穹からこぼれたストーリー?
           大戦時代捏造噺 (お侍 習作104)
 



  一体誰が何でまた始めたものであり、
  一体誰がどうやって終わらせるつもりであるものなのか。


 広い広い大陸を、そこに住まう人々を、ざっくりと二分しての大きな大きな戦さの日々は、既に何十年もの永きの間、その武火を鎮めることなく続いており。地上のみならず、頭上遥かな天空をも、浮かぶ戦艦や空艇の群れが埋め尽くしての。その規模が拡大こそすれ、どうやったら収拾出来るのか。もはや誰も考えてはおるまいというほどの、途轍もない代物へと育ってゆくばかりだったりし。直接刃を交わし合う兵たちは、より強くより強大にと、装備に止まらずその身まで特化したその結果、魂だけ残した機巧躯になることを厭わぬようになりもして。

 “いくら果てしがないとはいえ、
  この戦さが永遠
(とわ)に続くものでもあるまいに。”

 平和な世に戻ったら彼らはその巨大で武骨な身をどう処すつもりか。いやさ、自分が生まれたときには既にきな臭い世界だったからこそ起きた諍い。傍らにある供連れの青年に至っては、生まれたときから世界はこの戦況の最中だったという長い長い戦さでもあって。少なくとも、今を生きている顔触れは、残りの寿命尽きるまで、こんな歪んだ世界の中にいなければならないのかも知れぬのか。だったらと選択したのだろ、正に捨て身の改造には、どんなに手古摺らされた相手であれ哀しい感慨しか浮かんでは来ない。

 「…勘兵衛様。」

 高速飛行中ということもあっての、すさまじい加速風を真っ向から浴びながら、それでも揺るがず、外甲板に立っていられる存在。白兵戦をこなすを主とする斬艦刀部隊の司令官へ、そんな彼を乗せて飛行中の機の操縦者が、風防ガラス越しに良く通る声を掛けて来る。
「この空域は押しておりますが、西の方の▽▽部隊、やや押されております模様。」
 大本営司令部と各部隊との交信を拾っていたらしき副官が、こたびの会戦における、全体の戦況を割り出して伝えてくれる。
「△△殿の部隊が応援にと召喚された模様ですが…。」
 それが何を意味するか、戦さの師でもある隊長から数々の戦略を叩き込まれた七郎次には、刻々と変わってゆく勢力を映した空域図を見るかのように判るのだろう。先行きとしては芳しくないこと、察したかのように、その声が少々重くなっており、

 「確かにな。
  今、そのようなその場しのぎの取り繕いなぞしておっては、
  せっかく拮抗を保っておる中央部の均衡が崩される。」

 決してこちらが断然有利という訳ではない戦局、余裕のある位置に立っているからこそこんな見解も出せるものなのか。

 “いやいや、そんなことはない。”

 北軍空艇部隊にその人有りと、敵方の者からまでその異名、白夜叉という恐ろしい名を知られている剣鬼にして、どんな苦境でも切り開いての乗り切ってしまわれる、奇跡の戦略家としても辣腕の、島田勘兵衛だからこそ導けているこの空域の安定であり。だからこそ大局への展望までもを、先んじて考慮出来もする。これほどの軍師はまたと居なかろうに、どういう巡り合わせの悪さか、それとも彼自身の要領の悪さが招いているものか。小さな空艇部隊の一司令官以上の地位に立ったことはなく。偶に、大掛かりな戦局の一部、何部隊もの指揮を任されることはあっても、その会戦のみの役目であり、収拾してしまえば任を解かれて再び一小隊の指揮官へと逆戻り。誉れは数えられず、だのに失態は見逃されない、そんな理不尽な立場の典型に据え置かれた御主であることへ、そんな彼の広い背に守られて育って来た七郎次としては、歯咬みをするばかりの日々でもある、今日この頃だったりし。
“この会戦にしてもそうだ。”
 今 戦端を開くことにどれほどの意味や価値があるのかという、上つ方のお考えとやらは知らないが、ならば勝たねば意味がないはずだってのに。主力艦隊にと割り振られたのが、言っちゃあ悪いが…戦死者を山程出すことでも知られている、殿
(しんがり)の本艦の作戦室から出たところを誰も見たことがないことでも有名な、某司令官率いる上級艦隊であり。案の定、型通りの威風堂々たる布陣を敷くまでにたいそう手間をかけたせいで、敵艦からの攻撃を楯になって受けさせられた空艇部隊が数隊ほど、あっと言う間に壊滅の憂き目に晒されたのだとか。基本から入った無駄もなくの重厚な布陣なれば、長丁場な会戦を乗り切るためには欠かせぬことよと。定規で計ったように艦隊を並べ終えるまでは、本格的な戦闘体制に入らぬ頑固者。そんな机上の論で何でも何とかなるようだったなら、

 “こんなやくたいもないことくらい、とっとと終わらせればいいものを。”

 機転も利かず、意味のないところへ頑迷なばかりだったり、そんな揚げ句に見栄だの栄達だのの方ばかりを重視し、部下らを単なる駒扱いして、犬死にも厭わぬ愚策を繰り広げ。しまいにゃ他人の英才を妬んでの、足の引っ張り合いさえ盛んな見苦しさ。

 「…。」
 「いかがしたか。」

 ついの溜息をこぼしておれば、そんなところを御主に気づかれ、あやや・あたふたと居住まいを正すうら若き副官殿。これでも作戦行動にある最中なのだから、余計なことへと気を取られててどうするか。日頃は細かいことへと目くじら立てる御主ではないけれど、命を晒すこととなる戦さ場では別。そのくらいは七郎次とて重々承知のことなれば、相すみませぬと姿勢を正し、手元のレーダーにて付近の戦線展開を確認していたところが、

 「…何か、来るぞ。」
 「はい?」

 不意なお言いようをなさった勘兵衛様が、額へ鈍く光る鉢当ての下、深色の眼差しでちらと見やられてそのまま上へ。視線をお移しになられた速さと素振りから、ただそちらを見よという意味ではないと、こちらも素早く察知をし、
「行きます。」
「うむ。」
 手早い操作の末、機首をぐんと持ち上げれば。そういった息の合いようは、それこそ自然呼吸の域のそれ。格別、何処かに手を延べて身を支えるということもなさらぬままな御主の身を、こちらからも落とさぬような案配の加速で後押しさせつつ、ふわりと上昇してゆく機体であり。
“レーダーには映らぬから、敵機じゃあないか。”
 三次元対応のそれだから、上からの影には気づけませんでしたということはありえぬが、それでも不思議と、勘兵衛や七郎次の耳目での感知の方が速いところが、経験則で得られた生身の感覚の融通というものか。ましてや、鳥などの生体は基本的に察知しないような仕様にもなっており。とはいえ、

 “確かに、何かが来る。いや、これは…。”

 ただただ加速をつけての急上昇ではなく、様子を伺うようなゆったりとした上昇と構えたのは。同乗している勘兵衛への負担を考えてのことのみならず、こちらへ向かって来る何かを、目視しやすいようにと思ってのことだったのだけれど。

 「…え?」

 視野の中、最初に現れたのは小さな点であり。それからそれがどんどんと大きくなってのあっと言う間に、誰ぞの背中だと判別出来るまでとなった。これはもしやして…。

 「七郎次っ。」
 「承知っ。」

 落ちて来る真下へと軌道を修正する。そう、相手はどうやらこの天空で足場を無くした存在であるらしく。装備としてでも翅翼だの浮遊装置だのを背負っている訳じゃあない以上、どんなに戦い慣れていようが関係ない。引力には逆らえず、ただ真っ逆さまに落ちてゆくしかない。そして、大地までの距離があるがため、その間の恐怖がまた只事じゃあなくて。途中で気づいてくれた遊軍の機が拾おうにも、当人が気を失っていてそれが叶わなかったという悲劇がどれほどあったことか。
「相手の加速に巻き込まれんで下さりませよっ!」
「ああっ。」
 受け止め損ねてのそんな落ち方をしようとも、見事な切り返しを見せての先回りをして、拾って差し上げる所存の七郎次ではあったけど。空中落下なぞという恐怖に、ほんの刹那だって大事な勘兵衛様を奪われてたまるかとの、意地の方が大きに勝
(まさ)っている敬慕崇拝ぶりも相変わらず。それに、

 “…あれって、まさか。”

 急
(せ)いてこちらの加速まで上げぬよう、さりとて早く回収してやらねばと気も焦ったのが、落ちて来た存在が、あまりに小さかったからでもある。あんな小さな点の状態から気づいたかと、自分たちの感覚に恐れ入りかけたのも束の間のこと、小さく見えたのは距離があってのことじゃあなく、相手があまりに小さかったからだと判って…主従の双方ともにあらためての気が引き締まる。濃紺の衣紋はかっちりとした型のいかにも軍服で、だが、それをまとった背中や腕脚はどう見ても、十代半ばまで達してはいなかろうと思えたほどに小さすぎ。

 「…っ!」
 「くっ!」

 どんなに小さくたって、相当な高さから落ちて来た身には、加速という荷重が上乗せされている。それへとこちらまでが攫われぬよう、そして、受け止めた接触自体が、こちらと相手と、互いを叩き合う衝撃になってしまわぬようにと。その加減をも巧妙に制御してのあらよっと、
(おいおい) 腕や身を心持ち引きながら、懐ろの真ん中へ小さな空兵を受け止めた勘兵衛様。ぱすんっと飛び込んで来た背中は、丸められていたこともあっての小さく、しかも異様に軽くもあって。

 「何とまあ…。」

 勘兵衛が大柄で、しかもその上、防御のためもあってのいかめしい軍服という装備をまといの、マントまで負いのといういで立ちだったのを差っ引いたって。その小さな来訪者の肢体の小ささは、尋常なそれじゃあない。まだまだ学生、いやいや“学童”というくらいの年頃と思われて。
「幼年学校からの研修、でしょうか。」
「ふむ。」
 下手をすりゃあ伝書鳩かと誤解されたんじゃなかろうか。それでの撃ち落とされなんだは重畳、運のいいことよと感慨深げに思ったものの、

 「…っ! こ、これっ、なにをっっ!」
 「勘兵衛様?」

 良かった良かったという安堵の空気が一変し、いきなり慌てたような声音をお上げの隊長殿であり。何の騒ぎかと再び傍らへ視線を戻した七郎次の視野の中、風にたなびく蓬髪の陰になってのこと、お顔は良くは見えないものの、その懐ろへと掻い込んだ小さな誰かさんが、手を振り上げの地団駄踏みのと、いきなり暴れだしたのが見て取れたから、

 「な…っ。」

 こちらさんもまた、驚いたの何の。受け止めたのを見届けた時点で水平飛行へと機体の角度は戻したが、ただ単に足場が真っ直ぐになっただけの話。地上数千mという途轍もない高みにいることには変わりなく、そんなところの、しかも斬艦刀の峰の上などという、不安定極まりない場所で揉み合ってどうするか、

 「勘兵衛様っ!」

 そんな状況が果たして判ってはいないのか、自分を受け止めた相手が敵だとただそれだけで、離せ離せと闇雲に暴れているのならそれこそ危険。言っちゃあ悪いが、暴れたおチビさんが落ちるのは自業自得だ、ただ。それへ巻き込まれて勘兵衛までが落ちてしまったり、彼は何とか助かったとしても…そんな死なせ方をしたかと、その御心へ余計な陰を落としでもされては厄介と。もしかせずとも、結構 酷な順番で物事を考える癖のついてる副官殿。
「こらっ、何をっ!」
 逃がれるのが容易ではないと悟ったか、ならばと歯を剥いて噛みつこうとまでしかかるのへと。両手がかりで一旦引き剥がそうとなさるものの、痛い目を見せたくはないか、それとも落としては元も子も無しと思うてか、掴み合いの手へも結構な遠慮が挟まっておいで。そんな様子へ、ああもう見てられないとばかり、操縦席にかぶせられたドーム状の風防を跳ね上げて、シートベルトはしたままながらも出来る限りに身を乗り出し、小さな背中をこちらからも捕まえようとした七郎次へと、

 「が…っ!」
 「うわっ!」

 背後からの気配を察し、いきなり振り向いて来たのはなかなかの反射。そのまま七郎次の手へと、見事噛みついた彼であり。勢いのある風に叩かれてのこと、急流の中を泳いでいるかのように小さな頭へ張りついて、すっかりしぼんでしまっている金の髪といい。こちらへと伸ばされた…お菓子のしんこ細工のように小さくて真っ白い手といい。何でまたこんな小さな子供が此処に?と、戦場であることをうっかり忘れそうになったほどだったものの。

 「痛い痛いっ。なんて顎だ、この子は。」

 小ぶりなそのお顔だって、間近に見やれば…大きな瞳に小さな小鼻と柔らかそうな頬と来て、まさにお人形さんのような趣きさえあるってのに。短い鼻梁の上へ小じわを寄せるほど歯を剥いて、がうっと噛みついて来た荒々しさは、意外すぎるほどに獰猛だった。軍用の手套越しでも痛かったほどの噛みつき攻撃だったが、そうやってこっちを向いたことが仇となり、

 「…っ!」

 はっと驚いて目を見開いた少年が、あっと言う間にその場へ頽れ落ちかけたのを、今度こそはと勘兵衛が背後から掬い取る。隙だらけとなった背中のツボ、心得通りに手刀の一閃を浴びせて意識を奪った御主であり、
「とんだ山猫だったのう。」
「本当に。」
 なかなか手ごわかった顎
(あぎと)から解放された手を、そちらもぶんぶんと振って見せた七郎次が苦笑を返す。やっとのことで大人しくなって下さった敵兵は、やっぱり…ずんと幼い子供であるらしく。
「…幾つくらいなんでしょうね。」
「さてな。十より上ではあるのだろうが。」
 意識を失い、かくりと力なく垂れたお顔の、薄く開いた口許やまぶたの線の儚げな、愛らしくさえある造作といい。濃紺のいかにも堅くて大きめの軍服に“着られて”おいでの小さな肩や細い首といい。こんなところに居てはいけない存在にしか見えぬのだが、現に彼は此処にいる。時折、銃撃の乱打や爆発のどよもしなどが、風の唸りに混ざって絶えず聞こえる、大人もまた本当は居てはいけないのかもしれない、そんな天穹の戦さ場の只中に、こうまで無造作に紛れ込んだとは、一体どんな迷子であることか。

 「…っと。」

 彼らもまた、ついのこととて、しばしの間 物想いに耽ってしまっていたものの。急加速でもって接近しつつある、今度は重金属機体の存在をレーダーが警報で知らせて来、
「勘兵衛様。」
「うむ。」
 せっかく助けた小さな命を取り落とす訳にもいかないが、さりとて、こんな天穹の只中ではどこぞかへと隠れようもない。
「仰角三十度。十時の方向から降りて来ます。」
 気になったのは、途轍もない加速で突っ込んで来ることで、しかも、

 「一機、ですね。」

 ここいらの戦域いっぱいに艦隊がそれなり出張っての、繰り広げられているそれだとはいえ。そんな構えの戦いの作戦行動に、そんな単独行がそうそうあるものだろか。余程のこと自在に動ける練達か、あるいは…。

 「来ますっ!」

 七郎次が鋭い一声で告げたと同時、いきなり姿を現した黒い影が、体当たりも辞さぬという間近をすれ違う。機体は同じような型の斬艦刀だったが、塗装がくっきりと違うし軍章も南軍のそれであり、ただ、

 「隊士を…侍を乗せていませんね。」
 「ああ。」

 機銃の装備などもあろうから、操縦者だけでも戦力にはなろうが、斬艦刀の威力の源は、何と言ってもその同乗者の存在に尽きる。鳥のように、はたまた人ならざる妖異のように、自在に宙を舞う“八艘飛び”にて飛び回り、大柄な雷電や紅蜘蛛などの鼻面引き回して翻弄したり。巨大戦艦が放つ気合砲の光弾や熱弾を、その手へ構えた刀の超振動にて弾き返すという離れ業を披露し、戦局を恣意的に引っ掻き回す厄介な存在。自力では飛ぶことも浮くことも出来ぬはずの中空にて、墜落をも恐れず戦い続ける、特化された侍たち。そんな存在の足場となるのが斬艦刀の役目とさえ言えるのに、肝心な侍の姿がないということは…。

 「もしやして、迎えに来たのかも知れぬな。」
 「そうでしょうか。」

 本来だったら、それもまた微妙にあり得ないことだ。勘兵衛らが拾おうと構えねば、あのまま墜落したはずのこの童。敵陣の只中へ紛れるような、そんな落ち方をした者を追いかけて来るなんて。

 “自分もまた、狙い撃たれる恐れのあることだってのにな。”

 それとも…それもまた、こうまで幼い者を監督する責務を負った者なればこその無茶なのだろか。

 「…っ! 勘兵衛様っ、不本意でしょうが掴まってて下さいっ!」

 後方へ通り過ぎたその機影が、とんでもない切り返しで方向転換を決めると、再び迫ってくるのが見えて。これはうかうかしていられぬと、七郎次もまた、後ろ頭へ結った髪の房を揺らし、忙しくもレバーや何やの操作に集中する。最後に自身の体ごと、機体をやや斜めへと傾けながら、前進しつつも微妙に位置どりを脇へとずらせば、
「…っ!」
 すんでのところで、後方から襲い来たさっきの空艇とその機銃射撃とが、彼らの居たあたりの影を切り刻んだから。

 “大した腕前だな。”

 斬艦刀というのはそもそも、雷電などがその巨手で振るう刀であり、よって機体がだだ長く、安定飛行させるだけでも年季のいる難物だ。それを…同乗者の補佐として自在に制御出来ることをまずはと求められるのが、斬艦刀乗りとしての最低条件。とはいうものの、扱いにくさの克服にはやはり限度というものがあり、例えば方向転換1つ取っても、機体でトンボを切るとかいった突拍子のない手法は、相棒が振り落とされかねないものだから、余程のコンビネーションが築かれてからでないと使えない。
“だっていうのにな。”
 そんな無茶な操縦者だからこの子が落ちたのか? いやいや、今見せた切り返しは、機体を水平に保っての代物。加速と逆噴射とを、間合いよくの小気味良く取り混ぜてでなければこなせないが、常態でこなせたならば、同乗者にはこんな快適な足場はなかろう。今もまた、取り逃がしたこちらをすぐさま追って来る足回りの鋭さよ。

 「ちっ!」

 こちらはといえば…勘兵衛の側が合わせてくれることを見越しての、ややもすれば乱暴な角度を上ったり降りたりする躱し方なのが、腕前では ちっとばかり向こうより劣るとの自覚を招いてやまず。何よりも、逃げ回るばかりというのではキリがないようにも思われて。追っ手を肩越し振り返った七郎次の視線が撫ぜた御主が、ふと、

 「…。」

 短い一瞥を送って来られ、それだけで意を酌んだ副官殿。逃げを打ちかけていた機体をゆるやかに減速させ、追っ手のコースどりに添わせるようにと、後ろ向きのまま進路を調整する。レーンも何もない空中だというに、二機の斬艦刀は難無く居並び、それを待ってのこと、すっくと立ったままでおわした隊長殿、真横につけた相手の操縦席を見据えると、

 「待たれよっ!」

 操縦棹の機関銃へのトリガーだろうボタンへ掛けられた手元を見やっての、それはそれは良く通るお声が宙を飛ぶ。小わきに抱えたままでいた、小さな南軍隊士殿をば、よく見えるようにと少しほど抱え上げて見せ、

 「お主、この童を引き取りに来たのであろう?」

 何の回りくどい言い回しもなくの、堂々とお訊きになられるところが、男前だなぁなんて。そんなささやかなことへさえ、美徳を見い出し悦に入ってた七郎次が、高度や速度を保つ傍ら、

 「我らは落ちて来たところを拾うただけ。
  捕虜ではないのだから、何ならこのまま連れて帰られよ。」

 そんなお言いようを続けなさった勘兵衛様であり。これが、七郎次以外の誰ぞがついてたとして、そんな勝手を一隊士が決めてしまってもいいのかと、敵との接触自体も問題があるのではないかと訊いたかも知れないが、

 「このような小さな和子、
  刀を交えて捕らえた捕虜だと言うても一体誰が信じようか。」

 そんな付け足しをした御主へと、くつくつ笑った七郎次であるこのコンビネーションこそ、鷹揚にして底が知れず。のちの戦さ場にても“白夜叉と金の狛
(こま)”などと呼ばしめた恐ろしい存在だったりし。

 「…。」

 お言葉での返答はなかったが、ぱくんとひらいた操縦席用の風防ドームだったことが、何よりも判りやすいお答えとなっており。横へと伸びた翼はない斬艦刀。とはいえ、だからってギリギリまでという至近へ身を寄せ合うのは、浮力にまつわる風の流れを乱すので、ある程度は限度もある。そこでと、
「…っ。」
 そりゃあ身軽に、ひょいっと。勘兵衛が直々、相手の機体の操縦席の間際へ飛び移ってしまい、抱えて来た童をほれと差し出す態の、何とも無造作なことだったろか。無論のこと、そのままでは危なかろうと、

 「…っ。」

 再び背を叩いての、呼び活けられて意識が戻ったその身をば、再び落とさぬようにとしてだろう。操縦席から身を乗り出させ、そうまでして手を取って離さないとした、そんな相棒のお顔へ、まずは気づいたらしい小さな戦士。

 「? ひょーご?」
 「この馬鹿者が。」

 苦々しいお声が返されたのをお背
(せな)で聞きつつ、再びひょいとのひと跨ぎで、今度は自分の機へ戻った勘兵衛であり、

 「ではな。」

 また会おうとは白々しかったので、そんな短い一言をのみ告げると。相方である七郎次も心得たもの、斜め下方へと機体をすべらせるようにしての遠ざかってゆく様が、何とも優美で余裕の飛行。明らかに敵同士の二機が、なのに握手でも交わしたかのように、近づいて離れたこの一幕。
「???」
 そもそもの原因、当事者な筈の小さな空兵さんのみが、事情が見えないということか、ただただ困惑していたものだから。

 「あやつらがの、落ちかけたお主を拾うてくれたのだ。」

 ともすりゃあ立派な大恥かきだぞと、口許をひん曲げた兵庫と向かい合い、ふ〜んと…あんまり感慨なさげなお声を返した和子だったものの、軽やかな綿毛が加速風になぶられるままになっていたものが、不意にはっとして後方を振り返る。その変貌ぶりが、この寡黙な子には珍しかったので、どうした?と訊いてみれば、

 「白夜叉。」

 小さな手を延べ、二人が去った方を指差す彼で。

 「白夜叉だと? 北軍の精鋭の名前だぞ? あんな暢気そうな親父であるものか。」
 「でも。かんべえと呼んでた。
  操縦してたのも、しちろーじで、金の狛と一緒の名前。」

 長々話す彼だってこともまた珍しいその上、間近で聞いたやりとりを覚えていての言ならば、間違ってもおるまいが。

 「どっちにしたってもう居ない。」
 「〜〜〜っ。」
 「お前がご執心だってのは知っておるが、こっちも撤退の指示が出たのだ。」

 戦場では本営からの指示に従うのが原則ぞと説き伏せて、もはやどれがどれやらの区別さえつかない斬艦刀の飛び交う空域を、自軍の集結位置まで戻ることにした兵庫殿であり、

 「〜〜〜。」

 あああ、なんて惜しいことをしたと思ってのことだろう。白い頬を朱に染めて、ちょいと不服そうな眸をして見せた、のちの紅胡蝶こと、久蔵さんだったりしたのである。









  ◇  ◇  ◇



 時は随分と流れて。戦さも終わり、世の中はアキンドが回す銭金中心の世界へと変貌を遂げつつあり。とはいえ、大掛かりな戦争が幕を閉じただけの話、大陸のあちこちにては、いまだに血刀下げての力づくで、財や娘、命や地位をば略奪してはばからぬ悪鬼がおいで。そんな輩を退治して下さいませぬかと、米で買われた侍たちが集いし、小さな村のとある夕べに…。

 「…そういえば。」
 「?」

 それはそれは暖かな囲炉裏端にて、風にもつれさせたという綿毛を梳いて差し上げていたその最中。何か思い出したらしいおっ母様が、寡黙な次男の頭を愛惜しげに撫でて差し上げながら、こんなことをお訊きになられた。

 「久蔵殿、昔、斬艦刀から落ちたことはありませなんだか?」
 「? 幾度か。」

 よくそれで無事に此処に居られるものだと、空での戦いをよく知る者でればあるほど思うものだが。逆に言えば、そんな話を振った七郎次にしても、だってのに生き延びられていることへ不審を抱かないほど、そういったことへの定規が規格外でおいでのご様子。とはいえ、
「そうですか。」
 幾度も…ではと、ちょいと当てが外れたかのような声になった彼だったが。その腕をすいと、次男坊の肩越し、前へとすべらせて見せ、

 「覚えておいでじゃあないですか?」

 当時は今のこんな堅い手じゃあなかったけれどと、どこか悪戯っぽいお言いようをなさった母上へ、
「???」
 何のお話かなぁと思ったのも束の間のこと。斬艦刀、落ちた経験、それを敵軍だった彼が問うのは何故か?

 「あ…。」

 それらをつないで出た答え。彼の側からも印象深いことだったからこそ、すぐにも出て来たらしくって。ちょっぴり力なくも萎えさせたその御手を、そろりと掬うと頬を擦り寄せ、
「すまぬ。」
 謝ったのはきっと、噛みつかれたのへ“痛い”と叫んだ声までも、まざまざ思い出したからだろて。

 「ああいえ、謝ってもらおうと思い出した訳じゃああないのですよ。」
 「〜〜〜。///////
 「本当ですって。
  ただ、あれが久蔵殿だったのなら、本当に奇縁ってのはあるもんだなぁって。」

 あんな突拍子もない形で、既に逢っていたなんてと。柔らかな声で囁く七郎次へ、山猫のように大暴れをした件
(くだん)の和子さん、向かい合い直したおっ母様の肩口へ、おでこを載せてのぐりぐりと甘えておいで。そして、その山猫さんに手古摺ったもう片やのお人はと言えば、

 “さして変わりはせなんだのだな。”

 すっかりと壮年となられた落ち着きや威容も備わった、格別の偉丈夫となられての、囲炉裏を挟んだお向かいから、そんな二人を微笑ましげに眺めておいでだったりし。稲穂がさんざめくどよもししか聞こえぬ秋の宵、お月様のみが静かな微笑で下界を見下ろしているばかり…。





  〜Fine〜  08.5.05.


  *まさかよもやとは思いますが、
   こんな奇遇なんてあり得ない…でしょうかしらね?
(苦笑)

めるふぉvv めるふぉ 置きましたvv **

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