ゆかし (お侍 習作103)

       〜 お侍extra  千紫万紅 柳緑花紅より
 

花の季節は過ぎゆきて、
梢には風にひらひらと躍る青葉。
薄くて重なり合っても頼りない木陰しか描けぬほど、
まだまだ幼い若葉ばかりだというに、
陽盛りにいると汗ばむほどの、夏日を思わす陽気が続く。
白く乾いた道なり、柳の枝がさやさやと揺れてたその向こう、
やはり道へと添うて流れる大きな川には、
荷舟だろうか、艫
(とも)に船頭が立つ小舟が一艘、
水表
(みなも)へと棹さしながら下ってゆくのがいかにも涼しげで。
尻はしょりをした船頭が、目深にかぶった粗末な笠の先、
ツバメだろうか、ついと宙を翔った鳥の陰をこちらも追えば。
吹き抜ける川風が前髪を揺らす。

 「ここいらで休むか?」
 「…。(頷)」

当てがあっての急ぎ旅ではないものの、
普通一般の旅人よりも歩調がずんと速い二人連れ。
何しろ元は軍人で、いまだに心身鋼の如くに強かな侍
(もののふ)なれば、
下手すりゃ早亀より速いかも知れない“遠歩”もこなせる。
そんなせいだろか、
道中で“次の宿場まで共に…”などという相手は出来ようもなく。
だが、そんな道行きであることを、
互いに少しも飽いてはないらしいから、
余計なお世話は焼くだけ損気。
今もまた、
スズカケだろか萌え初めの柔らかな葉が、
頭上でちろちろ軽やかに揺れる木立に逸れると、
周辺の緑をゆったりと見回したのは壮年殿のほうだけで。

 「…。」

真っ赤な衣紋のお若いお連れの方はといえば、
何が詰まらぬか、いやさ、何の感慨もないものか。
白いお顔のさして表情は動かさぬまま。
休憩用の塚石らしいのへ腰掛けて、
背条や手足を伸び伸び緩める連れをばかり見やってござる。
額に幾条か貼りついていた髪を払って、
その大きめの手が白い衣紋の懐ろを探り、
竹筒の水筒を取りい出すのを眺めやり。
それへと口をつける態を見てから、
ああと思い出したように自分も同じ筒を取り出すところを見ると。
もしかして…目を開いたままで眠っていたのかも知れずで。

 “そのようなことはなかろうが。”

ぼんやりとしている訳ではなかろう。
それが証拠に、
不審な気配を察知し、それが危険と把握して、
刀を抜き打つまでの反射は、
口惜しいかな、速さも的確さも勘兵衛の数倍も上だ。
先日も、怪しい賊からの尾行を受けてのその襲撃へ、
先んじて躍り込んで行ったのは久蔵の方が何合分か速く。
結果として、叩き伏せた相手の頭数も彼のほうが多かった。

 『…年か?』
 『〜〜〜。』

皮肉や揶揄や、
ましてや ひけらかしているつもりはなかろうから尚のこと、
もしやして本気で案じているのだろかと、
いろいろ思い知らされたりもして。

 “脂の乗り切っている年頃の練達と一緒にされては敵わぬ。”

確かにこちらは、そうそう鋭気弾けていられる年頃ではないけれど、
それを補う蓄積や年輪があると仄めかせば、

 『老獪。』
 『…色々と言葉を知っておるのはよう判った。』

息のあるのを引っ立てに来た、州廻りの役人や捕り手らが、
笑いをこらえて肩や背を震わせていたのを尻目に、
後は任せて発ってからこっちは、至って平穏な旅の空。
次の宿場が近いのか、木立の奥からは童子らの立てる高いめの声がし、
原っぱ遊びにと幾人かでのして来ての、はしゃいでいるらしいのが伺える。
親御には内緒の遠出だろうに、
きゃっきゃと声高なのがそりゃあ無邪気で。

 「…。」
 「そのような顔をするものではない。」

そちらから視線を戻したその途端、
かち合ったのが微妙に憮然としていた赤い眸で。
目新しい存在へ気を取られ、傍らにある我を放置したとでも言いたいか、
いかにも不服げなそれへとやわらかく苦笑をしておれば、

 「…あ〜っ。」

甲高い声をともない、宙を飛んで来た小さな陰があり、
やはり久蔵が先に、白い手伸ばして捕まえた。
こういうものへは問答無用で刀が撥ねるはずだのに。
居合いも間に合わずと見切ってのことか?
だが、ならば素手を出したはどういう無謀か。
勘兵衛もろとも身を避ければいいものを…と、
あれこれ思うより先に眼前に答えが出ており。

 「…竹トンボ。」
 「?」

きょとんとするばかりな久蔵にしてみれば、
これが手裏剣や千輪だとしても、竹細工なら大事はないと見越し、
それで素手で捕まえたらしく。
どらと手を出し、受け取った小ぶりの竹細工、

 「こうしてな、手の間に挟み込んで飛ばす玩具だが…。」

ではあるが、
横手へと一直線に、こちらへ飛んで来た調子っ外れぶりはいかがなものか。
挟んだ手と手の間でぐりりと攀ってから、
羽根の部分が左右対称になっていないと、削りぶれているのに気がついた勘兵衛。
懐ろから小太刀を取りい出し、
反りの甘い方をすりすりと削って整えてやる。
おっと気配に気づけば持ち主か、
お膝の下までという丈の短い着物の坊やが、
向こう側からの木立の入り口、
少し離れたところから案じるように見やっておいで。
もしやしてお侍様たちにぶつけたのかしらと思うと、
叱られるのが怖いか、足が出ないでいるらしく。
さて困ったと手を止め、おいでおいでと手招きをする。

 「怒ってなぞおらぬから。」

こちらから立ち上がってはますます怖かろと、
寄って来るのをただ待てば、

 「…。」

おっかなびっくり、それでもやって来たのへと、
ほれと出来る限りの差し出しようにて、かわいい玩具、返してやって。

 「勝手をしてすまなんだの。」
 「?」

小首を傾げる小さな坊やへ、
ただただ目を細めての微笑って差し上げれば、
自分の手元を見下ろし、えいっと両手でよじって見せる竹トンボ。
すると、今度は真っ直ぐ真上へ飛んだものだから、

 「あ…っ♪」

明らかに語尾が弾み、
見上げたトンボとこちらとを交互に見やってますますの笑み。
どうやら自分でも、飛び方がおかしいと気がついてはいたらしい。
そんな坊やの様子をもっと後ろから見守っていた仲間の童子らが、
わあと声上げ、駆け寄って来る。

 「凄げぇっ。」
 「よかったな、カンタ。」

あれほどまでの尻切れトンビをちょちょいで直したお武家様、
偉そうにしないお武家は珍しいのか、
まだちょっと遠慮をしいしい、
それでもこちらを見やる様子は、いかにも興味津々という気配であり、

 “これはしまったな。”

外見はいかにも元軍人で恐持てだから、
こういうことは滅多にない勘兵衛ながら、
ああまで かあいらしい群れに懐かれると、
てきめん、誰かさんの機嫌が悪くなる。
今も既に、
「…。」
寡黙な無表情がややこわばっており。
そちらの気配、頬にて伺っておれば、

 「…。」
 「久蔵?」

不意にさっと、その連れが塚石から立ち上がり、
淡い木洩れ陽の下、乾いた下生えをさくさくと踏み締めて歩みを進める。
突然のこと、わあと身を寄せ、道を譲った子供らには目もくれず、
ゆるやかな斜面
(なぞえ)になった先を降りると、
こちらへ背中を向けていた小さな少女へと近寄ってゆき、

 「え、あっ。」

何やら手を延べ、取り上げた模様。
睨みつけるより手ひどい無体で、だが、

 「久蔵?」

冴え切っての無表情が、幼い和子にはむしろ勘兵衛以上に怖いかも知れぬ、
そんな外見をしている彼だが、
怜悧な見かけに反して無体な乱暴はしないはず。
楚々と大人しいというよりも、関心が向かないからで、
それが一体何をとこちらも立ち上がれば、

 「…わあっ♪」

おやや? そちらからも何やら弾んだ声が上がって、
何かが次々、風に乗って宙を躍ったから、

 「あ、凄い凄いっ。」
 「おミヨちゃん、よかったねぇ。」

軽やかに舞ったのが玻璃玉のようなシャボン玉だと気づいて、
やっとのことで合点がいった。
向こうは向こうで、別な口、
上手に出来ない子へと眸が止まり、
黙ったまんまで手を出して、何か手助けをしてやった彼だったらしい。
我も我もと、そっちは女の子らが遊んでいたのが寄って来て、
小さな筒を差し出すのへ、いかにもたじろいでいるらしき背中をくすすと眺めやり、

 “珍しいことがあったものよ。”

急な雨でも降らねば良いがと、
豊かな蓬髪がゆるやかにうねるその下から、
ちらり頭上を見上げた勘兵衛だったのは言うまでもない。
案じなくとも初夏の空、すっきり晴れての雲ひとつなく、
寄って来た子らへも手を施してやったか、
やっとこ解放されて戻って来た若いのが、
少々面食らったらしい様子を残しているのへと、

 「あのくらいの娘御は物おじをせぬものかの。」

神無村にもお転婆が二人ほどいたのを思い出さぬかと、
やんわり微笑って差し上げれば、

 「…。(頷)」

こくり頷き、小さな小瓶を懐ろへと戻す。
どうやらお取っときの蜂蜜を分けて差し上げたらしく、
そんなもので上手に作れるようになるものか?と問えば、
是と頷き、
そんなことをばお主が良く知っておったのと問えば、

 「シチが。」

短い一言だったが、勘兵衛にも十分に伝わったところが今更ながらに物凄い。
神無村でか、それとも のちにか、
童相手の遊びだからきっと前者だろう頃合いに、
あの七郎次から教わった秘訣であるらしく。
後日に思い出してその先達に聞いたらば、

 『ああ、はい。ですが、蜂蜜とはまた豪気ですね。』

くすぐったげに苦笑した元・古女房が言うことには、
お砂糖や洗濯のりなどを僅かほど入れると、
とろみをつけることでしゃぼんの膜を少しほど強くできるのだとか。
それをやって見せたの、覚えててくれたんですねぇと、
そちらもそちらで感慨深いお顔をしていたのは後日のお話。

 「…?」
 「うむ、いや。」

和子らが遊ぶ様を関心持って眺めやり、おやとわざわざ立ってゆくとは、
これまで一度もなかったことゆえに、
勘兵衛としてはついつい感慨深くなり、横顔なぞ見やってしまった。
周囲へと広がる世界への関心を持つのは悪いことではないからで、
そこもまたぼこぉっと抜けていた久蔵だっただけに、
善哉善哉と微笑ましくなったものの、

 “お…。”

蜜が指先にもこぼれたか、
目許を伏し目がちにし、白い爪をば口許へまで引き上げの、
小さく出した舌先で、ちろりと舐めた彼であり。
ともすれば行儀の悪い、他愛ないはずな所作が、
どういうものか、妙に妖しげに見えもして。
肉づきの薄い口唇と、その隙間から覗いた肉芽の濡れた様、
冷たく整った顔容の中、そこだけが息づいて見えたのもまた、
生々しさを高めたようで。

 “何ともな。”

当人は気がついているのだろうか。
血が通っての温みを持つかも疑わしいと感じられるほど、
冷たく冴えた風貌をし、笑いもしない彼なればこそ。
稀に覗かすそういった所作が、
野生のレベルまで荒いほど、却って生々しさを増し、
妖冶この上もないということに。
屈託のない様を見せるのは、
それだけ気を抜き、心許している証しだと、
最近ようやっと飲み込めるようにもなったれど。
こうも頻繁になってくると、
よそでも見せてはおらぬかが案じられるから、

 “人の欲にはキリがない。”

枯れたと思っておったのが、これだ。
自分で自分へ呆れつつ、だが、

 “…悪くはない、か。”

仔猫の毛づくろいのような、こんな他愛ない仕草くらいなら、
むしろ喜んでやるべきだろう。
武装した賊を相手に、
引っ切りなしの数を捌いての双刀操るときなども、
凍るように冷ややかなその細おもて、
わずかに熱をおびての微笑っているときがある。
ひるがえる紅蓮の衣紋に新たな血を吸わせ、
宙を軽やかに舞う久蔵にあっては。
殺戮が楽しいのではなくの、ただ。
死線と隣り合うほど究極の危うさの中ででもなければ、
生者としての熱が起きないのかも。
そんな身であることよりも、
無垢な眸を上げ、小首を傾げ、
な〜に?と物問うお顔をされた方がずんとマシ。
………とはいえ、

 「???」

あんまりまじまじ見やってしまったことで、
却って不審を抱かせたらしく。
顔を上げた久蔵の視線から慌てて逃れんとし、そっぽを向いた勘兵衛。
ああえっとと、誤魔化すように懐ろから矢立てを取り出すところが、
かつてのお仲間、
それこそ古女房あたりが見ていたら腹を抱えて笑ったことかも。

  ―― そして

次の宿場で早亀へでも言伝てるのか、
巻紙へ何やら書き付けを始めた勘兵衛へ、

 「…。」

小首を傾げたまんま、じぃと見つめる久蔵だったのは。
誤魔化されての置いてけぼりに、一旦停止となったからではなく。

 “…。////////

筆が玩具に見えるほど、がっしりと大きな手へと見とれたせい。
少ぉし伏し目がちになって手元を見下ろす目許も、
奥ゆかしい知性と落ち着きが滲んで見えて好もしいし。
砂防服でもあるせいで体の線を誤魔化す衣紋は、
こういう佇みようをすると、
彼をめっきりと学者のような趣きにしてしまう。
腰にたずさえた大太刀、
どれほど荒々しくぶん回すかを知っている久蔵の眸にさえ、
黙って眺めていたくなるほどの、静謐の妙を感じさせてやまず。
重厚にして、錯綜の趣をも裡
(うち)へと匂わすその風情、
どれほどの人々を黙ったまんまで魅了しておるか、
当人は気づいているのだろうかと、いつもいつもやきもきさせられるのにね。
ならばと無粋に構えさせての そうでなくならさせる訳にもいかずで、
困った奴よとそれでも惚れ惚れ眺めておれば、

 「…っ。////////

綴りようにでも迷ったものか、
止まったその手にしておった、細身の筆の尻のほう、
口許へと引き寄せちょんちょんと。
無意識のうちだろうが、唇をつつくような、
そんな仕草をして見せた勘兵衛だったものだから…。





  ◇  ◇  ◇



 「あんねあんね、おねいちゃん。あっちの野っ原でお武家様がね。」
 「まあこの子らはまた、垣根くぐって外へ行ってはなんねとあれほど言うたろが。」
 「でもね、あんね、お武家様がね。カンタのトンボを直してくれてね。」
 「…あら。」
 「そいから、しゃぼんだまに おまじないしてくれたんだよ?」
 「おまじない?」
 「うん。あんまりたくさん出来ねかったのに、
  ちょちょいっとおまじないして沢山吹けるようにしてくれた。」
 「あらまあ。」
 「お偉いお武家様はあんなことまで出来るんだなって。」
 「そうね、物知りなお武家様やったんね。
  でも誰でもそうとは限らんで、あんまり馴れ馴れしゅう寄ったらあかん。」
 「うんっ。」


不思議なおまじないをいっぱい御存知だったお武家様たち。
そういや旅装束もちょこっと不思議ないで立ちだったと言ったらば、
もしかしたらば学者先生だったのかもと年嵩の姉が付け足して、
さあさ、夕餉まで今少し、お家に戻って待ってなさいと、
草を引いてた畑へ戻ってしまったのを見送って、

 “あれもおまじないだったのかなぁ?”

小さな坊やがかっくりこと小首を傾げる。
お昼時が近くなったで、皆でそろって戻ろうとしたその折、
最後にちらと見やった先におわしたお武家様たちが。
小さいほうのお武家様が背伸びをし、顔を間近まで寄せ合って、
お口とお口をくっつけてなさったの。
金の髪したお武家様、
大人のお連れのお顔をそりゃあ大事そうに掲げてらしたから、
あれもきっと何かのおまじないに違いない。
ほてほたとお家へ帰る小さな坊や、
それがある意味、おまじないには違いないと判るのは、
もっとずんと後の話であったのだった。





  〜どさくさ・どっとはらい〜 08.5.01.


  *書いてから気がついたのですが、
   蜂蜜って石鹸の脂肪成分を分解しませんかね。
   却って泡立ちが悪くならないかなぁ。
   ちょっと自信がありません、
   そこんとこご容赦くださいますように。
(こらこら)

  *それにしても…野外で何やってんすか、あんたたち。
(苦笑)
   どの辺が“ゆかし”なんだか、タイトルに偽りありですいませんです。

めるふぉvv めるふぉ 置きましたvv **

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