
宙に浮かんだ寸胴の巨躯が、辺りを見回しかかって…その途中、

 【 …っ!?】

ぐらり斜めに倒れかかる。
鋼の機体が斜めに裂かれ、旋回に合わせて上と下とで泣き別れ。
離れ切る寸前でやっとのこと、
揮発油に火花が散ってか鈍音を立て爆破する鋼筒
(ヤカン)であり。

 【 …なっ!】
 【 おいっ、どうしたっ?】

誰かと切り結んでもないのにどうしてと、
突然の爆破を見せた手合いの異変へ、
仲間内がやはり中空にて一旦停止して浮遊しているところへと、

  ―― 天空から飛来したは、
      死の翅翼
(はね)を双手へ挙げた紅胡蝶が一羽

切れ込みの入った衣紋の裾が、その動きの鋭さに撒かれて大きく広がる。
右へ左へよじれて撒かれる裳裾から、
ただ落ちて来ただけじゃあなく、
右へ左へ均衡を計りながら“降りて来た”彼だと判るほど、
余裕がある者は一人もおらず、

 【 …えっ?】
 【 な…っ!】

身構える暇まさえないままに、
銀の翅翼は風を切り、その切っ先が鋼の胴を撫で切って。
完全に通り過ぎたその直後、
辺りは黄昏にも似た閃光を浴び、明々と染め上げられているばかり。

 「…。」

ふわり、軽やかに降りて来て、
萌え初めの芝草の上、危なげなく到達した若いのはといえば。
複数の鋼筒をそれは見事に討ち果たしたというのに、
どこか…冴えないお顔をしており。
切れ長の赤眸や、肉薄な頬や口許が、
無表情にも凍ったようなのは、まま、常のことでもあるとして。
畳まれぬままな翼のように、
得物の双刀、だらり左右に垂らしたまんま、
熱のない眸が見やった先には、

  ―― やはり夜陰の薄闇の中、
      鋼を打ち合う、音が気配が、
      鈍く高く絡まる様ごと轟いており。

そちらの域にも月光が降臨し、
波打つ衣紋を、豊かな蓬髪を光らせて。
軽やかに舞う白い胡蝶の姿が、躍動が、闇の中から浮かび上がって来る。
その四肢がまた何とも自在闊達に、切れよく躍ることだろか。

屈強精悍、よくよく叩き上げられた肢体をし、
超振動を使わずとも、その太刀筋は鋼を裂いての粉砕できて。
相手の材質の“目”を見抜き、
そこへ最も効率良く切っ先を突き入れてしまえるその妙技は、
かつての大戦にて身につけたに違いない。

 “北軍
(キタ)の白夜叉…。”

胡蝶の舞いのようなと称され、
美しささえ湛えた自分の身ごなしとは、何から何まで異なって。
勇壮で力強くて、だのに無駄のない、洗練された太刀筋はどうだろう。
単なる力任せにはあらざるまでの、
無駄のない動きのなめらかさを練り上げたは、
長年 死線をばかり掻いくぐってきた、究極の実戦からの蓄積で。
だが、決して定形を踏んだとか、機械的効率的な動きなぞではないところが、

 “…底知れぬ。”

間近になった相手の資質を見、そこから動線を見極め、予測して。
腰が引けても慣性で突きかかって来るのを、
刃の切っ先にて釣り込んで引き寄せ、
脇へと流してそちらから来るのへ鉢合わせさせて。
それで稼いだ間合いの中で、
逆方向から来る手合いへ向けての、薙ぎ払いを浴びせかけ。
返す刃の切っ先は、中空にて既に次の標的へと定まっており。
そちらへと踏み出したと同時、身を低くしてしゃにむな攻勢をやり過ごし、
その後ろの…頭目らしき甲足軽の脾腹、深々とえぐって切り裂くと、
刀を引き抜きがてらに手元を回して逆手へ持ち替え、
背後から来た一団の鼻先を、ざくりと一気に薙ぎ払う。

  これらを一気に、一瞬たりとも迷わず惑わず、
  繰り出した一太刀の、踏み出した一歩の“間”の中で、
  失速させず翻弄もされず、操り切れる見事さよ。

ただ単に打ち合わせがあっての仕合とも違って、
思いがけない間合いや方向からの打ち込みが繰り出されるのへも、
きっちりと拾って返せる即妙さが、見ていて惚れ惚れするほどであり。

 「…。」
 「ぐがっ!」

こちらへも背後から、気配を殺して飛び出して来たところの、
規格外だろう鎧武者もどきを。
振り向きもせず、逆手の一閃で叩き伏せた久蔵だったが、

「…。」

視線は じりとも動かぬままだ。
少し遠い間合いの先、イヌツゲだかの茂みの向こう。
まるで炎の柱に群れる蛾たちのように、
妖しくも軽やかで、だのに…最期には炎に撒かれるだろう結末が見て取れる、
ある意味、酷な切り結び。

「…。」

ただただ魅了されたよに眺めていたその舞台へと、

 ―― 吹き寄せる夜風の波濤が、不意に勢い良くも高まって

相変わらずに夜陰は深く。
そんな中、周囲の梢を大きく揺さぶり、
萌え出したばかりな若葉らを、さわさわ打ち鳴らすものだから。
それがどんな幽鬼のどよもしに聞こえたか、

 「ひっ、ひえぇぇっっ!」
 「逃げろっ!」
 「堪忍してけろっ!」

大将が倒れたことで、なけなしの統率はあっと言う間に崩れ去り、
泡を食っての潰走ぶりは、
機巧も生身も一緒くたの、みっともないこと甚だしく。
奇襲をかけたはそちらだろうに、堪忍も何もあるものかと呆れた勘兵衛。

  ―― だが、

この慌ただしさの中に どう紛れていたのだか。
凍るような殺気が、あり得ないほどの至近に沸き立った。

  「…っ!?」

下方から迫り上がって来、
高々と飛翔してから振り落ちて来るまでの所要時間の、また速かったこと。
なればこそ、

  「………久蔵。」

何とも物騒な死の翼に乗り、
こちらの間合いをこうまで見事に突き進んでの、
猛禽の如くに躍りかかって来た相手が誰なのか。
細いお背
(せな)へ収めた筈の双刀、
再び抜き放っての続けざま、一気に振り下ろして来たのが誰なのかは、
勘兵衛にもすぐさま察しがつきはした。
戦意をまとって鋭く冴えていた表情が、あっけなくもゆるやかに解ける。
奇襲を受けての切り結び、よって打ち合わせがあった立ち会いでなし、
どんな応戦をしようと勝手といや勝手、
そこはお互い様の出たとこ任せ…ではあったのだけれど。

  ―― 選りにも選って、身内に斬りかかってどうするか。

いやさ、そんな基本くらい判らぬ彼ではなかろうから、
なればこれは、故意の仕打ちか。

 「…。」

月光を浴びて白銀にけぶるは金の髪。
それがこちらの、咄嗟に楯にした愛刀のすぐ間近になっていて。
鬱陶しい長さの前髪の奥、
伏し目がちにされた赤い眸の放つ威勢が、炯々と強く閃く。
やがて、拮抗に耐え兼ねたか、それとも…こちらの辛抱に向こうから折れたか、

  「…あまり、煽るな。」

ぼそりと一言、零した久蔵であり。
端とした言いようは、本気とも戯言ともどちらとも聞こえ、
「儂を斬りとうなったのか?」
訊けば、さてなと低く返して、
ただ、と。付け足したのが、

  ―― もはやお主ほどの腕の者は、
      そうそうおらぬようになってしもうたから。

至近から見つめて来る赤い双眸が、
その奥へ武火の瞬きを閃かせており。
確かに、いつかは刀を交えて決着をつけるというのが、
彼と交わした約定ではあるものの、
その割に…口許へと浮かんだ笑みは何とも妖麗だったものだから。

 “計り知れぬことよの。”

そろり、刃を緩めれば、向こうからも手を引いて、
その代わり、しなやかな所作にてのこと、
愛しき痩躯がするりと懐ろへすべり込む。
自分を斬りたいと物騒な望みを抱く相手を、
なのにこうまで間近へ深々取り込む自分も自分なら、

 「…。////////」

その細腕から刀は離さぬままながら、
撫でよ愛でよと言わんばかり。
まるで…高貴だが非情な野獣ででもあるかのように、
そして、そんな獣が自分のものだと匂いつけをしているかのように。
その身を懐っこくも擦り寄せて来る相手も相手。
血の香もするが、それよりもなお、
華やかで甘い沈丁花の香りがやっと、二人の周囲へ立ち戻り。
群雲は流れ、草木も静かに揺れて。
春宵の静寂の中、何事もなかったかのように、時はすぎゆく…。






  〜Fine〜 08.4.17.


  *勘兵衛様との約束を、久蔵の方は果たしてちゃんと覚えているのか、
   ウチのはいつもお膝に乗り上がりのああなので
(笑)
   たまには確認取らんとなと思いまして…。

めるふぉvv めるふぉ 置きましたvv **

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