仕置きにて候
       
〜大戦時代捏造噺 (お侍 習作106)
 



―― 御主は ただ黙したまま、全てをじっと静観してらした。


官舎を見下ろす夕空は、
鈍色の雲が重く垂れ込める、雨催いの曇天で。
それでなくとも陽の射さぬそこは、
そもそも柔術や格闘全般用の屋内訓練場であり。
大人数が集まっていようが、立ち騒いでいようが、
そうそう不審を招くことはない場所。
多少の悲鳴が上がったとて、
良くも悪くも軍という閉鎖的な場所であるがため、
気合いを入れるための折檻、もとえ“矯正教育”という名の下、
むごたらしい暴力も今更少なくはないことと黙視され、
誰ぞが飛んで来てまで制止するということはまずはなく。

 「だから、どんなに わめこうが騒ごうが無駄だ。」
 「そうそう。助けなんか来ないぞ。覚悟しな。」
 「…っ。」

自分を取り囲む輪の最も手前に立つ、年長な隊士二人が、
言い聞かせるようにそんな言いようをし、
しかも、

 「…。」

すがるような眼差しで助けを求めるように見やった先、
総員の背後の壁際に立っておられた御主もまた、
肯定も否定もなさらずの、すげない無表情なまま、
厳粛なお顔でただただ立ち尽くしておいでだ。
こちらの彼のそんな様子に気づいたものか、

 「何だ、勘兵衛様に哀訴か?」

僭越なということか、忌々しげな声で畳み掛けられ、
そんなことは…と鼻白んでみせれば。
怯んだように後じさりをする彼の、まだ幼さの残る肩を、
ぐいと荒々しく捕まえた大柄な隊士が、

 「言っておくが、
  こたびの仕置きは勘兵衛様にも了解を取ってあるのだ。」

だからこそ ご同座いただいておるのだと無残にも言い放ち、
そのまま それが合図にもなった模様。
周囲の輪がいきなり目覚めたかのように動き出し、
取り囲まれていた年若い隊士の身へと四方から掴み掛かる。

 「…っ。」
 「ほら、大人しく捕まえられよ。」
 「抗うだけ無為無駄というものぞ。」

何本もの腕に、二の腕を、肩を捕らえられ、
背後からも脇や腕の付け根を捕まえられて、
強引にも羽交い締めにとされかかり。

 「く…っ。」

同じ隊の先輩様方とはいえ、
有無をも言わさずという、その仕打ちのあまりの無体につい、
抵抗のもがきが出てしまう。
身をよじり、足元を蹴上げまでして、
皆様を振り払おうと暴れかかったものの。
相手もまた慣れたもの、
さして動じもしないまま、

 「ほらほら、大人しくしなせいまし。」
 「我らとて、このようなことは しとうないのだ。」

尚の手が伸び、要領よく抵抗を封じにかかる。
胴に腕を回して動けぬようにする者、
屈み込んでの、脚をそれぞれに捕まえる者もいて、

 「…っ、いやだっ。許して下さいっ。」

日頃は強気な跳ねっ返りであるものが信じられぬほど、
今にも泣き出しそうな悲壮な声を上げても、
誰とて聞いてはやらず。
それどころか、

 「おい。舌を咬まぬか?」
 「おお、そうだの。恐慌状態だ、それもあろう。」

がんじがらめに捕らわれて、それでも身もだえする若い隊士へと、
自傷されては問題ぞと、手ぬぐいを口へ回しかかる者があったれど、

 「まあ待て。そうされては、ここからの手を掛けられぬ。」
 「おお、そうであったな。」
 「済まぬ、失念しておった。」

慣れているのか、上着を取っての腕まくりという恰好。
一人、輪から外れて手際よく支度に掛かっていた先輩隊士が、
此処で歩みを運んで来れば、
他の皆様方が、意を得たりと身構えて、
総出で捕らえていた新入り隊士を、
肩を押し、膝を折らせての、やや力づくにて座り込ませる。
その前へと立ちはだかった彼が、冷たく言い放ったのが、

 「さあ、口を開けな。」

誰への言葉かは明白で。
だが、ここまではイヤだイヤだと抗っていた後輩隊士、
こんな屈辱はあろうかという、最後の意気地がたぎったか。
此処に至っては ぐうと唇を噛みしめ、
意地でも従わぬ構えを見せる。
逆に見開かれた眸が、上等な玻璃玉みたいに美しく。
強情な意志の力に力んでのこと、真っ向から睨みあげてのそれなのか、
それとも…哀願の涙に潤んでいるものか。
まだ幼さの残りし造作のお顔へと、
いかにも痛々しい表情を浮かべる青年隊士だが、

 「頑固な奴だが、良いか? これはお主のためでもあるのだぞ?」

今にも手を掛けんとする先達の、
言い諭す声には迷いの色なぞ微塵もない。
そればかりか、

 「…。」

そんな彼らを見守る勘兵衛様の見せた所作が、
こちらの青年を絶望させる。
伏し目がちになったまま、小さく目顔で頷かれたあの所作は、

 ―― 早よう済ませよ、との合図に他ならず。

信じられないと呆然となった隙を衝かれたか、
肩を揺すぶられた拍子に口元が開いて、

 「よしか? すぐに済む、大人しゅう我らに任せよ。」
 「…っ。いや…いやですっ。
  勘兵衛様っ。どうか…こたびはお慈悲をっ、お慈悲を下さりませっ!!」

痛々しい金切り声さえ、ここは相手の思う壷。
あっと言う間に、やはり数人がかりにて、
まだまだ線の細い、華奢な顎を掴まれて。
じきだから我慢しなされと、
ますますと人手が増えての押さえ込まれて。
恐らくは、入隊以来初めて、
人前で涙した彼だったのかもしれない、
悲痛な“儀式”が執り行われたのであった。





  ◇  ◇  ◇



 「〜〜〜。」
 「ほれ。じきに痺れも取れようから、そろそろ機嫌を直さぬか。」
 「〜〜〜〜〜。」
 「どさくさ紛れに、殴られたの叩かれたのした訳でもあるまい。」

ぐすぐすと嗚咽さえ洩らしている跳ねっ返りの副官殿の、
まだまだ細っこい背中や肩を撫でてやりつつの、蓬髪の隊長殿のお言葉へ、

 「あ、それは酷いお言いようですよう、勘兵衛様。」
 「そうですとも。
  むしろ、こっちが噛みつかれの蹴飛ばされのと、大変だったんですからね。」

久々の大仕事となったその輪を解きつつ、
手当てにと駆り出されていた、他の隊士らが心外だなと苦笑をして見せ、
なあ、そんなことはしてないよなと、
まだ伸び切らぬ金の髪をうなじへお尻尾に結った、
うら若き副官殿の小さな後ろ姿へとお声を掛ければ、

 「〜〜〜。」

悄然としつつも嘘は嫌いか、
無言のまま、うんうんと頷くところが正直でかあいらしい。
もはや拗ねているだけらしい、七郎次の愚図りぶりへ、
なんでまた彼がこのようなものを持っているのかは不明な、
小型のメスだの歯垢除去用の刃先の短い千枚通しのような器具だのを、
簡易カマドにかけたナベへと放り込んでの消毒に掛かっていた、
双璧のお一人、良親殿がくすんと笑い、

 「…大体だ、あれほど歯を磨けと食事どきに言うておっただろうがよ。」

金の髪に覆われた、丸ぁるい形が馴染みのいい、
新米副官殿の頭をぽふぽふと、
すっぽり手の中へと収めるような撫で方をして差し上げてから、

 「だっていうのに。」

寝ることさえ出来ぬほどの歯痛になるまで放置するとは。
会戦状態に入ったら歯どころか顔だって洗えなくなるのだから、
日頃からしっかりケアしておけと、
さんざん言うておいたはずだぞ、忘れたか?

 「〜〜〜っ。」

少々低いお声での、
筋の通ったお叱りの文言へ、あややと焦った七郎次はまだ、
真正面におわした勘兵衛様の、
濃緑の軍服の懐ろへと顔を伏せる格好で逃げられたが、

 「勘兵衛様だとて、
  この子の虫歯を悪化させるの、加担した共犯者ですからね。」

他の隊士連中の模範であらねばならぬのにって自覚が薄くてらっしゃるのは、
まま いつものことではありますが。
自分の分まで甘いものを片っ端から与えて、
しかも、そのままの放ったらかしとはどういう料簡ですか…と。
良親殿の口説は滔々と続き、

 「そうは言うが、この年だ、自己管理を…。」
 「そ・れ・で・も。最初にまずは言ってお上げなさい。」

他でもない勘兵衛様の補佐で忙しい子なんですからね、七郎次殿は。
手が空いたときに歯を磨いておけと、一言でいいから言ってやれば、
それこそ それも隊長殿がお命じになられたことと肝に命じて、
彼とて厳守もしたことでしょうに…。



  島田隊、双璧の一角、良親殿は、実家が代々 歯科医をなさっておいでで、
  他の怪我ならいざ知らず、
  この手の手当ては担当がなかなかいなかったのでと請け負ううち、
  本職顔負けの腕前になったとか。


   「…それって無免許
(モグリ)だってことじゃないですか。」
   「どうせなら“闇医者”と呼んでくれぬか♪」




  〜どさくさ・どっとはらい〜 08.5.15.


 *どうせなら、
  6月の虫歯予防デーの拍手お礼にでもしてやろうかと思ったネタでしたが、
  キャスティングが特殊すぎるので断念しました。
  シチさんが後に発揮する“おっ母様”の素質ってのは、
  このお人からの影響が大きかったのかも知れません。
(おいおい)
  ちなみに、もうお一人の双璧・征樹殿は、
  良親殿の有能な助手だそうです。
(こらこら)

 *似たようなネタを愛楯でも書いた覚えのある筆者ですが、(ねぇHさんvv)
  歯医者さんに恨みはございませんので念のため。
  ちなみに、
  同じシチュエーション、久蔵さんには使えないことでしょね。
  まずは捕まえられませんから。
(笑)
  どんな特別演習ですかというほどの大掛かりな師団を打ちそろえてかかっても、
  戦車から雷電まで粉砕されての全軍壊滅という返り討ちに遭うのがオチで。

  そのくせ、兵庫さんが見かねて、
  「久蔵っ。」
  一声呼べば、あっさりと大人しく目の前へ戻って来て、
  「ほれ、口を開けてみよ。軍医殿が検診して下さる。」
  「…。(頷)」
  特に嫌がることもなく済んでたりして。
(…ひどい)

めるふぉvv めるふぉ 置きましたvv **

ご感想はこちらvv(拍手レスも)

戻る